■物語の整理整頓、音楽映画としての必須要素がわかっていれば、もっと高みに上れた映画だったように思えます
Contents
■オススメ度
アイナ・ジ・エンドの歌が聴きたい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.10.13(イオンシネマ久御山)
■映画情報
情報:2023年、日本、178分、G
ジャンル:理由があってうまく声を出せないシンガーを描く音楽映画
監督&岩井俊二
原作:岩井俊二『キリエのうた(2023年、文藝春秋)』
キャスト:(わかった分だけ)
アイナ・ジ・エンド(キリエ/小塚路花:歌しか歌えない路上シンガー)
(幼少期:矢山花)
アイナ・ジ・エンド(小塚希:路花の姉)
広瀬すず(イッコ/一条逸子/広澤真緒里:キリエのマネージャーを買って出る女)
松村北斗(潮見夏彦:希の元婚約者、真緒里の家庭教師)
黒木華(寺石風美:小学校の先生)
小尾楓(岡田健人:寺石の生徒)
村上虹郎(風琴:キリエに売り込むギタリスト)
笠原秀幸(松坂珈琲:東京のストリートミュージシャン)
粗品(日高山茶花:著名なキーボード奏者)
北村有起哉(根岸凡:音楽プロデューサー)
松浦祐也(波田目新平/ナミダメ:イッコに執着するIT社長)
七尾旅人(御手洗礼:大阪の路上ミュージシャン)
大塚愛(小塚呼子:路花と希の母)
安藤裕子(沖津亜美:児童相談所の職員)
豊満亮(スキンヘッドの路上傍聴客)
江口洋介(潮見加寿彦:夏彦の伯父、潮見外科の院長)
ロバート・キャンベル(マーク・カレン:加寿彦のパートナー)
吉瀬美智子(潮見真砂美:夏彦の母、元FM局のパーソナリティー)
樋口真嗣(潮見崇史:夏彦の父、FM局のラジオディレクター)
奥菜恵(広澤楠美:真緒里の母、スナックのママ)
石井竜也(横井啓治:楠美の内縁の夫、牧場経営者)
浅田美代子(広澤明美:真緒里の祖母)
豊原功補(イッコの元恋人)
松本まりか(イッコの元恋人のガールフレンド)
武尊(通りすがりのキックボクサー)
林雄大(小笠原先生)
たれやなぎ(教師)
サヘル・ローズ(教会のボランティア)
菊池泰生(森本和典:夏彦の幼馴染)
鈴木慶一(中華飯店の店主
円井わん(カフェの店員)
もっちゃん(本人役:路上シンガー)
橋本桃子(本人役:路上シンガー)
acane(本人役:路上シンガー)
集団パラリラ(本人役:フェス参加のバンド)
鈴木慶一(キリエの祖父?)
水越けいこ(キリエの祖母?)
■映画の舞台
2011年〜2023年
東京:新宿駅前
大阪:藤井寺&天王寺
宮城:仙台&石巻
北海道:十勝
ロケ地:
北海道:川上郡
新屈足神社
https://maps.app.goo.gl/HyPMbuPhbehJhGYK7?g_st=ic
北海道:川西郡
白樺学園
https://maps.app.goo.gl/jt8xoZ8PQhMDDNJZA?g_st=ic
大阪市:西区
川口基督教会
https://maps.app.goo.gl/rmbTtepqBdEdK6hr6?g_st=ic
大阪市:天王寺区
天王寺公園
https://maps.app.goo.gl/AANZZo8vTSxLsBUb8?g_st=ic
大阪府:藤井寺市
道明寺南小学校
https://maps.app.goo.gl/i8jqNiKKTuLKCT5Q6?g_st=ic
津堂城山古墳
https://maps.app.goo.gl/Xy6Ru3D31mxraCq37?g_st=ic
東京都:新宿区
新宿駅南口
https://maps.app.goo.gl/h7HwTXkB36A4sFFi6?g_st=ic
新宿中央公園
https://maps.app.goo.gl/JeZrdwczDu8nzo9C9?g_st=ic
宮城県:石巻市
日和山公園
https://maps.app.goo.gl/BgSXJ29D621GUHN19?g_st=ic
羽黒山鳥屋神社
https://maps.app.goo.gl/xSFxpLUPqu3anQq28?g_st=ic
須江大刈場
https://maps.app.goo.gl/KiLggVyK64Hw9Egf6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
新宿近辺で路上ライブをしているキリエは、喋る時はうまく声を出せなかったが、その特徴的な声で往来を立ち止まらせていた
ある夜、イッコと名乗る女性が彼女の前に現れ、その歌に魅了されて、そのまま一緒に食事にいくことになった
キリエが路上生活者であることがわかると、イッコは自分の部屋に招き入れて、それからマネージャーをしたいと言い出してしまう
それから2人は活動の幅を広げ、多くのリスナーと業界人たちを巻き込んでいる
だが、キリエが転がり込んでいたその部屋はイッコの元カレの部屋で、2人はやむなくそこを出て行かざるを得なくなる
そうして向かった先は、イッコを支援しているというIT企業の社長のナミダメで、キリエはそこで厄介になることになった
だが、しばらくしてから、イッコはどこかに消えてしまい、そしてナミダメは結婚詐欺に遭ったとキリエに迫ってくる
共犯容疑がかかり、キリエはある男に保護者として来てもらうことになった
それは、かつて保護施設時代に交流を持った、キリエの姉の婚約者・夏彦だったのである
テーマ:音楽の力
裏テーマ:過去からの脱出
■ひとこと感想
アイナ・ジ・エンドの主演映画と言うことで話題に上り、その歌声、楽曲がプロモーションで数知れず流れていました
どんな演技をするのかなと思っていましたが、憑依型シンガーでもある彼女なので、うまく表現できていたように思います
物語は、一言でいうと「まとまりがない」というもので、この映画を一行で表すことができません
いわゆるログライン化できない作品となっていて、それは「シナリオが洗練されていない」ということと、「描きたいことの引き算ができていない」というところに繋がります
キリエの音楽の成功を描く物語なのか、キリエとイッコの友情を描く物語なのか、夏彦との関係を描く恋愛映画なのか
この全てを盛り込んだために、映画の着地点がわからないまま、エピソードだけが重なっていくように思えました
あとは、映画館の音響の関係なのかわかりませんが、キリエの路上ライブでのハウリングが目立ち、フェスでは警察の拡声器の不快な音が混じります
純粋に歌に集中できるのが数曲しかなく、これでは作品の持ち味が活きていないように感じました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画の序章と結末は十勝の雪の中にある神社にになっていて、あの時に結ばれた友情がどうなったのかを描いていきます
映画では、この友情を繋げたものと阻んだものが登場していきます
繋げたものとしての夏彦の存在、阻んだものとしては、音楽仲間が増えていったこととイッコ自身の罪ということになっています
映画は、アイナ・ジ・エンドの一人二役となっていて、成人期の妹・路花と少女期の姉・希(きりえ)を演じていました
どちらも依存性の高い性格になっているので、演じ分けたという感じにはなっていませんが、それほどまでに路花は希になりたかったということなのだと思います
物語としては、さまざまな物語が交錯し、さらに時系列シャッフルという荒技になっていて、観客をどう誘導したいのかは不明瞭になっています
言ってみればスタイリッシュな雰囲気系に属してしまうのですが、観客が観たかった音楽映画の要素としては低めになっています
ファンムービーとしても、ショッキングなシーンが何度もあるので、それを許容できるのかは分かりません
てか、長いですよね
約3時間ほどあるのですが、体感時間はもっと長いものになっていたように思いました
■物語の骨格
本作は、約3時間ほどある長編になっていて、いくつかの物語の核というものが同時に存在していました
それゆえに「何を描いているかわからない」という感じになっていて、物語の一貫性というものはあまり感じられない作品になっています
基本的には主演ありきの物語で、彼女が奏でる物語をたくさん用意して、それを余すことなく盛り込んだということになるのだと思います
映画は、「キリエとイッコの友情」「キリエの音楽的成功」「キリエの過去の清算」「キリエと夏彦の恋愛」というように、ざっと上げただけでも多くの物語が存在します
これに加えて、震災によって言葉が出なくなったという設定があり、キリエの姉と夏彦の関係などが加味されて、かなり濃いめの物語になっていました
映画を端的に表す一行をログラインと言い、ハリウッドなどでは「ログラインによって制作が決まる」とまで言われています
それくらい「興味を持つ一文」というのは難しくて、本作の場合はそれが乱立しているように思えます
本作では、「震災によって声を失ったシンガーの再生」というものがメインにはなりますが、これだと震災前からシンガーだったということになるので少しおかしくなっています
なので、「言葉を失った震災孤児が、歌を通じて再生を図り、生き別れた友人と再会する」という感じにアップデートすることになります
これが映画の冒頭の状態で、そこから過去を掘り下げていくことで、震災時と震災後に何があって、遠く離れた場所で路上生活を送っているのかを描いていくことになります
この際に映画がキリエだけにフォーカスしていれば良いのですが、キリエと同じくらいにイッコの物語も挿入され、夏彦と希の物語も描かれていきます
特にキリエの姉・希に関しての描写が多く、それはキリエの過去の物語ではあるものの、同じ演者が演じているのでややこしい感じになっています
キリエと希のビジュアルが同じであることは物語上意味があるのですが、夏彦とキリエの再会までに要する流れなど、もう少し何とかならなかったのかなと思ってしまいました
■勝手にスクリプトドクター
本作はまとまりのない話になっていて、もっとスッキリさせたほうが主題が明確になるように思いました
描かれているのは、トラウマと向き合う女性のその解放になっていて、それが親友なのか、音楽なのか、恋人なのかという感じになっています
親友ポジションのイッコは高校時代の友人で、あそこまで関わりが深いと再会で気づかないというのは無理があります
せめて、震災で声と同時に記憶も失っているぐらいの設定にしないとダメですが、それでは東京に出て来て1人で生きていけるとは思えません
音楽としては、路上で歌う中で認知されていくのですが、それが声なのか、音楽性なのか、歌詞なのか、カリスマ性なのかはっきりしない部分がありました
主演のアイナ・ジ・エンドの特徴は声ですが、それだけでカリスマ性を持つことはできず、BiSHの時代でも「彼女たちの歌には特徴やインパクトがある」というものがありました
声はとっかかりにはなりますが、その声で語られることは何か
それが感化や共感を生んでいくのですが、では彼女は何を歌う人なのかというところにフォーカスが当たっていく必要があると思います
恋人としては夏彦が該当するかと思いますが、これは幼少期に姉の恋人だったという設定があります
その幼少期に姉の恋人に興味を持ったというエピソードもなく、夏彦側が「希が生きていれば」という幻想を抱いていることになります
キリエ自身が夏彦に恋愛感情があるのかわからず、頼りになるお兄ちゃん的な存在で止まっているので、これも成立はしないものだと思われます
この3つをスッキリさせるには、「震災によって姉と声を失ったキリエ」が「姉との再会を望みながら想いを歌にする」というものになると思うので、歌われていることは「愛しき人の喪失による悲しみ」であると言えます
彼女の歌声がそれを訴えるのに適している声質をしているので、その目的が「どこかに生きているかも知れない姉へ届けるもの」だとしたら、彼女の生き方も変わっていきます
キリエはイッコと出会う中で、姉が死んだことを受け入れていくことになるのですが、そのシーンはラストに必要なものでしょう
なので、イッコが刺されるシーンとかは不要で、ライブを阻止しようとする警察官を制止する役割として、「キリエの想いを知るイッコが立ちはだかる」という流れの方がスッキリします
想いを歌にして、それを届けようとしても届かない
そんな先に夏彦との再会があり、イッコとの友情があり、そして新しい人生が訪れていく
なので、構成としては石巻の海岸に来る→新宿公園でのライブで締める流れが一番しっくりくると思います
そして、彼女のライブを陰ながら見ているのが夏彦という存在で、彼は希の生き写しを彼女の中に見ながら、彼女の歌によって恋人がこの世にいないことを悟る
そうした中で夏彦との再会があって、幼少期に実は想いがあったことを仄めかすくらいでちょうど良いのかなと感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は音楽映画なのですが、気になる点がいくつかありました
一つ目は路上ライブにおけるハウリングで、これをリアルに埋め込む理由は分かりません
実際に起こることだと思いますが、映画館の音響で聴くハウリングはとても不快で増幅されているので、これは無くしても良かったと思います
二つ目はラストの新宿公園での野外ライブで、警察による拡声器を使用したノイズがかなり入り込んでいます
それがライブ中ずっと鳴り響いているので、せっかくの良い歌も台無しになっていました
三つ目は、まともに流れる楽曲がアカペラの数曲しかなく、音楽の制作過程も技術的な側面しか描かれていないことです
音楽映画として求められるのは、『ボヘミアン・ラプソディ』で見られるような「楽曲制作過程」と「ライヴの再現」だと思います
本作では、そのどちらも完全に満たしておらず、主題の曲の制作過程は「音を増やして演奏したい」という技術的な側面で、彼女が作る歌詞などには着目していません
歌詞を受け取る側のレスポンスもほとんどなく、本来ならば震災を知るイッコや夏彦が彼女が歌っていることの真実を感じているポジションであると思います
夏彦が震災の時にどうだったかはわかりますが、イッコがその時にどこにいたのかもわからないので、このあたりの「震災」に対するそれぞれのポジションは明確にしておいた方が良かったと思いました
キリエは震災の当事者ですが、姉だけが死んで彼女が生き残った理由は分かりません
夏彦は震災で恋人と生まれてくる子どもを失いましたが、希との結婚に対して彼の家庭がどう反応したかわかりません
イッコに至ってはその背景がほとんどわからず、彼女が震災の時にどこにいたのかもわかりません
おそらくは全く別の場所にいたか、震災によって進路を絶たれたとか、家族が不明になったので上京して今のような生活をしているという感じなのでしょう
そのあたりの背景が全く読めないキャラだったので、彼女が最後に刺されても自業自得にしか思えないところはありました
映画は、キャラ設定も説明不足な部分が多く、音楽映画としてもスッキリする部分がありません
ラストの新宿公演で警察まで聞き入るというのはファンタジーですが、その場所に彼女の歌を理解する人がいて、1曲だけでも歌わせてくれと許しを乞うというのもできたと思います
でも、結局は強行ライブで拡声器の音が混じる不快な終わり方をしているので、このあたりがかなり微妙かなと思いました
映画を観るよりも、原作を読みながらサントラを聴く方が精神衛生上もっとも効果的であると思われるのは映画制作としては失敗の部類に入ると思います
また、引き算ができないのに肝心なことは描いていないし、それなのに180分近くあるというのはリピーターすら生み出しません
そう言った意味において、素材は良いけど活かしきれていないというのが本作の評価になってしまうのではないでしょうか