【映画感想】ドラマなふたり【後半:ネタバレあり】

■ドラマなふたり


■オススメ度

 

危険な告白で関係不和に陥るカップルを描いたヒューマンドラマ(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.8.24(イオンシネマ久御山)


■映画情報

 

原題:The Drama(大袈裟な揉め事、無駄な感情の衝突)

情報:2026年、アメリカ、105分、G

ジャンル:婚前の告白ゲームで関係に不和が生じる蚊っぷりを描いたヒューマンドラマ

 

監督&脚本:クリストファー・ボルグリ

 

キャスト:

ゼンデイヤ/Zendaya(エマ・ハーウッド/Emma:片耳が聞こえない女性、文芸編集者)

   (14歳時:Jordyn Curet

ロバート・パティンソン/Robert Pattinson(チャーリー・トンプソン/Charlie:エマを気に掛ける青年、ケンブリッジ美術館の主任学芸員、イギリス人)

 

ママドゥ・アティエ/Mamoudou Athie(マイク/Mike:付添人、レイチェルの夫、チャーリーの親友)

アラナ・ハイム/Alana Haim(レイチェル/Rachel:エマの結婚付添人、友人)

Anna Baryshnikov(サム/Sam:レイチェルのいとこ、銃乱射事件の被害者)

 

ヘイリー・ゲイツ/Hailey Gates(ミーシャ/Misha:チャーリーの同僚)

Michael Abbott Jr.(ブレイク/Blake:ミーシャの恋人)

 

Hannah Gross(アリス/Alice:エマとレイチェルの上司)

Greer Cohen(グレース/Grace:チャーリーの同僚)

 

Sydney Lemmon(ポーリーン/Pauline:解雇される結婚式のDJ)

Jeremy Levick(イヴァン/Ivan:新しく雇われるDJ)

 

Damon Gupton(ロジャー/Roger:エマの父)

Michele Proude(サラ/Sarah:エマの母)

 

Echo Campbell(サリー/Sally:エマの高校時代の友人)

Willa Darian(マーフィー先生/Mrs. Murphy:エマの高校時代の担任)

Iona Yabut(グループセッションの先生)

Al Warren(高校のカウンセラー)

 

Dee Nelson(ジル/Jill:チャーリーの母)

Ken Cheeseman(アラン/Alan:チャーリーの父)

 

Zoë Winters(フランシス/Frances:結婚式のカメラマン)

Sam Zimman(花屋)

Celia Rowlson-Hall(ダンスのインストラクター)

Shawn Fogarty(結婚式の司会者)

Doria Bramante(イモージェン/Imogene:レストランのソムリエ)

Jordan Raf(カーソン/Carson:レストランのチーフ)

 

Kelly Butler(「アンディのダイナー」のウェイトレス)

 

【その他の出演者】

Charles Coan(ボストンの歩行者)

Matt DiVito(ボストンの歩行者)

Anastasiia Ilich(ボストンの歩行者)

Kara Curnane Joseph(ボストンの歩行者)

Matthew Liptak(ボストンの歩行者)

Matthew J McLaughlin(ボストンの歩行者)

Matt Soscia(ボストンの歩行者)

Ricardo Wilkinson(ボストンの歩行者)

Legacy Jones(すすり泣く女子高生)

 

Sasha A. Cohen(グループに参加する高校生)

Austin Fabre(グループに参加する高校生)

Shefik(グループに参加する高校生)

Peyton Jackson(エイドリアン/Adrian:グループの参加者、エマをスピーチに推薦)

Genevieve Brolly(事故の被害者、エマの同級生)

 

Max Derderian(出版社の社員)

Matt Hayden(カフェのウェイター)

Sarah Ismail(カフェのウェイトレス)

Brian Savage(ダイナーのチーフ)

Tierre Diaz(キッチンのスタッフ)

Amanda Alamanos(結婚式のゲスト)

Ineke Garbacz(結婚式のゲスト)

Mary Ann Schaub(結婚式のゲスト)

Courtney Hanna(レストランの客)

Ian Dylan Hunt(レストランの客)

Christopher C. James(パーティーの客)

Eric Kahn(結婚式のゲスト)

Kayla Kohla(広告代理店の従業員)

Paulina Lemos(カフェの少女)

Casey McNeal(博物館の客)

Gene Yee(トラックの運転手)

Mark Zecca(広告業界の人)

 


■映画の舞台

 

アメリカ:マサチューセッツ州

ボストン

 

ロケ地:

アメリカ:マサチューセッツ州

ボストン

タッテ・ベーカリー/Tatte Bakery

https://maps.app.goo.gl/ayqnbTXL8rx1AsSUA

 

ユニオンパーク/Union Park

https://maps.app.goo.gl/GjVuoPwjJQP6H2kE8

 

ターナーヒル・ゴルフクラブ/Turner Hill Golf Club

https://maps.app.goo.gl/6FiiiVSvqjSbD1vW8

 

アメリカ:マサチューセッツ州

アンドーヴァー

アディソン・ギャラリー・オブ・アメリカン・アート/The Addison Gallery  Of American Art

https://maps.app.goo.gl/U68mhuxkpCk4ACoR7

 


■簡単なあらすじ

 

ボストン在住の美術館のキュレーターを務めるチャーリーは、ある日、街角のカフェで読書に耽る女性エマを見つけた

席を外した隙に読んでいた本をチェックしたチャーリーは、その本をきっかけに彼女に声を掛けた

だが、全くの無反応で、店員たちから訝しがられてしまう

チャーリーの存在に気づいたエマだったが、チャーリーはパニック状態になり、「最初から」やり直すことになった

 

その後、関係を深めた2人は、2年の時を経て婚約することになった

互いの友人、レイチェルとマイク夫妻に付添人をお願いすることになり、結婚式の準備に明け暮れていく

そんな折、4人でテーブルを囲む機会があり、そこで「これまでにしてしまった最悪なこと」を暴露し合うことになった

 

言い出し人のマイクは「元カノを狂犬の盾に使った」と言い、レイチェルは「おかしな様子の子を物置に閉じ込めた」と言う

そして、チャーリーは「ネットいじめで一家ごと引っ越しさせた」と言い、エマは「銃乱射を考えたことがある」と述べた

その一言で空気は一変し、銃乱射事件の被害者をいとこに持つレイチェルはエマを毛嫌いするようになる

チャーリーもまた、エマの中にある狂気のようなものを感じ始め、ありもしない幻覚を見るようになってしまうのである

 

テーマ:思想と行為の差異

裏テーマ:想像の中で育つ憎悪

 


■ひとこと感想

 

かなりシンプルなタイトルで、原題は『The Drama』となっていて、検索にはひと工夫必要な言葉になっていました

劇中にて、チャーリーがエマを表する言葉として「ドラマをコメディにする人」と言うものがあり、さらにスラング的な意味合いの「大袈裟な揉め事」「無駄な感情の衝突」と言う意味もありました

ある告白から離婚にまで突入しそうな流れになり、結婚式自体がどうなってしまうのかというサスペンス的な要素もあったと思います

 

映画では、「銃乱射を考えたことがある」と言う言葉が1人歩きして、「サイコパスでは?」みたいな感じになってしまいます

「それをどうして思いつくのか?」と言う疑問があって、特に14歳の時期に「その考えに至ること」をチャーリーは重要視していました

これはエマを理解したいと言う意味も含まれますが、どうしてそういう考えに至るのかが理解できていません

最終的には、家に銃があった身近さと、学校環境に依る居心地の悪さと言うものがベースになっていて、それはチャーリーの最悪な過去と繋がっているとも言えます

 

チャーリーは計画だけですが、他の3人は実行に移しているわけで、それでも「計画が悪質」と言わんばかりに攻撃していました

自分の行動は棚に上げてと言う感じですが、それほどまでに嫌悪感のある計画だっと言えます

こればかりは銃が身近にある世界、銃乱射が実際に近くで起こってきた世界でないとわからない感覚で、「死に直結する」と言う計画が「殺さない程度のいじめ」を凌駕している、と言う感じになっていたように思えました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画は、そんな暗雲が立ち込める中で、チャーリーだけはエマを理解しようと考えていきます

彼は「計画そのものを否定」ではなく、「14歳でどうしてその考えに至ったのか」に興味がありました

マイクが言うように「単なるサイコパス」なのかどうかと言うところも含まれていると思いますが、エマが語ることは意外なものばかりだったと言えます

それでも、それらを隠してきたことを攻撃する側面があって、あえて掘り起こして嫌悪感を抱くと言うのは身勝手のように映ります

 

エマは家に父の持っていたライフルがあって、それを実際に撃つと言う行為に及んでいます

自己流だったために鼓膜を破ると言うケガを負いますが、さらに彼女自身も身近で銃乱射の事件が起きたり、親友が事故死したりしていました

そんな中で、繰り返された転校と、その先にあった理不尽ないじめと言うものがあって、彼女はそれらの被害者側だったと言うことになります

告白ではチャーリーとレイチェルは加害者側であり、それは気質の問題であるとも言えるのですね

 

そして、常に被害者側だったエマは武器を手にしたことにより、それの使い方をネットで学ぶ上で、別の人格というものを生み出していきます

いわゆる「キャラ設定でなりきる」というもので、ディスプレイ越しに見た軍人などの所作を真似たりしていきます

でも、高校にて親友が事故死し、さらに銃で亡くなった同級生たちと同じ空間を有した過去があり、やがては「暴力反対」の立場として、抗議活動の先頭に立つようになります

人が変われるかどうかという側面はあると思いますが、元々のエマも環境によっては行動が変わったうちの1人なのでしょう

そう言った意味において、思想が逡巡している渦中で起きたことで断罪されるいわれはないように思えます

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、やってはいけない遊びとしての「悪事の暴露」の末に起きたドタバタ騒動を描いていて、聞き手の中に「被害者に近い人がいた」ということで話が大きくなっています

このような「本来発展させる必要のないものを大事にする」というのがスラングにおける「Drama」の意味であり、どうして大きくなってしまったのかは「教訓」となりえるように思います

この過剰反応が起きるのは、「遠くの出来事ではない」という前提があるのと、「語り方に配慮がない」というものがありました

 

レイチェルはこれまでに被害者のサム(サマンサ)のことをエマに話したことがあり、そのことを忘れていることが火種を大きくしています

マイクもレイチェルに同調する感じになっていて、それは「レイチェル同様にサムに近いところにいる」ということと、彼自身が「元カノを盾にして自分を守るタイプだった」というところにも起因しています

レイチェルも「バレなければ良い」と考えるタイプで、自分を危機に浸すことを恐れていると言えます

そうした思考から、エマのような思想を持つ人間が近くにいることの弊害みたいなものを感じ取っていたのだと思います

 

対するチャーリーは、エマを愛しているということもありますが、それ以上に「その思考に至った過程」に興味を持っていました

理解できないものを理解したいという欲求があり、それを埋められることができれば、どのようなことでも受け入れられるタイプなのでしょう

でも、埋めることができないままだと、それ以上に妄想のようなものが膨らんで「悪いこと」を自分に引き寄せてしまう

ある意味、レイチェルたちと同様に「自分を過剰に守る」という側面があるのですが、それは「過去のいじめ」にも起因しているのかもしれません

 

映画の中の会話としては「ネットいじめに加担した」というもので、その首謀者だったのか興味を持って参加しただけなのか、強制的に参加せざるを得なかったのかがわかりません

でも、エマが銃規制の方向に舵を切って行動を起こしてきたことで理解できたことを考えると、参加させられた側のようにも見えてきます

でも、自分を強く見せるために武勇伝のように語るところを考えると、行為そのものへの反省というものはないのでしょう

それが過剰な防衛反応から来ているのかはわかりませんが、チャーリー自身の弱さの暴露ができない間は、本当の夫婦にはなれないのかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/105977/review/06886022/

 

公式HP:

https://happinet-phantom.com/drama/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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