■あなたの子どもが「次のソヒ」にならないにために、どうしたら良いかを考えるための映画
Contents
■オススメ度
労働市場の搾取問題に興味がある人(★★★)
実在の事件を基に構成された映画に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.9.20(京都シネマ)
■映画情報
原題:다음 소희(次のソヒ)、英題:Next Sohee
情報:2022年、韓国、138分、PG12
ジャンル:コールセンターの実習生が受けた不遇と、その真相に迫る刑事を描く社会派犯罪映画
監督&脚本:チョン・ジュリ
キャスト:
キム・シウン/김시은(キム・ソヒ:「Sプラスコールセンター」で働く女子高生、モデルはホン・スヨン/홍수영)
ペ・ドゥナ/배두나(オ・ユジン:事件を捜査する刑事、チーム長)
キム・ウギョム/김우겸(ぺ刑事:ユジンの同僚刑事)
キム・テウン/김태웅(キム刑事:ユジンの同僚刑事)
ソン・ヨセプ/송요셉(刑事課長、ユジンの上司)
カン・ヒョン/강현오(コ・ジュンヒ:ソヒの友人、退学してBJをしている)
カン・ヒョノ/강현오(パク・テジュン:ソヒの先輩、彼氏)
バク・ウヨン/박우영(カン・ドンホ:ソヒのクラスメイト)
パク・ヒウン/박희은(ソヒの母)
キム・ヨンジュン/김용준(ソヒの父)
シム・ヒソプ/심희섭(イ・ジュノ:韓国通信Sプラス顧客センターのチーム長)
チェ・ヒジン/ 최희진(イ・ボラム:新しく配属されたチーム長)
ユ・ジョンホ/유정호(コールセンターのSAVE部門のマネージャー)
パク・ユニ/박윤희(コールセンターの責任者、ジュノの上司)
ユン・ガイ/윤가이(イ・ジウォン:苦情を受けて退職するコールセンターのスタッフ)
チョン・スハ/정수하(ソン・ジョンイン:ソヒと同期で入る高校3年生)
イ・イニョン/이인영(ウナ:ソヒと同期で実習を受ける女子高生)
チョン・フェリン/정회린(ジュニ:ソヒと同期で実習を受ける女子高生)
キム・ヒウォン/김희원(ソンエ:職場の同僚)
ユ・ジェウォン/유재원(ユジョン:職場の同僚)
パク・ソギョン/박서경(職場の同僚)
チョン・スハ/정수하(オ・ジュヨンの声:利用者)
キム・テウン/김태웅(ユンウォン氏の声:利用者)
ハン・ヘジ/한혜지(ジュノの妻)
ホ・ジョンド/허정도(ソヒの担任)
クォン・ダハム/권다함(教育庁の主務官)
ファン・ジョンミン/황정민(教育庁の奨学士)
■映画の舞台
2017年、1月23日至るまでの1ヶ月(事件のモデルはLGユープラスのLBヒューネット)
韓国:全州市
https://maps.app.goo.gl/2gv2NdcoPzyUF8Dk8?g_st=ic
亜重貯水池/아중저수지
https://maps.app.goo.gl/acTWNmhx9EbWrydw8?g_st=ic
ロケ地:
おそらく上記と同じ
■簡単なあらすじ
学校から紹介されてコールセンターの実習生として働くことになったソヒは、マニュアルを片手に初日から業務をさせられることになった
実習生にも関わらず、ノルマが課せられ、解約を申し出る顧客の対応に追われていた
ソヒは趣味でダンスをしていたが、多忙とストレスで余裕がなくなり、次第にレッスンにも通わなくなる
両親は大企業のコールセンターで働いていることを喜んでいたが、その実態を知る由もない
そんな折、ソヒに優しくしてくれたコールセンターのチーム長ジュノが会社の駐車場で練炭自殺をしてしまう
ソヒは動揺し、会社も彼の告発を嘘だという覚書を強要していく
だが、ソヒは会社の実態に疑問を抱き、ジュノの後任であるボラムと衝突を繰り返すようになっていた
テーマ:気づけぬ慟哭
裏テーマ:自分を守れるのは自分だけ
■ひとこと感想
内容をほぼ知らずに鑑賞し、ひょっとして「実話系?」と思いながら、過酷な現実に身を投じることになりました
コールセンターに働いている実習生が主人公かと思いきや、二部構成になっていて、後半の主人公はソヒとニアミスをした刑事になっています
本作は、映画公開によって事態が動いた作品と言われていて、実習生の労働実態を重くみた政府が「次のソヒを防止するために法律」というものを作ることに至っています
ほぼ実話ベースとのことで、舞台に沿った演出やロケーションになっているようですね
物語としては、過酷すぎる実態と言い訳ばかりする大人に嫌気が指す作品になっていて、でもこれが現実なんだろうなあと思わされるシーンが多かったように思います
誰かが助けられたのか、誰も助けられなかったのかは何とも言えないのですが、高校生に強いることではないことだけは確かなんだと感じました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
実話ベースなのでネタバレもあったものではありませんが、二部構成の後半にあたる部分はフィクションになっています
とは言え、事件を表面化した人たちの動きを再現し、職業を刑事に変えていることで劇的な印象を持たせます
映画は、誰がソヒを殺したのか?に迫る内容のように思えますが、実際には「誰なら救えたのだろうか」ということを、残された人たちの後悔で描いていきます
親友のジュニ、最後に会ったドンホ、疎遠になりつつあったテジュン
そして、友人たちよりも近い存在だったはずの両親
それぞれが抱えているものが吐き出されていきますが、行き場のない怒りと共に、真相に近づくたびに無言の指名というものが行われているようにも思えます
印象的だったのは、ソヒとユジンが実は会っていたというもので、この関わりがなければユジンも一つの自殺として捜査を終えていたと思います
でも、ソヒの人生の一部になってしまったことで、あの日彼女が一緒に踊っていたら、という「もしも」を考えてしまうのですね
なので、ユジンも立派なことを言っていますが、何もできなかったうちの一人だったと考えるに至ってしまうのだと感じました
■実際の事件について
モデルとなっている事件は、2017年の韓国・全州市で起きた事件で、女子高生のホン・スヨンが亜重にある貯水池にて自殺をしたとされている事件です
ホン・スヨンは、2017年9月8日から西野松洞にあるLGU+コールセンターの「LBヒューネット」部門にて働き始めました
ここは「インターネットや携帯電話のの契約解除を守る組織」で、「SAVEチーム」という名称になっていて、そこで現場実習生として入ったという経緯があります
現場実習標準条約書に記載された勤務時間は1日7時間、給料は月額で160万5千ウォンだったとされています
でも、割り当てられた顧客対応回数に満たないという理由で残業し、夕方6時を超えて帰宅することも頻繁にありました
初月の給料は額面の半分の80万ウォン、2ヶ月目は120万ウォンしか受け取れていません
ホン・スヨンは、2017年1月20日に自殺未遂にて病院に搬送され、両親に「会社を辞めたい」と申し出ましたが、その2日後に友人に自殺を仄めかすメッセージを送った後、貯水池に飛び込んだとされています
遺体は1月23日午後1時に発見されました
この事件が起こったコールセンターでは、2014年にも職員が自殺するという事件が発生しています(これが上司の自殺のことになりますが、映画では時系列を変えています)
現場実習は専攻とは無縁の場所であることも多く、ホン・スヨンは愛犬学科に通っていた学生でした
その後、会社の謝罪と再発防止対策を準備する協働対策委員会が設置され、LBヒューネットは事件発生から5ヶ月後に作業環境を改善するという内容を含めた代表取締役名義の謝罪文を公表しています
■搾取構造が起こす犯罪
低賃金で労働をさせるという構造は世界のどこでも行われていて、日本でも海外からの技能実習生問題が浮上しています
日本では、高校が主導して未成年に実質労働をさせるというのはありませんが、本作を見る限り、教育庁を始めとした評価構造の末に、このような下地が生まれています
その評価を軸に就職先を選んだり、学校を選ぶことになっているので、堂々巡りの末に生まれている構造であると思います
この構造を生み出しているのが、「収益を目指す企業」「就労実績を目指す学校」「学校評価を管理する教育庁」という図式になっていて、この三者の評価を盲目的に評価基準にしているのが一般人であると言えます
自分が働く先のことを碌に調べないとか、実際に働き出した感想を聞かないとか、実習を辞めるために学校まで辞めた生徒の存在を認知していないとか、様々な要因が組み合わさっています
でも、いちばんの問題は「相談する相手がいない」という状況で、その「相談」自体を「企業情報の流出」と定義し、違約金などを契約書に盛り込む企業であると言えます
この構造になっているのが、いわゆる業務委託制度で、今回の事件でも、実際のコールセンターは企業の下請けにしかすぎません
受注元は「下請けが勝手にやった」というふうに捉えていますが、下請け側も無理難題とノルマを押し付けられているし、企業活動を継続させるために違法な状況に手を出していると言えます
結局のところ、企業の直接雇用だと責任問題が生じるので違法にまで行かないものを、低コストで抑えたいがために下請けに丸投げする構造になっているのが原因だと思います
でも、全てを元請けが担うとなると、サービスの単価は爆上がりするという状況になってしまいます
安価で良質なサービスを受けようとする消費者側に問題があるようにミスリードされていますが、違法行為をしてまで安くしろと考えている消費者はいないわけで、そういったものに巻き込みあっているという構図があるのだと思います
日本の場合でも、多重の下請け構造があって、50万の仕事が実際の作業員に2万円も渡らないみたいな無茶な話もあったりしますが、元請け側が最終被雇用者の責任を負わない構造になっているのが問題なのでしょう
この構造を変えるには、この構造で儲けている人を一掃するしかなく、それができるのは政治しかありません
でも、官民癒着構造がまかり通る社会でそれを期待するのは不可能なことなので、自衛するしかないというのが現実なのだと言わざるを得ません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、実話をベースに再現された前半と、その事件を追う後半が描かれていきます
ソヒとユジンの接点は意外なもので、ユジンには覚えがない程度でした
でも、ソヒの事件を追っていく中で、意外な接点があることに気づき、彼女も「ソヒを助けられたかもしれない1人」になっていたことを突きつけられます
あのシーンは、ユジンが家庭トラブルから復帰する寸前のシーンで、おそらくは鈍った体を動かそうと考えていたのでしょう
レッスンの中断に苛立っていたユジンは、その後のレッスン中に彼女が座りながら踊っていることに気づき、そして誰にも何も告げずに去っていく瞬間を目の当たりにします
自殺を未然に防ぐ手立ては困難を極めますが、終わってみればその兆候を見逃していたことに気づきます
この映画のように、明確な軌跡が残っていることは稀なのですが、言葉よりも態度(もしくは体の動き)を着目することで、言語にならない感情というものが見えてきます
これをリアルタイムで捉えることは非常に困難で、そうかもしれないと疑っていても見逃してしまうほど、微細なものであると思います
個人的には近しい人が自殺をしたということがなく、その兆候にふれたことはないのですが、映画で描かれる多くの事象は、このような兆候を映像化していることが多いのですね
それは綿密な取材によって、監督の中で生まれた「見過ごされたサインの映像化」ということなのかもしれません
映画の後半では、様々な自殺に至った原因というものが描かれていますが、誰もが当事者でありながら当事者ではないふりをしています
教育庁の偉いさんクラスになると開き直っていて、彼女の環境だと、このような悲劇に遭遇するような現場に親族が行くことはないからなのですね
職業学校に通い、生活困窮であったり、職業選択の不自由に遭遇することはないので、その実態にリアルを感じていません
そして、安全圏にいるためにはどうしたら良いかを、あの手この手で行うので、転落することなど微塵にも考えていません
彼らが当事者意識を持つことが重要ですが、行為を正当化する傾向があり、自己保身に走りがちなので無理だと思います
なので、このような社会構造を変えるには政治の介入しかありませんが、政治がそちら向きなので、ほぼ困難に等しいと考えられます
それを考えると、「自衛」するしか手段はなく、今なら玉石混合のSNSの情報を利用するとかになってしまいます
実際には、周囲との分断を避けて、些細なことでも話し合える状況を作るしかありません
ソヒの親友ジュンヒもそれを彼女には言えずにいるので、それを他人と共有するのは不可能に近いのですね
それを考えると、特に未成年の間は、親がいかに子どもと接するかにかかっていて、反発されようが「接点」を持ち続けるより方法はありません
今回の事件は、映画的には「親の無関心と無知」が起こしていると言えるので、社会人であるならば、社会構造に敏感になって、その構造を踏まえた上で、子どもの進路などの相談に乗るしかありません
子どもが好きなことすら死んでから知るという関係性では、彼女が何も言えないのは当然のことかなと思ってしまいます
本作は、「次のソヒ」を防ぐために作られています
韓国では法整備が進んでいますが、それを潜り抜けようと考える悪質な大人は星の数ほどいます
なので、法整備があろうと、イマジネーションとインスピレーションを駆使して、親密な会話を続けて「自衛」するよりも手段がないと言えるのではないでしょうか
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://ashitanoshojo.com/