■ロボットの見た夢の先には、彼だけに見える未来がある


■オススメ度

 

切ない友情物語が好きな人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.12.12(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題: Robot Dreams

情報:2023年、スペイン&フランス、102分、G

ジャンル:ひとりぼっちのドックと友だちロボットの交流を描いたヒューマンドラマ

 

監督&脚本:パブロ・ベルヘル

原作:サラ・バロン『Robot Dreams』

Amazon Link(原作グラフィックノベル:洋書)→ https://amzn.to/4g9el8l

 

登場キャラクター:

(ドッグ/Dog:マンハッタンに住む一人暮らしの犬)

(ロボット/Robot:ドッグが注文するロボット、Amica2000)

 

(配達業者)

(ビーチの管理人)

(海を渡るウサギ3人組)

(スキー場のアリクイカップル)

(原っぱののコスモス)

(ボーリング場のスノーマン)

(巣をつくる小鳥とヒナたち)

(雑貨店の店主)

(ダック/Duck:凧あげ&魚釣り)

(浜辺で金属を探すサル)

(スクラップ工場のワニ親子)

(ラスカル/Rascal:自家製ロボットを作るアライグマ)

(ティン/Tin:中古の友だちロボット)

 


■映画の舞台

 

1980年代、

アメリカ:ニューヨーク州

マンハッタン


■簡単なあらすじ

 

マンハッタンに住むドックは、一人暮らしを満喫していたが、どこか物悲しく思っていた

向かいのビルのカップルを見ては羨ましく思い、家族連れを見ては物思いに更けていた

 

ある日のこと、テレビCMにて「Amica2000」というロボットのCMを見たドッグは、それを購入することになった

ロボットが届いて組み立てたドッグは、彼と一緒に街を散策することになった

 

海開きも始まっていて、ビーチに出た二人は、他の家族連れたちと一緒にはしゃぎ回った

疲れ果てたドッグはロボットとともに砂浜でうたた寝していたが、気がつけば夕暮れに差し掛かっていた

 

ドッグはロボットを連れて帰ろうとするものの、ロボットは錆びついてしまい、全く動かすことはできなかった

試行錯誤するものの、全く動かすことができなかったドッグは諦めて、翌日に出直すことになった

だが、修理道具を揃えて向かうものの、ビーチは閉鎖されていて中に入ることができない

役所に取り入っても相手にされず、無理やり忍びこもうとして捕まってしまう

ドッグはやむを得ずに来年の海開きを待つことになった

 

テーマ:心の隙間を埋めるもの

裏テーマ:孤独と向き合う夢の正体

 


■ひとこと感想

 

公開からかなり時間が経過していて、観ようかどうしようか悩んでいたのですが、ようやく時間ができたことで鑑賞することになりました

前編セリフなしの作品で、原作のグラフィックノベルをそのまま動かしているような作品になっています

原作だと短編なので、色々と肉付けした物語になっていました

 

映画は、ドッグが孤独感に耐えきれずに友達ロボットを購入するという導入があり、至福の時間を過ごすけれど、離れざるを得なくなるという内容になっていました

ここからが本編になっていて、離れ離れになった二人が相手を思いながら何を考えるかというものが主題となっていました

 

映画のタイトルは『ロボット・ドリームズ』ということで、主にロボットが見た方の夢が主題に直結しているのでしょう

ざっくりとお花畑でミュージカルが2回ほどあったような感じがしましたが、それ以上にドッグが見る夢の方が印象が強かったように思います

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

本作にネタバレがあるのかは分かりませんが、何も知らずに観た方が良い映画だと思います

原作ではロボットが家に届くところから始まるのですが、映画ではあえてドッグが孤独である状態というものを描いていきます

周囲の団欒を気にしたり、消したテレビに自分だけが映るなどの効果的な演出方法で、セリフがなくてもドッグが何を考えているのかがわかります

 

予告編で砂浜に置いてけぼりになるところまではわかるので、そこからどうなるのかを観ていくことになるのですが、離れた後に描かれるのは「妄想」になっていましたね

ロボットが見る夢、ドッグが見る夢というものが描かれていて、特に動けないロボットは自由に空を飛べる鳥とか、コスモスと一緒に踊ったりする夢を観ていました

 

一方で、ドッグの方はスノーマンとボウリングに行って恥をかいたり、ダックと友達になったと思ったら、向こうはヨーロッパに移住してしまうなど、新しい友達を作ろうとして失敗する様子が描かれていきます

ドッグは、ロボットと離れている間にロボットとは別の友達を探そうとしていて、その夢の最後にロボットを思い出すという流れになっていました

でも、ロボットの方は常にドッグのことを考えていて、もっと楽しい時間を過ごせたのにと思っていたことになります

 

ドッグが毎日のように砂浜のフェンスに来てロボットを憂うことはなく、それがある種の温度差になっていましたね

ラストでは、その温度差というものが明確になるのですが、ロボットの選択は切なくもあるし、暖かくもあるのかな、と感じました

 


孤独を埋めるもの

 

