■奇跡的に繋がった糸を紡ぐのも、託された人に課せられた使命なのかもしれません
Contents
■オススメ度
ナチス映画に興味のある人(★★★)
『ワンダー 君は太陽』が好きな人(ほとんど関係なし)
■公式予告編
鑑賞日:2024.12.11(TOHOシネマズくずはモール)
■映画情報
原題:White Bird
情報:2024年、アメリカ、121分、G
ジャンル:心を閉ざした孫に昔話を聞かせる祖母を描いたヒューマンドラマ
監督:マーク・フォースター
脚本:マーク・ボンバック
原作:R・J・パラシオ『Wihte Bird: A Wonder Story』
Amazon Link(原作:英語版)→ https://amzn.to/4gmiKVc
Amazon Link(原作:日本語訳)→ https://amzn.to/3OFOLLV
関連作品:『ワンダー 君は太陽』
Amazon Prime Video(字幕版)→ https://amzn.to/3CXacW5
キャスト:
ヘレン・ミレン/Helen Mirren(サラ・ブロム/Grand-mère:ジュリアンのアルバンスの祖母、画家)
(15歳時:アリエラ・ブレイザー/Ariella Glaser)
(5~8歳時:Laura Hudeckova)
(25~40歳時:Tabea Lara Riek)
オーランド・シュワート/Orlando Schwerdt(ジュリアン・ボーミエ/Julien Beaumier:サラの同級生、ポリオで足が不自由な少年、同級生からトゥルトー(カニ)とからかわれる少年)
ジリアン・アンダーソン/Gillian Anderson(ヴィヴィアン・ボーミエ/Vivienne Beaumier:ジュリアンの母)
ジョー・ストーン=フューイングス/Jo Stone-Fewings(ジャン=ポール・ボーミエ/Jean Paul Beaumier:ジュリアンの父)
【サラの家族】
イーシャイ・ゴーラン/Ishai Golan(マックス・ブロム/Max Blum:サラの父、外科医)
オリヴィア・ロス/Olivia Ross(ローズ・ブロム/Rose Blum:サラの母、数学教師)
ブライス・ガイザー/Bryce Gheisar(ジュリアン・アルバンス/Julian Albans:ビーチャー・プレップ校を退学になった元生徒、現ヤーテ高でサラの孫)
Sean Brodeur(サラの新郎)
Rebecca Monaghan(サラの娘、14歳時)
Luis Eduard Tames(サラの息子、9歳時)
【エコール・ラファイエット校】
Patsy Ferran(ムル・プティジャン/Mlle Petitjean:サラとジュリアンの担任の先生)
Stuart McQuarrie(リュック牧師/Pastor Luc:サラとジュリアンの学校の校長)
Mac Clemons(アントワーヌ/Antoine:ユダヤ人逃亡を手助けする教師)
James Beaumont(ロバート牧師/Pastor Robert:歴史の先生)
Mia Kadlecova(ソフィー/Sophie:サラの友人)
Selma Kaymakci(マリアンヌ/Mariann:サラの友人)
Beatrice Holdingova(ルース/Ruth:サラのクラスメイト、ユダヤ人)
ジェム・マシューズ/Jem Matthews(ヴィンセント/Vincent:サラの同級生で想い人、のちに民兵団に所属)
Jordan Cramond(ジェローム/Jerome:ヴィンセントの友人)
Yelisey Kazakevich(アンリ/Henri:ヴィンセントの友人)
Samuel Talacko(クロード/Claude:ヴィンセントの友人)
【ジュリアン関連(回想)】
Vladimír Javorský(ジョルジュ/Georges:映画館のオーナー、ジュリアンの雇い主)
Cyril Dobrý(ジョルジュの仲間、フランス人のレジスタンス)
Jeremy Tichy(ジョルジュの仲間、フランス人のレジスタンス)
Ales Bílík(フランス人のレジスタンス)
Miroslav Táborský(ムッシュ・ラフルール/Monsieur Lafleur:ボーミエ家の隣人)
Zuzana Hodkova(ラフルール夫人/Madame Lafleur:ボーミエ家の隣人)
Philip Lenkowsky(ラビ・バーンスタイン/Rabbi Bernstein:マックスの友人)
Tatjana Medvecká(バーンスタイン夫人/Madame Bernstein:ラビの妻)
【過去パート:ほぼ登場順】
Markéta Richterová(バルー夫人/Madame Ballou:パン屋の店主)
Krystof Bartos(学校統括の司令官)
Martin David(背の高いドイツ兵)
Sebastian Jacques(ドイツ兵)
Jirí Vojta(フランスの憲兵)
Ondrej Novak(フランスの憲兵)
Jim High(民兵団の司令官)
Simon Mestdagh(民兵)
Zuko Garagic(民兵)
Stepanka Sigmundova(妄想に登場する道路に飛び出すパリの女性)
John Comer(マックスの同僚、下水道作業員)
John Bubniak(フランス憲兵)
Florian Kohler(フランス憲兵)
Garrett Moore(ロード・ブロック司令官/Road Block Commander:患者を移送するドイツの将校)
Miroslav Lhotka(ドイツ兵)
Roman Horák(ドイツ兵)
Filip Finkelstejn(ドイツ兵)
Stanislav Callas(ドイツ兵)
Martina Slukova(連行される神経質な患者)
Daniel Brown(連行される勇敢な患者)
Jakub Laurych(連行される包帯を巻いた患者)
Harry Thompson(連行される髭面の患者)
Jiri Kraus(農場のトラックの運転手)
【現代パート】
Priya Ghotane(ラミヤ/Rahmiya:ヤーテ高の女生徒、社会正義クラブ)
Teagan Booth(ディロン/Dillon:ジュリアンを気にかけるヤーテ高の生徒)
Timon McLean(ディロンの友人)
Adam Bakule(アーロ/Arlo:ヤーテ高の生徒)
Anise Napoleono Dos Reis(ルーシー/Lucy:ヤーテ高の生徒)
Lily Mac(フィービー/Phoebe:ヤーテ高の生徒)
Karina Rchichev(ヤーテ高の高慢な女子)
Madeline Kochová(ヤーテ高の高慢な女子)
Karolina Lea Novakova(ヤーテ高の高慢な女子)
Kevan Van Thompson(アルバンス家のドアマン)
Octavio Molina(結婚式の付添人)
Nick Saaf(結婚式の付添人)
Damian Odess-Gillett(サラの個展の主催者)
■映画の舞台
フランス:オートロワール県
オーベルヴィリエ・オ・ボア村&村ダヌヴィリエ(モデルはル・シャンボン==シュルリニョン)
https://maps.app.goo.gl/1GnrEtM9vLSH9HXd6?g_st=ic
アメリカ:ニューヨーク
ロケ地:
チェコ:
クトナー・ホラ/Kutna Hora
https://maps.app.goo.gl/BWtRJwTRYVGinPDz7
ホレショフ/Holesov
https://maps.app.goo.gl/trhJYegw8tjZUMwV9
プラハ/Prague
https://maps.app.goo.gl/WXj41DNaTKMGMqEv5
■簡単なあらすじ
前作にてクラスメイトをいじめて退学になったジュリアンは、アメリカのニューヨークの高校に転校していた
転校しても友達はおらず、母が友人同士ということで、母の命令で声をかける生徒ぐらいだった
1週間過ぎた頃、突然ジュリアンの元に祖母のサラがやってきた
サラは画家としてニューヨークのメトロポリタン美術館で個展が予定されていて、いち早くパリからやってきていた
ジュリアンの様子を心配し、彼がまだ自分の行いを正確に把握していないことに気づいたサラは、かつて自分を助けてくれた恩人のことを話し出す
時は1942年、フランスはナチスに占領され、サラたちの一家もその影に怯えるようになっていた
学校にもドイツ軍がやってきて、ユダヤ人というだけで、店にも入れなくなってしまう
そんな折、サラはいじめられているクラスメイトのジュリアンと関わりを持つことになったのである
テーマ:想像力は自由
裏テーマ:命を賭けて守るもの
■ひとこと感想
『ワンダー 君は太陽』は名作ですが、あの作品がなぜ名作になっているのかは、本作がどこに光を当てているかでわかると思います
前作では、オギー自身だけではなく、彼女の姉ヴィアにもフォーカスが当たっていました
そして、今回はオギーをいじめて退学になったジュリアンの物語となっていました
本作は、ほぼジュリアンの祖母サラの回想録で、ジュリアンの出番はほとんどありません
サラが彼に何を聞かせようとしていたのかというところがメインで、それによってジュリアンの行動が変わるという内容になっています
前作を観ていなくても問題なく、ジュリアンが「いじめで退学になったけど反省していない」ということさえわかればOKでしょう
そして、冒頭で描かれるように、「普通でいること」の意味を考えるきっかけになると思います
学生生活は一度しかなく、何と関わって熱量を上げるかというのはとても大切で、この映画を観終わっても「普通の意味が変わらない人」は、もう少しだけその意味を咀嚼した方が良いかもしれません
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は、いじめっ子だったジュリアンが「自分の行為とその影響を受け入れていない」という前提があって、そのためにサラが昔話をして諭すという流れになっていました
前作を見直す意味はほとんどありませんが、いじめによって退学になって、新しい学校では存在を消そうと考えていることがわかります
冒頭とラストの登校シーンにて、目深にパーカーを被っているのですが、それを取るという象徴的なシーンがありました
物語は、どちらかと言えば差別側にいたサラが差別される側に回るというもので、彼女のことを想っていたクラスメイトに救われるという流れになっています
5年も隣の席にいたのに名前すら覚えられていないのですが、サラが関係を持とうとしなかったことがよくわかる感じになっていますね
彼女自身が高校では普通でいようとしていたけど、普通ではいられない運命に巻き込まれる流れになっていました
映画は、やや説教っぽさもあるものの、そこまで難しい話はしていません
想像力で難局を乗り切るとか、人は見た目ではわからないとか、大切なものを見つける人生の素晴らしさなど、普遍的な物語になっていました
サラ自身も孫に語ることによって初心を思い出すのですが、彼女自身も遠い記憶の中で忘れていたものがあったように思えました
■記憶の再編
本作は、いじめっ子ジュリアンの祖母サラが自分の過去を話すという内容で、彼女自身が自分の記憶に再会するという物語になっています
サラが過去を語るきっかけになったのは、ジュリアンが新しい場所で「空気になる」と言ったからであり、積極的に関わらなくても、人は影響を与えるものだということを伝えたかったからでした
サラはいわゆるホロコーストの生き残りであり、クラスメイトにジュリアンという少年がいました
彼はサラを匿うという危険な手段に出ていて、しかもポリオによって足が不自由な少年でした
しかも、通学途上でナチスに捕まってしまい、強制収容所送りになっています
サラがこの話をしたのは、ジュリアンに変わってもらいたかったからと言うこともありますが、人は予期せぬ出来事の中で人生を送るものだと言うことを言いたいのだと思います
また、ジュリアンはオギーをいじめていましたが、サラはオギー的な存在であるジュリアンに助けられています
これらの記憶を再び思い返すことは、サラ自身の中でバラバラになっていたものが「ある意志を持って組み立てられる」と言うことになります
それは、本当に起きたことの再現である必要はなく、ある種の譬え話に近いものだと言えます
サラ自身が体験してきたことと言うのは、繰り返し思い出される中で、ある種の色付けがなされている部分があります
でも、何かのきっかけでその過去を語る時、そこにはその過去を必要なソースとして呼び出すことになります
それはケースバイケースになるのですが、今回の場合はジュリアンに人との関わりの大切さを教えるため、と言う名目があるので、その方向性で脚色が入ることになります
この改変は悪いことではなく、目的を持ったお話にリアリティを持たせるためのものなので、誰しもが行っていることでしょう
でも、本当に重要な部分の改変はできず、それをしてしまうと嘘だとバレてしまいます
聞き手はそう言ったところには敏感なもので、それゆえに脚色が入る部分は本題に近づけるための部分だけになると考えられます
サラは自分の過去を話すとき、このエピソードを語ればジュリアンはわかってくれるのではないかと考えていると思います
でも、話しているうちに、聞き手が感化される部分は、サラ自身が意図しない部分だったりするのですね
ジュリアンからすれば、彼はオギーに見えるかもしれないし、もしかしたら自分に見えるかもしれない
それは表面的な類似を取るか、状況的な類似を取るかと言うところに行き着きます
ジュリアンがサラの話から何を学んだのかと言うのは、彼の行動を見ればわかります
そう言った観点からすれば、サラの意図は伝わったと言えるのではないでしょうか
■命を繋ぐ意味
本作は、ホロコーストから逃れたサラが孫に話を聞かせるのですが、あの時にジュリアンが助けていなかったら、サラはこの世にはいなかったかもしれません
命が繋がると言うのは本当に奇跡的なことで、些細に思えることも、後の世では大きな意味を持つことがあります
ジュリアンがもし今の学校で空気になったとしても、変わりなく命は繋がって行くことでしょう
サラの時のような激動の時代ではないので、誰かと関わりを持つことが劇的なものを生むかはわかりません
それでも、未来に繋がる因果は予測できないもので、それを思い描く意味はないと思います
人の歴史は面白いもので、未来から見ると過去は必然のように思えます
あの出来事があったから今がある、と短絡的に考えることもできますが、実際にはサラからジュリアンに命が繋がるまでに、多くの出来事がありました
そのどれかが欠けてもジュリアンは生まれなかった可能性があり、そうした連鎖の上に人生はあると言えます
運命が決定しているかどうかは知りませんが、人は人生を閉じるという選択ができる唯一の生き物のように思えます
それゆえに、選択というものには重みがあると言えるでしょう
ジュリアンがサラの話のどこに感化されるかも予測は不能で、同じ話を別の時に聞いても違う理解になったと思います
そのタイミングのズレはやがて未来に大きな変化を促すのですが、それは今も過去も同じだったと言えます
あの時に先生が誘導を間違えたらとか、ジュリアンが声をかけるタイミングが違っていたらなど、無限に思えるタイミングの違いというものがあって、そう言ったものが奇跡的に繋がっているからこそ、今があると言えます
その奇跡に感謝すべきか否かは置いておいて、自分が今そこにいるのは、そう言ったものの積み重ねでできていて、そして自分自身の行動というものが未来を創るということは忘れないでほしいと思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、『ワンダー 君は太陽』のスピンオフ作品で、前作でもオギー以外の登場人物にスポットライトが当たっていました
前作の斬新さは、オギーが家族の中心となったことで行き場のない感情を持った家族がいるというところで、本作にはそこまでのサプライズはありません
あの時にオギーをいじめたジュリアンがその後どうなったのかを描いていて、いじめっ子がどのような変化をするのか、というところが描かれています
ジュリアンは空気になることを選びますが、前作でのいじめについての反省はしていない、ということになっています
いじめに対して心を痛める人とそうでない人がいるのですが、その違いはどこから生まれるのでしょうか
その要因はいくつかありますが、「共感力(エンパシー)の差」「自己認識・内省力の有無」「家庭環境や教育の影響」「社会的報酬や役割依存」「過去の傷による感情の鈍麻」などが挙げられます
「共感力」に関しては、相手の痛みや悲しみを感じ取れるかどうかですが、ジュリアンはオギーを自分とは違うものとして捉えていたと思います
「自己認識・内省力」も、オギーをどのように見ているかで決まります
「家庭環境や教育の影響」「過去の傷による感情の鈍麻」に関しては、映画で描かれている部分が少ないのでなんとも言えない部分があります
「社会的報酬や役割依存」については、「いじめることで優位性を保つ」という部分の変化球のようなもので、オギーをいじめることでヒエラルキーの上に立っているという感覚を持っているように思えます
また、誰もがしないことを代わりにやっているという「役割」を辞任している部分があったかもしれません
このことから、ジュリアンが他人から距離を置こうと考えるのは、「役割」を果たしたのに報われないという部分が強かったからなのかな、と感じました
彼の中にある優位性と他者から求められていたはずの行動が、実は彼の理解の正反対の事柄を産んでいた、ということなのですね
それによって、ジュリアンは何かしらの役割から遠いところに行こうと考えていて、それが空気になるという方向に向かったように思えます
実際に彼がどのようなことを考えていたかはわかりにくいところがありますが、サラが彼を人の前に戻そうと考えたのは、正しい役割というものを務めさせたかったからなのかもしれません
過去のジュリアンが取った行動を模範にせよというものではなく、彼自身が社会で求められる役割になることについて真剣に考えること
これがジュリアンの人生を変えるきっかけになるのだと思います
サラは人は何かしらの役割を持っていることを理解しているので、ジュリアンの勘違いを正すために、あのような話をしたのかもしれません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/96563/review/04551796/
公式HP:
