【映画感想】ロング・ウォーク【後半:ネタバレあり】

■ロング・ウォーク


■オススメ度

 

デスゲーム系の映画が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2026.6.29(イオンシネマ京都桂川)


■映画情報

 

原題:The Long Walk

情報:2025年、アメリカ、108分、R15+

ジャンル:最後まで歩き続ければ勝者になる催しに参加する若者たちを描いたサバイバルスリラー

 

監督:フランシス・ローレンス

脚本:J・T・モルナー

原作:スティーヴン・キング『The Long Walk』

 

キャスト:

クーパー・ホフマン/Cooper Hoffman(レイ/レイモンド・ギャラティ/Raymond Garraty #47:開催地が地元の参加者)

デヴィッド・ジョンソン/David Jonsson(ピーター・マクヴリーズ/Peter McVries #23:レイと親しくなるムードメーカー的な参加者)

 

ギャレット・ウェアリング/Garrett Wareing(ビリー・ステビンズ/Stebbins #38:一匹狼のアレルギー持ちの参加者)

トゥット・ニュオット/Tut Nyuot(アート・ベイカー/Arthur Baker #6:南部出身の陽気な参加者)

チャーリー・パルマー/Charlie Plummer(ゲイリー・バーコヴィッチ/Gary Barkovitch #5:嫌味なことを言う参加者)

ベン・ウォン/Ben Wang(ハンク・オルソン/Hank Olson #46:ルールを熟知している参加者)

ジョーダン・ゴンザレス/Jordan Gonzalez(リチャード・ハークネス/Richard Harkness #49:体験記執筆を考えている参加者)

ジョシュア・オジック/Joshua Odjick(コリー・パーカー/Collie Parker #48:寡黙なロングヘアーの参加者)

ローマン・グリフィス・デイビス/Roman Griffin Davis(アダム・カーリー・ホワイト/Adam ‘Curly’ White #7:足がつる最年少の参加者)

 

マーク・ハミル/Mark Hamill(少佐/The Major:冷酷な権力者)

 

ジュディ・グリア/Judy Greer(ジニー・ギャラティ/Mrs. Ginnie Garraty:レイの母)

ジョシュ・ハミルトン/Josh Hamilton(ウィリアム・ギャラティ/Mr. William Garraty:レイの亡き父)

 

Noah de Mel(ユーイング・ジェームズ/Ewing #1:痙攣発作を起こす参加者)

Daymon Wrightly(ランク・サンダース/Rank Sanders #19:バーコヴィッチに揶揄われる参加者)

Jack Giffin(ロナルド/Ronald #45:下痢に苦しむ参加者)

Thamela Mpumlwana(パーソン/Pearson #8:レイのファンを見つける参加者)

Keenan Lehmann(ラーソン/Larson #14:足を痛めて車道外に出てしまう参加者)

Dale Neri(パーシー・グリムス/Percy Grimes #31:街中で逃亡を図る参加者)

Teagan Stark(パトリック・スミス/Patrick Smith #4:足を怪我している参加者)

Samuel Clark(トレスラー/Tressler #24:ラジオを携帯していた参加者)

Emmanuel Oderemi(ザック/Zuck #50:麦わら帽子をかぶっている参加者)

 

Cameron MacConomy(エントリーゲートの兵士)

Gabriel Daniels(警官)

Adam Hurtig(警官)

 

Marina Stephenson Kerr(黒いドレスの老女)

Athena Barten(ラブサインを送る10代の少女)

Leo King(自転車に乗った少年)

Ruger Red Barnes(自転車に乗った少年)

Lam An(見物人)

Kara Myskiw(見物人)

Izabella Raven(見物人)

Ken Steen(見物人)

Jonathan Dehaan(トラクターの運転手)

 

David MacInnis(スピーカーの声/Loud Speaker Voice)

 

【Crowd Singer(歌う群衆)】

Steven Ratzlaff

Kevin McIntyre

Antonius Hackett

Sheaya Labiuk

Sharon Bajer

Toni Reimer

Laura Olafson

Carson Nattrass

 


■映画の舞台

 

近未来のアメリカ

フリーポート近郊

 

ロケ地:

カナダ:マニトバ州

バークヒルズ州立公園

 


■簡単なあらすじ

 

近未来のアメリカでは、戦争によって国は分断状態となり、その統治が行われていた

戦争によってダメージを受けた経済を立て直すため、国は「ロングウォーク」と言う競技を開催し、それを中継して国民に見せることで士気を高めようとしていた

各州から若者が一人ずつ選出され、合計50名がスタートラインに立つと言うもので、その開催地の州ではレイ・ギャラティと言う若者が選出されていた

 

レイは母にスタートラインまで送ってもらい、そこで参加者たちと交流を深めることになった

最初に声をかけたのはピーター・マクヴリーズと言う青年で、彼は陽気な性格をしていて、誰にでも気軽に接していた

その後、スタート地点に競技の管理者である少佐が登場し、彼らは「最後の一人になるまで」歩き続けることになった

 

ルールは「時速4.8キロを下回らない」「下回ると警告」「警告3回で射殺」「車道外に逃避しても射殺」と言うもので、警告記録を消去するためには「1時間警告なしで歩く」必要があった

参加者は、それぞれの想いを胸に抱き、サバイバルデスウォークを始めることになったのである

 

テーマ:自己決定的人生への賛歌

裏テーマ:生と言う瞬間

 


■ひとこと感想

 

スティーヴン・キングがデビュー前に完成させていた小説を映像化したもので、若者たちがひたすら歩くだけと言う地味な内容となっていました

どうやったら飽きさせずに面白く映像化するんだろうと思っていましたが、意外なほどに間延びすることもなく、緊迫感を保ってエンディングまで突き進んでいきました

主人公は特別な何かを持っているわけではなく、開催地の地元の州の出身の若者となっていて、彼が最初に声をかける若者と関係を深めていくことになります

 

競技の性質上、女性の参加はゼロで、主人公の母親、沿道の地元民ぐらいしか女性の存在はありません

エンタメ全開だと女性がいそうだし、昨今のポリコレ云々を考えると「何者か」をぶっ込んできそうに思いますが、そういったものが一切なかったのは良かったと思います

もし、女性が出場してたらどうなっていたのかとか思ってしまいますが、ここまでリアルだと演じたい女優さんもいないと思いますねえ

 

映画は、歩きながら話しているうちにそれぞれの背景が見えてくると言うもので、家族が登場するのは主人公のレイだけとなっています

その他の参加者は軒並みひとり者と言う感じで、一人だけ既婚者がいることが判明します

どうして彼が参加したのかはわかりませんが、勝てる算段があるような参加者に見えなかったので、その意図までは汲むことができません

それでも、劇中のセリフにあるように、「自由だけど強制」と言う側面があって、参加せざるを得ないような空気感がこの世界にはあったんだろうなあと思わせてくれますね

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

本作は、観客の想像通りに「ラストが主人公と、彼と一番仲良くなった人が生き残る」と言う流れになり、その他の人たちは「いかにして死んでいくのか」を見ていくものとなっていました

沿道の見物客と同じく、どのような死が待っているのかを期待している部分があり、この構造は劇中内の世界で「この競技が国民の心理的高揚感をもたらす」と言うものと似ていると言えます

優勝者に感化される者もいれば、自分よりも不幸な人がいると安堵する人もいる

目の前で起きている事実が非現実であればあるほど、その悲劇と距離を取ることができて、それがエンタメとして機能してしまうのだと言えます

 

誰かの言葉で「比較的裕福な国ではホラー映画が流行る」と言うものがあって、ホラーで描かれるような退廃感、飢餓感などと無縁ゆえにそれが娯楽と化してしまうのですね

この映画でも、本当に貧困に喘いでいる層は映画館にすら来られないし、この映画を好んで選ぶと言うこともないでしょう

むしろ、自分が本当に参加できるかもしれないデスゲームがあるならば、それに食い入るように見てしまうのかもしれません

 

映画では、ルールに則った銃殺がところ構わず描かれ、役割を全うしている兵士たちは、ラストでもルールに則ったままいました

それがある銃殺後に起きるある人物の無事に繋がっていて、そこには「少佐を殺した人物を殺す」と言う命令がないからなのでしょう

優勝者は一定の地位が与えられ、その彼が望んだものが「=少佐の死」と言うことになっていて、それすらもこの社会に組み込まれているものであると言えます

 

少佐はラスボスのように見えますが、実際には「単なる実行委員のコマの一つ」だったりします

兵士たちが無感情に参加者を始末していくのと同じように、命令されないことはしない

この暗黙知のようなものをレイは感じていて、彼がもし優勝して同じことをしても、自分は殺されないであろうと言う確信を持っているようにも思えました

それが劇中で「曖昧に発せられるけれど確信めいたもの」となっていて、それは「父親が殺されたカラクリ」を知っていたからのように思えました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

体制側としては、この体制の転覆を図ろうとする者には厳しく、体制に従順であって逸脱がないのであれば危害は加えられません

競技中に反抗した参加者が殺されるのと、競技後に少佐が殺されるのとは意味が違うのですね

これらの線引きがすでに確定されているものとして機能し、そこには誰かの感情でルールをネジ曲げることのないフェアな世界のようにも見えてしまいます

 

参加者たちは半ば強制的に思える自己判断でスタート地点に立ちますが、その場所に立ちたい者は腐るほどいるでしょう

その全員の動機が報酬と言うわけでもなく、あの場で行われる銃殺である可能性も否定できないと思います

それでも、途中で殺されることを念頭に置いたとしても、その瞬間まで冷静な人間はいないのだと言えます

 

世間の暮らしがどれほど過酷かは描かれませんが、あのような競技の勝敗を観にくる市民がいると言う時点で、何かしらの箍を全ての人が外しているのでしょう

当初はそう思わない参加者ですら、「死に方を選べる人生」を肯定している側面があります

これが映画におけるテーマとして機能し、「その瞬間の大切さを体現したのがラストである」と言えるのでしょう

そこには様々な思惑が絡んでいると思いますが、レイとピーターは「この数日間で結ばれた絆のために死ぬ」と言うことを選択していて、それが後悔のない人生として映し出されていきました

 

歩くことは「=人生」であり、状況も「=人生」であると言えます

映画は寓話的な感じになっていますが、「瞬間に生きること」の意味をとても考えさせてくれます

そう言ったものの凝縮の先に彼らの最期があるのですが、最後まで物語に付き合った人ならば、これがエンタメになってしまう世界にいる残酷さと言うものを体感してしまったんじゃないかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/104619/review/06686197/

 

公式HP:

https://klockworx-v.com/longwalk/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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