■殺戮に対する恐怖が、他人事から自分事になるにはどうしたら良いのだろうか


■オススメ度

 

ナン・ゴールディンに興味がある人(★★★)

オピオイド危機に興味がある人(★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.4.4(MOVIX京都)


■映画情報

 

原題:All the Beauty and the Bloodshed(美と殺戮の全て)

情報:2022年、アメリカ、121分、R15+

ジャンル:オピオイド製剤に対する抗議活動を始めた写真家を捉えたドキュメンタリー

 

監督:ローラ・ポイトラス

 

キャスト:

ナン・ゴールディン/Nan Goldin(P.A.I.N.の創設者、アーティスト、写真家)

 

デヴィッド・ヴェラスコ/David Velasco(雑誌「アートフォーラム」編集長)

Patrick Radden Keefe(調査報道ジャーナリスト)

ロバート・スアレス/Robert Suarez(「Urban Survivors Union」のメンバー)

Alexis Pleus(「Truth Pharm」の活動家)

ダリル・ピンクニー/Darryl Pinckney(作家・劇作家)

Andrew Gregory(ジャーナリスト)

マーヴィン・ハイファーマン/Marvin Heiferman(キュレーター/ライター)

ヴィットリオ・スカルパティ/Vittorio Scarpati(芸術家、クッキー・ミュラーの夫)

マギー・スミス/Maggie Smith(「 Tin Pan Alley」のオーナー)

Susan Wyatt(「Artists Space」のオーナー)

 

ミーガン・カプラー/Megan Kapler(P.A.I.N.メンバー)

マリーナ・ベリオ/Marina Berio(P.A.I.N.メンバー、視覚芸術家)

ノエミ・ボナッティ/Noemi Bonazzi(P.A.I.N.デザイナー兼メンバー)

ハリー・カレン/Harry Cullen(P.A.I.N.メンバー)

アナティナ・ミーシェル/Annatina Miescher(精神科医、P.A.I.N.メンバー)

マイク・クイン/Mike Quinn(弁護士、P.A.I.N.、説明責任特別委員会のメンバー)

 

デイヴィッド・サックラー/David Sackler(元パデュー・ファーマの理事)

テレサ・サックラー/Theresa Sackler(元パデュー・ファーマの理事)

リチャード・サックラー/Richard Sackler(パデュー・ファーマのCEO、オキシコンチンの開発者)

アーサー・M・サックラー/Arthur Sackler(「Purdue Pharma」の 共同創業者)

Marshall Huebner(パデューの弁護士の声)

 

Robert Drain(判事)

 

デヴィッド・アームストロング/David Armstrong(写真家、ナンの友人)

ブライアン・J・バーチル/Brian J. Burchill(ナンのボーイフレンド、俳優)

 

レナード・バーンスタイン/Leonard Bernstein(指揮者)

Alfonse D’amato(ニューヨーク州選出の上院議員)

John Frohnmayer(全米芸術基金会長)

ジェシー・ヘムルズ/Jesse Helms(ノースカロライナ州選出の上院議員)

John Joseph O’Connor(NYのオコナー枢機卿)

 

ヴィヴィアン・ディック/Vivienne Dick(映画監督)

ブルース・バルボニ/Bruce Balboni(俳優)

ディヴァイン/Divine(俳優)

スザンヌ・フレッチャー/Suzanne Fletcher(アーティスト/パフォーマー)

グリア・ランクトン/Greer Lankton(アーティスト)

マーク・モリスロー/Mark Morrisroe(アーティスト、写真家、パフォーマー)

クッキー・ミュラー/Cookie Mueller(女優/作家)

シャロン・ニエスプ/Sharon Niesp(女優/歌手)

ジョン・ウォーターズ/John Waters(映画監督)

デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ/David Wojnarowicz(アーティスト)

 

バーバラ・ホリー・ゴールディン/Barbara Goldin(ナンの姉)

ハイマン・ゴールディン/Hyman Goldin(ナンの父)

リリアン・ゴールディン/Lillian Goldin(ナンの母)

 


■映画の舞台

 

アメリカ:マサチューセッツ州

ハーバート美術館/Harvard Art Museum

https://maps.app.goo.gl/94cLqQWwsX7J3zUb8?g_st=ic

 

アメリカ:ニューヨーク

メトロポリタン美術館

https://maps.app.goo.gl/gXRWPqUHMwX6P8H89?g_st=ic

 

グッケンハイム美術館/Guggenheim Art Museum

https://maps.app.goo.gl/WA5Xsxau5cRyzCGb6?g_st=ic

 

フランス:パリ

ルーヴル美術館/Louvre Museum

https://maps.app.goo.gl/hdqHBze4VFTj4EtL8?g_st=ic

 

イギリス:ロンドン

テート・ブリテン/Tate Galleries

https://maps.app.goo.gl/BjtPhGiMCaNfwgeHA?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

写真家として名を馳せるナン・ゴールディンは、かつて自身の手術後に使用されたオピオイドによって依存症なった経緯があり、社会問題化している「オピオイド危機」に対して立ち上がることになった

LGBTQ+やサブカルチャーの写真を撮り続けてきた彼女の作品は、多くの美術館に所蔵され展示もされている

そんな美術館に「オピオイド」によって巨万の富を得たサックラー家が寄付をし、所有している美術品を展示していることを問題視していた

 

彼女は「P.A.I.N」という団体を設立し、抗議活動として、メトロポリタン美術館のデンドゥーム神殿前での抗議活動を起こしたり、ルーヴル美術館やグッテンハイム美術館などにも出向いた

 

映画は、彼女の抗議活動の一環と、彼女が手掛けてきた作品、そして彼女を知る人たちの声を集め、ナン・ゴールディンがどのような人物かを探っていく

 

テーマ:社会的道義と責任

裏テーマ:抗議活動と思想育成

 


■ひとこと感想

 

海の向こうのニュースとして、オピオイド問題というのは耳にしていましたが、依存性のある鎮痛薬が安易に出回った結果、依存症になってしまう人が増えたというぐらいしか知りませんでした

ケシ由来の成分で、多幸感などの作用があるようで、いわゆる麻薬系鎮痛剤ということになります

日本だと扱いが厳重なもので、ここまで一般的に普及するような薬剤ではないと思います

 

病院勤務なので少しは知識がありますが、麻薬・劇薬の類は薬剤室から持ち出す時も結構厳重に扱われていて、薬剤師不在の際には入室(棚を開けた)だけで対応者と確認者のサインが必要という病院もあります

まれに、依存性の高い鎮痛薬などの依存患者が救急で運ばれてくることがありますが、そう言ったものを普通の患者に使用する時でも、段階を踏むという印象があります

 

映画は、オピオイドの抗議活動は描かれますが、その流通・裁判・その後の社会情勢よりは、ナン・ゴールディンがどんな人だったかにスポットを当てている印象があります

アーティストならではの抗議活動になっていますが、効果があるのかは何とも言えない感じになっていますね

それでも、問題が「他人事ではない」という認識を持たせることが重要なので、ギリギリ許容範囲なのかもしれません

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

オピオイドに対する抗議活動ということで、どんな作品なのかと思っていましたが、実質的にはナン・ゴールディンの伝記映画を見ているような感覚になりました

オピオイド危機について最低限の知識がある人向けの内容で、流通していない国ではイメージが湧きにくいかもしれません

 

いわゆる依存性の高い鎮痛薬(日本だとソセゴンとか)を「依存性はない」と謳って一般発売をしていたという背景があるのですね

これによって、医師の用法以上に使用する依存患者が増え、その関連死が50万人に達したというニュースがありました

 

ナン自身もその依存症に悩まされた経験者で、当初のイメージ以上に杜撰な実情を知ったことによって立ち上がることになりました

彼女以外にも多くの抗議や裁判などがあっても、製造元は無視して販売を続けているという悪質なもので、その手法まで公開されていました

 

病院勤めなので、製薬会社の営業がすごいのは知っていますが、キックバックを経営手法にするのはやりすぎ以外の何物でもないでしょう

虚偽広告でもお咎めなし、とにかく儲けたらOKというのは、最近では某企業の健康被害で注目されていて、日本でも他人事ではないのだな、と思い知らされます

 


オピオイド危機について

 

映画で登場する「オピオイド危機(The Opioid Epidemic)」は、1990年代以降に起こった「オキシコドン」「ヒドロコドン」「フェンタニル」などの強力な鎮痛剤を服用した人が陥った薬物依存のことを言います

1999年から2021年の間に64万5千人のアメリカ人がオピオイドの使用によって亡くなっていると推定されています

2021年のオピオイドの過剰摂取による死者数は1999年時点の10倍の数にもなっているのですね

 

2016年に「慢性疼痛に対するオピオイド処方に関するガイドライン」というものができましたが、これによれば「積極的ながん治療、緩和的及び終末期以外の処方」に影響が出たようで、術後の疼痛管理として使用されていたことが議論の対象になっています

この術後疼痛の管理後の誤用・乱用は4.3%にも及んでいるという統計もあります

これは、服用することによって「多幸感」を誘発するもので、それはアヘン中毒の初期症状に似ています

その後、耐性が形成され、依存へと向かうというプロセスが指摘されています

 

1990年代後半には、アメリカ人の約1億人が慢性疼痛に悩まされていると推定され、それによって製薬会社と連邦政府はオピオイドの使用拡大に踏み切ります

これによって、1991年に7600万件だったオピオイドの処方箋は、2011年で2億1900万件に増加し、2016年の段階で2億8900万件にまで増加しています

アメリカには、2015年の時点でミズーリ州を除くすべての州にて「処方薬監視プログラム」というものがあります

これによって、薬剤師や処方者は不審な使用を特定することができる「処方履歴」にアクセスできるようになりました

でも、このプログラムを使用している医師は53%に留まり、22%はプログラムの存在を知らなかったとされています

 

2016年、アメリカの疾病管理予防センターは「慢性疼痛に対するオピオイド処方のガイドライン」を発表することになりました

また、2017年にドナルド・トランプ大統領が「オピオイド危機」を国家衛生上の緊急事態であると宣言するに至っています

オピオイドには様々な種類があり、天然アヘン剤、モルヒネアヘン剤のエステル、半合成オピオイド、完全合成オピオイド(フェンタニルなど)などがあります

ちなみに、オピオイドには内因性というものがあり、体内で生成される種類(エンドルフィン、エンケファリンなど)もあるとされています

 


P.A.I.N.について

 

ナン・ゴールディンが設立した「P.A.I.N.」は「Prescription Addiction Intervertion Now(処方箋中毒の介入をいま)」の略称のことを言います

設立は2017年、ニューヨーカーとエスクァイアという雑誌で「オピオイドの流行と中毒に関する記事」を読んだナン・ゴールディンが設立したもので、彼女自身がオキシコンチン中毒になったという体験がベースになっています

PAINの活動は、オピオイドを作っているパデュー・ファーマ社の創業者一族サックラー家に向かっており、最終的な目標は「オピオイド中毒治療プログラム」に資金提供を迫るというものでした

サックラー家はパブリックイメージ向上のために、博物館や文化施設に寄付を行っており、その寄付を施設側が拒否をするように要求しています

 

メンバーはナン・ゴールディンを含めて13人いて、メンバーの一人はニューヨーク知事アンドリュー・クオモの無策に対する抗議デモ(2019年)の最中に逮捕され、これに対して200人近くの抗議者が集まったという事件がありました

抗議デモは、アーサー・M・サックラー博物館(空の処方箋ボトルを床に投げで寝そべる)、グッゲンハイム美術館(処方箋を上部階から撒き散らす)、メトロポリタン美術館(デンドゥール神殿に空のボトルを散布)、ナショナル・ポートレート・ギャラリー(作品展示拒否)、フリーア・サックラー・ギャラリー(横断幕を持参し入場)、ルーヴル美術館(のちにサックラー家の名前が削除になった)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(オキシドル紙幣を床に置く)などがあります

 

2018年3月にパドュー・ファーマ社は企業の社会的責任に関する取り組みについての報告書にて、PAINの取り組みに対して応えることになります

同社はマーケティングのフォーカスをアメリカから発展途上国へ移し、ナン・ゴールディンの批判に対するキャンペーン活動の先頭に立つことになりました

メトロポリタン美術館は寄贈品の受け入れ方針の見直し、ニューヨーク科学アカデミーとコロンビア大学は事前活動の支援の見直しなどに移行しています

2019年になってから、ナショナル・ポートレート・ギャラリーなどの美術館がサックラー・トラスト・イングランドからの支援拒否を始めます

以前にサックラー家から事前活動として約400万ポンドを受け取ってきたテートも新たな寄付の停止に踏み切ります

ルーヴル美術館は2週間の抗議活動の末に、ギャラリーからサックラーの名前を外し、これが最初の美術館だったとされています

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、全6章に分かれていて、「Merciless Logic(無慈悲な必然性)」「Coin of the Realm(生きる術)」「The Ballad(バラード)」「Against Our Vanishing(消えゆく命)」「Escape Hatch(逃げ道)」「Sisters(彼女たち)」という流れになっていました

それぞれの章にて、ナン・ゴールディンがどのような人物かを紐解く流れになっていて、オピオイドの歴史というよりは、彼女の自伝のような映画になっていました

映画をどの角度で観て、どのような期待を持つかで印象が変わりますが、オピオイドの被害について知りたい人は、別のドキュメンタリーを観た方が良いと思います

 

彼女の歴史の中で、大きな転換期になっているのは確かですが、オピオイド騒動によってどのように作風が変わったのかなどはわかりにくいところはありましたね

あくまでも抗議活動と写真家の活動は切り離されている感じがして、それは仕方のないことなのかもしれません

映画では、彼女の価値観、人となりなどはわかりますが、結果を伴っているとは言え、手段が良いのかは微妙に思えます

このあたりの感覚は自分自身が活動家寄りのマインドを持っていないことと、オピオイド被害について近くないゆえに、活動の源泉というものがないからだと思います

 

この映画に限らず、活動家たちの行動はニュースなどでは報じられますが、どこまで効果があるのかはわかりません

本作では、写真を収蔵している文化施設を対象にしているので相手も動きますが、全く無関係でサックラーとだけ関係のある文化施設がどこまで応じるかは何とも言えない部分があります

主義主張の正当性と講義活動の正当性は切り分けられてしまうものなので、本来ならば、この騒動に対する企業の責任というものを追求する機関が正常に働くべきなのだと思います

 

オピオイドに関しては不勉強なことも多いのですが、感覚的には「因果関係を立証できても、最終的には自己責任」ということで収まってしまうように思います

なので、このような啓蒙活動というものが生まれるのですが、オピオイドで命を亡くしてしまう層に向けてのケアであるとか、実情を訴えるという行動がもっと増えていく方が良いように思います

現代だと、横のつながりで広がっていき、それによって水面下での認知というものが生まれてくるので、そう言ったうねりを作りながら、表層が巻き込まれていく流れを作る方が良いのかなと思いました

被害者が多数いる状況なので配慮が必要になってきますが、寄付を拒否するというだけでは訴求力が弱いので、もっと被害の全容というものを訴えることができれば良いのかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/97623/review/03680467/

 

公式HP:

https://klockworx-v.com/atbatb/

アバター

投稿者 Hiroshi_Takata

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA