【映画感想】ラスト・サバイバー【後半:ネタバレあり】

■ラスト・サバイバー


■オススメ度

 

荒廃した世界系の映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.8.31(MOVIX京都)


■映画情報

 

原題:The Dog Stars(おおいぬ座)

情報:2026年、アメリカ、119分、PG12

ジャンル:人類がほぼ死滅した世界に生きる人々を描いたパニック映画

 

監督:リドリー・スコット

脚本:マーク・L・スミス

原作:ピーター・ヘラー『The Dog Stars』

 

キャスト:

ジェイコブ・エロルディ/Jacob Elordi(ヒッグ・ハーバー/Hig Haver:元民間パイロット、犬と暮らす青年)

Sai Bennett(メリッサ・ハーバー/Melissa Haver:ヒッグの亡き妻)

ラクシャ・ジャスパー/Rak Jasper(ジャスパー/Jasper:ヒッグの愛犬)

 

ジョシュ・ブローリン/Josh Brolin(バングリー/Bangley:元海兵隊員、ヒッグの相棒)

 

マーガレット・クアリー/Margaret Qualley(シーマ/Cima:元研修医)

ガイ・ピアーズ/Guy Pearce(ジャック/ポップス/Pops:シーマの父、元ネイビーシールズ)

 

アリソン・ジャネイ/Allison Janney(ダーレーン/Darlene:グランドジャンクションの支配者)

James Craze(ローガン/Logan:ダーレーンの腹心)

Sam Spruell(ジョン/John:ダーレーンの腹心)

 

ベネディクト・ウォン/Benedict Wong(アーロン/Aaron:メノナイト派の指導者)

Sebastian Rokison-Woodall(ベン/Ben:聾唖の少年)

   (BD:Lorenzo Claro

Alara-Star Khan(マチルダ/Matilda:ベンの姉)

   (BD:Sophia Burelli

Daisy Kakkar(メノナイトの女性)

 

【その他の出演者】

Ewen Bremner(デンバー市庁舎のボウガン男)

Mario A. Estrada Sanchez(襲ってくるヒャッハー集団)

Luis Fernando Colombo(襲ってくるヒャッハー集団)

Michel Sinisterra(襲ってくるヒャッハー集団)

Hideki Andrea Yamamoto(襲ってくる馬乗り)

Soufiane Oulji(襲ってくる馬乗り)

Kyshan Wilson(茂みに隠れる10代の女)

Lorenzo Ubaldi(茂みに隠れる10代の男)

Irene De Santis(青白い肌の女性)

Vladir Pereira(グランドジャンクションの住民)

Simone Carminati(グランドジャンクションの住民)

Brendan O’Rourke(グランドジャンクションのバーテンダー)

Roger Jean Nsengiyumva(若い荷物持ちの男)

Shuo Chen(若い荷物持ちの男)

Hamza Briakli(若い荷物持ちの男)

Yordy Alberto Cagua Hermenejildo(若いハンター)

Tatiana Rodolfi(メノナイトの楽器弾き)

Diego Barbalace(メノナイトの楽器弾き)

Marco de Leo(メノナイトの楽器弾き)

Bruno Tripodi(メノナイトの楽器弾き)

 


■映画の舞台

 

パンデミック後の世界

アメリカ:コロラド州

エリー

https://maps.app.goo.gl/QpyJ6fuhJcLm2R6K8?g_st=ic

 

デンバー

https://maps.app.goo.gl/qaW3SEjh33iFspzN6?g_st=ic

 

グランドジャンクション

https://maps.app.goo.gl/hiM3AcSis2LpJdbQ7?g_st=ic

 

ロケ地:

イタリア:ウーディネ県

ボルダーノ/Bordano

https://maps.app.goo.gl/VpV4s35fZ2GzG8Q9A?g_st=ic

 

カンシリオ/Cansiglio

https://maps.app.goo.gl/awnDuyDidR59TNrg8?g_st=ic

 

アヴェッツァーノ/Avezzano

https://maps.app.goo.gl/N5NTNaJ1qwwANBy47?g_st=ic

 

オヴィンドリ/Ovindoli

https://maps.app.goo.gl/QsvahDgL8eFs1AV19?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

2035年頃のアメリカ・コロラド州エリーでは、元整備工のヒッグと愛犬ジャスパーが物資を得るためにセスナにてデンバーへと向かっていた

彼らは丘の上に居を構え、元海兵隊のバングリーと共に暮らし、外敵から身を守る日々を繰り返していた

ヒッグは得た物資を山に住むモルモン教メノー派のアーロンたちにも配っていて、バングリーはあまり良くは思っていなかった

 

デンバーにはヒッグが住んでいた家があり、かつて妊娠中の妻メリッサと幸せに暮らしていた時間があった

妻は世界を襲ったパンデミックで亡くなってしまい、子どもも流産してしまっていた

世界は荒廃し、わずかに生き延びた人々は物資を求めて彷徨い、交戦的になって、中には徒党を組んでいる狂信者たちもいた

 

ある日のこと、凶暴な集団が彼らの居を襲い、その渦中でジャスパーは殺されてしまう

ヒッグはそれを機に、兼ねてから通信を受けていたグランドジャンクションに向かうことを決めた

バングリーと袂を分つことになったヒッグだったが、向かう途中でセスナの不調に見舞われて不時着することになった

そこには普段は見かけないロバがいて、それを追ってトンネルを抜けると、そこには警戒心の強い父ジャックと娘シーマが暮らしていた

父は武器を捨てて退去を命じ、ヒッグはセスナを飛ばすための滑走路を作ることになった

シーマはヒッグを気にかけてそれを手伝うことになり、ジャックはそれを心配し始めるのである

 

テーマ:人として生き抜くこと

裏テーマ:未来に向かうために行うこと

 


■ひとこと感想

 

2012年の小説『The Dog Stars(邦題:いつか僕が帰る場所)』の実写化作品で、パンデミックによって荒廃した世界で生き残った人々を描いていました

映画では『ラスト・サバイバー』という邦題がついていますが、どちらかと言えば邦題寄りに改変されている作品のように思います

原作のラストでは、李商隱の詩篇『夜雨寄北』というものが引用されていて、その詩の中に「君問歸期未有期』という一説があります

小説の邦題はその詩篇からの引用になりますが、映画では全くスルーされていましたね

 

映画では、パンデミック後の終末期では「ヒャッハーな人たち」「電源と物資をどうしたというコミュニティ」などが存在し、これらは映画のオリジナルに近いもののように思います

妻の死の悲しみに囚われるヒッグが、妻の生前に一緒にいたジャスパーを彼女の代わりのように愛するという流れがあり、その死を起点として、次なる行動を移すという物語になっていました

原題の「The Dog Stars」はヒッグが夜空にある星々につけた名前のようなもので、あの場所に妻とジャスパーがいる、という意味合いになると言えます

 

何を期待するかによりますが、個人的には「いつものパンデミックパニックだったなあ」という感じで、真新しいものはなかったように思います

どうやって生き残るのかというのは普遍的ですが、それ以上に「どうして生き残りたいのか」という方に興味があるので、その点はやや浅めに描かれていたように感じました

「疾病で死ぬよりコーラで死んだ方が物語になる」というのは劇中の言葉ですが、こういった哲学的な話の方が好きだなあと思ってしまいました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

本作では、愛犬を失った悲しみによって、これまでの生活に終止符を打とうとするヒッグがいて、彼自身は「グランドジャンクション」に何もなければ、妻との思い出の地で自殺をしようと考えていました

彼がこれまで生き延びてきたのは、愛犬の存在が大きく、その絆が絶たれたことでこの世界への未練というものが消えてしまったように思います

そんな彼を再び「生の世界」に呼び戻したのはシーマの存在であると考えられます

 

シーマもパンデミックによって夫を亡くしていますが、彼女が実家にいるのは病気の母の面倒を見るため、父を支えるためだと答えていました

彼女の夫はパンデミックの中で最後までニューヨークに留まり、再会できぬままあの世へと旅立っていきます

彼女のその後は詳細に語られませんが、夫を残すことと両親を助けることの選択というものはかなり重たかったように思います

その彼女が「私もトムと共にずっと生きればいいのね?」とヒッグに怒るのですが、同じように愛する人を失った人にだけ通じる言葉だったように思いました

 

映画では、原作に登場する詩篇は出てこないのですが、引用された詩を読むと、ヒッグがどうして帰ってきたのか、シーマがどうして「帰ってこないかもしれないと思わなければいけないのか」と心の内を吐露した理由がわかると思います

詩篇の原文は「君問歸期未有期,巴山夜雨漲秋池。何當共剪西窓燭,却話巴山夜雨時。」というもので、意訳すると「あなたは私がいつ戻るかを訊くけれど、今はその時期ではない。巴山では秋の夜になると雨が降って池が満たされてくる。いつになれば、私たちは西の窓辺に蝋燭を立てて、巴山の夜の雨について語り合えるのだろうか」という詩篇となっています

 

この作品の背景には「遠くに離れた場所にいる妻や親しい人に宛てて書かれた」というものがあり、作者は進士に合格して、官職に就いたものの、「牛季の党争」の影響で出世を断念した人でした

帰りたいけど、まだやることがあるという詩篇となっていて、これは「新しい目的ができたから、まだそこにはいけないよ」とヒッグが妻に語っているようにも感じられます

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

生きていくために必要なことはたくさんあると思いますが、本作では世界がほぼ滅亡した中でどうやって生を全うするかということが描かれていました

ヒッグはどちらかと言えばこの世に未練のない人で、それでもグランドジャンクションには興味を持っていました

そこに生きる希望があるのかはわかりませんが、これまでに見てきたものと違うものがあるのでは、と思っていたと言えます

でも、そこは最低の場所であり、人を人とは思っていないヒエラルキーのある場所でした

そこでの失礼極まりない言葉の応酬によって、この場所は人がいる場所ではないと感じ、行動に移すことになりました

 

本作の面白いところは、このコミュニティがキリスト教徒で、バングリーが毛嫌いするのがモルモン教だったところでしょうか

ヒッグは「メノナイト(メノー派)だ」と何度も強調するのですが、この違いがわからないと混乱すると思います

バングリーが強調するモルモン教とメノナイトは頭文字が同じだけの全く違う宗教で、モルモン教には『モルモン書』と呼ばれる追加聖典がありますが、メノー派派プロテスタントと同じく、旧約・新約聖書のみを聖典としています

キリスト教の一派だとされているモルモン教ではありますが、伝統的なキリスト教からすれば「異端視」されることが多いと言います

 

ヒッグはバングリーがあえて「彼らはモルモン教だ」と決めつけて寄せ付けないのですが、それは「他者を信用しない」彼自身の凝り固まった考えを強調する設定のように思います

ヒッグはアーロンたちと接していて、彼らがハングリーが考えるような人々ではないと言っていて、これらの「宗教嫌い」的なセリフが飛び交うのは、この荒廃した世界においての宗教というものが、いかに攻撃的で盲信的だったのかを身に沁みて感じてきたからでしょう

デンバーの施設にも狂信者的な人々によるペインティングのようなものがされていて、彼らを襲う人々も何かしらのものを狂信している連中のように描かれていました

 

この映画に限らず、終末的な作品では常にと言って良いほどに「宗教を利用したような指導者と狂信者」というのが現れるのですが、これはキリスト教圏の映画だからのように思います

しかも否定的に描かれることが多く、本作ではキリスト教そのものを否定的に描いているように見えます

これらの描写がどこまで確信的なものかはわかりませんが、ある種の教圏なものにふれているとスルーできない設定のように思います

無神論者の私からすれば、宗教を肯定(利用)する側と否定派に真っ二つに分かれてしまうことの方に大きな意味があると思っていて、それが現代宗教の闇の部分に近いのかな、と感じてしまいました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/104000/review/06908952/

 

公式HP:

https://www.20thcenturystudios.jp/movies/last-survivor

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投稿者 Hiroshi_Takata

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