【映画感想】シンシン・アンド・ザ・マウス/SINSIN AND THE MOUSE【後半:ネタバレあり】

■シンシン・アンド・ザ・マウス/SINSIN AND THE MOUSE


■オススメ度

 

喪失からの回復の物語に興味がある人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.7.1(イオンシネマ京都桂川)


■映画情報

 

中国語タイトル:鼠一般的你

情報:2026年、日本、108分、G

ジャンル:母の喪失回復のために台北に旅行に行く女性を描いたヒューマンドラマ

 

監督:真壁幸起

脚本:真壁幸起&加藤法子

原作:吉本ばなな短編集『ミトンとふびん』所収「SINSIN AND THE MOUSE」

 

キャスト:

岸井ゆきの(光岡ちづみ:母を亡くし、喪失感を抱えた女性)

   (幼少期:原春奈

   (高校時代:佐々木告

ツェン・ジンホア/曽敬驊(シンシン/田口真吾:日本人と台湾人のハーフ)

 

藤原季節(マサミチ:ちづみの友人、バンドマン)

中田青渚(サチ:マサミチの婚約者、シンシンの友人)

 

柄本時生(ライブハウスの店長)

伊勢佳世(クリーニング店の店員)

 

飯田基祐(蓮沼弘喜:ちづみの父)

余貴美子(光岡沙都子:ちづみの母)

 

リン・チェンシー/林辰唏(バーテンダー)

エンジェル・リー/李雪(シンシンのファンの女性)

ステファニー・リム/林美貞(ヤン・チュンメイ:シンシンの母、有名な女優&歌手)

 

藤原希(あすか:ちづみの友人)

 

知久杏朱

Woody/呉平云

MIDORI/蔡菫卉

Dogheep Hsiao/狗恩

Zac Heieh/謝鐡男

Honda/洪徳

 


■映画の舞台

 

東京某所

台湾:台北

 

ロケ地:

台湾:台北

周胖子餃子館/Fat Zhou‘s Dumplings

https://maps.app.goo.gl/TbrvFesXPmzMyung7?g_st=ic

 

青田茶館/Qing Tian Teahouse

https://maps.app.goo.gl/mbY1wVyXZeTvC8ZR7?g_st=ic

 

黒膠咖啡/Vinyl Decicion

https://maps.app.goo.gl/SSPDpsDfDNCrKs7S7?g_st=ic

 

MUD BAR

https://maps.app.goo.gl/yGG4JQh7VV4TmN3h7?g_st=ic

 

東京都:立川市

BABEL The Rock Tower

https://maps.app.goo.gl/dxoQxjZbt6cGEtmV9?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

30歳を迎えたちづみは、母を看取ったあと、呆然として、何もやる気が起きなかった

仕事を再開する気力もなく、日々を過ごしてきたところに、かつて仕事で関係を持ったバンドマンのマサミチから電話が入った

彼はちづみが関わっていたライブハウス出身のミュージシャンで、今度は台北でライブをするという

マサミチは気分転換も兼ねてはどうかと打診した

 

ちづみは少し考えた後、台北に向かうと返答する

そこにはマサミチの婚約者サチもいて、さらに彼女の友人のシンシンという若者もいた

シンシンは中国人の母と日本人の父を持つハーフで、東京と台北を行き来する生活をしていた

彼は、台北で何軒かのバーを経営していて、今はこちらに拠点を移しているという

 

食事を終えた4人は、ライブまでの時間を過ごすことになった

ちづみは「静かなところに行きたい」と言い、シンシンは彼女を茶館に連れて行った

だが、予約が取れず、諦めようとしていたところ、シンシンは食い下がって、夜の予約を取り付けた

そして、その茶館の予約までの間を過ごすことになり、シンシンは彼女の話に傾聴しながら、ある絵本の話を話しだす

それは、少女のおうちの壁の向こうに小さなネズミが住んでいるというもので、その絵本を読んだことで、孤独な幼少期を乗り切ったというのである

 

テーマ:声が消え、声が遺る意味

裏テーマ:友だちの支え

 


■ひとこと感想

 

母を亡くした女性が台北に旅行に行くぐらいしか情報を仕入れずに鑑賞

かなり静かな立ち上がりとスローテンポだったので、下手すると寝落ちしてしまうんじゃないかと思ってしまいました

母親が亡くなった直後で、何をする気にもなれないという感じの日常が続くのですが、どの瞬間でも「過去のどこか」を思い出している、という感じに描かれていきます

 

そんな彼女の元に、成長をそばで見てきたミュージシャンのマサミチから電話が入り、彼女は気分転換も兼ねて、彼の台北ライブを見に行くことになりました

台北に行っても、さまざまなシーンで母との思い出を想起してしまい、どこにいても日常は変わらないように思えました

そんな時に出会ったのがシンシンという青年で、彼にも悲しい過去があることがわかります

 

