■自白と告白の間にある、真実を映し出す鏡の正体とは何か
Contents
■オススメ度
軽快なコメディが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.11.8(京都シネマ)
■映画情報
原題: Mon crime(私の犯罪)、英題:The Crime Is Mine(犯罪は私のもの)
情報:2023年、フランス、103分、G
ジャンル:犯罪を奪い合う女たちを描いたコメディ映画
監督&脚本:フランソワ・オゾン
原案:ジョルジュ・ベール/Georges Berr(PN:ルイス・ベルヌイユ/Louis Verneuil)『Mon Crime(1934)』
キャスト:
ナディア・テレスキウィッツ/Nadia Tereszkiewicz(マドレーヌ・ヴェルディエ:売れない女優)
レベッカ・マーダー/Rebecca Marder(ポーリーヌ・モレオン:新人弁護士、マドレーヌのルームメイト)
イザベル・ユペール/Isabelle Huppert(オデット・ショーメット:サイレント映画の大御所)
ファビリス・ルキーニ/Fabrice Luchini(ギュスターヴ・ラビュセ:予審判事)
オリヴィエ・ブロッシュ/Olivier Broche(レオン・トラプ:書記官)
ミッシェル・フォー/Michel Fau(モーリス・ヴライ:判事)
ダニエル・プレボスト/Daniel Prévost(パルボット:判事)
レジス・ラスパレス/Régis Laspalès(ブラン:事件を担当する捜査員、警部)
ダニー・ブーン/Dany Boon(フェルナン・パルマレード:マドレーヌを気にいる建築家)
アンドレ・デュソリエ/André Dussollier(ボナール氏:「ボナール・タイヤ」の経営者)
エドゥアール・シュルピス/Édouard Sulpice(アンドレ・ボナール:マドレーヌの恋人、ボナール社の御曹司)
アンヌ=エレーニ・オルヴラン/Anne-Hélène Orvelin(ボナールの秘書)
フェリックス・ルフェーブル/Félix Lefebvre(ジルベール・ラトン:ジャーナリスト)
Franck de la Personne(ピストール:家主)
ジャン・クリストフ・ブーヴェ/Jean-Christophe Bouvet(モンフェラン:殺される演劇プロデューサー)
ミリヤム・ボイヤー/Myriam Boyer(ジェス夫人:コンシェルジュ)
スザンヌ・ド・ベック/Suzanne De Baecque(セレステ:マドレーヌたちの家政婦)
ルシア・サンチェス/Lucia Sanchez(アルバレス夫人:演劇の共演者)
Evelyne Buyle(シモーネ・バーナード:共演する女優)
ジャン=クロード・ボル=レディット/Jean-Claude Bolle-Reddat(エミール・ブシャール:シモーネの恋人)
ドミニク・ベネスハルト/Dominique Besnehard(レストランのウェイター)
ポール・ボーペール/Paul Beaurepaire(新聞販売員)
アダム・オー/Adam O-H(ベイビィ・コンシェルジェ)
ジョルジュ・ベコ/Georges Bécot(映画の声)
Radstina Rogliano(公開裁判のフェミニスト)
■映画の舞台
1935年、
フランス:パリ
ロケ地:
フランス:パリ
ベルギー:
シャルルロア/Charleroi
https://maps.app.goo.gl/g3mPvPAnVn5j1Vk97?g_st=ic
ベルギー:
ブリュッセル/Brussels
https://maps.app.goo.gl/hgbBLf6wyovcmfL9A?g_st=ic
■簡単なあらすじ
1935年のフランス・パリ
売れない女優のマドレーヌは、演劇プロデューサーのモンフェランの邸宅に招かれていた
そこで愛人契約を持ち出されたマドレーには、それを拒否して自宅へと舞い戻る
自宅では、家主のピストールがルームメイトの新人弁護士に家賃の催促をしていて、彼は48時間の猶予を与えることになった
この先のことを思案していた矢先、マドレーヌの元に捜査官ブランがやってくる
さっきまで会っていたモンフェランが何者かに殺され、マドレーヌは容疑者となってしまう
予審裁判の判事ラビュセはマドレーヌを有罪と断定し、マドレーヌはポーリーヌが書いた筋書きを演じ、男性社会の犠牲者であることを訴える
裁判は一転して正当防衛が認められ、マドレーヌは一躍有名女優になってしまう
だが、事件の真相を知るある人物が、絶頂を極めるマドレーヌの元にやってきてしまうのである
テーマ:有名税の奪い合い
裏テーマ:強かさの正体
■ひとこと感想
フランスの軽快なコメディということで、あるプロデューサーの殺人事件を奪い合うという展開になっていました
イザベル・ユペールが登場することは予告編でわかっていたのですが、彼女が登場するまでがやたら長かったように思います
映画は、犯罪裁判で有名になった女優が裕福になる中で、その事実を知る者が暴露を強請に使うというもので、かと言って深刻なクライム映画にはなっていません
あくまでもコメディとして描いていて、ウィットな会話劇を楽しむという内容になっています
映画のラストでは、実はどうだったのかというネタバラシと、この事件に感化された人々の顛末が紹介されていきます
なので、エンドロールの前半はしっかり見ておいた方が良いと思います
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
冒頭で邸宅から出てくるマドレーヌを描き、その後「殺人事件」があったことが判明するのですが、この一連のマドレーヌは演技していたことになるのだと思います
ラストで演じられるマドレーヌとオデットの芝居は、その時のことを再現して戯曲化しているのですが、これが真実だとするならば、オデットが助けて、マドレーヌがトドメを刺したということになります
オデットは「死刑になるなら見逃す」と言っていましたが、真逆のことが起こったために告発に踏み切ります
彼女はお金を請求しますが、本音としては女優としての再起をしたかったのでしょう
そこで、パルマレードを利用することになるのですが、彼女はWin-Winを持ち掛けることで、その場を丸く収めることに成功しています
エンドロールでは、事件に感化されて「私もやりました」と名乗る女がいたり、それを記事にして信用を失墜する記者がいたりと、散々な目に遭っていることがわかります
人間正直に生きなくては、と思わせる反面、他人事だと面白おかしく感じられますね
■戯曲のアップデートについて
原案となる「Mon Crime」は1934年にパリのヴァリエテス劇場で初演されたジョルジュ・ベール(ペンネームはルイ・ベルエイユ)が書いた戯曲のことです
この原作がどんなものかはほぼわからない感じで、フランソワ・オゾンによってかなり翻訳されたものということだけはわかっています
いわゆる「#Mee Too」を皮肉った内容になっていて、性的搾取されそうになった女性が、その事件を利用する犯罪となっています
状況証拠が積み上がった中でマドレーヌは行き場を失うのですが、ポーリーヌの機転によって、それを逆転劇に変えていきます
ギュスターヴ判事たちは彼女が殺したと思い込み、ほぼでっち上げの供述証書を作り、それにマドレーヌがサインする形で裁判へと向かいます
世間は若い女性の衝撃的な犯罪と捲し立て、そして裁判が開かれることになりました
でも、この背景で、衣装選びなどを徹底的に演出し、法廷を舞台に見立てていくのですね
こうして関心を一手に引き受けて、「正当防衛」を訴えるに至ります
「月に1万フランの愛人契約で脇役を与えられた」と訴え、モンフェランが襲う瞬間を克明に説明していきます
まるで劇場型とされる裁判の中で、供述と違う内容を話し、でっち上げでは語られなかった詳細を語ることで、聴衆たちの心を奪っていくのですね
それでも、検察側は演技だと嘲笑い、マドレーヌを取り巻く状況を家主のピストールと管理人のジェスに語らせ、その状況をも利用していきます
これらが現代的に翻訳されていることで、フェミニスト映画だと言われているのですが、その後、アンドレを巻き込んでいくことで、世論を誘導していく流れになっています
判事はその状況を訴えるものの、その潮流には逆らえないのですね
最終弁論にて、過去の出来事を提示し、女性の権利侵害に訴えていくことで、陪審員の心を動かしていくことになります
そして、全ての女性に訴えかけることで、女性の大義のために戦ったことを訴え、それを無視する社会を糾弾していきます
彼女が訴えるのが無罪ではなく、女性の自由というところが陪審員の心を動かすことになり、そして無罪を勝ち取ることになりました
■彼女たちが奪い合ったもの
その後、事件の真相を知るオデットが登場し、彼女は金銭目的と名誉欲を引き合いに出して、交渉に入っていきます
オデットが欲しがったのは端金ではなく、自身の復活で、その共通目的がマドレーヌを支持する男たちを動かしていくことになります
アンドレとの交際に反対するボナール氏、マドレーヌのファンになったパルマレードなどに働きかけることで、その対価を得ていくことになります
彼女たちは「パルマレード殺害事件」を自分の事件にしたがっていて、それによって得られた名声というものを奪い合っていきます
でも、オデットが真犯人として名乗り出ても、彼女がマドレーヌと同じものを得るとは思えません
それは、マドレーヌのイメージというものが彼女の犯罪を無罪へと導いたからなのですね
オデットが犯人だと、同じ劇を展開しても、説得力に欠けるというところが「誰が何を語るのか」というところにつながっていると思います
オデットはそのことを理解していて、渦中では声を上げずに潜んでいました
マドレーヌが死刑になれば名乗らなかったというように、それ相応の報いを受けていれば、オデットの溜飲は下がったのでしょう
オデットはいわゆるモンフェランのお払い箱になっている存在なので、その嫉妬心というものも作用していたように思えます
真相を知るオデットはマドレーヌたちに交渉を持ちかけ、それが様々な問題を一気に解決する起点になっていました
金銭的に困っていたボナール氏を支援する形でパルマレードが出資し、そのお金がマドレーヌに渡り、オデットへと到達する
これによって、ボナール氏の共同出資者的な立ち位置にパルマレードがなって、事業の拡大に踏み込んでいきます
マドレーヌにはお金は不要なので、そのままオデットに渡っても問題がないのですね
この落とし所が生まれたのが、オデットの執着というところが面白くもありました
結果として、何かを得ようとする者が群がることで状況が変わっていくのですが、その状況を俯瞰的に見ることで、全てをうまくまとめていく方向に向かうことができます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画のエンドロールでは、一連の事件に便乗した人々の顛末が描かれ、マドレーヌの事件が女性たちの間で影響を与えたことを描いていきます
女性たちの声が紙面に載り、そして社会的な現象を生み出していき、パリにおける女性の人権向上への動きへと発展していきます
この流れが起こったのが、マドレーヌが愛に生きた女性だと認知されているからで、愛を盾にすることで行為が正当化される流れを生み出していきます
オデットはこれらの流れを覆そうと考えるのですが、社会は一度認知された美談の改変を嫌っていきます
ギュルターヴはオデットの訴えを退け、別の殺人の殺人犯を演じることを提案したりします
オデットが名乗り出ても、同じ賞賛を受けることがないことを彼も気づいていて、この構造がフェミニズムの浸透の流れに似ているように思えます
社会では、同じ論説を誰が唱えるかで印象が変わり、それは内容よりは印象が優先されるからなのですね
オデットは有名女優ですが、今では忘れ去られた存在で、マドレーヌとは立場も印象も違います
論説は犯罪と同様に、誰の手によって行われたかによって結末が変わるもので、オデットの目論見を果たす方法は「犯罪を奪い返すことではない」のですね
このあたりを読み切ったマドレーヌとポーリーヌの機転によって、オデットの欲望をも飲み込んでいきました
パルマレードの前でも一芝居を演じることになるのですが、このあたりの女優性というものがとても巧妙だったと思います
本作では、女性が強かに生きる方法というものを明示していて、それは「#Mee Too」運動のアンチテーゼになっているようにも思えます
女性を利用する男性、女性を利用する女性など、様々な性差問題はありますが、その本質は1930年から変わっていないようにも思います
法廷にはフェミニストの女性が登場して一言申しますが、このあたりの皮肉も一掃してしまう力強さというものが、本作にはあったのかなと思いました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
