■『白鯨』がチョイスされた時点で、物語の本質が見える人もいる、という映画でした
Contents
■オススメ度
古典の書籍が登場する映画が好きな人(★★★)
老人と少年の交流の物語が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.3.9(MOVIX京都)
■映画情報
原題:Il diritto alla felicita(幸福への権利)
情報:2021年、イタリア、84分、G
ジャンル:丘の上にある古本屋を舞台に、そこに集う人々を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:クラウディオ・ロッシ・マッシミ
キャスト:
レモ・ジローネ/Remo Girone(リベロ:書店「LIBRERIA」を経営する老人)
ディディー・ローレンツ・チュンプ/Didie Lorenz Tchumbu(エシエン:ブルキナファソから来た少年)
コッラード・フォルトゥーナ/Corrado Fortuna(ニコラ:書店の隣のカフェの店員)
アンナマリア・フィッティバルディ/Annamaria Fittipaldi(キアラ:雇い主に頼まれてフォトブックを探している女性)
ミーニ・オパディア/Moni Ovadia(メデゥーサ文庫を集めている収集家)
ピノ・カラブレーゼ/Pino Calabrese(自分の著作を探す教授)
フェデリコ・ペロッタ/Federico Perrotta(ボジャン:ゴミ箱から本を見つけては売りにくる移民の男)
ラポ・ブラスキ/Lapo Braschi(ヒトラーの『我が闘争』を探しているスキンヘッドの男、イタリア人)
バレンティーナ・オッラ/Valentina Olla(SM趣味の女性)
ビアージョ・イアコヴェッリ/Biagio Iacovelli(発禁本に興味を持つ神父)
Liliana Fiorelli(1957年の日記の声、ミクーレを慕う家政婦)
■映画の舞台
イタリア:アブルッツォ州
テーラモ県チヴィ・テッラ・デル・トロント/Civitella del Tronto
https://maps.app.goo.gl/eZNv2DVwkcbqkyz47?g_st=ic
ロケ地:
イタリア:アブルッツォ州
テーラモ県チヴィ・テッラ・デル・トロント
フィリッピ・ペーペ広場
https://maps.app.goo.gl/dvjiPmRgH5ScfVkr5?g_st=ic
■簡単なあらすじ
イタリアの小高い丘の町に住むリベロは、広場のある通りで古本屋を開いていた
朝イチには移民のボジョンがゴミ箱から拾った本を売りに来て、隣のカフェの店員ニコラはコーヒーを淹れてくれる
店は発禁本を含めた古書が整理されて並んでいた
ある日、エシエンというブルキナファソから来た少年が店に訪れた
リベロは「好きなのを貸してあげる」と言い、彼は「ミッキーマウス」の漫画本を借りて帰る
庭園で読書をするエシエンは、読み終えるとまた一冊借りるという感じで、毎日のようにリベロの店を訪れた
何回か訪れた後、リベロは「漫画は卒業だ」と言って小説を手渡す
そして「読んだら感想を聞かせて」と告げた
リベロは店の本は読み尽くしていて、今夢中になっているのはボジョンが拾ってきた一冊の日記帳だった
1957年頃に書かれたある女性の日記には、家政婦をして、恋人とアメリカに行きたいと綴られていた
彼は、その女性の物語を追いながら、エシエンに多くの書籍を読ませていくのであった
テーマ:幸福に必要な素養
裏テーマ:古典を読む意味
■ひとこと感想
古本屋経営をしていたので、そりゃあ迷わずに参戦いたしました
イタリアののどかな風景と、石造りの町が魅力的で、登場する古典も有名なものばかりでしたね
古書店は小規模なもので、儲かっている感じはありませんが、本好きが趣味でやっているという感じが心地良い空間を演出していました
ブルキナファソ(アフリカ西部寄りの内地)から来たエシエンとの古典のやりとりと、ボジャンが拾ってきた家政婦の日記がメインになっていて、物語の起伏としてはそれほどありません
淡々と進んでいくし、劇的なシーンもサラッとしたものになっているので、エンタメ度はやや低めでしょうか
登場する本はほぼ古典ばかりで、マニアックなものをマニアが買っていくシーンも多くありました
本の案内人になるには相当な読書量が必要で、店に読む本がなくなったリベロは、家政婦の日記を読み始めていました
この日記がうまく書かれていて、一日一日の出来事と心理が巧みに描かれていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
古書店経営経験者なので、古書店あるあるが詰まっているような内容にびっくりしました
実は、日本でもホームレスが拾った本を売りに来るというのは普通にあります
また、劇中で逃してしまう「故人の書籍の後始末」というのも、結構な頻度で遭遇しました
本当に高齢の人の本棚というのは味わいがあって、生き残ってきた思想というものが見え隠れしますね
リベロが経営している店の名前は「LIBRERIA」という名前で「本棚」という意味になります
本棚というのは、その人となりを表す家具であり、頭の中を覗かれているような感覚になります
本を人に薦めるというのは結構難しくて、エンシンのような読書初心者ならセオリーがあるのですが、ある程度の読書家に薦めるのは大変なんですね
でも、話しているうちにお客さんの好みがわかってくるので、広く浅い知識で対応することができるものだったりします
私のお店は漫画がメインだったので、とりあえず好き嫌いは置いておいて、連載中の漫画には全て目を通すというのをしていました
毎日毎日、数十冊もの漫画雑誌が出版されるので大変ですが、どの雑誌で何が連載されているとか、今度アニメになりそうなのはどれかなどを調べていました
新古本などの取り扱いをしていると、世の中のトレンドには敏感になるもので、後は顧客のニーズを捉えてアドバイスをするということをやってきました
■本を人に薦めるコツ
古本屋さんを経営していた経験があるので、人に本を薦める時の心構えというものが身についています
とは言っても、マニュアルのようなものがあるわけではなく、対象者に対してどう接するか、というのが肝要になっています
映画の場合だと、エンシンの人生のために必要な素養を「段階をもって伝える」という趣旨があります
なので、これまで漫画しか読んでいなかった彼に対して、短くで内容がわかりやすものから(ピノッキオの冒険)、短いけれど内容が深いもの(イソップ童話集、星の王子さま)、長いけれど内容が簡潔なもの(白鯨)、短くて内容が濃いもの(世界人権宣言)という順番に本を選んでいました
これらの本を読んだことがある人ならば、リベロがこの順番に本を薦めた意味がわかると思います
個人的な感覚だと、「ピノッキオの冒険」は「起承転結が明確でメッセージはひとつ」という内容で、倫理観を養うのに良い本だと思います
「イソップ童話集」は、エンシンがどんな話に興味を惹かれるかを試す内容になっていて、その中で好きな物語についての問答がありました
この問答は、エンシンの趣向を探るのと同時に、物語の理解度などを測ることができます
「星の王子さま」は「寓話的な側面が強い作品」で、見えている物語の背景に色んなものが詰まっている作品となっています
「白鯨」は長編ですが、それほど難しい本ではなく、物語を学ぶ上で様々な展開と価値観が揺さぶられる作品になっていました
リベロが「どんな話だったか簡単にまとめて」と聞くと、エンシンは「復讐」という単語で端的に表していました
そして、リベロは自分の死期が迫ったことを感じて、彼に対して遺書を書き、「世界人権宣言」を学ぶ意義を唱えます
これは、エンシンの出自(ブルキナファソからの移民)というものが色濃くて、その状況であるにもかかわらず学ぼうとする姿勢がエンシンにはありました
なので、リベロは彼ならば理解できると考え、いきなりハードルを上げていくことになりました
『世界人権宣言』は、現時点でのエンシンには理解できない内容かもしれません
でも、死ぬ前に託された本という意味合いは強く、エンシンが成長していくごとに、その理解は深まっていくことを確信していたのでしょう
いわゆる生涯の友という感じで、リベロ自身がそこに宿っている、とも言えるのかもしれません
■世界人権宣言について
「世界人権宣言(The Universal Declaration of Human Rights)」とは、1948年12月10日にフランス・パリで行われた国際連合総会にて「あらゆる人と国が達成しなければならない共通の基準」として採択されたものです
前文+30条から成る内容で、「尊厳と権利」「理性と良心に基づく」などが規定され、人として生きる権利を明文化したものと言えます
いわゆる「基本的人権と基本的自由」についての記述があり、「人権と公民権」を宣言したものになります
学校の授業で習っているとは思うのですが、日本国憲法の内容理解ですら怪しい国なので、何とも言えない気がしないでもないですね
一応、12月10日を含む週は「人権週間」になっていて、祝日ではありませんが「世界人権の日」と制定されています
構成内容は、「宣言起草の流れを記した前文」に始まり、
1〜2条 尊厳、自由、平等の基本概念
3〜5条 生命に関する権利、奴隷や拷問の禁止、個人の権利
6〜11条 基本的人権の合法性、侵害された場合の救済策
12〜17条 移動、居住の自由、財産権、国籍の権利などの共同体における個人の権利
18〜21条 憲法上の自由、思想、意見、表現、宗教、良心、言論の自由、個人の平和的な結社の自由など
22〜27条 医療を含む個人の経済的、社会的、文化的権利の認可、十分な生活水準の広範な擁護など
28〜30条 これらの権利を行使する手段、適用範囲、できない領域、社会に対する個人の義務など
と、このような条文になっています
いわゆる罰則規定のない宣言のようなもので、努力目標に近い印象があります
このような宣言がないと他者の権利を侵害するのが人類とも言え、現在進行形でどこかの国でこの権利の侵害が行われ続けています
これらの宣言は国によっては国内法に組み込まれている地域もあれば、単なる理想を並べただけだという国もあります
それでも、「市民的および政治的権利に関する国際規約」「経済的、社会的および文化的権利に関する国際条約」の2つの国連人権規約の基盤になっています
また、「あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約」「子どもの権利に関する国際連合条約」などにも関わっているので、完全に拘束力がないわけではありません
宣言は人が人として生きる権利を明文化したもので、これらの知識があるのかないのかでは意味は大きく変わってきます
エンシンの住んでいたブルキナファソは国連に加盟していない国なので、この宣言の採択には参加していません
この背景をリベロは知っているからこそ、「ただの貧しい移民で終わるな」と伝えているのではないでしょうか
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、ひとつの古本屋を舞台にした地味な作品で、そこに登場するキャラクターたちも一風変わった人たちが多かったですね
でも、それぞれは「社会的地位や品格との乖離」を持ち合わせていて、見た目と思考の一致と不一致を表していたように思えます
一致しているのは「見た目から期待する内面」という意味合いになりますし、不一致は「見た目を裏切る期待される内面」という意味になるので、どちらも大差ないように感じます
ヒトラーの『我が闘争』を探すスキンヘッド、自分の本を探す教授、メデューサ文庫のコレクター、なぞなぞ男などは、外見から想像される期待する内面を持っています
一方で、フォトブックを探すキアラ、SM本を探すラバーガールはともに「他人が探している」というテイストで本を探していますが、実際のところはわかりません
神父は「発禁本」を探しているのですが、神父の神秘性を引き摺り下ろしているようにも思えます
人の外見は一部を表しますが、全部ではないものの潜在的な部分は露見しているものです
これが思想になると、「本棚」がどのようなものかで見えてくるのですね
そして、本屋では「本棚に収録すべき書籍を探す」という行為が行われていきます
人は本を選ぶ時、潜在意識下に欲しいものをイメージしていて、それが視界に入ることで具現化します
何千、何万と本がある中で、目的の本であるとか、漠然としたものは、潜在意識のフィルターによって瞬時に検索されています
漠然としたものでも、潜在意識の中にはヒントになるキーワードがあって、それに合致するものが選ばれていきます
漠然とした、というのは、散見される一見結びつかないと思われるワードだったりするのですが、見える人にはそのつながりというものが見えてきます
なので、本のことを熟知しつつ、それぞれの本に対する「漠然と抱かれるであろうワードというものを知っている本屋さん」だと、あなたの欲しい本を見つけてくれたりします
大体の場合は、これまでに読んだものと似たようなもので非なるもの、というかなり厳しめの注文になることがあります
でも、書籍ひとつ(他のコンテンツも含む)の要素を細分化することができれば、正解に近づくと言えるのではないでしょうか
この映画だと、「古本」「本屋」「出会い」というありきたりなキーワードから、「成長」「思想」「教育」という中堅のワード、そして、「幸福論」「人権意識」という難解なキーワードまで網羅しています
「本屋さんが舞台の映画」というカテゴライズにハマる一方で、「幸福に生きるために必要な思想を導く映画」でもあるのですね
前者のようなふんわりとした感覚にも訴求できるし、教育の現場で人権意識を育てるための教材としても使うことができます
この場合は、この映画をどのような心の向きで見せるかが寛容になっていて、わかりやすいのは「なぜ、店主は『世界人権宣言』を渡したと思いますか?」という質問を生徒たちに投げる必要があります
この映画は、ある意味においては教科書のような映画になっていて、その本質を紐解いていく中で「教育論」というものがあるのですね
そう言った観点で観てみると、また違った面白さがあると言えるのではないでしょうか
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386306/review/a1575df1-adc5-4aa5-9ae5-87d867696322/
公式HP: