■神さま視点の物語の先にあるのは、客観的に人間という存在を「視る」ことだと思います
Contents
■オススメ度
アイヌについての理解を深めたい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.1.29(京都シネマ)
■映画情報
情報:2024年、日本、135分、G
ジャンル:アイヌの伝統ユーカラを翻訳した知里幸恵の半生を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:菅原浩志
キャスト:
吉田美月喜(北里テル:女学校への進学を希望する女の子、モデルは知里幸恵)
(10歳時:茅本梨々華)
望月歩(一三四:テルの幼馴染)
(幼少期:石谷彪真)
島田歌穂(イヌイェマツ:テルの叔母、ユーカラの伝統者、モデルは金成マツ)
加藤雅也(兼田善哉:アイヌ語研究の教授、モデルは金田一京助)
清水美砂(兼田静:教授の妻)
佐藤理紗(きくの:兼田の女中)
天宮良(小嶋:帝国大学民俗学教授)
伊藤洋三郎(佐々木原:第五尋常小学校の校長)
石川慶太(宮沢賢治:第五尋常小学校の鬼教師)
遠藤雅(山田:女子職業學校の担任)
阿部進之介(レモㇰ :一三四の祖父、若年期)
(老齢期:パスタ功次郎)
菜月(パロカリレ:レモㇰの妻、若年期)
加藤憲史郎(正治:一三四の弟)
演者不明(モト:テルの妹)
清水伸(矢野:駐在所の巡査)
水津聡(島津:編集者?)
小柳友貴美(兼田の近所のおばちゃん?)
江守沙矢(兼田の近所の妊婦)
桑原昌英(医者?)
大橋哲郎(アイヌを働かせる男)
押本大樹(レモㇰの友人)
松田祐作(軍人)
一林花菜(石田シズ子:職業学校の生徒、級長)
小野晴子(幸子:職業学校の生徒)
古﨑あかね(門馬千代子:職業学校の生徒、副級長?)
福地乃々華(美代子:職業学校の生徒)
富居玲衣(尋常小学校の児童)
■映画の舞台
大正6年、
日本:北海道
日本:東京
ロケ地:
北海道:東川町
https://maps.app.goo.gl/FwPMZBr4NMmLMBmQ6?g_st=ic
北海道:札幌市
野外博物館北海道開拓の村
https://maps.app.goo.gl/A44oGpLUgpjHmyc69
北海道:岩内郡共和町
共和町かかし古里館
https://maps.app.goo.gl/e37zDuV2sAatZ3aS8
北海道:小樽市
小樽市総合博物館
https://maps.app.goo.gl/xKnNqVDUoX1BHKePA
■簡単なあらすじ
アイヌとして初めて職業学校に入学したテルは壮絶ないじめに耐えながら勉学に励んでいた
テルは叔母のイヌイェマツに育てられ、幼馴染の一三四とともに日々を過ごしていた
ある日、東京から兼田と言う言語学者がイヌイェマツのユーカラ(叙事詩)を聴くために訪れていて、テルはアイヌとして差別されている苦悩を打ち明ける
だが兼田は、「あなたたちは世界で唯一無二の口承伝統を持つ誇り高き民族である」と断言する
兼田はテルの教養の高さを感じ、ユーカラを文語化する手伝いをしないかと働きかける
テルは時間を惜しんでローマ字で書き写し、それを日本語に訳していく
その往復書簡の末、テルは東京にて翻訳の書籍化に向けて活動を始めることになった
テーマ:民族の誇り
裏テーマ:口語と文語の余白
■ひとこと感想
実のところ、翌日に予定を組んでいて、別の映画を観るつもりでいました
それで、電車に乗った後にチケットを買おうとしたら時間を間違えていまして
そこで急遽、別の映画とスケジュールを入れ替えることになりました
映画館に着いたらパンフレットが品切れだったのですが、映画が終わった後に立ち寄ると再入荷されていると言う奇跡に立ち会うことになりました
映画は、高評価を受けていることは知っていたので期待値MAXで鑑賞しましたが圧巻の一言でしたね
ユーカラの歌唱シーンも、それを筆記するシーンも、冒頭の引用のナレーションも最高だったと思います
物語は、知里幸恵の半生を描くことになっていて、北里サトと言う名前で登場していました
彼女の叔母は金成マツと言う人がモデルになっていて、アイヌ名はイメカヌと言う名前になります
また、兼田教授のモデルは金田一京助になりますね
彼女の短すぎる半生を描くことになっていて、アイヌ語が字幕で登場するシーンもありました
キャスト情報は色々とググってみましたが、さすがに現地の子役さん、アイヌの方々の情報は皆無なので埋めようがありませんでした
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
『ゴールデンカムイ』の対極にある映画で、アイヌ民族が和人に虐げられているシーンから、壮絶ないじめなども赤裸々に描いていきます
観ていると辛くなってしまうのですが、ユーカラを書き記すあたりから、偉人誕生の歴史を見ているようで、胸が高鳴って来る感じになっていました
何かを達成する映画は爽快感があるのですが、本作はそこにもサプライズがあって、一三四が泣き縋るシーンでは思わぬ涙が溢れました
彼女が受けた天命というものはとても凄まじく、それを編纂し、世に残した功績というものも素晴らしいものでした
そして、この映画を作るに至って、様々なハードルと難題がある中、このような形で出会うことができたのを至極幸福に思います
奇跡的に手に入れたパンフレットには、テルによるナレーション(朗読)が掲載されていて、日本語のリズムを大切にして、言葉を紡いできた文才というものが滲み出ています
このような映画を作ることは非常に難しく、監督の言葉を借りれば「アイヌでないお前に何がわかるのか」ということになるのですが、誰かが何かの形にしないと、遠方に住む人々には伝わらないのですね
悪い噂は物凄い速さで伝わり、北海道の女学校で瞬足で伝わっていきます
このようなレッテルを剥がすためにも、正しい情報というものが必要で、それによって情報にアクセスすることができるようになります
そう言った意味でも、テルによる解釈を取り入れた翻訳というものも意味のあるものだったと言えるのではないでしょうか
■知里幸恵について
映画に登場する北里サトのモデルは「知里幸恵」で、明治36年生まれのアイヌの女性です
北海道登別市出身で、19歳という短い生涯で、『アイヌ神謡集』の出版に寄与した人物でした
彼女のおかげで、絶滅の危機に追い込まれていたアイヌ伝統文化の復権に重大な転機をもたらすことになりました
父・高吉と母・ナミの間に生まれ、6歳の時に伯母の金成マツの元に引き取られました
その後、尋常小学校に通学し、当初は和人と同じ学校でしたが、アイヌのみの学校が開設されてからは、アイヌの尋常小学校に通学し、卒業することになりました
その後、旭川の実業学校(旭川区女子職業学校)にて進学し、アイヌの子女で初めて北海道庁立女学校に受験するも不合格となっています
幸恵の祖母モナㇱノウㇰは「カムイユカラ」の謡い手で、身近なところでユーカラを聴く環境で育ったとされています
兼田教授のモデルは金田一京助で、この時にユーカラを披露したのは祖母モナㇱノウㇰたちで、イヌイェマツのみにしているのは映画の演出であると思われます
でも金田一京助に幸恵を引き合わせたのはマツで、それによって彼女の人生が劇的に変化することになりました
金田一はカムイユカラを文字にしようと考え、それを幸恵に託すことになります
そして、東京・本郷の金田一の自宅を訪れ、翻訳作業を続けることになりました
幸恵は重度の心臓病を患っていて、当時は気管支カタルと診断されていました
その後も翻訳、編集、推敲などの作業を続け、1922年9月18日に完成させます
しかし、その夜に心臓発作のために亡くなってしまいました
幸恵が完成された『アイヌ神謡集』は翌年に柳田國男の編集による『炉辺叢書』の一冊として、郷土研究社から出版されることになりました
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Amazon Link 『柳田國男全集(「炉辺叢書」が収蔵されている巻)』リンク https://amzn.to/494pW54
■ユーカラについて
劇中で伝承される「ユーカラ(Yukar)」は、アイヌ民族に伝わる叙事詩で、少年の英雄が主人公となることが多く、「英雄叙事詩」と訳されることもあります
カタカナ表記だと「ユカㇻ」で、「ユーカラ」と呼ばれるようになったのは金田一京助によるものとされていて、映画ではその名称が使用されています
アイヌは文字を持たないため、口承にてそれらを伝えてきました
金田一による分類だと、ユーカラは「人間のユーカラ」と「カムイユーカラ」の2種類に分けられ、それぞれは英雄叙事詩と神謡と呼ばれています
「人間ユーカラ」の方は、ポンヤウンペという少年が活躍する冒険譚となっています
「カムイユーカラ」はカムイが一人称で語る形式になっていて、アイヌの世界観を反映した神様の物語とされています
そして、神・自然と人間の関係についての教えが込められています
映画で登場するのは、幸恵によって訳された最初のユーカラとされていて、神謡集の一番最初に収録されている「銀の滴降る降るまわりに(Sirokanipe Ranran Piskan)」というユーカラになります
『アイヌ神謡集』には「梟の神の自ら歌った謡(Kamuycikap Kamuy Yayeyukar)」というもう一つのタイトルがあり、神(カムイ)であるシマフクロウの視点にて語られています
それゆえに映画では、たびたびフクロウの様子が挿入されつことになっています
簡単な内容は、「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」という歌を歌いながら、人間の村を見下ろしているフクロウの目線で始まります
そこには貧乏人が金持ちになり、金持ちが貧乏人になっていました
海辺で子供達が弓で遊び、子供達は私に目掛けて矢を放ってきた
私は金持ちの矢は交わしたが、貧乏で虐められている子を不憫に思って、その子の矢を手に取った、という感じで語られていきます
詳しくは『銀の滴降る降るまわりに』もしくは、出版されている書籍にて堪能していただければ良いかと思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、実在の人物をモデルにした作品ですが、実名が登場している人物はいません
テル=幸恵、イヌイェマツ=マツ、兼田=金田一というように文字っているものもあれば、全く想像のつかないものもあります
このあたりは制作の難航さを物語っていて、それが映画化の条件だったのかもしれません
あくまでも「実話に基づく(Inspire)」というものになるのですが、実名使用の許可が降りなかったからなのかもしれません
この辺りの制作秘話はパンフレットのインタビューに委ねるとして、日本の教育では「都合の悪い近い過去」についてふれないことの方が多いように思います
日本史を古代から進めて大正ぐらいで力尽きるのがデフォで、私の時も大正デモクラシーで終了していましたね
近世から始めるか、近世以降で別の教科にするしかないでしょうね
本当は近代史ほど学ぶべき必要があって、そこを重点的に教える方が有益であるように思います
もっとも私の時代の義務教育は40年ほど前なので、今がどうなっているのかはわからないのですが、積極的にアイヌ民族のこと、太平洋戦争などを授業で取り扱っているのかは何とも言えません
この辺りは教え方によっては様々な反応が必須というところがあって、そのような反応に真っ向から挑むというのも難しいのかなと思います
日本は教育基本法を骨子に教育が行われていますが、「たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願う」という解釈が入りまくる文章が前文にあったりします
世界平和という観点だと「近代の戦争の歴史」について考える必要はありますし、福祉の向上という観点だと「福祉の不平等、対象となっている歴史」というものを学ぶ必要があります
なので、現在進行形で「不都合」になっていることこそ学びの場による議論が必要で、それらの問題に向き合う風土というものを作る必要があると思います
今では、教育以外の現場の方が学びの場が多く、映画もそのひとつのコンテンツだと言えます
様々な偉人、歴史をベースにした映画を作り、時には炎上案件になる映画も存在します
学校の現場では教科書に書いてあること以外には教えられないので、それに付随しない映画を上映して観せることもできないでしょう
私の頃は『火垂るの墓』『はだしのゲン』が「戦争はダメですよ教育」で使われていましたが、どうして戦争になったのかなどはほとんど教わらなかった記憶があります
そう言った意味において、文科省などがOK出さないと映画も上映できないと思いますが、学びの場で同じ映画を観て「多くの意見を共有する」ということも大事だと思うので、もっと多くの作品が教育の場に出るようになればいいのになあ、と思いました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/97460/review/03426529/
公式HP: