■アダムの原罪


■オススメ度

 

社会制度と感情の物語に興味がある人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.6.6(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題:L’Intérêt d’Adam(アダムの利益)、英題:For Adam‘s Sake(アダムのために)

情報:2025年、ベルギー&フランス、79分、G

ジャンル:栄養失調の4歳児を巡って制度と対立する看護師を描いた社会派ヒューマンドラマ

 

監督&脚本:ローラ・ワンデル

 

キャスト:

レア・ドリュッケール/Léa Drucker(ルシー/Lucy:小児病棟の看護師長)

 

アナマリア・ヴァルトロメイ/Anamaria Vartolomei(レベッカ/Rebecca:アダムの母)

ジュール・デルサール/Jules Delsart(アダム/Adam:左腕を骨折した4歳児)

 

アレックス・デスカス/Alex Descas(ナイーム/Naïm:小児センター長)

Laurent Capelluto(ダニエル/Daniel:ルシーを嗜める男性医師)

Claire Bodson(SAJの調査員/La déléguée du SAJ)

 

Timur Magomedgadzhiev(アンドレイ/Andreï:アダムの父)

Charlotte De Bruyne(セルマ/Selma:アンドレイのパートナー)

Maëlle Strauch&Anaëlle Strauch(アンドレイとパートナーの子ども)

 

【その他の出演者】

Sonia Bekam(ダミアン/L’interne chambre de Damien:喘息少年を担当する研修医)

Max Robin(喘息持ちの10代の患者/L’adolescent asthmatique)

Adrienne D’Anna(デスクにいる看護助手/Aide-soignante desk)

Michèle Moanda Ndetani(ジェレミーの母)

Alexandre Matobi(ジェレミー/Jérémie:措置命令で運ばれてくる少年)

Jayden Mvuezolo Mayemba(ジェレミーの弟)

Kenayah Soumah(ジェレミーの妹)

Anne Lallemant(食事用トレイを持ってくる介護士/Aide-soignante plateau repas)

Monia Douieb(夜勤の看護師/Infirmière de garde nuit)

Giulia Balfroid(てんかん発作を起こす少女/Petite fille épileptique)

Cèdric Larcin(てんかん少女の父/Père de la petite fille épileptique)

Athéna Danae Poullos(ジェレミーを担当するソーシャルワーカー/Assistante sociale)

Karim Chihab(ICUの看護師/Infirmier urgences)

Pauline Grégoire(殴られた少女を世話する看護師/Infirmière jumelles)

Maya Vanderbeque(殴られた少女/Jeune fille battue)

Zoé Verbeke Ferage(殴られた少女の妹/Soeur de la jeune fille battue)

Arsela Gjonaj(アダムの隣の患者/Voisine de la chambre d’Adam)

Jackie Béroudiaux(婦人警官/La policière)

Leïla Moumne(中絶する少女/Jeune fille avortement)

May Uhoda(中絶少女を担当する研修医/Interne de garde chambre jeune fille avortement)

Farah Kassabeh(中絶少女の姉/Soeur de la jeune fille avortement)

Coraline Clément(ルームメイト/Voisine de chambre)

Mohamed Ben Yadir(召集された警備員/Agent de sécurité)

Edson Anibal(ロビーの警備員/Agent de sécurité hall)

Claire Beugnies(カロリーヌ/Caroline:ICUの看護師/Infirmière urgences)

Victor Estivant(救急部門(成人)の研修医/Interne urgences adultes)

Yves-Marina Gnahoua(救急部門(成人)の主任看護師/Infirmière en cheffe urgences adultes)

Marco Fabbri(放射線技師/Technicien radiologie)

Mélanie Consiglio(小児科の看護師/Infirmière pédiatrique)

 

【アダムのボディダブル(Doublure Adam)】

Léo Delsart

Ivan Emelianov

Matthews Poelvoorde

Ezio Villers

Ambroise Viseur

 


■映画の舞台

 

ベルギーのどこか

イザラ病院(架空)

 

ロケ地:

ベルギー:サン・ニコラ

エスペランス病院

https://maps.app.goo.gl/hSVjP4dc21H2cVXS6?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

ベルギーのとある病院(イザラ病院)の小児センターの看護師長として働いているルシーは、骨折の怪我で運ばれてきた4歳児アダムとその母レベッカと関わることになった

ベルギーのSAJ(青少年支援局の司法保護サービス)の調査官が介入する事案として、アダムが十分な食事を与えられていないと判断されていた

10日間の接近禁止命令が出て、アダムとレベッカは引き離されることになったが、ルシーはその行政判断に反対の意を唱えていた

 

ナイーム小児センター長の許可を得て、今晩だけは母親との滞在を認める方向で話を進めるものの、レベッカは勝手な行動ばかりして、調査官の指示に従おうとしない

そんな中でも、アダムの健康を最優先して話を進めていこうとする中で、紋切り型の行政の方針に疑問を感じ、ルシーもまた権限を超えた行動を始めてしまう

 

そんな折、倉庫に引き篭もったとの理由で警備員に取り囲まれることになったレベッカは、病院から脱出しようと考える

隙をついて外に逃げたレベッカは、アダムを抱き抱えたまま階段を転落してしまった

二人は軽傷で済んだものの、度重なる命令違反から、アダムの施設行きが濃厚となってしまう

元夫のアンドレイも新しい妻との家庭があると言って養育を放棄するものの、ルシーはアダムは母親と居るべきだと主張する

そこで調査官はアダムの気持ちを知るために、ある質問を投げかけることになったのである

 

テーマ:育児と行政

裏テーマ:感情を制御する制度の必要性

 


■ひとこと感想

 

説明がほとんどない作品で、会話の中で少しずつ状況がわかるタイプの作品となっていました

ルシー目線でアダムとレベッカの関係性を見ていくことになりますが、その視点はかなりバイアスがかかっていて、それが惨事を引き起こしているように思えます

どちらが正しいのか以前に「冷静になれない人」が秩序を乱していくので、この流れだと施設に行った方がマシのように思えます

 

怪我をした少年が栄養状態が悪く、経鼻チューブで栄養を胃に流さなければならないと言う状況なので、これまでの状況を継続とはならないのが通常の判断であると思います

母親の洗脳云々は置いておいて、アダムの健康状態を改善させるために福祉の介入が必要となっていて、そこに口を挟む看護師長と言う構図になっていました

彼女たちが口を揃えて言うのは「アダムには母親が必要」と言うことなのですが、どう見ても感情論にしか見えません

それゆえに「こういう感情でうまくいかないものをコントロールするためにルールというものがあるのではないか」と思ってしまうのですね

 

映画は、男性の目線と女性の目線では正反対の感想になると思いますが、結果としてどうなっているのかを見ないと先には進めないと思います

今回の場合は、母親が事実を理解していないという側面があり、それをどのように理解させるかが焦点となっています

でも、それをしようとしても、感情的に行動を起こし続けるので、ここまでくると「母親が変わらなければならない」などと言ってはいられないでしょう

アダムに母親が必要だとしても、それはアダムの人生を最優先に考えられる母親のことを意味するでしょう

今回のレベッカは「その資格を有していない」と言えるので、行政が動く方向性は間違っていないと思うし「精一杯やった」というルシーの言葉も意味をなさないと感じました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

臨場感たっぷりに育児放棄の最前線を見ているような感じになっていて、母親の歪んだ愛情がアダムに苦役を強いているように思えます

邦題は『アダムの原罪』となっていますが、パンフレットにも「おかしいやろ」と書かれていましたね

原題も英題も意味は「アダムの利益」というもので、監督のインタビューを抜粋すると「アダムとは劇中のアダムだけを指す言葉ではない」とされています

この名前で「アダムとイヴ」を連想するのだと思いますが、それがある意味ではミスリードのように思えます

劇中のアダムにどんな原罪があるのだろうと考えてしまうことになりますが、ぶっちゃけると「それを考えさせられるのは日本人だけ」だったりすると言えます

 

「アダムのためにすべきこと」に対するレベッカとルシーの罪というものはありますが、母親的存在が母親ゆえに犯してしまうものがあって、それを原罪と捉えるならば、母親に育てられた全ての子どもは「親の行動」という不条理に晒されていることになります

さすがにこれは言い過ぎだと思うし、監督もその方向へのミスリードをしようとは思っていません

あくまでも「アダムのために行動するなら、どちらを支持しますか?」という内容になっていて、それが男女で返答が変わってしまうのかもしれません

劇中に登場する男性は父親以外冷静で、医師として子どもの健康を最優先するのは当然のことでしょう

その観点からすれば、「現時点では母親と切り離すべき」となるのも当たり前のように思えます

 

とは言え、レベッカとルシーが感じる「行政が決めたルールよりも大事なものがある」という感性は捨てるべきではないと思います

それでも「結果としてこうなっている」というものを置き去りにしたままでは、単に「自分がこうしたいからしている」の延長線上でしかありません

この行為が身勝手に映るのは正常だと思いますが、一方で母親の権利を考える上では暴力的のようにも思えます

映画は、行政の横暴を描いているように見えますが、それ以上にこの二人はヤバいだろうと感じに見えるので、こういったものの積み重ねの上にルールというものが生まれてきたのだろうなあ、と思わざるを得ませんでした

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

邦題はかなり飛躍をし過ぎているのですが、一方で「生まれる親を選べない」という運命を考えると、誰しもが「原罪」を抱えていると言えるのかもしれません

これを最近の風潮では「親ガチャ」と呼ぶのですが、婚外出産の当事者、育児放棄、何を参考にしたのかわからない無強要な栄養指導などがあって、その行き着く先が施設行きとなっていました

客観的に見てアダムのためになっているという行動がほとんどなく、憶測で「アダムを母親から切り離したら悪化する」というのですが、その言葉の責任をどう取るのかまで考えが至っていないように思えます

ルシーは「母親と子どもの関係を特別視」しているのですが、そこには感覚的なものしかなく、さらには「アダム本人の気持ち」というものを完全に無視していました

 

映画の後半にて、アダムが自分の心情を伝えるのですが、それが「ママといたい。でも死ぬのはヤダ(字幕)」というものでした

この言い方はかなり母親を気遣っていて、裏を返せば「母親と居ると死ぬかもしれない」とアダムが思っているとも言えます

これはこれまでのレベッカの子育てを全否定するものでもあり、彼女が受けたショックは計り知れないものだと思います

それでも、ここまで言われたからこそ、アダムを送り出せるとも言えるのですが、その言葉はレベッカのある行動を誘発する可能性があったように思えます

 

ラストでは、それを恐れるルシーが彼女に寄り添いますが、それ以上のことはできません

ルシーは「アダムを取り戻すにはあなたが変わるしかない」と言い、それはレベッカにとっての唯一の希望だったのでしょう

現状を引き起こしたものを冷静に振り返れば良いと思いますが、それが叶うのかはわかりません

そう言った意味において、彼らの未来はまだまだ不確定なままであり、それはリアリティを含んでいるのかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/105753/review/06594809/

 

公式HP:

https://adam-film.com/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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