【映画感想】オークストリートの異変【後半:ネタバレあり】

■オークストリートの異変


■オススメ度

 

恐竜映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.8.14(MOVIX京都)


■映画情報

 

原題:The End of Oak Street(オークストリートの終焉)

情報:2026年、アメリカ、99分、G

ジャンル:突然、恐竜の世界に放り込まれた一家を描いたサバイバル映画

 

監督&脚本:デヴィッド・ロバート・ミッチェル

 

キャスト:

アン・ハサウェイ/Anne Hathaway(デニース・プラット/Denise Platt:一家の母、作家志望)

ユアン・マクレガー/Ewan McGregor(グレッグ・プラット/Greg Platt:デニースの夫、ピザデリバリー)

メイジー・ステラ/Maisy Stella(オードリー・プラット/Audrey Platt:デニースの娘、天文学が好き)

クリスチャン・コンヴェリー/Christian Convery(ブライアン・プラット/Brian Platt:デニースの息子、弓矢で遊ぶのが好き)

バズ&ブリスケット(スターバック:プラット家の愛犬)

 

ジョーダン・アレクサ・デイヴィス/Jordan Alexa Davis(ジャネット・クリステンセン/Jeannette Christiansen:私立に通う女子高生)

Christopher A. Martin(レオン/Leon:ジャネットの父)

 

P・J・バーン/P.J. Byrne(メル・ジェイコブス/Mel Jacobs:口うるさいプラット家の隣人)

 

Hudson Meek(ケイデン・タッカー/Kaden Tucker:ブライアンに恨みを抱く少年)

David Alexander Kaplan(チャールズ・タッカー/Charles Tucker:ケイデンの弟)

 

Anne Gee Byrd(バーバラ・ハドルストン/Barbara  Huddleston:デニースの原稿を読む老女)

エミリー・クロダ/Emily Kuroda(ドリス・バルコート/Doris Valcourt:図書館の司書)

 

Simms May(ザカリー/Zachary:ブライアンの友人)

Grayson Thorne Kilpatrick(ブライアンの友人)

Pilot Bunch(ブライアンの友人)

 

Callie McClincy(ケイティー/Katie:オードリーの友人)

Walker Russell(メイソン/Mason:ケイティの彼氏)

Morgan O. Watkins(ケリー・ワグナー/Kelly Wagner:オードリーの世話役、もしくは新しい家族のベビーシッター)

 

Hugo Silver(フィーガス/Fergus:ケイデンの友人)

Michael-Christian Moore(アシュオン/Ashon:ケイデンの友人)

Trenton Schillinger(ケイデンの自転車友だち)

 

Denitra Isler(レイ夫人/Mrs. Rey:プール付きの家の住人)

 

Isabella Aparicio(車で襲われる一家の女の子)

Marian Green(襲われる隣人女性)

Scott Deal(近隣住民)

Andrea Frankle(近隣住民)

Scott Andersen(向かいに住む男性)

Johann Mikaiel(10代の男の子)

Savanna Renee(10代の女の子)

Douglas R. Weiss(近隣住民)

 

Chris Coy(役名不明)

Bethany Anne Lind(メアリー・バグロウスキ/Mary Bagrowski:?)

 


■映画の舞台

 

1982年、

アメリカのどこか

フラワーベル地区

オークストリート近辺

 

ロケ地:

アメリカ:ジョージア州

アトランタ

 


■簡単なあらすじ

 

1982年、作家志望のデニースは、密かに地下室で原稿を仕上げ、作家の妻だったハドルストン夫人に読んでもらっていた

夫人は彼女の表現力を評価し、推敲した作品も見せて欲しいと告げた

そんなデニースは、夫グレッグとの間に高校生の娘オードリーと小学生の息子ブライアンを授かっていたが、夫婦仲は破綻寸前だった

街ぐるみでパーティーをしている最中にもピザのデリバリーのバイトを外さないグレッグに対し、デニースは呆れ、結論を先送りにする姿勢を糾弾した

子どもたちは両親の不仲に気づいており、将来を危ぶんでいて、それぞれも打ち明けられない悩みを抱えていた

 

ある夜のこと、奇妙な閃光に気づいたブライアンは、愛犬のスターバックが心配で庭に出てしまう

だが、特に奇妙なことは起きず、家族の誰もが光を感じていないと言う

翌朝、兼ねてから一家に不満を持っていた隣人のメルが急遽訪れ、スターバックが庭にいたずらをしたと言い出す

やむを得ずに現場に向かったグレッグは、そこに置かれていた巨大なフンを前にして、これはスターバックのものではないと告げた

 

そして、翌日の夜のこと、再び街は閃光と地震に見舞われた

スターバックは姿を消し、グレッグは彼を探しに外に出た

デニースもまた高齢のハドルストン夫人を心配し、その様子を見にいくことになった

だがデニースは、そこで何かに襲われて息絶えている夫人を見つけてしまう

そしてまた、グレッグも奇妙な影を目撃し、見たこともない生物が街を闊歩していることに気づくのである

 

テーマ:極限で取り戻す愛

裏テーマ:未来を手にするために必要なこと

 


■ひとこと感想

 

当初の予告編では「あれ」が出てくることすらわからない作りになっていましたが、その後の予告で思いっきり「あれ」が登場していましたね

問題はどうやって「あれ」と遭遇することになったのか、と言うところだと思いますが、かなりトンデモ理論みたいな感じになっていました

舞台が1982年なのですが、本当に80年代の映画を見ているような感覚になりましたね

フィルムっぽい質感と、懐かしめのガジェットの数々、そしてカール・セーガンが取り上げられるなど、当時のSFっぽさが満開になっていました

カール・セーガンと言えば、ジョディ・フォスター主演映画『コンタクト』の原作者で、地球外生命体などの研究をされていた人でしたね

 

映画は、破綻寸前の夫婦が危機によって結束を取り戻すと言うもので、不安定な両親を心配する姉弟が描かれていました

あの区画の近所付き合いは狭い世界ではありますが、うまくやっていけないとキツい感じになっていましたね

犬が原因で隣人と揉めていましたが、私立に通っている女子が若干ハブられている感じに描かれているのも「家族間格差」と言うものが関係性に影響を与えているように思えます

 

そんな中で、「あれ」がいきなり登場すると言う流れになっていて、CG技術の進歩も相まって、かなりリアルな感じに描かれていました

懐かしの90年代のパニック映画と言う感じで、無駄に危険な行動を犯していくと言うのも踏襲されていました

そして、家族愛がメインテーマとなっているのも、当時を彷彿とさせるものがありました

それでも現代的なアップデートはあって、ポンコツ父、レズビアンっぽい姉、おそらくシスコンの息子みたいな感じに家族構成と、宗教一辺倒ではないところが時代性を反映しているように思えました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画の「あれ」はいわゆる恐竜ということになりますが、どの時代へ瞬間移動したのかは想像にお任せしますという感じになっていました

丘から見下ろす一帯だけが謎の光によって「恐竜時代と入れ替わった」というもので、あっさりとポータルの存在を受け入れるところも昔さながらという感じになっていました

泡のような光る物体が街全体を丸ごと入れ替えてしまったというもので、その光の物体はなぜかそこらへんにまだあったりします

そして、そこに入ることで「帰られる」と思い込むスピードも速く、誰かが突っ込んで血まみれの肉片になってしまう、みたいなことが起こるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまいました

 

隣人を含めて、捕食されるシーンは結構リアルで、道ばたに転がっている死体を啄んでいる恐竜などもいました

この内容で「映倫区分G」というのは驚きで、直接的な描写がなければセーフ(遠目に見たらわかるけど)という感じの区分になっているのかもしれません

恐竜を相手にライフルとナイフと手製の弓矢というところも昔ながらのアイテムで、到底勝てそうにない武器でどうやって生き残るのか、という感じになっていました

ラストでは戦車などが恐竜を駆逐していましたが、この地区には警察も消防もない感じで、軍隊がくるということもありません

本当に数ブロックの限定的なエリアだけが根こそぎ入れ替わったという感じになっていて、ある意味、恐竜たちもかわいそうだなあと思ってしまいます

 

ラストでは、ポータルを抜けたら「アクシデントの直前」に戻るという荒技になっていて、そこで知り合いに電話を掛け、その内容を信じた人だけが生き残っていました

料金相手持ちというコレクトコールで掛けてきて、しかもその内容はクレイジーそのものでした

でも、その迫真に迫る言葉を受けて行動を起こし、それを信じた人だけが生き残ったというのは現代的のようにも思えました

 


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映画では、過去に戻ったデニースがピザを頼んでグレッグを丘まで避難させ、その他の住人には「危険信号」を発していました

それを信じた数人だけが生き残ったのだと思いますが、彼らが過去に戻ったことで、その時代にいる人たちがどうなっているのかはよくわかりませんでした

ポータルが開く前に戻っているので、そこには過去の自分がいるはずなのですね

なので、デニースがあの段階で複数人に声を掛けたとして、自分には掛けなかったということになります

あくまでも未来で死んだグレッグだけを自分の元に呼び寄せているので、デニース自身は「過去の自分と子どもたち」をそのままにしておいたということになるのかもしれません

 

ラストではジャネットが2人いる?みたいなショットがあって、次元を跨いだユニバース的なものが発動しているのかと思ってしまいました

でもそのシーンをよく見ると、ジャネットと彼女の両親が左側にいて、彼らの右側にオードリーともう1人のソバージュの女性が見えました

この人が誰なのかわからなかったのですが、IMDBのノンクレジットの人物を1人ずつ調べると、答えっぽいものが見つかりましたね

 

キャストの名前でググって、そこからインスタを探したところ、本人自身が演じたキャラについて言及していました

その女優さんの言葉を借りれば「Babysit」ということになるのですが、これはベビーシッターということではなく、スラング的な意味の「世話役」みたいな立場なのだと思います

「オードリーの世話役」というニュアンスになっているのですが、これはオードリーと彼女の関係性はそうであるということなのかもしれません

そのシーンではブライアンにも彼女ができている写真があったり、若かりし頃のデニースの写真(レッドヘアーにしていた写真)などもありました

それらも全て大切に保管していて、また未来から持ち帰った写真として、恐竜との記念写真と折り目の入った結婚記念写真などもありました

 

かなり細かな演出になっていましたが、この映画では家族(夫婦)の写真というものが多く登場していましたね

バルコート夫人と夫の写真などもあって、そう言った幸せの瞬間を残すことの意味を大切にしていましたね

あの時点にいるグレッグは自分が死んだことは知らないでしょうし、恐竜とのツーショット写真を撮った記憶もないでしょう

それでも、それらの話を本当のことだと受け止めていると思うので、想像以上にグレッグの懐は深いのでしょう

それでも彼の弱さは変わっていないので、一家を支えるためには役割転換が必要な家族として描かれていました

それを象徴するのが「グレッグがバーベキューを焼く係」になっているところで、冒頭では「僕は焼かない」と言って拒んでいたシーンがありました

こういう細かな変化の描き方がとても面白いと思うので、再確認でもう一度劇場を訪れる人は興味を持って隅々まで眺めてみると、新しい発見を楽しめるのではないか、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/105912/review/06842605/

 

公式HP:

https://oak-street.jp/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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