■覚えた言葉の数だけ、囚人たちの慟哭が彼の心に刻まれていった
Contents
■オススメ度
ナチス関連の映画に興味がある人(★★★)
嘘のような本当の話系が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.12.1(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Persian Lessons
情報:2020年、ドイツ、129分、G
ジャンル:生き延びるためにペルシャ人を偽ったユダヤ人青年とナチス大尉の交流を描いたヒューマンドラマ
監督:ヴァディム・パールマン
脚本:イリヤ・ゾフィン
原作:ヴォルフガング・コールハーゼ『Erfindung Einer Sprache』
キャスト:
ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート/Nahuel Pérez Biscayart(ジル/レザ:ナチス将校に嘘のペルシア語を教えるユダヤ人の青年、小説ではストラートという名前)
ラース・アイディンガー/Lars Eidinger(クラウス・コッホ大尉:テヘランで料理店を開きたいナチスの将校、小説ではバッテンバッハという名前)
ヨナス・ナイ/Jonas Nay(マックス・バイヤー兵長:ジルをユダヤ人だと疑わないSS兵士)
レオニー・ベネシュ/Leonie Benesch(エルサ・シュトルンプフ:女看守)
Luisa-Céline Gaffron(ヤナ:SS女看守、所長の愛人)
アレクサンダー・ベイヤー/Alexander Beyer(収容所の所長)
Andreas Hofer(フォン・デヴィッツSS副官)
Nico Ehrenteit(オイゲン・クルップ/Eugen Krupp:SS大尉)
Felix Von Bredow(シモンズ:SS大尉)
Ingo Hülsmann(ファーバー:SS大尉)
David Schütter(ポール:SS兵士)
Mehdi Rahim-Silvoli(ネイサン:SS兵士)
Serge Barbagallo(囚人のリーダー)
Giuseppe Schillaci(マルコ・ロッシ/Marco Rossi:ジルを助ける囚人、ジェイコブの兄)
Antonin Chalon(ジェイコブ・ロッシ:言語障害のあるマルコの弟)
Peter Beck(ジルを診察するナチスの医師)
Gannadiy Fomin(ジルを説得する農夫)
Narcus Calvin(ジルの話を聴くアメリカの捜査官)
Elena Stetsenko(アメリカの速記者)
■映画の舞台
第二次世界大戦下
ドイツ領フランス
ロケ地:
ベラルーシ:ミンスク
https://maps.app.goo.gl/374ea8WwQML8FMnc8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
1942年、ドイツ占領下のフランスにて、ユダヤ人青年のジルは強制収容所送りのトラックに乗せられていた
そこである若者から本とサンドイッチを交換することになったジルは、ペルシャ人の父から息子レザに贈られた本を眺めていた
収容所に着いた彼らは「始末」される運命だったが、死んだふりをして誤魔化そうとしたジルを、SS兵士マックスがめざとく見つける
ジルは懇願し、自分はユダヤ人ではなくペルシャ人であると嘯く
マックスが彼の所持品を調べると、例のペルシャ語の本が見つかり、そこの料理番をしているクラウス・コッホ大尉は彼を生かすことに決めた
コッホは兄がテヘランに逃亡していて、戦争が終われば兄に会いに行って、テヘランでレストランを開く夢を持っていた
コッホはジル(レザ)を信用し、ペルシャ語のレッスンをしろと命令する
元よりペルシャ語など話せないジルだったが、思いつきで単語を並べてその場鎬を始める
だが、言葉を作ることは簡単でも暗記するのは骨が折れた
ある日、ジルはコッホから囚人のリスト作成を命じられる
そこで、ジルはリストの名前を文字ってペルシャ語を作り、レッスンを続けようと目論むのであった
テーマ:生存への執念
裏テーマ:単語の記憶の仕方
■ひとこと感想
嘘のような本当の話ということで、ナチス将校を嘘のペルシャ語レッスンで騙したという設定に興味があって参戦しました
原作小説を膨らませたもので、小説の名前も全部変えていました
小説のストラートとバッテンバッハにモデルがいるのかまでは調べきれませんでしたが、「Inspire」ということでほぼフィクションという感じでしたね
どう考えてもバレない方がおかしい感じで、だとしたらコッホはなぜジルを生かしておいたのかという理由づけが必要になります
でも、映画では、コッホは本当にジルを信用していたように描かれていました
本当のところは、戦争には加担したくなくて、兄と一緒にテヘランに逃げていればよかったのでしょう
収容所で唯一、本当の話をできたのがジルという人物だったのですが、それを思うと切なくもありますね
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
予告編の雰囲気から、どう見てもスリラーやんという感じでしたが、蓋を開けてみるとヒューマンドラマの要素の方が強かったような気がします
特にナチス将校が普通の人間として描かれていて、所長と関係を持った女が「短小リークする」とか、嫉妬に狂った女が告げ口をして恋人になりそうな二人を配置転換させるなどのラブコメ感がありました
そんな中、容赦ない暴力描写があって、ユダヤ人は慈悲なく殺されまくっていましたね
生き延びるためにペルシャ人と嘘をつくのですが、あの収容所に一人もペルシャ人がいないというのはハード設定だなあと思いました
ロッシ兄弟の暗躍もドラマ的ではありますが、命をかけて借りを返そうとする兄も嘘を突き通して欲しかったように思えました
ラストでテヘランに着いたコッホの絶望たるはえげつないものがありますが、ジルは常に差し違える覚悟で「同類」として見做していましたので、それが彼の心の強さだったと言えるのかもしれません
■原作小説について
原作となる短編小説は『Erfindung Einer Sprache』という物語で、原題の意味は「言語の発明」という意味になります
この物語ではストラートという青年が、SS(髑髏部隊)の大尉バッテンバッハに機転を効かせて嘘のペルシャ語を教えるという内容になっています
映画はこの本筋にSS側の背景と日常が加味されたものになっていますが、主人公のストラート=ジルの背景はほとんど描かれていません
原作小説は海外のアマゾン他のサイトで購入可能のようですが、20ユーロぐらいの値段になっています
短編なので、他の作品とセットになっていると思いますが、原題でググっていくと、原文まんま載っている青空文庫みたいなサイトもあったりします
このあたりは閲覧に際して著作権などの絡みがあると思うのでリンクは貼りませんので、各自の責任でググっていただければ良いかと思います
原作の設定は「窮地の機転」と「受動的な戦争参加」というもので、それぞれの要素を膨らませています
「窮地の機転」では、単語を覚えるためにジルが行った方法を掘り下げていて、その記憶法によって、捕虜から解放された際に「彼が偽ペルシャ語に引用した囚人の名前」を後世に遺すことに繋がっていました
ジルは言語を獲得する際に、ペルシャ語の規則性というものは無視して、あくまでも「既存のドイツ語」を砕くという手法を取ります
これは世界にある言語の多くが基軸単語の変化になっているという言語進化を印象付けるものだと思われます
配給の際にリストと人物を照合させることで、その特徴をその言語の意味に規定していきます
この単語と映像の関連付けは単語学習の肝にもなる方法で、その手法を奇しくも取り入れていることになります
また、「受動的な戦争参加」については、その誰もが敵対する組織、もしくは個人に信念のない戦争参加ということになり、劇中のコッホは最終的に軍を離脱するという暴挙に至ります
収容所では三角関係のようなものから、所長の愛人問題と身体的特徴に対する噂話など、様々な話題がありました
そこが残酷な収容所であることを忘れてしまうような日常があって、でも壁一枚隔てた先には屠殺場のような殺伐とした待合がある
この設定が「行為」をより鮮明に独立させているようにも思えてきますね
■語学の学び方
語学が繰り返し使用することで体得できますが、その使用に至るまでに様々なハードルがあります
それは文法と単語力で、英語学習をした人ならば、どちらかで挫折を経験しているかもしれません
私個人も絶賛挫折中で、今は「読めれば良い」ぐらいになってしまっています
最終的には英語脚本を描くことを目的としていますので、文法以前に語彙力の方が必要なのは十分承知しています
映画ではパンを意味する単語を間違えたことで窮地に至りますが、そこでジルは「同じ単語に違う意味がある」と咄嗟に嘘を重ねていました
でも、実際の言語にも単語には様々な意味があり、使用する状況によって変わることもしばしばあります
単語にはざっくりとした雰囲気的なものが根幹にあって、それを理解することで使用状況で通じるように変化されることがあります
それらの蓄積が辞書に載っている多くの意味であり、英語も日本語も同じだったりします
英単語などを調べるときに「英英で調べる」と、その言語の「英語での意味」がわかります
例えばタイトルにある「Lesson」を英英で調べる場合には、「Lesson Meaning」というふうにググります
すると、「a period of learning or teaching(学習または学習の期間)」とという英語での意味が出てきます
そして、もう一つの意味として、「a passage from the Bible read aloud during a church service, especially either of two readings at morning and evening prayer in the Anglian Church(教会の礼拝中に声に出して読み上げられる聖書の一節、特にアングリア教会での朝と夕方の祈りでの 2 回の朗読のいずれか)」が登場します
次に「Lesson origin」と検索すると、「Lesson」に対する由来が検索結果に登場し、それがラテン語の「Lectio」であることがわかります
この「Lectio」をグーグル翻訳にかけると「Reading」ということがわかり、上記の「Lesson」意味の二つ目の意味に繋がってくるのですね
これらの流れを汲み取ると、「Lesson」とは、「日常で反復される学習形態」ということがわかり、「教会の礼拝中に繰り返し読む」というイメージが掴めるようになります
この「礼拝中に」という映像化がジルが行っていた「各囚人たちの性格を意味に落とし込むこと」と同じ効用であると言えます
それによって、ジルにとっては一つの単語の背景に一人の囚人がいるという情報の結びつきがあり、それがラストの名前を読み上げるシーンへと繋がっていきました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は映画の題材にされやすいナチス迫害ものですが、ナチス陣営を普通の人間として描くという、これまでにはあまりないスタイルで描かれています
映画の主人公が迫害される側にも関わらず、ナチス側が極悪非道に描かれていないというのは珍しい作風であるように思えました
かと言って、無慈悲なシーンがないわけではなく、ヒューマンドラマのほっこり感の中で、事務的な殺害シーンが描かれています
これらの効能としては、安堵と緊張の振り幅が大きくなっていて、ジルがどっちに転ぶかわからないという落差と不安感の舞台装置になっていました
特に、ジルを不審に思っているマックスが常に監視の目を光らせていて、収容所内の厚遇に対して不満を持っています
SS(=髑髏部隊)の中で一番極悪非道に見える彼でさえ、その内面を人間的に描いていて、収容所内でのロマンスの主役になっていました
彼の内面と行動の乖離が激しいのも戦地特有のものとなっていて、ナチスの思想実行者が役割を演じていたというふうな解釈になっています
これらは半分正しくて、半分間違いにも思えるのですが、実際のところどうだったかというのは、本人以外に知るよしもありません
ナチスの蛮行だけを描いても無慈悲さは募りますが、実行者を人間として描くことで、より一層「行為」に対する嫌悪感を生みます
そこで実行者と結果を分離するべきか否かは別問題になってきますが、実行者が心と体を分離させないと、生粋のサイコパス気質のある人以外はバランスを保てないものだと思います
本作はスリラー映画として抜群の緊張感があるのですが、その要因が「ヒトラーの実行部隊を人として描く」ということになっていて、これは裏を返せばナチスが行なってきた身内への洗脳の怖さを同時に描いていると言えるのかもしれません
彼らは命令を実行に移さなければ殺される可能性があった存在で、その中で役割を与えられて、それに価値を見出したのがマックスで、その価値の怖さをジルから教わったのがコッホであると言えるのではないでしょうか
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/384577/review/ec8d59a7-5373-4ab8-b8cf-e0653415fb3e/
公式HP:
https://movie.kinocinema.jp/works/persianlessons/