■八月の声を運ぶ男
■オススメ度
被爆者の声を集めることに興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2026.8.25(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
情報:2026年、日本、102分、G
ジャンル:約1000人の被爆者の声を集めた元ジャーナリストを描いた伝記映画
監督&脚本:池端俊策
原案:伊藤明彦『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』
キャスト:
本木雅弘(辻原保:長崎放送出身のジャーナリスト、モデルは伊藤明彦)
(幼少期:宇陽大輝)
阿部サダヲ(九野和平:長崎原爆の被爆者)
(幼少期:市野叶)
伊東蒼(九野の姉)
(幼少期:鈴木礼彩)
石橋静河(立花ミヤ子:キャバレーのホステス、母が被爆者)
木野花(竹本ハル:ミヤ子の母)
奥田洋平(白井三郎:キャバレーの店長)
尾野真千子(恵木幸江:被爆者団体の事務員)
国広富之(鳥海:被爆者団体の所長)
佐野泰臣(デモ隊のリーダー)
田中哲司(賀川満:辻原の長崎放送時代の同僚)
安部聡子(中元重子:被爆者)
【その他の出演者】
大八木凱斗(若い患者)
和泉歌子
木内義一
桑原良二(初老の患者)
旭屋光太郎(中年の患者)
辻葉子
みたにゆかり
中村彩実(ホステス)
大脇あかね(ホステス)
大石彩未
橋本佳奈
真白るか(ホステス)
三角園直樹(群衆)
田村将之
光希
細川純一
吉田輝生
井之上淳
パラゴンつよし
高橋まい
狩場航大
山添楓実
■映画の舞台
1972年、
東京、鹿児島
ロケ地:
京都府:亀岡市
毘沙門町&保津町
滋賀県:
岡家住宅
■簡単なあらすじ
1972年、元長崎放送出身のジャーナリストの辻原保は、被爆した人々の声を取材し、テープに収める活動をしていた
だが、被爆者たちはあまり語りたがらず、録音を拒否する人もいた
そんな折、被爆者団体の会合に参加することになった辻原は、団体事務員の恵木から、長崎で被爆し、今は東京で暮らしている九野という男性を紹介された
九野は辻原の申し出を受け、彼の自宅で録音を開始することになった
九野には4人の兄と2人の姉がいて、彼が被爆したのは10歳の時だった
彼はまるで昨日見てきたかのように当時のことを話し始めた
辻原は驚きを隠せないまま、饒舌に語る九野の言葉に耳を傾け続けた
ある日のこと、辻原の元に元同僚で、今は道玄坂で銀行相手にコンサルタントをしている賀川がやってきた
賀川は一緒に働かないかと打診をするものの、辻原は「1000人の声を集める」と言って聞かなかった
その後、九野の録音を聞き返していた辻原は、ある事実に気づいてしまう
それは他の被爆者の声の中にあった言葉で、その言葉と九野の証言には食い違いがあった
辻原は思い違いだと感じていたが、やはり辻褄が合わないことが多く、彼の証言に一抹の疑問を感じてしまうのである
テーマ:声を届ける意味
裏テーマ:語り継がれる現実と歪んでいく現実
■ひとこと感想
テレビドラマの再編集版ということですが、原案もドラマも知らずに鑑賞
1970年頃に広島と長崎の原爆被爆者の声を集めた元ジャーナリストの実話をベースにしたフィクションで、特に九野という男性から話を聞くという内容になっていました
実際の録音が使われているかはわかりませんが、冒頭で数人の声が流れ、さらに録音を嫌がる被爆者も登場していました
その後、東京にて被爆者の支援団体から紹介された九野から話を聞くことになり、その末に「違和感」を覚えるという内容になっていました
彼に姉がいる話は本当なのかとか、嘘にしてはとても詳細でリアルに思え、数々の証言のが整理されていく中で、その違和感の正体を探ることになります
戦争から30年ぐらい経っている頃の話なので、記憶が曖昧だったり、美化されたりということもあると思いますが、それでも証言を書き起こした記録を見ると辻褄が合わなかったりします
そこで、それを確かめようとする辻原が描かれるのですが、その顛末は意外なものだった、と言えるのかもしれません
映画はどの部分が追加されたものなのかはわかりませんが、実録ベースにしてはややフィクション味が強いように思えます
被爆者たちの声を集めて、それを後世に聞かせる意味というのは色々とあると思いますが、そこで語られるものを未来にどう活かすかというのは難しい問題なのでしょう
敗戦国と戦勝国では同じ声を聞いても感じ方が違うと思うし、そもそも戦争を知らない世代の方が多かったりします
そんな中で、これらの声が次の戦争を止めることができるかどうかというのはかなり非現実的なようにも思えてしまいますね
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、九野と辻原は同じことをしていたという顛末があり、九野が救護所で死にゆく被爆者から聞いたことを、そのまま自分ごとのように辻原に語っていたことがわかります
辻原はテープに残したけど、九野は自分の言葉で語り続けることになり、その原点というものは少々違うようにも思いました
九野も辻原も悲惨な戦後を体験してきましたが、見てきたものが違くという感じで、さらに被爆したかどうかというものも語りの違いを生み出していたと思います
辻原の元同僚が言うように「それをしてどうなる?」と言う問題があって、果たして興味を持って誰かが聞くだろうかと言うところに疑問を感じます
それでも、一定数がそれを知りたいと思うのでしょうが、その動機とか源泉と言うものの正体は思っているほど綺麗なものではないと言えます
結局のところ、わずかな差異で生き残った人と何かを抱えることになった人がいて、それがどのように後世に繋がっていったのかはわかりません
辻原にも九野にも子どもはいないようで、そう言う意味においては、ホステスのミヤ子が受け取ったものの方が大きかったのだと思います
映画で描かれることによって、この音声に興味を持つ人もいると思います
悲惨な誰かの過去を聞くことと、自分の中に流れる一部を感じ取ることには絶望的な差があると思うのですが、辻原がそのあたりをどのように捉えていたのかはわかりません
最終的には、音声もその活動で得たものも言語化されて残っていると思うので、そう言ったものが残ったことの方に意味があるのかもしれません
ただ聞いて、それだけで終わることよりも、そこから何かを感じて、どのように行動したのか
この動きの輪が広がるためにどうすれば良いのか、と言うのが一番の命題のように思えました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作を見て、このようなブログが生まれることで、原案に興味を持つ人もいると思います
戦争は身近にあるようで遠い存在にも思え、それでもいつ何時、渦中に放り込まれるかはわかりません
戦争体験者の声を集めるのと、被爆者の声を集めるのとには明確な違いがあって、それは後遺症の問題なのだと思います
様々な影響を受けて生きていた人がいて、単なる戦争だけに留まらず、核兵器が使用されたらどうなるのかと言うことに目を向けるには、その体験者の声を拾う必要があると言えます
どのような影響があったのかを「数字で拾い上げる」と言うのでは意味がなく、個別のケースを見聞きして、どのようなことがあったのかを積み上げていくことで、全体像が見えてくると言えるのでしょう
モデルとなった伊藤明彦は1036人の声を集めたとされますが、この全てを「聴く」ことで、ようやくぼんやりとした輪郭が見えてくるものだと思います
被爆者とされる総数は厚生労働省の発表によればピーク時で37万人とされていて、現在は被爆者手帳を持っている人は9万人ほどとなっています
戦争を防ぐ手立てとなるかどうかは「我が事と思えるかどうか」と言う部分があって、それは一つの国の民だけがそう思っても意味はありません
政治交渉の最終手段が戦争だとは言われますが、決断する人は戦いに参加しない人だったりするのですね
なので、そこにリアルはなく、単なる政争の駒として数字を見ている人たちがいたりします
そう言ったものが世界中で在って、それが終わりなき戦いを生み続けていると言えるのでしょう
それでも、そういったものの見方しかできない人は、この声を聞いても何も思わないと思います
そう言った意味において、その声の思いを共有できる人たちだけが語り継いでいってしまうと言うのが現実で起こっていることなのかな、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/106362/review/06883566/
公式HP:
https://www.wowow.co.jp/film/august/