冒頭では、自宅で過ごすちづみとシンシンが描かれ、どちらも種類の違う喪失を抱えていることがわかります

どちらも母親が亡くなっているということは同じなのですが、その種類が違うのですね

これは後半に明かされるシンシンの過去に起因するもので、その過去から立ち直ってきた彼の方法論というものが少しずつちづみに浸透していく様子が描かれていました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

本作は、台北で出会った青年との交流を描き、そこにほのかな恋心が生まれていく様子が描かれます

とは言っても劇的な恋愛というものではなく、ある種のソウルメイトの発見に近いのだと思います

それぞれが抱えてきた孤独というものがあって、その少し種類の違ったものというものが浮き彫りになっていくことになります

 

シンシンの喪失感は「多忙な母親との思い出が少ない」というものもありますが、その多忙さが生んでしまった「誕生日が曖昧」という事実がありました

これが彼のアイデンティティの根幹を揺るがしていて、自分の立ち位置がわからないという感じになっています

母は自分を産んだ直後に仕事を入れて、それが原因で体調を崩したようで、それでもその後は両親ではない誰かに育てられてきたことがわかります

母親が有名な女優ということもあり、資金的には不自由がなかったようですが、彼が今住んでいるところは質素のように思えます

 

一方のちづみは、母親を亡くしたばかりでどうしたら良いかわからないという感じで、3ヶ月しか経っていないのに母親の声をすでに忘れていることにショックを受けていました

シンシンの母は歌手なのでレコードが残っていたりするのですが、ちづみの手元には数枚の写真しかありません

その数枚も自分が能動的に撮ったものではなく、母親に焚き付けられて撮ったものでしたね

その他の写真は「母親に見せる行動履歴」のようなものですが、そこに自分を映すことを避けてきた過去がありました

 

これらの違いは、やがて一つの絵本の逸話によって方向転換して、それぞれが抱えてきたものを吐露することで、その先に進むという物語になっていました

絵本のネズミとちづみを一体化させていくシンシンですが、当初はその思惑がよくわかりません

でも、彼にとってのネズミの存在の意味がわかる時、シンシンはちづみがその存在になり得ると思えたし、ちづみもシンシンと同じ視点で、彼をネズミのようなものと捉えることになります

台北から帰り、日常に戻った時にどうなるかはわかりませんが、彼女は見えない壁の向こうにネズミを感じることができるようになるのではないでしょうか

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、喪失の先に喪失者がいたというもので、マサミチはそのどちらの喪失も知っている存在であると思います

映画のラストにはマサミチ演じるミュージシャンの楽曲が流れ、そこでは二人にエールを送るような歌詞になっていました

当初、マサミチは恩人であるちづみのために何かをしたいと思っていて、自分ができることは「台北に来させることだけだった」と感じていたのでしょう

最初に待ち合わせをした点心のお店にて、マサミチは「彼女を頼む」というような合図をシンシンにしていたように思います

 

その後、理由をつけて二人きりになるのですが、そこでシンシンは「マサミチから母親のことを聞いている」と伝えます

そして、その後に「ないしょのおともだち(Mary and the Mouse, The Mause and Mary)」という絵本の話をすることになりました

彼自身は、最終的に自分の話をしようと考えていたわけではないと思うのですが、ちづみに「おともだち」の話をしていくうちに、ちづみが本当に壁の向こうにいたネズミのように感じています

 

シンシンもまた、大きな喪失を感じていて、それはサチを通じてマサミチにも伝わっていたのでしょう

サチは友人であるシンシンに寄り添いたいと思うものの、それが自分の役割ではないことも知っている

そんなサチとマサミチは、それぞれの友人のために何かしたいと考えていて、それが「とりあえず二人を合わせてみる」というところに繋がったのだと思います

その後どうなるかは当人次第だと思ってはいたのでしょうが、マサミチには明確な意図があったと思います

それが最後の歌となっていて、それは彼らがライブで聴いたものになると思います

 

ライブが始まるまでのほんの数時間で起きた出来事は、流して聴いてしまいそうなマサミチの歌の意味を感じるための時間になっていく

二人がどうなるかまではわからないと思っていたと思いますが、マサミチはシンシンにネズミの絵本の話をしてみたら、とアドバイスしていたようにも思えます

そう思えるのは、彼がその話をするのが能動的に見えるけど、やや受動的だったようにも見えるところだと思います

それでも、ちづみをよく知るマサミチは、彼女がその話を聴いてどう反応するのかに気づいている

そういった思惑の先に、喪失を癒すために必要なもの、というのが描かれていたのではないか、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/105855/review/06690930/

 

公式HP:

https://www.culture-pub.jp/sinsinmovie/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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