■鍵(2026年の映画)
Contents
■オススメ度
奇妙な夫婦愛を描いた作品に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2026.7.13(アップリンク京都)
■映画情報
情報:2026年、日本、94分、R15+
ジャンル:余命宣告された夫が妻を不倫させようと考える様子を描いたヒューマンドラマ
監督:いまおかしんじ
脚本:松本稔&いまおかしんじ
原作:谷崎潤一郎『鍵』
キャスト:
吹越満(剣持耕三:余命宣告を受けた工務店の社長)
菅野恵(剣持郁子:耕三の妻、駆け出しのインテリアデザイナー)
小出恵介(木村:郁子の浮気相手に指名される耕三の部下)
丸純子(トシコ:耕三の元妻、占い師)
那波隆史(石崎:工務店のクライアント)
佐倉萌(澄江:石崎の妻)
新藤まなみ(紗理奈:木村の知り合いの女性)
釜國まひろ(アパートの住人)
治田敦(耕三を迎えにきた死神)
■映画の舞台
都内某所
ロケ地:
千葉県:富津市
https://maps.app.goo.gl/E8L6Rgj7SNYDpepq6?g_st=ic
千葉県:木更津市
野際公園
https://maps.app.goo.gl/hDxgiyTXw8MJqhxP6?g_st=ic
東京都:渋谷区
代々木八幡宮
https://maps.app.goo.gl/Xt3qdf5e4QoaYC336?g_st=ic
東京都:中野区
りんりんりん
https://maps.app.goo.gl/37Z4F9AN8mUpjwqC6?g_st=ic
東京都:港区
えん
https://maps.app.goo.gl/a2BZ1Q1vnB2wtvyw6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
工務店の社長である剣持耕三は、膵臓癌のステージ4と診断され、余命半年の宣告を受けていた
妻・郁子にどうしても伝えることができず、部下の木村と石崎邸の施工を進める中でも、うわの空の日々を過ごしてきた
彼にはすでに死神が取り憑いていて、早くあの世へ連れて行きたいと考えていた
ある日のこと、死神のイタズラでとある店に入った耕三は、そこで占い師をしている元妻のトシコと再会することになった
トシコに病気のことを告げ、郁子との関係をどうしたら良いかと相談するものの、彼女に告げないわけにはいかないだろうと言われてしまう
そして、ある時に冗談混じりで出た言葉を間に受けることになり、耕三は郁子に浮気をさせたいと思うようになった
郁子が他の男で関係を持つことことで、死に対する恐怖が薄らぐと考えたのだが、どんな男と浮気をさせれば良いのかと悩んでしまう
そんな折、部下の木村の郁子への想いを知った耕三は、彼に「郁子の浮気相手になってほしい」と言い出す
木村は困惑するものの、郁子が良いならと言って、その話を受けることになった
それから二人は、耕三の目の前でいちゃつき始め、彼は嫉妬に駆られて、感情を抑制するのに苦労し始めるのである
テーマ:生きる原動力
裏テーマ:死にたくないと思えるまで
■ひとこと感想
余命宣告された夫が妻の次の相手を見つけるのかと思いきや、まさかの「浮気されたら嫉妬して、それで死の恐怖を忘れるのでは?」という理由になっていました
その相手が自分の部下なのですが、自分と妻を結びつけた男でもありました
ここまで近くて知っている男だとどうなんだろうと思いますが、自分の会社を任せようと思える人物なので、女性関係で色々あったとしても信頼できる人物だったのだと思います
映画は、死神が囁きかけるというファンタジーもありますが、耕三は彼の声が聞こえていないみたいでしたね
あくまでも、耕三を早く連れて行きたいのに、なかなかこっちの世界に来ないと苛立っていたりします
彼は第三者的な視点で耕三たちを見ている存在で、ある意味、映画の観客と同じポジションで眺めていることになります
彼が一連の流れを見ていうセリフは観客のツッコミに近いのですが、死神という視点もあるので、少しばかりズレた視点になっていたりしました
映画のタイトルは「鍵」なのですが、どこで出てくるんだろうなあと思っていたら、意外なところで登場していましたね
原作では、「読まれることを期待しながらも隠す日記」というものがあって、それは「鍵つきの保管場所」に隠されていたりします
映画では、わざとらしく「隠す場所」を見せているし、すぐに出せないような場所には保管していませんでしたね
なので、アパートの合鍵という意味合いの方が強く感じてしまうように思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は、原作とは少し印象が違う作品で、隠しているつもりの日記を読みあうという感じの構成にはなっていません
そもそもが人間関係がまるっきり変わっていて、原作は原案に近いくらいに関係性が変わっているように思えます
それでも、骨子としての「妻を満足させるために嫉妬心を燃やすために、妻と木村を浮気させる」というところは変えていません
原作では、敏子は耕三の娘で、構造は56歳の大学教授で、妻はひと回り下の年齢になっています
また、木村は教員ですが、郁子の協力者であることには変わりないのですが、夫の精力を回復させるために関係性を築いているというのではなかったりします
とは言え、原作の映画化はこれまでに何度もされているので、それをトレースする意味はないのだと思います
映画では、死の淵に立つ耕三が「死の恐怖を忘れるために妻と木村を付き合わせたら、別の効能としての生きる気力が湧いてしまった」みたいな感じになっていました
死に対してドライだった耕三が、妻の不倫の顛末を見ていく中で「恐怖を感じ、もっと生きたいと思うようになる」というもので、妻を愛するが故に「どのようにすれば満足させることができるのか」と考える中で、色んなことを行なって行きます
ポラロイド写真で撮る行為はそのままでも、その目的が違ったりするので、原作に登場するものをどのように再構築して破綻のない物語を作るのか、という映画になっていたように思いました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、妻を愛する男が「自分の死後のことを心配する」というもので、死神からすれば「何をやってるんだ」というものになっていました
最終的には「人間とは愚かなものだ」と締められるのですが、これらの耕三の右往左往というのもは理解できないことではないと思います
相手が自分たちの結婚を後押しした存在というところもあって、人間としては信頼していたのでしょう
そして、彼ならば妻を幸せにしてくれるのではないかとおう願望もあったのではないでしょうか
映画の冒頭は、耕三の死後の世界で、そこでは妻と木村は関係を持っているように描かれています
それを眺めて成仏できない耕三という構図になっていて、映画のラストでは「木村の告白を拒否する郁子」が描かれていました
葬式直後に言うことではないと思いますが、その後は死神と耕三が思ったように、あっさりと関係を持っていたりします
木村視点で、耕三の子どもを育てることになると思うのですが、それをどう感じているのかわからないし、関係をすでに持っていたので、どちらの子どもなのかもわからなかったりします
このあたりは見事に濁した感じになっていて、郁子が耕三の存命中に木村と関係を持ったのかは描かれていません
あくまでも「夫の願望を叶えるために演じていた」と言うことになるので、一線を越えてはいないのかもしれません
原作では、そこを越えてしまっている郁子の独白(日記)があったりしますが、そもそも日記の見せ合いになっていないのは斬新だったように思いました
ここまで「鍵要素」が変わってしまうのはどうなのかと思いますが、原作以上に要素をそのままにして物語を再構築すると言うのは難しいのでしょう
肉体関係に満足させあえていない夫婦というのが減点となっていて、それを夫の健康問題と加齢に置いていると思いますが、ある意味特殊性癖の話でもあったりします
いわゆる「NTR(ネトラレ)」で興奮する夫みたいな部分があったりするのですが、そこまで下世話に話を落とさなかったのはギリギリのラインだったのかな、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/104980/review/06732097/
公式HP:
https://legendpictures.co.jp/thekey/
