■何のために楽曲が作られたかを考えると、物語の別の側面が見えてくるのかもしれません
Contents
■オススメ度
不可解な友情の物語を堪能したい人(★★★)
アイルランド紛争について興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.1.31(イオンシネマ京都桂川)
■映画情報
原題:The Banshees of Inisherin
情報:2022年、イギリス、114分、PG12
ジャンル:長年の友人から突如絶縁を突きつけられた男を描くヒューマンドラマ
監督&脚本:マーティン・マクドナー
キャスト:
コリン・ファレル/Colin Farrell(パードリック・スーラウォーン:素朴でお人好しな島民、農場経営)
ブレンダン・グリーソン/Brendan Gleeson(コルム・ドハティ:いきなりパードリックと絶縁する親友、カントリーミュージシャン)
ケリー・コンドン/Kerry Condon(シボーン・スーラウォーン:読書家のパードリックの妹)
バリー・コーガン/Barry Keoghan(ドミニク・キアニー:風変わりなパードリックの隣人)
ゲイリー・ランドン/Gary Lydon(ガルダ・ピーダー・キアニー:ドミニクの父、島の唯一の警官)
パット・ショート/Pat Shortt(ジョンジョ・デヴァイン:島のパブの店主)
シーラ・フリットン/Sheila Flitton(マコーミック夫人:不気味な予言を放つ老女)
Bríd Ní Neachtain(オリオーダン夫人:島の雑貨屋の店主)
ジョン・ケニー/Jon Kenny(ジェリー:バーの年配の常連客)
Aaron Monaghan(ディクラン:コルムを訪ねる音大生)
David Pearse(コルムの告解を受ける神父)
Lasairfhíona Ní Chonaola(コルムとセッションする女性歌手)
John Carty(コルムとセッションする老いたミュージシャン)
Oliver Farrelly(コルムとセッションする老いたミュージシャン)
James Carty(コルムとセッションする音大生)
Conor Connolly(コルムとセッションする音大生)
Ryan Owens(コルムとセッションする音大生)
Jenny(パードラックの愛するロバ)
Minnie(パードラックのポニー)
Morse(コルムの愛犬)
■映画の舞台
1923年、
アイルランド:イニシェリン島(架空)
ロケ地:
アイルランド:アラン諸島
https://maps.app.goo.gl/UEodQR8RSX58HszAA?g_st=ic
■簡単なあらすじ
イニシェリン島で牧場を営んでいるパードリックは、ある日突然、長年の友人だったコルムから絶縁を突きつけられてしまう
戸惑うパードリックをよそに、コルムは音大生を交えてセッションを楽しみ、作曲に精を出していく
パードリックは事あるごとにコルムに絡むものの、彼に嫌気を差したコルムは「話しかけてきたら、指を切ってお前の家に投げつける」と脅しをかける
さすがにそこまでしないだろうと思っていたパードリックだったが、ある諍いののちに、コルムは本当に指を切断して投げつけた
パードリックの妹シボーンは、不穏な関係を察して兄を止めに入るものの、彼の情緒は不安定になっていく
そして、島の若者ドミニクの一言によって、パードリックはある行動に出てしまうのである
テーマ:豹変
裏テーマ:条理と不条理
■ひとこと感想
1932年のアイルランド沖にある島を舞台にしていて、本島での銃撃戦が時折鳴り響くという内容になっていました
話の大枠は古い友人の絶縁を描いていますが、アイルランド問題のメタファーとして、同胞が突然争いを始める様子を描いていきます
攻撃を受けた側の戸惑いと、攻撃をする側に芽生えた使命感
それが絶縁の正体ではあるものの、周囲が止めれば止めるほどに関係が悪化していきました
戦争が国同士の諍いで、内戦も主義主張の争いであるものの、そこで戦っているのは人間であり、内戦を個人の諍いに落とし込むとこのように見えるという感じになっていましたね
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
アイルランド問題に詳しくなくても映画は楽しめる内容で、古い友人からいきなり絶縁されたらどうするか、という内容になっています
人間関係リセット症候群というものではなく、突然「人生を見つめ直した」時に起こる「無駄の排除」というもので、その背景に内戦があるのは明白なのですね
要は、内線を我がごとに捉えるか、対岸として無関心でいるかの違いが描かれていました
コルムがなぜパードリックとの関係を解消してまで音楽の道を歩みたいのかを紐解く事も重要ですが、それよりも絶縁を突きつけられたのにコルムにこだわりを持ち続けるパーリラックの異常性の方が際立っていましたね
それを紐解くヒントはマコーマック夫人の存在と、コルムが完成させた楽曲「イニシェリン島の精霊」なのかもしれません
イニシェリン島には「精霊がいない」というのが物語の核になっていて、いないものに対する楽曲を作った意味を考える必要があります
また、マコーマック夫人が警告した「二人の死」について、「もう一人は誰だったのか」というのをどこまで突き詰めるかと言うことも大事なのかもしれません
■アイルランド問題あれこれ
アイルランドはイギリス本島の西側にある島で、その北部はイギリスの領土となっています
イギリスの正式名称が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と言うように、アイルランドから北アイルランドが分離した歴史がありました
アイルランドの首都はダブリンで、総人口490万人のうち4割がダブリンに住んでいます
ちなみに映画のロケ地になったアラン諸島は、アイルランドの中央あたりの西側の沖合にあり、イニシュモア島、イニシュマーン島、イニシィア島から構成されています
映画の舞台の「イニシェリン島」は架空ですが、「島を意味するInis」までは同じで、「herin」の部分がオリジナルとなっています
アラン諸島の島の名前はそれぞれ「大きな」「真ん中」「東」と言う意味がありますが、「herin」自体の意味をググったところ、「Force(力)」と言う英単語に辿り着きました
実際にどのような意味で引用されたのかは分からず、パンフレットの監督のインタビューでは言及されていませんでした
映画の年代は1923年で、これは公式脚本にもきちんと書かれています
この1923年と言う年が重要で、それは前年の1922年に「英愛条約」と言うものが結ばれたからでした
この条約によって、「アイルランド自由国」と言うものが生まれますが、それまではアイルランド独立戦争が続いていて、その休戦協定として結ばれています
アイルランドの独立戦争は1919年から始まり、アイルランドの暫定政府とグレートブリテン及びアイルランド連合王国政府との間で「英愛条約」が結ばれると言う流れを汲みます
その後、1922年6月28日に「条約に反対するアイルランド共和国軍」とアイルランド自由国との間で内戦が勃発します
これが映画の本島で起こっている内戦になります
この内戦自体は1923年4月23日に停戦となりますが、その後1966年から「ベルファスト」にて反カトリック武装集団「アルスター義勇軍(UVF)」が結成され、同年5月27日に民間人を射殺して紛争が始まります
この様子を描いたのが映画『ベルファスト』で、その後アイルランドの紛争は過激化します
ちなみにアイルランドの分割が起こったのは、1916年の4月24日のことで、当時イギリス領だった状況下からアイルランド志願兵とアイルランド市民軍の約750人がダブリンにてアイルランド全島が単一の独立共和国であると宣言したことに由来します
いわゆるジェームズ・コノリーが指導した「イースター蜂起」と言うもので、その後紛争は過激化し、1919年1月21日に「アイルランド共和国」の独立宣言が起こりました
この発端から、アイルランド国内で起きた内戦の末、1974年に「1974年北アイルランド法(Northern Irelannd Act 1974)」によって、イギリス本国の枢密院によって直接統治が始まって現在に至っています
映画では、主に1919年〜1922年までの知識があれば問題ありませんが、これを機会として、その後の歴史を学んでおけば、「アイルランド関連の映画」を観るときに役立つのではないでしょうか
■イニシェリン島の精霊とは何か
映画の原題は『The Banshees of Inisherin」で、直訳すると「イニシェリンのバンシー」と言う意味になります
「バンシー」とは、アイルランド&スコットランドに伝わる妖精」のことで、「人の死を予告する女の妖精」となっています
死が近づいた人の家の近く、もしくは家の窓の外に「老婆の姿で現れる」のですが、両手を打ち鳴らして、命の限り泣き叫び、その声によって寝ている人でも起きてしまう、とされています
単純に考えると、老婆はマコーミックということになり、彼女は「二人死ぬ」という予告をしていました
誰かということは言及せずに、その後「ドミニク」が水死体で発見され、もう一人は誰か?という謎が残っていました
パードリックとマコーミックの会話では、
マコ)A death shall come to Inisherin afore the month is out.(今月の終わりまでに、イニシェリンに死が訪れる)
パード)A death, hah?(死だって?)
マコ)Maybe even two deaths.(もしかしたら、二人かも)
パード)Two deaths, jeez. Well that’d be sad!(二人も死んだら、それは悲しすぎる!)
マコ)We shall pray to the Lord ‘tis neither you, nor poor Siobhan, will be either of them.(私たちは主に祈リます。あなたも、かわいそうなシボーンも、そうなるかもしれないから)
パード)Well is that a nice thing to be saying?!(それを言うのは良いことなのですか?)
マコ)I wasn’t trying to be nice, was I? I was trying to be accurate.(私は優しくあろうとはしていない。私?。ただ、正しくあろうとしているだけですよ)
というものでした(訳はグーグル先生の教えをアレンジしたもので、字幕とは違います)
この会話をそのまま受け取ると、マコーミックはパードリックとシボーンに対して、「島に死が訪れているから注意しなさい」と言っているように思えます
マコーミックはパードリックとコルムの諍いを知っていますので、それによる悲劇を予見していたのかもしれません
また、マコーミックと劇中で話すのはパードリックとシボーンだけで、彼女は島の中でこの二人を贔屓にしているように思えます
島民からは「死神」と呼ばれている彼女ですが、この兄妹だけがマコーミックをそのように見ていなかったのかなと感じました
映画の後半でコルムが楽曲を完成させ、その曲名が「The Banshees of Inisherin」でした
彼はマコーミックの予言を知りませんし、彼自身がマコーミックと話しているシーンもなかったように思います
ひょっとしたら、コルムにはマコーミックが見えていないんじゃないかと思うところもあります
でも、実際にはコルムを豹変させたのはバンシーの囁きであると思うのですね
それによって、コルムは死が近づいていることを感じていて、そのために音楽によって精霊(妖精)を鎮めようとしていたのかなと思いました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
精霊の声を聞いたコルムは、迫り来る死に対して「音楽」で向き合い、その行動を理解できなかったパードリックは彼の「時間」と言うものを奪っていきます
「音楽」は「時間」の芸術であり、それは神様との対話にも似ています
この映画では、コルムたちの演奏以外に鳴る音は「戦争の音」としての銃声ぐらいでした
対岸にある「死の音」に対して、その鎮魂の意味も込めて、コルムは楽曲を作っているようにも思えてきます
対岸の火事としての内戦がいつ島に飛び火するかは分かりません
コルムに聞こえたバンシーの声は、もしかしたら島民の犠牲を示唆していたのかもしれませんし、自分自身にだけ聞こえた警告だったかもしれません
また、コルムは一人で音楽を作り上げるのではなく、セッションを行って音楽を重ねていきます
そして、このような時間というものを誰に見せたかったかと言えば、それは島民のみならず、パードリックだったのかもしれません
映画の中でコルムは「パードリックとの会話を無駄な時間である」と規定していて、それはコルムの時間を奪うだけでなく、パードリックの時間をも浪費していることになります
このような状況下において、その時に近づくコルムはイニシェリンの精霊たちに楽曲を捧げるのですが、精霊というものはひょっとしたら「内なる存在」なのかなと思いました
実際にコルムが声を聞くシーンはありませんし、バンシーの叫び声というものは映画に登場しません
それでもバンシーに楽曲を捧げるという行為は、命と時間に向き合うコルムの内観のように思えます
とすれば、コルムが聞いたバンシーの声と言うのは、衰え、やがて朽ちてくる肉体の悲鳴なのかもしれません
本作は単なる親友同士のいざこざのようにも思えるのですが、内戦が背景にあることによって、死と隣り合わせであるにも関わらず、命に対して無頓着な人々を描いていきます
人生とは「死に向かうもの」で、そこで何を為すかと言うのは、「死んだ後に何が遺るのか」と言う意味合いになります
パードリックが死ぬまで良い人であり続けても、それは形なきもので、それを知る人が忘れれば終わりだし、知っている人が次世代に語り継がなければ終わります
でも、コルムの作る楽曲のような、精霊に捧げるものだとしたら、それは伝承や伝統に姿を変えて残っていくかもしれません
そう言った意味において、コルムが行ったことと言うのは「歴史の中にイニシェリン島があったこと」を残す行為にも似ていて、それはコルムの名声とは相容れないものでしょう
いわゆる「作者不詳」で延々と語り継がれる民族音楽の発生の瞬間であったともいえ、それは言い換えれば「消えゆくイニシェリン島としての断末魔」だったのかもしれませんね
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/384204/review/0bd7c958-20c7-4b09-8929-b2bd3ba12a58/
公式HP:
https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin
