■日の当たる場所は香港にはないということが、彼らの絶望なのかもしれません
Contents
■オススメ度
香港の移民問題に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.3.19(京都シネマ)
■映画情報
原題:白日青春(袁枚の詩篇『苔』の一節)、英題:The Sunny Side of the Street(日の当たる表通り)
情報:2022年、香港&シンガポール、111分、PG12
ジャンル:香港に密入国した男とシンガポール移民家族との衝突を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:ラウ・コックルイ
キャスト:
アンソニー・ウォン/黃秋生(チェン・バクヤッ/陳白日:香港に密入国したタクシー運転手)
サハル・ザマン/Sahal Zaman(ハッサン/莫青春:パキスタン難民の少年)
エンディ・チョウ/周國賢(チャン・ホン/陳康:チェンの息子、警察官)
インダジート・シン/Inderject Singh(アフメド/阿默:ハッサンの父、元弁護士)
キランジート・ギル/Kiranject Gill(ファティマ/法蒂瑪:ハッサンの母)
演者不明(アーシャ/阿耶莎:カナダに行ってしまうハッサンの想い人)
ソハイル・ザキル/Sohail Saghir(アリ:パキスタン人の雑貨店店主)
演者不明(ヌマン:アフメドの親友)
演者不明(アスミン:ヌマンの妻)
ローレンス・ラウ・シェクイン/劉錫賢(ウォン・タイシン/黃大仙:チェンの旧友、密輸業)
タイボー/太保(ラオ・シュウ/老徐:チェンの友人、出国斡旋)
ジョー・チャン/張同祖(タクシー王/的士大王:チェンの友人、タクシー会社の社長)
ルイ・インジュン/駱應鈞(スー氏/蘇sir:チャン・ホンの義理の父、スーウェンの父、警視)
オウ・ジアウェン/區嘉雯(スー夫人/蘇太:チャン・ホンの義母、スーウェンの母)
チャオ・イーフイ/趙伊褘(スー・ウェン/蘇雯:チャン・ホンの妻)
ファイヤー・リー/火火(チュイ/朱威:チャン・ホンの部下、銃を奪われる警官)
ユアン・シン/邱萬城(ジアン/堅哥:チャン・ホンの部下、取り調べ警察官)
■映画の舞台
中国:香港
ロケ地:
中国:香港
■簡単なあらすじ
1970年代に香港に密入国したバクヤッは、妻に先立たれ、今ではタクシー運転手として生計を立てていた
その日は息子ホンの結婚式だったが、パキスタン難民のアフメドが運転する車と事故を起こして遅れてしまった
バクヤッは息子との折り合いが悪く、それは密入国時に中国に置き去りにしたことが原因で、その軋轢は癒えることがない
バクヤッはアルコール依存症で肝臓がやられていて、息子から移植をしてもらって生き永らえているが、それでも飲酒を繰り返して自暴自棄になっていた
ある日、配達中のアフメドと遭遇したバクヤッは、そこでも口論となり、車での追い掛け合いになってしまう
だが、その道中でコントロールを失い、アフメドの車が横転する大事故を起こしてしまう
バクヤッは命を取り留めたものの、アフメドは亡くなってしまうのである
テーマ:仮初の場所
裏テーマ:約束と贖罪
■ひとこと感想
香港を舞台にした難民と密入国者の出会いを描いた作品で、事前情報ほぼゼロという状態で鑑賞することになりました
色々と調べましたが、香港の映画なのでネットでの情報はほぼ皆無、フルキャストは調べようがない状況になっていますね
映画は、態度の悪いタクシー運転手と素行の悪い少年の邂逅という感じで、少年の父が亡くなってから感情移入を始めるという妙な展開になっています
事故を起こしたことが原因で、アフメドの家族は強制送還の対象になるのですが、そこで密出国をするために手を貸すという感じになっていました
まずは母ファティマを送り出し、そして息子を匿いながら、カナダへの道を模索するという感じになっていて、そこで実の息子との対立が激化するという流れになっています
映画のタイトルは袁枚の詩篇『苔』の一節から引用され、「白日」「青春」が共に香港での「バクヤッ」「ハッサン」の名前になっています
映画のパンフレットも充実しているので、この詩篇の解説も含めて、気になる方は購入されても良いのではないでしょうか
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は、移民・難民を受け入れない香港を舞台にしていて、バクヤッは1970年代に密入国し、ハッサン一家はパキスタン難民として、一時的な避難をしている、という状況になっています
時代はおそらく現代で、就労ビザを持っている雑貨店の店主との格差があり、食料チケットと引き換えにいろんなものを融通してもらっているという状況がありました
血の気の多いバクヤッとアフメドが衝突したことで事故が起こるのですが、それによってそれぞれの背景が人生の岐路というものを突きつけます
バクヤッの息子は警視の娘と結婚し、それによって「事故を隠蔽」という裏技が発動し、逆にハッサンたちは強制送還されてしまうという流れになります
アフメドは弁護士でもあり、正義感が強いのですが、妻が言うように「立場を忘れてやり返して良いと思っているのか」と言うところで押さえが効かなかったのですね
それによって最悪の道を歩むことになるのですが、当人は死んでしまっているので、家族の苦しみなどわかりません
そんな中でハッサンはとんでもないことをしてしまうのですが、それを匿うことでバクヤッも逃れられない宿命を背負うことになりました
■タイトルについて
映画のタイトルは、袁枚(えんばい)の詩篇『苔』の一節で、全文は「白日不到處、青春恰自來。苔花如米小、也學牡丹開。」となります
袁枚は1716年の中国・清のの時代の文人・詩人で、杭州の生まれとされています
12歳で生員(当時の最高学府試験の合格者)となり、22歳で挙人(官僚のこと)となっています
そして、翌年の24歳には進士(儒学と詩賦に長けた人)に及第しています
公職に就いた後も、若さゆえに地方しか任されず、田舎周りを転々として、38歳の時に官を辞して、その後は職につかなかったと言われています
その後、隠遁状態になって、読書や執筆に励み、美食家として過ごしていきます
弟子などが殺到したために食うには困らず、芸術一般に精通していましたが、主に詩を嗜んでいたとされています
婦女文学を提唱し、女弟子を多く集めて詩を教えて、『女弟子詩選』という本まで出しているのですね
また、料理について書かれた『随園食単』という書籍もあります
彼の詩篇の言葉に「白日」「青春」という言葉があり、それがバクヤッ(白日)とハッサンの香港名「莫青春」に込められています
詩篇は「日の当たらないところにも生命力あふれる春は訪れ、米粒のように小さな苔の花も、高貴なる牡丹を真似て咲く」という意味になっています
これはハッサンが日の当たらないところにいても輝いていて、それを日の当たる場所に出してあげようという力が働いていることを意味するのですね
ハッサンにとって、日の当たる場所に出してくれる存在がバクヤッということになり、彼はファティマとの約束を守るために残りの人生を捧げることになりました
彼がどうしてそこまでするのかは何とも言えないところがありますが、おそらくは息子ホンにはできなかったことをしてあげたかったのでしょう
でもホンは、大人になった今でも父親の愛情に飢えています
それに気づかないままハッサンに肩入れすることで、ホンの心はさらに傷つくことになってしまいました
■香港の移民事情
香港では、「中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法」というものが2020年に施行されました
いわゆる「国安法」と呼ばれるもので、政権転覆や国家分裂を防ぐためのものとされています
香港の憲法に該当する「基本法第23条を立法化する」というもので、これは「国家の安全を脅かす行為や活動を禁止する法律」となっています
これは2019年の大規模な市民デモを受けて制定されたもので、反中国的な言動を封じる方向に向かいました
さらに「国家安全通報ホットライン」を開設し、その年だけでも40万件の通報があったと報告されています
これによって日本に留学していた学生が逮捕されたりしていて、密告を恐れる状況が生まれることになりました
また、この法律が「香港以外の場所で起こっている外国人による行為も処罰の対象」としているとも言われています
この国安法の第38条には「香港に恒久的な居住権を持たない者が、香港以外で本法が定める犯罪を行なった場合は本法を適用する」という明記があるのですね
香港はアメリカやイギリスなどを含む20カ国と犯罪人引渡し条約を結んでいますが、日本とは結んでいません
香港市民以外が国安法にふれる行為をしたら処罰するという無茶なもので、例えば「アメリカで中国の悪口を言ったら捕まえる」みたいなことになっています
さすがに適用しようがないと思いますが、これは香港以外の中国の管轄地域を指していると思われるので、中国本土や中国による自治区でも同じことだよ、という意味になるのだと思います
これによって、移民や難民が当局に逆らえば逮捕という状況になっていて、その対象になりかけたのがアフメドだったということになります
香港では、人手不足の深刻化により、これまでの高度人材(金融など)の誘致を行なってきましたが、建設業などの単純労働にまで業種拡大をするという流れになっています
香港はもともと中国からの移民を積極的に受け入れてきた時期があり、第二次世界大戦後に60万人いたものが、1950年には220万人にまで膨らんでいました
その後も毎年10万人ずつ増えていくという流れを受けて、それが1980年ぐらいまで続いています
その流れが一旦は止まったのですが、現在ではそれを緩和する方向に進んでいて、その中には「3000万香港ドルを投資する外国人の受け入れをする資本投資移民ビザ(CIES)」というものもあります
これは申請前に3000万香港ドルの資産を保有していることが条件となっていて、イノベーション&テクノロジー産業をサポートする投資をする人を対象としています
現在は受け入れを中止していますが、会社設立は不要で、香港人雇用を求められることもないので、個人投資家が居住権を取得できるというものでした
香港に移住するメリットとしては、所得税の安さ(平均15%)、贈与税、相続税がない、などの税制優遇があります
資産運用に関するキャピタルゲインやインカムゲインに対する税金もないので、税務申告もしやすいとされています
7年後にはパーマネントビザ(永住権)の対象となり、これらをメリットと捉えて移住する人もいるとされています
なお、もちろんデメリットもあるので、先の国安法なども視野に入れておかないと、様々な諸問題が生じることになると言えるでしょう
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、不法移民と難民の衝突を描いていて、それが決定的な事故を起こしてしまうという流れになっています
バクヤッはその償いを考えているのかは分かりませんが、ハッサンに肩入れをしていき、それが息子の反発を招きます
彼がそこまでハッサンを思うのは、バクヤッ自身の幼少期に問題があるのでしょう
残念ながら、映画ではそこまで描かれませんが、息子を中国に置いて香港に置いてきたことが親子関係に多大な影響を与えていることを知っているので、少しでも早くファティマの元に届けないとダメだというふうに考えたのだと思います
映画は、明確にハッサンがカナダに着いて母と再会したとは描かれませんが、おそらくはそれを成し得たのだろうという感じにはなっています
バクヤッ目線ではやることをやったという感じになっているので、それ以上を描く必要はないのでしょう
とは言え、盗んだ拳銃どうするんだ問題などもあり、指名手配されているような状況で、ハッサンが無事なのかも分かりません
映画で描かれていない部分で言えば、バクヤッが出頭し、拳銃を返却するという流れで、この身代わり出頭を息子はどうにもできないでしょう
バクヤッはタクシーの営業権を手放す決意をしていたし、病気を治癒する気持ちもありません
ただ、人生が充実したものだった思いたいだけなので、ハッサンを母親の元に届け、残りの200万香港ドルを息子に譲り渡すことでケジメをつけることになるのかな、と感じました
映画は、香港の諸事情を知っていなくても楽しめますが、袁枚の詩篇だけは理解してからの方が良いと思います
彼らが日が当たらない場所にいる理由とか、それでもそこには息をしている希望があるとかの背景を鑑みて、その中でどうやって生きていくのか、というところに人生のヒントがあります
その尽力が息子に向かわなかったことは残念でなりませんが、その理由は彼が警察官になったからだと思うのですね
当局の支配から逃れて香港に来たバクヤッとしては、中国の支配下に戻った公僕に就く息子というのは望んでいたものとは違うのでしょう
そのあたりが明確に描かれないところが難点ではありますが、そのような心情があるのかな、感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/100652/review/03621825/
公式HP:
https://hs-ikite-movie.musashino-k.jp/