【映画感想】あの星が降る丘で、君とまた出会いたい【後半:ネタバレあり】

■あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。


■オススメ度

 

前作で涙した人(★★★)

 


■公式予告編

 

鑑賞日:2026.8.7(イオンシネマ久御山)


■映画情報

 

情報:2026年、日本、128分、G

ジャンル:戦時にタイムスリップした女子高生のその後を描いた恋愛映画

 

監督:新城毅彦

脚本:山浦雅大

原作:汐見夏衛『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』

 

キャスト:

福原遥(加納百合:太平洋戦争当時にタイムスリップした女性、現・高校教師)

水上恒司(佐久間彰:太平洋戦争にて特攻隊として殉死した青年)

 

細田佳央太(宮原涼:彰の面影を感じる青年、臨時教員)

 

出口夏希(藤谷千代:太平洋戦争にて百合と出会った少女)

   (老齢期:倍賞千恵子

伊藤健太郎(石丸智志:千代の恋人、特攻隊員)

井之脇海(藤谷林吉:戦後に千代の夫となった男性)

 

中嶋朋子(加納幸恵:百合の母)

 

豊嶋花(鮎川紗良:百合のクラスの生徒)

 

上川周作(寺岡明人:特攻隊員)

小野塚勇人(加藤正勝:特攻隊員)

嶋﨑斗亜(板倉:最年少の特攻隊員)

松坂慶子(ツル:鶴屋食堂の女将)

 

小林博(山田:学年主任の先生)

伊勢志摩(学校の先生、校内掲示板)

御子柴彩里(介護士?)

 

【百合の生徒たち】

髙田万作

松藤史恩(森海斗)

木村舷碁

恒那(長谷川莉子)

陣野小和

今野百々菜(山下あおい)

岡井みおん

石川夢來

 

嵐千尋

有咲木乃夏(瀬戸ほのか)

石井輝

梅木あおい

榎本遥菜(横川遥菜)

谷岡杏春

早瀬結菜

古川あかり

三浦涼音

大谷愛将

久野渚夏

玄貴

福田学人

吉沢わつらふ

溝口元太

守重真平

吉田日向

吉野俊矢

吉村空我

慮礼欧

渡邉多緒

 

【その他の出演者】

蜂谷眞未(子連れの母、路上)

勢司啓人

布目直樹

森上ひなの

トムキラン(千代の仲人)

若林秀敏

本橋佳代子(千代の母)

來知鮎里

 


■映画の舞台

 

長崎県のとある高等学校

 

ロケ地:

静岡県:袋井市

加睡ゆりの園

https://maps.app.goo.gl/5u6nrQsCmGP6Lrsx7?g_st=ic

 

茨城県:笠間市

筑波海軍航空隊記念館

https://maps.app.goo.gl/yLhvLPezm2ZTcWMq5?g_st=ic

 

長崎県:長崎市

活水女子高等学校

https://maps.app.goo.gl/ygFYthmAXnxAgFvw9?g_st=ic

 

出島メッセ長崎

https://maps.app.goo.gl/X4ri5C3kH8KTi9xC7?g_st=ic

 

グラバー園

https://maps.app.goo.gl/1ypp4VYhdsj2biCY7?g_st=ic

 

茨城県:稲敷郡

予科錬平和記念館

https://maps.app.goo.gl/hdLHUdFFLEHqVjZ3A?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

1945年の長崎にタイムスリップをした加納百合は、そこで特攻隊として旅立つ佐久間彰軍曹と出会った

彼に守られながら、心を通わせたものの、運命に抗うことはできず、彰は飛び立ってしまった

それから数年後、百合は彰が目指していた教員となり、とある高校で教鞭を執っていた

 

ある日のこと、思い出の公園に出向いた百合は、そこである青年に出会う

言葉を交わすことはなかったが、何かを感じた2人は、視線を合わせたまま時を過ごした

彼の名は宮原涼と言い、百合の高校の臨時教師として赴任してきた男だった

百合のクラスの副担任を務めることになり、持ち前のコミュニケーションであっという間に生徒と打ち解けることになった

 

そんな折、海岸にて藤谷千代と名乗る老女と出会った百合は、彼女がタイムスリップをした時に仲良くなった少女だったことを思い出す

彼女には石丸という恋人がいて、彼も特攻隊として彰と共に空に消えていった

千代は、ある青年から「百合」という女の子に向けた本を預かっていて、同じ名前のあなたが持っていた方が良いと言って手渡す

それはニーチェの本で、中には彰が百合に向けたと思われる一文にラインが引かれていたのである

 

テーマ:想いは重なる

裏テーマ:幸ある未来

 


■ひとこと感想

 

前作『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』の続編として、現代に戻った百合のその後が描かれていました

戦争を生き延びた千代と再会するものの、彼女は好きだった人とは別の人と結婚していて、それに戸惑いを覚えていきます

百合自身は彰を忘れることはできず、そんな彼女の元に、彰を思い出させる青年・亮が現れることになりました

 

彰が話していたことと同じ言葉や仕草をする青年ということで気になり始め、彼が臨時教員として百合のそばにやってきます

亮もまた、百合に何かを感じていて、それによって距離を縮めていくことになるのですが、このあたりは思いっきりファンタジーっぽく描かれていました

このファンタジックな部分を受け入れられるかどうかというところがあって、前作は「タイムスリップはファンタジーだけど、恋愛要素は現実的」だったという違いが生まれています

生まれ変わりのような感じで描かれていますが、流石にそれはないだろうと思うし、それだと「かつての恋人に似ているから好きになった」という失礼千万な話になってしまいます

 

映画では、同じように特攻隊員に恋をした女性が違う道を歩んでいるという骨子があって、その違いがどのように生まれ、どのように心理的に乗り越えてきたのかがわかります

時代もあったと思うし、千代の夫が聖人だったこともあるでしょう

それでも、相手の中に確かにある想いを否定していては前に進みません

いつか、その想いと共存できる自分になること

それこそが恋愛における大きな素養の一つなのかな、と感じました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画では、生き写しのような亮と出会うことによって、この人を愛することで彰を忘れてしまうのではと危惧する百合が描かれていきます

強烈な思いがそんな簡単に消えることはないのですが、心を過去に置いてきたままということは無きにしもあらずでしょう

恋愛を上書きとか、名前をつけて保存なんて言い方をすることはありますが、その恋愛が自分にとってどのような存在なのかによって、その方向性も変わってくるのでしょう

でも、実際には「上書き保存」なんてものはないように思います

 

映画における千代は、石丸の存在を胸に残したまま、時代の流れと共に林吉と結婚することになります

林吉もまた、戦争で生き延びた軍人であり、誰かと過ごすことで忘れられるのでは、と考えていました

双方が忘れたいものと忘れたくないものを抱えていたのですが、お互いがそれを許容しても、忘れることはできなかったのだと思います

でも、それを踏まえても相手を愛せるかというところがあって、それを乗り越えた先に結婚というものがあるのだと思います

 

百合の中にいる彰は死ぬまで消えないと思うし、むしろ消えないままで愛してもらえることに価値を見出してしまうものなのでしょう

運命というものは残酷なもので、出会いのタイミングは神様のいたずらのように思えます

そう言った中において、どのタイミングで、どのように出会うかということは、思った以上に大事なことなのではないか、と感じました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、恋愛要素にファンタジーが入り込んでしまう作品で、これによって、この恋愛が一般的なものではないように感じられます

生き写しとか、生まれ変わりという概念を否定するつもりはありませんが、それは受けて側が感じる些細な思い出であり、それが全面に出てしまうことで、現実の関係性というものが不可思議なものに見えてしまいます

ここまで来ると、実は亮は彰の血縁と関係ある人だったぐらいの因縁が必要になってしまい、そっちの方向に振り切ったら無茶だよな、と思ってしまいました

 

幸いなことに、そこまで因果を無理矢理に結びつけるものはなかったのですが、亮が彰に対して感じた感情は説明不足のようにも思います

それは、彰が「夢で見た女性と出会った」という運命的なものを感じていて、それをベースとして突き進んでいるのですが、理想と現実の間にあるものというのは必ず存在すると思います

亮がどうしてあの夢を見たのかという理由が描かれる必要はあって、それがなければ「偶然の出会いの果てに新しい縁が生まれた」ということで綺麗に収まっているのだと思います

 

亮と百合を結びつけたものが運命だとしたら、その根元にあるのは「彰たちが戦ったから」ということだと思うのですね

その過去に対する彰の思いというのは「感謝」だったのか、「尊敬」だったのかはわかりません

でも、彼は彰と対峙することによって、何かを心に残していたように感じられました

それは「あなたの代わりに百合を守る」という決意であると思いますが、百合はそれを「今の時代では不要なもの」というふうに言ってしまいます

 

百合がそう言ったのは「彰の代わりになろうとする亮」というものを見透かしているからのように思えるのですね

百合自身も「亮に彰を重ねて代役を演じさせているという罪悪感」のようなものを感じ取っていて、それを乗り越えるという選択をしたように思います

そして、この流れにおいて、「生き写し」「生まれ変わり」という要素は不要に思えるのですね

男女が誰かと出会った時に誰かを重ねることはあっても、現代において、それを「生き写し」「生まれ変わり」とは表現しないでしょう

自分の中の思い出を想起させるものを持った人が現れたというものではあると思いますが、前述の概念を強烈に印象付けるのなら、亮役を水上恒司が演じるぐらいのことをしなければなりません

でも、全く違う印象の人物をセッティングして、その中に彰を感じるというテイストになっているので、いっそのこと改変と呼ばれても、「生き写し」「生まれ変わり」のような概念は排除した方が良かったのではないかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/104441/review/06813998/

 

公式HP:

https://movies.shochiku.co.jp/anohoshi-movie/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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