■ビニールハウスの中にあったのは、等身大の希望だったのかもしれません
Contents
■オススメ度
韓国底辺映画に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.3.19(京都シネマ)
■映画情報
原題:비닐하우스(ビニールハウス)、原題:Greenhouse
情報:2022年、韓国、100分、G
ジャンル:盲目の老人と認知症の老女を介護する女性を描いたスリラー映画
監督&脚本:イ・ソルヒ
キャスト:
キム・ソヒョン/김서형(ムンジョン:ビニールハウスに住む女、介護士)
ヤン・ジェソン/양재성(テガン:盲目の老人)
シン・ヨンスク/신연숙(ファオク:認知症を患うテガンの妻)
ウォン・ミウォン/원미원(チョンファ:ムンジョンの母、認知症)
キム・ガン/김건(ジョンウ:少年院に入っているムンジョンの息子)
ソ・ホンソク/서홍석(ギュサン:テガンの息子)
ソ・ジュウォン/서주원(ジョン:テガンの孫)
ソ・ヨンウ/서연우(ジェイ:テガンの孫娘)
アン・ソヨ/안소요(スンナム:ムンジョンを気にいるセラピーの参加者)
チョン・ジュンジュン/정종준(ヒソク:テガンの主治医、友人)
ジュン・ジンガク/정진각(ジンガク:テガンの友人)
チョン・テホン/정대홍(ダエホン:テガンの友人)
ナム・ヨンウ/남연우(ギョンイル:テガンの弟子)
ファン・ジョンミン/황정민(セラピーの司会者、責任者)
コ・ソンウン/고성완(セラピーの発言者、男性)
ハ・ジウン/하지웅(セラピーの出席者)
チョ・スンゲ/조승구(セラピーの出席者)
シン・ミヨン/신미영(チョンファの同室の利用者家族の女性)
パク・オクチョン/박옥출(不動産屋)
アン・ウォンジン/안원진(ジョンウの友人)
チョ・ヨンジン/조용진(ジョンウの友人)
ソン・ウビン/송우빈(ジョンウの友人)
チェ・ビョンスン/최병윤(カーセックスの男)
オム・ヘス/엄혜수(カーセックスの女)
■映画の舞台
韓国:ソウル郊外
ロケ地:
韓国:ソウル
■簡単なあらすじ
ソウル郊外のビニールハウスに住んでいるムンジョンは、もうすぐ少年院から出てくる息子ジョンウとの生活を人生の楽しみにしていた
ムンジョンは資産家の老夫婦の介護を生業として、盲目の夫テガンと認知症のファオクの世話をしている
ファオクは暴力的で素行が悪く、「自分は殺される」と言う妄想を抱いていた
ある日、テガンは友人で主治医のヒソクの診察を受け、そこで「初期の認知症」だと言われてしまう
テガンは自分もいずれそうなると感じていて、自分がわかるうちに「あること」を計画していた
その後、テガンはヒソクを含めた友人たちとの飲み会に参加し、ムンジョンはファオクと二人きりになってしまう
ムンジョンは彼女を洗うために風呂場に連れて行ったが、そこで事故が起きてしまう
突然、暴れ出したファオクを突き飛ばしてしまったことで、彼女は床で頭を強く打ち付けて死んでしまった
そして、そこに酒盛りからテガンたちが帰って来てしまうのである
テーマ:希望と誠実さ
裏テーマ:報いの応酬
■ひとこと感想
半地下はまだマシと言うキャッチフレーズが踊る本作は、韓国の底辺にいる女性がある事故をきっかけに転落していく様子を描いていきます
予告編などで「介護者を殺してしまう」と言うところまでは暴露されていますが、その先の物語はなかなか強烈なものがありました
ムンジョンは自傷者の集うセラピーに通っていて、冒頭から自分の頭を殴ったりしていたのですが、そのセラピーにて出会うことになったスンナムがかなりインパクトのあるキャラクターになっています
彼女は「小説家の先生」から暴力を受けているようで、その男の正体がわかる時は寒気がしてしまいます
物語は、ファオクを殺してしまい、それを隠蔽したことで転落へと進んでいくのですが、彼女が守りたかったものが徐々に綻びを見せて、崩落していくのは見ていて辛いものがありますね
自業自得とは言うものの、そこまで堕ちますか?と言う感じに物語が展開していきました
ラストシーンは仄めかしで終わっていますが、そこで彼女の表情が変わったことが全てでしょう
その先の物語は想像にお任せしますと言う感じになっていますが、彼女が取る手段は一つしかないように思えてしまいます
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
予告編だけの情報で鑑賞したのですが、ファオクが死んでしまうまでが意外と長く、その暴力性とか、ムンジョンを取り巻く環境というものが強烈に掘り下げられていきましたね
起こること全て悪い方向に行くという感じになっていて、その連鎖の速度が恐ろしいほどに速く感じられました
ラストカットは燃えるビニールハウスを振り返るムンジョンの表情で終わりますが、彼女の表情が変わったところで終わるのは秀逸だと思いました
あの後に何が起こったのかは誰もが想像できますが、その行為に対する反応を描いても蛇足に近い印象があります
ムンジョンが自分のしたことを理解していればOKなので、このカットで終わっているのは優しさのようにも思えてしまいます
映画は、希望に縋ったムンジョンがあるきっかけで不道徳な一面を見せて、それによって転落していく様を描きますが、一見そこまで関わらないように思えるスンナムが強烈なスパイスになっていたのはうまいシナリオだなあと思いました
彼女いう先生が「テガンの教え子であり、ムンジョンのセックス相手」というのは強烈なフックになっていて、この事実ですら軽めのエピソードに見えるところが恐ろしくもありました
■ビニールハウス村の今
現在、韓国のソウルでビニールハウスに住んでいる市民は1万300人に達し、住宅用ビニールハウスは江南一帯に集まっているとされています
この江南付近だけで6000人を超える人が住んでいるとされていて、また瑞草区には350棟の住宅用ビニールハウスがあり、そこには960世帯、2840人が住んでいると言います
でも、ビニールハウスは「家」ではないので、住民登録移転を受け付けてくれないため、登録上は引越し前の住所となっているのですね
この他にも、「家」ではないところに住んでいる人が44万人ほどいるとされていて、多くは食堂、農場、工場などに住んでいます
このような場所に住む人は急増していて、過去5年で20%ほど増えていて、首都圏で目立ってきていると言われています
ちなみに住宅用ビニールハウスの値段は、プレハブの骨組みだけで12万ウォン(約13000円)、温室仕様だと24万ウォン(約26000円)となっています
これに防寒用の壁、寝床を作るための土台、家具などを購入もしくは持ち込んで生活空間を作ることになります
暖房などはほぼ効かないと思われるので、冬場の対策は登山用の寝袋を使えば何とかなりそうに思えます
とはいえ、防犯は皆無に等しいので、貴重品をどうやって置くかは悩みどころでしょう
身につけて寝るというのが一番安全なように思えてきます
■ムンジョンの人生における最適解とは何か
映画では、ムンジョンは暴れるファオクから回避するために手を出してしまい、それが取り返しのつかないことになってしまいます
あのまま救急を呼んでいても事故扱いになる可能性は高いのですが、夫テガンは自分の妻の暴力的な側面をほとんど知らないのですね
何かしてませんか?と問いかけても、ムンジョンがそれを否定しているので、彼の中では何かが起こっているとは認識できていません
言葉で「殺しにきた!」と叫んでいることを知っていても、押さえつけないと暴れるのをやめないほどとまでは思っていないかもしれません
ムンジョンは息子との新しい生活のために耐えているのですが、あの家で働き続けないと後がないと思い込んでいます
彼女の目線だとそれはやむを得ないことで、それを維持するためにどうするか、ということを必死に考えたのでしょう
でも、さすがに自分の母親をなりすましにするというのは無茶で、どうやったら見つかるのか、というところがスリラーになっていました
結局のところ、目が見えなくても雰囲気で違うということがわかるのですが、そのきっかけは見ているテレビになっていましたね
ファオクを突き飛ばして殺したということは消しようのない事実で、それをどのように未来に繋げるかですが、救急を呼ばずに避けられる方法はありません
あとは、正当防衛であることを主張するための工作をするしかなく、自分自身も割れた何かで自傷するとか、後ろ向きにガラスなどに突っ込むしかありません
それでも、警察は検死をするでしょうし、ムンジョンが殺人未遂で疑われるのは免れません
あとは状況的にどう見られるかというところが肝心で、「いきなり暴れ出して、取り押さえようとしたけど無理だった」と思わせられるかどうかだと言えます
とは言え、本当は「ありのままを話す」ことで、司法に委ねるのが最適であることは間違いありません
息子との暮らしは無くなってしまうかもしれませんが、彼が出てきたら「おばあちゃんなんでそんなところにいるの?」でバレるわけで、それを隠していることで自分自身の挙動不審さで距離を置かれるのも間違いないと思います
身代わりに病院から連れ出していることで、今度は「病院に戻すこともできなくなる」ので、母親の認知が進むとさらに事故が起こる可能性が増えます
工作がうまく行って、正当防衛が認められても、おそらくは真実を知る自分がさらに自分を苦しめることでしょう
なので、どう転ぶかは分からなくても、誠心誠意で命に向き合うしかないと言わざるを得ません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、エンディングが特徴的な映画で、ムンジョンがビニールハウスを振り返ったところで終わりを告げます
そのビニールハウスには出所してきた息子ジョンウとその友人たちが隠れていたのですが、ムンジョンはその存在を知らぬまま、心ここに在らずといった状態で火を放っていました
彼女の中で何かが壊れ、夢想状態になっていて、心の中では「息子と同居して幸せに暮らし始めている」という感じになっています
でも、実際には全てが塞がっていて、どうにもならない状況まで追い詰められていました
ムンジョンがジョンウがいるのに火を放っていたことを知ったのかとか、焼けたビニールハウスを警察が調べて死体が出てきたことが判明する、などの顛末は語られずに終わっています
それ故に「え? 終わりなの?」という感じになっていますが、少なくとも「燃え盛る炎の中から誰かが出てきた」というところまでは認知していたでしょう
それがラストカットの表情になっていて、それをジョンウだと認識したかどうかまではわかりません
でも、何者かが炎の中から這い出してきた、というところまでは見てしまったのだと思います
ムンジョンは瞬間的に「罪を重ねた」ことを理解していて、おそらく叫び声などで、ジョンウであると認識してしまうでしょう
彼女の中で出来上がった未来図というものが一瞬にして崩れ去るのですが、その想像と理解が追いつかないまま、感覚だけが崩壊を理解している、という状況になっています
肝心なのは、彼女が振り向いたということで、それは「過去を捨てたはずなのに」未だ「過去に囚われている」ことの表れなのですね
彼女が完全に過去を切り捨てていれば、振り返ることもなかったのですが、彼女を呼ぶ過去の声がそこにはあった、ということになります
皮肉にも、ムンジョンを過去に連れ戻したのは息子であり、その真相を知ることで彼女は絶望の淵へと追い込まれていきます
彼女が息子であると認知していなくても、少年院に連絡をすれば「出所したこと」はわかるし、新居にいても「ビニールハウスの焼け跡から焼死体が5つ出てくる」ということになって、そのうちのひとつがジョンウであることは判明してしまうと思います
彼女自身がその焼死体を息子であると断定することになり、そしてそれが事故だと考えられても、タンスの中から出てくる死体に関しては言い逃れができないのですね
なので、どちらに転んでもムンジョンの人生はここで終わったことが告げられるので、彼女の場合だと「悪い想像」を瞬間的に巡らせて、いずれは自殺してしまうのではないかと思います
後味が最高に悪いのですが、その顛末を描くと陳腐になってしまうので、わかるか分からないか微妙なところで終わらせたのは、良かったのではないかと考えています
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/101037/review/03621823/
公式HP:
https://mimosafilms.com/vinylhouse/