映画では、ドッグが孤独を癒す(もしくは埋める)ために、Amica-2000というロボットを購入する様子が描かれています

その後、海岸で錆びて動けなくなったために孤独感が舞い戻ってくるのですが、最終的には「別のロボットを購入する」というオチになっていました

その途上で色んな仲間たちと交流を持ちますが、うまくはいかないことが募り、結局は同じことを繰り返している、と言えます

 

孤独に限らず、心を癒すには色んな方法がありますが、誰かと接点を持つというのは、その一つになっています

他には、小さなルーティンを持って「自分のためだけの生活習慣」を持つというものもあります

決まった時間に読書をしたり、ジョギングなんかも良いと思います

 

さらには、創作活動に没頭するという手もあって、絵を描いたり、日記をつけたり、音楽を聴いたり作ったりということもありますね

何かしらの「表現」を伴うことになるので、心の中を外側に出すことで楽になることもあります

人との接点が難しい人は、動物もしくは植物とふれあうというのも良いでしょう

ペットに関しては制限がありますが、観葉植物とか熱帯魚などでも効果があると思います

 

また、この映画のように「孤独を題材にする作品を鑑賞する」ということも効果的で、これは自分の明文化できなかった感情というものの代弁となります

何かしら心にわだかまりがある人は、色んなテーマの作品にふれることで代弁者を見つけることができるかもしれません

さらに言えば、孤独というものを「敵視」している人もいるのですが、実はそうではないことの方が多いのですね

そこに時間ができることには意味があって、今までと違う何かを始めたり、考えたりする人生のスキマのようにも思えます

なので、与えられた状況に何の意味があるのかを考え、自分にとって「肯定的」に捉えることで、視野が広がることもあるのではないでしょうか

 


欠落の先にあるもの

 

本作にて、ドッグは多くの「欠落」を抱えている存在で、「友情」「ロボットの体の一部」「時間」「現実」などが「欠落」していたと言えます

友だちを作ろうと思ってもなかなか作れず、自分のもとを離れてしまいます

ビーチに置き去りにされたロボットはボロボロになって、その一部だけがドッグのもとに残ります

また、すれ違いが多く描かれ、時間のロスというものもたくさんありました

さらに、ロボットが夢を見ていて、そこではドッグと再会しているのですが、ロボット側からドッグそのものが欠落しているように描かれています

ロボットの夢と同時にドッグも別の孤独を埋めるものに傾倒していくので、感覚的に去っていくものを感じ取っていたのかもしれません

 

それでも、映画は「欠落から再生」へと向かう様子が描かれ、ロボットにはラスカルという友だちができ、ドッグには新しいロボット「ティン」と出会うようになります

もとの関係には戻らないという切なさはあるのですが、すれ違ったまま終わらないところに、人生ってこういうもんだよねと思わせる部分があります

どんな出会いにも別れがありますが、その別れが最後となるのは自分が死んだ時だけなのですね

なので、人生が続いていく以上、新しい出会いと新しい生活はあるんだよ、と言っているようにも思えてきます

 

欠落の先には、新たなものが補充されがちですが、ほとんどの場合は全く同じもので埋め合わせをしないと思います

時間経過とともに価値観も関係性も必要なものも変わっていくものなので、過去に戻るような方向には向かないことの方が多いでしょう

そう言った意味において、欠落とは今の自分を変えるための予兆であると思います

なので、否定的に考えずに、今度は何を得るステージに入ったんだろうと気楽に考えることも良いのかな、と感じました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作はセリフのない作品で、キャラクターの動き、表情などから状況を汲み取る作品となっていました

ほとんどの人が同じように受け取るように構成されていて、それを考えると「言葉(言語)」というものには何の意味があるのかを考えさせられます

でも、映画の中で起きたことは脳内で言葉に置き換えられているので、言語そのものが不要というわけではありません

また、映画のことを語り合うのには言語は必要で、共通のものがないと通じません

 

言葉とは、世界を概念化するのに必要で、そこにあるものに対して「名前と意味」を与えるものだと言えます

それがあってはじめて、他者との架け橋ができるようになり、コミュニケーションが構成されます

そして、このコミュニケーションによって、自分の中で概念化されていたものがブラッシュアップされて、さらにコミュニケーションの精度も上がっていくようになっています

 

さらに面白いことに、言葉には限界というものがあって、幾つもの名詞や形容詞を同時に指し示す状況などが生まれたりします

同じ状況も切り取る人にとっては違う言葉で表現され、それが発見となることもあります

自分自身の言語化の限界点にくると、他者の言語化というものが知恵となることもあります

それでもなお、言葉で語れないものがあるというのは世界の面白さであると言えます

なので、映画のレビューには多くの言葉が立ち並び、ひとつひとつに「同じものを見たはずの概念化」というものがあるということになります

そう言った意味において、色んな感想を知ることにも意味があるのかな、と思いました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/100268/review/04554148/

 

公式HP:

https://klockworx-v.com/robotdreams/

アバター

投稿者 Hiroshi_Takata

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA