■子どもたち以上に、大人に課した精神的な枷が描かれていたように思えます
Contents
■オススメ度
チリの歴史に興味がある人(★★★)
ヤバいコミュニティの実録系が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.6.14(京都みなみ会館)
■映画情報
原題:Un Lugar Ilamado Dignidad(「尊厳」と呼ばれた場所)、英題:A Place Called Dignity(「尊厳」と呼ばれた場所)
情報:2021年、チリ&フランス&ドイツ&アルゼンチン&コロンビア、99分、G
ジャンル:チリに実際にあったコロニーを舞台に、児童虐待が行われていた歴史を紐解く伝記映画
監督&脚本:マティアス・ロハス・バレンシア
キャスト:
サルバドール・インスンザ/Salvador Insunza(パブロ:ピウス様に気に入られる12歳の少年、奨学生待遇)
ハンス・ジシュラー/Hanns Zischler(パウル・シェーファー/Paul Schäfer Schneider/ピウス様:「コロニア・ディグニタ」の独裁者)
Luis Dubó(パブロの叔父、司祭)
Giannina Fruttero(セシリア:パブロの母)
アマリア・カッシャイ/Amalia Kassai(ギセラ:コロニーの保母)
ダビド・ガエテ/David Gaete(ヨハネス:ギセラと関係を持つ男性)
Philippa Zu Knyphausen(イングリッド:コロニーの保母)
Vivian Mahler(ドロテア:コロニーの保母)
Leonie Wesselow(ウルスラ:コロニーの保母)
Ignacio Solari(ベンジャミン:ピウス様の部下)
Alex Gorlich(ゲルハルト:ピウス様の部下)
José Antonio Raffo(コロニーの放送の声)
ノア・ウェスタマイヤー/Noa Westermeyer(ルドルフ:ピウス様の元スプリンターの少年)
Vicente del Valle(聖歌隊の少年)
Andres Huchman(聖歌隊の少年)
Martin Garces(聖歌隊の少年)
Martin Urrea(聖歌隊の少年)
Claudia Cabezas(コロニーの不正を叫ぶチリ人女性)
Paulina Urrutia(チリの大統領夫人)
Alejandro Goic(チリ軍の大佐)
Gerardo Naumann(ハーマン:チリの軍人)
■映画の舞台
1960年〜1986年、チリ
コロニア・ディグニダード/Colonia Dignidad
現在のビージャ・バビエラ
https://maps.app.goo.gl/8qjW3NbzvD65XBfA9?g_st=ic
ロケ地:
不明
■簡単なあらすじ
ドイツからチリに入植した宗教家のパウルは、信者を集めて一大コロニー「コロニア・ディグニダード」を建設していた
そこでは、パウロおじさんとして慕われていた彼だったが、実は少年愛好家の一面を持ち合わせていて、彼の部屋に泊まる少年は「スプリンター」と呼ばれていた
ある日、そのコロニーに入ることになった12歳のパブロは、身体検査をパスし、「チリの奇跡」と呼ばれる場所に足を踏み入れた
歌が上手いパブロは聖歌隊に入るだろうと叔父は言い、母セシリアも喜んでいた
コロニーに入ったパブロは歓迎されるものの、どこか不思議な空間に戸惑いを見せる
寮で同室になったルドルフは、夜に声を出すなと忠告するし、彼はそのうちパウロの部屋でテレビを見るようになる
パブロはそれを羨ましく思っていたが、ルドルフは「TVは嫌いだ」と露骨に嫌な顔を見せるのである
テーマ:命令と服従
裏テーマ:違和感と自由
■ひとこと感想
宗教コミュニティのアウトな話といえば定番なのが「レイプと少年」で、本作は「少年」の方に特化していましたね
チリで実際に起きて、いまだにそのコロニーが「健全に(本当かなあ)」存在しているらしいのですが、閉鎖空間における連鎖というのは早々に断ち切れるものではありません
映画は表現がかなりマイルドですが、演じた少年たちにトラウマが残らないことを祈ります
歴史を紐解くとその異常性がわかりますが、国もバックアップした(させられた?)ところが「国の中の国」というものを現存させたのですね
混乱の時期とは言え、絶対王政を精神的に敷いた結果というのは恐ろしいものだと思います
内容は地味で、劇的なことは起こりませんが、シュールに見えるものが実話というところに衝撃を覚えます
ギゼラとヨハネスの勉強シーンは、近代の話とはとても思えないのですが、教育によってはこうなり得るということなのでしょう
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
チリの中にあった「独裁国家」という感じで、軍事政権に取り入った結果、その正体を隠しながら存続した歴史があります
映画の前後の話はもっと壮絶で、あのコロニーの特殊性を利用した犯罪は映画以上に恐ろしいものがありました
エンディングに「Ave Maria」が流れてきて複雑な感じになってしまいますが、宗教の力は使い方によっては大変なことになるのだなあと再確認できますね
キリスト教を使った中身カルトという感じですが、情報の搾取による精神的なコントロールというのは常軌を逸している感じがします
後半の「クリスマスは死んだ劇」も然ることながら、ギゼラとヨハネスによる「動物の百科事典を見て性行為を学ぶ」というのは衝撃的でしたね
あのコロニーでは、子どもは神様のものという考えで、生まれた瞬間に母親から切り離されて、保母という人たちが面倒を見るそうです
夫婦も別居になっていて、普通の社会では生まれないような価値観が生まれているのですね
これが起こったのが1960年代のことで、映画はチリの軍事政権下なので、1980年代後半の話になります
国も巻き込んだ事件なので、本当にチリの黒歴史とされていますが、日本も某学会との癒着などを考えると他人事ではないのかもしれません
■コロニア・ディグニダについて
「コロニア・ディグニダ(Colonia Dignidad)」は第二次世界大戦後に、ドイツから来た移民によって作られた宗教コロニーのことを言います
1970年代の「アウグスト・ピノチェト(Augusto Pinochet)」政権時代に起こったもので、当時は「反体制派の強制収容、拷問、殺害として悪名高きコロニー」だったとされています
「国家の中にある国家」という趣で、それを主導したのがドイツ移民であるパウル・シェーファー(Paul Schäfer Schneider)という人物でした
チリの丁度「中央あたりにある」コロニーで、1961年に入植し着手、1961年から2007年までは宗派の活動場所として運用されてきましたが、1973年から1985年の間は上記の「ピノチェト政権の反体制派の強制収容所」として機能していました
映画で描かれていたのは1989年なので、強制収容所としての機能が終わった段階になりますが、そこで過ごしてきた人たちは「強制収容所時代」というものを知っていると考えて良いと思います
この歴史があるために、コロニーの住民は大した警護のされていないパウルに服従しているのですね
また、後半にはピノチェトの妻にあたるルシア・ヒリアルト(Lucia Hiriart、役名はファーストレディ)が招かれていました
彼女と一緒に来たのが当時のピノチェト政権の大佐にあたる人物で、同じく将校(役名はハーマン)も一人参加していました
宗教コロニーとしては、ウィリアム・M・ブランハムを信奉していて(後程詳しく書きます)、入植者は農業に従事していました
パウル・シェーファーはドイツにて児童虐待の罪で告発された逃亡者で、その隠れ家としてコロニア・ディグニダを建設しています
彼らを取り巻く集団は秘密主義で、コロニーは有刺鉄線のフェンスで囲まれていて、監視塔とサーチライトが完備され、施設内には防犯カメラも多数ありました
当初、チリ政府はシェーファーの犯罪と知らず、外部調査などを経て、シェーファー自身およびコロニー内の性的虐待を見つけることができました
現在は「ヴィラ・バヴィエラ」という名前に変更され、現在は観光地として開放されているとされています
ちなみに、シェーファーは「子どもを輸入」していて、コロニー内総勢350人のうち、100人が子どもだったとされています
コロニー内には、集合住宅、学校が2つ、礼拝堂、集会所、パン屋、家畜小屋などがあり、滑走路に加えて飛行機が1機、水力発電所を備え、チリ国内の道路建設に供給できる砂利工場や、製材所などもあったという記録があります
調べれば調べるほどに、映画以上に広大なコロニーであったことがわかり、「国の中にある国」と言われる所以がわかります
性的虐待が起こらずに逃亡者も出なければ、いまだに存続していた可能性は否定できないかもしれません
■ウィリアム・ブランハムについて
シェーファーたちが信奉していたのはウィリアム・M・ブラムハム(Wiliam M. Branham)という人物で、第二次世界大戦後に「ヒーリング運動(Healing Revival)」を始めた宗教家でした
彼は1965年に自動車事故で亡くなっていて、その後も「リバイバルの創始者」として認知され続けた人物になります
1946年5月7日に「天使に会って世界的な宣教を命じられた」と語っていて、彼の奉仕活動は多くの信者を獲得するに至っています
新ペンテコステ派(Pentecostalism)として活動していて、ざっくり言うと「プロテスタント派」に分類されますね
このあたりは映画では強調されていませんが、シェーファー自身はペンテコステ派であったとされています
ペンテコステ派は、福音派の信仰で「聖書の信頼性、イエスへの信仰を通じて、個人の人生を変える必要性を強調している」のですが、他の福音派と同様に「聖書に書かれた原本には偽りはない」と言う信念を持っています
イエス・キリストの死、埋葬、復活によって罪は赦され、人類は神と和解できると言う信念があり、人が新しく生まれ変わると信じています
この生まれ変わりは、キリストを主として、救い主として信じ、神の恵みを受けることによってもたらされます
ブランハムの布教活動は1950年代頃にピークを迎え、ヨーロッパを歴訪し、一大キャンペーンを興しています
ブラムハムはヨーロッパツアーを成功させた、最初のアメリカ人牧師と言われています
1952年には南アフリカに行き、推定20万人が参加したともされ、改宗者が3万人もいた、なんて逸話もあったりします
ブランハムの集会にはジャーナリストが同行する慣例になっていて、リバイバルにおける記事を作成し続けました
車椅子から立ち上がれたとか、集会に数百人参加したなどがありますが、提灯記事以外は酷評の嵐だったとされています
ちなみに、シェーファーとブランハムの関わりは、1955年のブランハムのヨーロッパ旅行の身辺警護をしたことがきっかけとされています
ドイツで行われたブランハムの講演に影響を受けたシェーファーは、その後自分たちのグループでブランハムの教義の実践を始めます
そして、「我々こそが忠実なる者」と自負したのですね
その他の影響については、英語版Wikipediaを眺めていただけると「思った以上のこと」が出てくると思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、コロニーの異質さを描いているのですが、少年への性的暴行だけでなく、そこで生きる人々へのマインドコントロールなども描いていました
特徴的なのがギゼラとヨハネスの夫婦の話で、性教育を受けてこなかったゆえの異質さと言うものが浮き彫りになっていきます
このコロニーでは畜産などに従事しているのですが、そこで「繁殖」と言うものを目にします
また、映画では描かれないのですが、反政府主義者などの処刑の歴史もあり、そこに住む大人たちは望まぬとも、「教義の外の世界」と言うものにふれていくことになります
生物学的な教養を受けていなくても、身体には変化が起こり、このコロニーで過ごしてきた人たちにも性徴というものが起こります
体の変化によって、教育を受けていなくても、性衝動は起こるし、人間の在り方というものを学んでいきます
そうした「文化的に必要なもの」を排除することでコントロールしているのですが、人間の本能には逆らえないのですね
そして、ギゼラとヨハネスは「夫婦の契り」というものを自己学習するに至ることになりました
この二人のシーンは、パウルの犯罪の中でも特殊なもので、児童虐待がメインに描かれている中では異質に感じます
これは、少年たちへの暴行に加えて、大人たちをコントロールしてきたことを描いていて、生命の根幹であるところを掴んでいたという描写になります
また、大人たちは「自分の失敗」について、公衆の面前で自分で語るということを強いられていて、このような「教育(と呼べるとは思えませんが)」というものも実際に行われていました
映画で足りないのは、なぜ多くの大人が服従しているのかという部分で、屈辱的な生活を強いられているのに反発しないのは理解できないと思います
映画で描かれる大人たちは20代くらいなのですが、彼女たちの多くはコロニーで生まれ育った世代なのですね
なので、生まれた瞬間からパウルの教育に晒されていて、抗うとどうなるかを見せられていたのだと思います
抵抗における代償というものが、強制収容所だった歴史が影響していて、それはすなわちピノチェト政権との癒着の歴史であったことは言うまでもありません
映画内ではちょっとぼかした感じに描かれていますが、史実を知った上で鑑賞すると、端折られてしまったものによって構築されているものというものが理解できるのではないでしょうか
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/389186/review/ac1d21f1-6fb8-4a3f-9684-7e3d9f317c26/
公式HP: