■映画のような個別案件の経験者だと、この制度の重みというのがよく分かります
Contents
■オススメ度
9.11の被害者基金制度に興味がある人(★★★)
骨太な社会派ドラマが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.3.2(MOVIX京都)
■映画情報
原題: What Is Life Worth
情報:2021年、アメリカ、118分、G
ジャンル:9.11被害者基金の顛末を描いた社会派ヒューマンドラマ
監督:サラ・コランジェロ
脚本:マックス・ボレンスタイン
原作:ケネス・ファインバーグ(『What Is Life Worth?』
キャスト:
マイケル・キートン/Michael Keaton(ケン/ケネス・ファインバーグ/Kenneth Feinberg:「9.11被害者補償基金プログラム」の特別管理人、ワシントンD.C.の弁護士)
エイミー・ライアン/Amy Ryan(カミーラ・バイロス:ケンの共同パートナー、弁護士)
シュノリ・ラーマナンタン/Shunori Ramanathan(プリヤ・クンディ/Priya Khundi:ケンの教え子、弁護士)
アトゥ・フランクリン=ウッド/Ato Blankson-Wood(ダリー・バーンズ:ケンの部下)
Carolyn Mignini(グロリア・トムズ:ケンの秘書)
スタンリー・トゥッチ/Stanley Tucci(チャールズ・ウルフ:9.11で妻を亡くした基金の計算式に異議を申し立てる遺族)
Stephanie Heitman(キャサリン・ウルフ:チャールズの亡き妻、ソプラノ歌手)
Ian Blackman(シビル婚に反対していたトム・シュルツの父)
Connie Ray(ジューン:トム・シュルツの母)
Andy Schneeflock(グラハム・モリス:トムのパートナー)
E.R. Ruiz(カルロス:片目を失った消防士)
Rebeca Martinez(サンドラ:フィッシングフライを持ってくる老婆)
テイト・ドノヴァン/Tate Donovan(リー・クイン/Lee Quinn:集団訴訟のまとめ役)
Alfredo Narciso(ウィリアム:ケンの同僚弁護士)
Jason Kravits(ゲイリー:原告の弁護士)
Victor Slezak(ジョン・アシュクロフト/John Ashcroft:司法長官)
Steve Vinovich(ケネディ上院議員)
Bill Winkler(ヘーゲル上院議員)
Bradford How(航空会社のロビイスト)
ローラ・ベナンティ/Laura Benanti(カレン・ドナート/Karen Donato:消防士の夫ニックを亡くした妻)
Chris Tardio(フランク・ドナート:ニックの弟、消防士)
マーク・マロン/Marc Maron(バート・カルバート/Bart Cuthbert:ニックの不倫相手の担当弁護士)
Louis Arcella(スペイン人の老人、遺族)
Ana Isabel Dow(スペイン語の通訳者)
タリア・バルサム/Talia Balsam(ディディ・ファンバーグ:ケネスの妻)
Raige Hamdi(ケンの娘)
Logan Hart(バロン:コロンビア大学の法学生)
Vihaan Samat(パテル:コロンビア大学の法学生)
Laura Sohn(グエン:コロンビア大学の法学生)
■映画の舞台
アメリカ:ワシントンD.C.
ロケ地:
アメリカ:オレゴン州
Astoria/アストリア
https://maps.app.goo.gl/dqzRZqRq7kwwZHve9?g_st=ic
■簡単なあらすじ
9.11以前、弁護士のケンことケネス・ファインバーグは、コロンビア大学の講義にて、「人の価値をお金で計る方法」についての講義を行なっていた
被害者の賠償金をどのように捻出するかという議論で、それは過去の通例に則った事務的なものが介在している
そして、2001年9月11日、それは起こり、夥しい数の犠牲者が生まれてしまう
政府は被害者支援基金を立ち上げ、その特別管理人としてケンは手を挙げた
しかも無償で国のために尽くすと言うもので、事務所総出で事に当たっていく
事務所の共同パートナーであるカミール、教え子のプリヤ、後輩弁護士のダリルが中心になって、被害者及びその遺族と面談を始めていく
期限は2年、捻出のための計算式を変えることはできず、それによって各方面から怒りが噴出する
ケンは訴訟権と引き換えに申請をしてもらうのだが、個別の案件を全部見て行くには数が多すぎたのである
テーマ:尊厳
裏テーマ:国のために尽くす意味
■ひとこと感想
9.11の基金があることは知っていましたが、やはり難しい問題だったようですね
冒頭の講義はケンのスタンスを表していて、それが9.11を経験し、被害者とその遺族に会っていく中で変化していきます
ケンは実績のある弁護士で、7000人もの対象者の対応ができる大手でもありましたが、無償で行うと言うのは驚きでしたね
とは言うものの、この基金の実績は突出した実績になると思うし、コネクションを伸ばす意味では重要な任務だったのでしょう
それでも、これまでの事例ですんなり行くと思われたものの、やはり9.11は特別なものだったのかなと思わされます
映画では、背景の説明はほとんどなく、それでも起こっている出来事はシンプルでした
登場人物の中には実際の遺族もいるようですが、ナイーヴすぎる問題なので、よく映画化に踏み切れたなと思いました
日本では100%不可能でしょうし、ドキュメンタリーを作れるかどうかも怪しいし、そもそも「基金」と言うものを作り出せるかすら怪しいのではないでしょうか
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、基金に関わった人物が「どこまで感情的に進めてしまうか」と危うさを描きながら、裁量権がある以上、それを最大限に使うと言うのも問題なかったでしょう
ウルフはケンの作った数式に難色を示しますが、それよりは「型にハメてさっさと終わらせよう」と言うマインドが見透かされていました
彼は何度も「被害者の話を聞いたか?」と聞き、ウルフ自身は彼らの声に耳を傾けていました
ケンも偶然話す機会があっても、積極的には動きません
人の話を流そうと言う魂胆が見えている前半を見ていると、いかに信頼が崩れるのはあっさりしたものなんだなと思わされます
被害者が訴訟を起こそうとする理由の一つに、弁護士の暗躍があり、その額は相当なものだったと思います
航空会社にテロの責任があるのかを問う裁判が起こっても、おそらくは相当の年月を要したでしょうし、基金を蹴ってまで訴訟に踏み切るリスクは高かったと思います
ケンには訴訟の先が見えていて、それで彼らが得るものの少なさと言うものが理解できています
ここで裁判を起こしても、遺族の受け取る額から諸費用が引かれるだけで、その辺りの裏事情に精通しているということも動機の一つのように思えます(金持ちは勝てる弁護士をつけられるということもありますね)
■9.11被害者補償基金プログラムについて
劇中でケンが関わることになったのは「9.11被害者補償基金(September 11th Victim Compensation Fond)」で、その特別管理人として立候補していました
2001年の9月11日に起きた同時多発テロ後に設立されたもので、それは「航空輸送の安全とシステムの安定化に関する法律(an Act of Congress, the Air Transportation Safety and Sysrem Stabilization Act (49 USC 40101))」によって作成されました
これは、関係する航空会社への訴訟をしない代わりに賠償金を支払うというもので、アメリカ政府の資金から最大「73億7500万ドル」の支出が認められたものでした
時の司法長官ジョン・アシュクロフトは、ケネス・ファインバーグを特別管理人に制定し、そのプログラムの管理を一任していました
ケンは「被害者の家族が受け取る金額を決める役割」を担っていて、それぞれが「未来において、どれだけ稼いだか」を算出することになりました
最終的に、97%の家族に70億ドルが支払われた、とされています
この基金の他には、「9.11後の財政支援(Financial assistance following the September 11 attack)」としての「VCF」とともに、アメリカの赤十字社は2776世帯に5430万ドルの小切手を交付し、17万件にも及ぶ心的支援にも関わっています
また、ワシントンでは「Giant Food」内で行われた募金が100万ドルに到達し、アリスタレコードはホイットニー・ヒューストンの「The Star Spangled Banner」を再リリースして、すべての利益を消防士と攻撃の犠牲者に寄付しています
マライア・キャリーも「Never Too Far/Hero Melody」をリリースして、チャリティーに参加しています
その他にも多くの支援活動がありますが、ここには書き切れないので割愛させていただきます
■尊厳と価値の関係性
映画において、被害者遺族とケンの間には大きな温度差がありました
その要因は「被害者を数字として見ている」というもので、現時点での収入の格差、死亡保険金控除、隠し子、同性愛カップルなどの諸問題が噴出していました
ケンは1700件もの個別対応をされていて、映画ではその中からいくつかの印象的なものを取り上げていました
また、ケン自身の心の変化を描いていて、それが行動を変えていく様子を描いていきます
実際のところ、アメリカ政府の責任で9.11が起こったとは断罪できず、これらの基金はアメリカの将来を考えた上で始まっています
これが正しかったのかどうかは歴史が証明するでしょうが、あのまま何もせずに「被害者が航空会社を訴えたら」さらに問題は大きくなっていったように思います
航空会社との裁判は長期化し、その間に生活が困窮する人も増えたでしょう
また、訴訟による航空業界へのダメージもあり、物流が滞ることによる経済的な損害も少なくありません
政府は75億ドルを捻出しても、それ以上の被害が出ると予測していて、それはある意味で正解に近かったような印象を持ちます
要は、どれだけの「例外を救えるか」というところに物語はシフトしていて、その軋轢というものがメインに描かれていました
ケンとしては、7000件もの対象者を抱えていて、それをすべて個別に請け負うには時間が無さすぎます
そして、頭の良い人たちの権利主張に巻き込まれる形で、問題は複雑化していきました
人々が訴えたのは「対話による個の存在意義の証明」であり、多くの人は「もらえる金額」に対しての不満を表明していません
一部の高収入の人々が色んなことを言っていましたが、それはごく一部だったように描かれていました
ちなみに、原作には8つのプランが言及されていて、その中に「85%のお金が15%の人に渡すべきではない」という考え方が記されています
このプランがどのように変化していったのかはわかりませんが、最終的には基金支出の集中化(金持ち優遇)を避けようとしていたのではないかと推測できます
人の価値は「ある時点」で定められるものではありません
高収入の金融アナリストでも、あの事件があれば株価は暴落し、資産が消し飛んだ人もいたでしょう
なので、その時点の価値ですべてを図ることはできません
その折り合いは対話でしか埋められませんが、文句があるなら個別に訴訟を起こせば良いだけの話でしょう
ケンの足元を見る人々もいましたが、それが基金設立の信念に背いていることは、誰の目にも明らかだったように描かれていました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
このような「被害者に対する基金」というのは大小あって、最近の日本でも「聴覚障害と生涯年収」についての裁判があったりもします
これらの問題の肝要なところはメディア情報しか知らないのでなんとも言えないのですが、根深いところは同じでしょう
それぞれはそれぞれが抱える価値観で戦っていて、その判断の折り合いがつかなければ戦うしかないと思います
私の場合、かつて妻の障害年金の申請問題がありました
訴訟まではしませんでしたが、自分自身が納得のいくところまでは話し合いをするつもりだったので、最終的には霞ヶ関の厚生労働省にまで出向くことになりました
障害年金は「初診日」というものが大事で、その時に「入っていた年金」によって、捻出される金額が違います
妻の場合は「初診が国保」「再発が社保」ということで、年金も「国民年金のみ」と「国民年金+厚生年金」と段階がありました
これらの加入年金によって、障害年金や手当金というものが決まるのですが、その額はかなりの開きがありました
妻の場合は「1級、2級」には該当せず、「厚生年金にだけある3級」に該当していたのですね
なので、「初診日が初発か再発か」で、年金を受け取れるかどうかが変わるという事情がありました
障害年金3級の最低補償額は58万円ほどで、再発が厚生年金加入時期ならもらえるのですが、国民年金のみの時期だと対象外となってしまいます
争点は、初発の乳がんが寛解したかどうかの判断で、妻の場合はかなり微妙な感じになっていました
寛解の判断が下る術後3年目において再発が起こったので、通常の感覚ならば「初発が初診日」となります
でも、障害厚生年金の受給要件として、初診日の前日までに納付期間の3分の2以上の納付があるというものがありました
妻の場合は、術後の経過が良好で、術後2年目にはフルパートタイムの仕事に復帰していて、再発までの直近12ヶ月は厚生年金に加入して年金を納めていたのですね
なので、この受給要件は満たしていたので、その状態を寛解と見做すかどうか、というのが争点になっていました
これが所謂個別のケースというもので、中には寛解が確定するまで働かないという人もいるでしょうし、程度によっては術後すぐに働いている人もいます
術後の1年間は放射線治療などもあり、働くということはなかったのですが、経過が良好のために術後1年を経過した段階で軽作業的な仕事を始め、問題がないためにフルパートタイムで働くようになります
この状態を寛解と見做すかというものでしたが、厚生労働省の見解は「癌の寛解は3年以上」というもので、3年に達していない妻は認められませんでした
3年目の寛解確定の診察で再発が分からず、その後に体調不良で診察していたらどうなっていたのかはわかりませんが、この時の決め手となったのは厚生労働省の見解というよりは、主治医が寛解していたと認めなかったというところに行き着くのだと思います
医者としての考え方は、どんなに健康な状態で就業が可能と認めても、寛解とは見做さないというものだったので、この思考が変わらない限り、どうしようもないというのが現実でしょう
私たちの場合は、障害年金に該当する期間が1ヶ月程度で、基礎部分だけの問題でしたが、同じようなケースでももっと障害期間が長かった人もいたと思います
でも、日本の年金に対する根本的な考え方が変わらないと何も変わらないでしょう
なので、障害年金のことを考えるなら、初診日がわかる記録を残す(診断書をもらう)とか、厚生年金(共済年金も可)のある職場で働くというのが最低条件になります
このような障害というのはいつ起こるかは分かりません
なので、将来の年金(普通)のことを考えて支払わない人がいたり軽んじたりする人もいますが、年金とは「障害」になった時に必要なものだと考える方が良いと思います
不慮の事故であるとか、労働災害、自然災害など、多くのリスクがある日本でありながら、生活習慣病のリスクは高い生活環境でもあります
そう言ったことを踏まえた上で、最低限必要な備えができているか、ということを見直すのは必要だと思います
本当のところは、個別案件に対して融通が効くかどうかだとは思いますが、こう言った問題に関しては日本は後進国だと思うので、自分でできることをしておく以外には対策はないと思われます
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386045/review/26e6e0da-3f43-4850-9749-59d53ba76e35/
公式HP: