■特別な夏だったかどうかは、その後の人生が決めるのかもしれない
Contents
■オススメ度
女性の諸問題を取り扱った映画に興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.8.23(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Saint Frances
情報:2019年、アメリカ、106分、G
ジャンル:子守りを引き受けることになったアラサーの苦悩を描いたヒューマンドラマ
監督:アレックス・トンプソン
脚本:ケリー・オサリヴァン
キャスト:
ケリー・オサリヴァン/Kelly O’Sullivan(ブリジット:子守りを始める34歳)
ラモーナ・エディス・ウィリアムズ/Ramona Edith Williams(フランシス:ブリジットが世話をする6歳の女の子)
チャリン・アルヴァレス/Charin Alvarez(マヤ:出産を控えたフランシスの母)
リリー・モジェック/Lily Mojekwu(アニー:マヤのパートナー)
マックス・リブミッツ/Max Lipchitz(ジェイス:ブリジットのボーイフレンド)
ジム・トゥルー=フロスト/Jim True-Frost(アイザック:ギター教室の先生)
マリー・ベス・フィッチャー/Mary Beth Fisher(キャロル:ブリジットの母)
フランシス・ギャン/Francis Guinan(デニス:ブリジットの父)
レベッカ・スペンス/Rebecca Spence(ジョアン:レイクフロントで出会う二児の母)
Sam Rubin(ジョアンの息子)
Sophia Rubin(ジョアンの娘)
Rebekah Ward(シェリル:ブリジットの大学時代の友人)
Braden Crothers(コートランド:シェリルの息子、7歳)
Ezra Gibson(ウォーリー:マヤの息子、乳幼児)
Danny Catlow(チャド:ジェイスのルームメイト)
Hanna Dworkin(マーガレット夫人:音楽学校の案内人)
Bradley Grant Smith(コーリー:冒頭でひたすら喋っている男?)
Rebecca Buller(ダナ:ブリジットの友人)
Onye M. Davenport(ブリジットが通う病院の看護師)
Roger Welp(湖で出会うランニングマン)
Luis Garcia(祭司:ウォーリーの洗礼を担当)
William Drain(図書館の司書)
Chris Coats(誘拐犯と間違える警察官)
Laura T. Fisher(ドナ:アイザックの顧客)
H.B. Ward(レコード屋で声かける老人)
■映画の舞台
アメリカ:イリノイ州
エバンストン
https://goo.gl/maps/yUnhP2ZwEzrwYaHc6
ロケ地:
アメリカ:イリノイ州ハイランドパーク
カントリー・キッチン/Country Kitchen
https://goo.gl/maps/yPJcFkR13D7vGj6d9
■簡単なあらすじ
アメリカのイリノイ州に住むブリジットは、34歳になっても先行きが定まらずに、その日暮らしを続けている
飲食店でアルバイトをして生計を立て、付き合ってもいない男とセックスをしたりする
そんな折、ブリジットはナニー(子守り)のアルバイトの面接をすることになった
雇い主はマヤとアニーのレズビアンカップルで、マヤの娘フランシスの面倒を見てほしいという
だが、フランシスはブリジットを気に入らず、採用は流れてしまった
それから6週間後、彼女の元にマヤから電話が入る
それは、「採用」を意味するマヤからのSOSだった
テーマ:産後うつと出産適齢期
裏テーマ:嫉妬と役割
■ひとこと感想
予告編のパラソルで並んで日焼けしているショットが妙に愛おしくて、期待を持って鑑賞
展開がややスローというのと、子どもとの絡みの難しさよりも、結婚適齢期の女性の悩みがテーマになっていましたね
個人的に刺さるところはほとんどなく、完全に女性向けの映画となっていました
経血系のネタがふんだんにあって、ちょっと生々しさというものがありましたね
このあたりはカップルで観に行くと、ちょっと気まずいかもしれません
映画は、難題を抱える女性が絡む中で、フランシスと心が打ち解けていくことで、逆に波風が立ってしまう様子を描いています
また、産後うつで悩む母と、それを支えようとするパートナーの関係性の難しさであるとか、レズビアンカップルが子どもと一緒にいるときに浴びる視線などが描かれていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
脚本&主演のケリー・オサリヴァンさんの体験をベースに、等身大の女性を描いている作品ですが、主人公のマインドは結構特殊な印象を持ちました
妊娠に対する考え方のドライさとか、母娘の関係性などにオサリヴァンさんの特性が滲んでいるのかなと思います
ナニーとは子守りのことで、本作では出産を控えたレズビアンカップルの娘を世話をするというもので、設定が渋滞していてイマイチよくわからないところがありましたね
生まれてきた子どもウォーリーが誰の子なのかとか、後半はもう一人お腹にいるのかなと思わせるショットがあったり、この辺りはあまり汲み取れませんでした
映画は、子どもが家族の癒やしになる理由を描きながら、あまりにも近くなりすぎたために疎外感を感じるアニー(レズビアンのパートナー)がいたたまれなかったですね
最後が笑顔で終われたのが救いで、一つ間違えばドロドロの展開になっていたかもしれない危うさというものはありました
■ナニーって何?
ナニー(Nanny)とは、欧米諸国、特にイギリスで母親に代わって育児をする女性のことを言います
ベビーシッターとは意味が違い、ナニーは子どもたちと一緒に部屋で寝起きをしたり、洗顔や朝食などの面倒を見ます
テーブルマナーなどの「しつけ」前半も担い、その時期は家庭教師がつくまでか、就学するまでとなっています
なので、映画のラストシーンは、ブリジットがフランシスのナニーでなくなるという意味になり、そこからはベストフレンドのような関係になってくように思えました
また、ナニーとして家庭に入っているのに、マヤとの仲も家族っぽくなっていて、それに対してアニーが嫉妬するという場面も見受けられました
ナニーは一時的に面倒をみるベビーシッターとは違い、年単位の契約に成ることもしばしば
日本でも同様の仕事はベビーシッターが担うこともあるようですね
乳幼児から幼児の時期に他人に教育を委ねることの難しさはありますが、イギリスなどでは専門研修を経たプロがいたり、そのようなカリキュラムのある専門学校があったりします
子育ての期間は「出産・育児休暇」があっても、その後に保育園や幼稚園に行かせるという課題もあり、そのあたりとの折り合いになると思うので、ほぼ住み込み状態で働くナニーを雇えるのは一般家庭では敷居が高そうに思えます(実際には社会的な地位はあまり高くない層が利用すると言われていますね)
日本ではベビーシッターサービスを取り扱っている会社があって、そこのコースでは「マッチング型(登録シッターを指名するシッター個人と契約するタイプ)」「派遣型(登録シッターに関して派遣元と契約するタイプ)」があるようですね
海外だと、12歳以下の子どもだけが家にいる状態を避けるためにベビーシッターを頼むということもあり、特にアメリカではそのような文化が根付いています
映画の舞台はアメリカのイリノイ州で、イギリスほど資格を有するという感じではありませんでした
■レズビアンカップルの現在
最近よく目にする「LQBTQ+」の「L」が「レズビアン(Lesbian)」のことで、女性同士の同性愛のことを意味します
英語圏でのレズビアンは「ホモセクシャル・ウーマン」と呼ばれることもあります
キリスト教社会では「ソドミー法(Sodomy Law、特定の性行為を犯罪とみなす法律)」にて「取り締まりの対象」になっていて、1990年にWHOがようやく「疾病扱いから除外」となっています
起源は諸説ありますが、古代ギリシアの女流詩人サッポー(Σαπφώ / Sapphō)とされています
サッポーは紀元前630年から570年にギリシアのレスボス島にいた詩人で、音楽に合わせた叙事詩にて活躍していました
彼女が住んでいたレズボス島がレズという名前の由来で、サッポーのことを示唆していたと言われています
ローレンス・アルマ・タデマ(Lawrence Alma-Tadema)というオランダの画家が描いた「Sappho and Alcaeus」であるとか、ユダヤ人画家のシエモン・ソロモン(Simeon Solomon)の「Erinna」などにはサッポーのレズビアン的な側面が描かれていると言われています
歴史的には1980年代にレズビアンの性に関しての大論争が勃発し、レズビアンの性的解放運動が始まります
これらの背景には1960年代頃から活発になった「ホモ(ゲイ)」論争が下地にあり、また同性愛によるエイズの蔓延などがあって、性的に保守的な期間が続いていました
現在、アメリカ、カナダの北米地域、オランダ、ベルギーなどの欧州の一部にて、「同性結婚」が法制化されています
アメリカでは2004年のマサチューセッツ州にて、初めて同性結婚の法制化されています(映画のイリノイ州では2013年に合法化されています)
ちなみに日本だと「百合」ブームがあって、漫画やライトノベルにて2000年代頃から登場していますが、法制化に関しては動きすらないような現状になっていますね
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画はナニーとして働くブリジットが様々な女性特有の悩みに晒されていく様子が描かれます
パートナーのジェイスとの間でも、妊娠と中絶に関しての考えの違いであるとか、そもそもこの二人の関係も「恋人とセフレ」という根本から違います
母親は友人の結婚&出産の話を引き合いに出して娘の自覚を促そうとしますが、そもそもブリジット自身が将来のことをあんまり深刻に捉えていません
フランシスとの出会いは、まさに彼女にとってのパラダイムシフトであり、フランシスとの関係が疑似的な母娘でもあり、姉妹のようでもありました
タイトルに「聖なる(Saint)」とあるように、フランシスも洗礼を受けていると思われます
映画内では息子ウォーリーの幼児洗礼のシーンがあり、マヤとアニーはおそらくはカトリックなのかなと思います(プロテスタントは宗派によっては幼児洗礼を認めていないので)
幼児洗礼は「原罪やこれまでの罪」を洗い流すという意味があり、フランシスは女性の洗礼名「フランチェスコ」を想起させますね
ちなみに「フランシス」は英語圏のフランチェスコの名前ですが、女性にも使用されています
男性だと「Francis」ですが、女性だと「Frances」と表記します
「イギリスに住み着いたフランス人」という由来があるようで、元々は男性名だったと言われています
映画のタイトルはどちらかといえばダブルミーニングになっていて、ブリジットのフランシスとの交流そのものが洗礼を意味するのかもしれません
彼女はフランシスと出会ったことによって、人生観を変えていき、これまでの「罪(感覚的には怠惰)」というものを解消していきます
映画内では至る所に「Black Lives Matter(黒人への暴力に対する抵抗運動のスローガン)」などが登場していて、かなりメッセージ性の強い内容になっていました
このあたりは「公式脚本」がネット上で見られるので、その中でもきっちりと言及されていて、字幕表記の必要性があったように思われます
本作の特徴的なところは、女性の中絶に対する態度であるといえます
ブリジットは「妊娠しても中絶で悩まない女性」という設定があり、中絶に関して思い悩むと言うことはしません
でも、彼女が子どもと接することによって、「細胞」とまで言い切った過去をどう捉えていくのかは興味がありますね
また、主演&脚本家でもあるケリー・オサリヴァンさんは「中絶は特別なイベントではない」と考えていて、また「レズビアンカップルも普通のこと」と捉えています
このあたりの感覚が演出面にも出ていて、映画内の人物を特別視するような描写はそれほど多くはありません
でも、普通と考えていない人から受ける悪意のない差別というのは存在していて、それに思い悩んでいるのがアニーと言う人物でした
彼女はマヤとフランシスと一緒にいるときに、常に「ナニー」的な存在だと扱われていたことがあって、それには慣れていますが心は傷ついています
後半で彼女が流す涙というのは特別で、ブリジットがマヤたちに受け入れられていくことで、さらにその差別的な要素を深く考えてしまうのですね
実際にはアニーの思い過ごしの部分があるのですが、人は表面的に強く見せることができても、あるきっかけでその見せかけが崩れていくと言うものを描いているのだと感じました
個人的にはこのシーンが一番胸にグッときましたね
彼女の誤解が解けて、マヤ自身もアニーの内面を深く理解できる場面でもありましたので、救いというものは「深層に沈めても解消されない」のだなと改めて思い知らされます
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/381932/review/d39b6b52-e8e6-4649-bb9d-7dd42110538d/
公式HP: