■杏の行動が衝動だとしても、幸福のかけらを手にしたことが遠因になっているように思えます


■オススメ度

 

救いのない映画に興味のある人(★★★)

実話ベースの映画に興味がある人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.6.13(アップリンク京都)


■映画情報

 

情報:2024年、日本、113分、PG12

ジャンル:暴力的な母親に育てられた女性の再生と、それを支持する人々を描いた社会派ヒューマンドラマ

 

監督&脚本:入江悠

原案:2020年の6月1日の朝日新聞の記事

 

キャスト:

河合優実(香川杏:売春・麻薬の常習犯の21歳の女性)

 

佐藤二朗(多々羅保:杏を気遣う刑事、「サルページ赤羽」経営)

稲垣吾郎(桐野逹樹:多々羅の友人、ジャーナリスト)

 

河井青葉(香川春海:杏の母)

広岡由里子(香川恵美子:杏の祖母)

 

早見あかり(三隅紗良:シェルターに住む女)

 

赤堀雅秋(桐野の雑誌社の編集長)

 

吉岡陸雄(加藤:多々羅の同僚の刑事)

 

護あきな(真野雅:セラピーの参加者)

中山求一郎(坂元:セラピーのスタッフ)

盛隆二(上間陽平:老健施設「若草園」の施設長)

小林勝也(原幸太:老健施設の「若草園」利用者)

竹内晶子(北山:日本語学校の先生)

 

稲野慈恩(三隅はやと:紗良の息子?)

井並テン(?)

山中アラタ(?)

蔵原健(?)

山口航太(ヤク中の杏の客)

松澤仁晶(吉井健一:多々羅の同僚刑事)

猪飼公一(ラーメン屋の店長)

森下創(西田友宏:サルページ赤羽の参加者)

森優作(生活保護の窓内担当者)

諏訪太朗(生活保護の申請者)

一本木伸吾(ピンハネする介護施設の施設長)

高橋里恩(?)

中野英樹(春海が連れ込む男?)

金谷真由美(シェルターの案内役)

渡辺憲吉(シェルターの管理人)

原田文明(?)

針原滋(糖尿病の男性)

吉田カルロス(?)

萩原亮介(?)

枝元萌(水野:介護施設「若草園」の事務)

佐藤良洋(?)

助川嘉隆(介護士?)

椎名香織(?)

大橋明代(取り調べ中の女刑事?)

Steve Siauw(日本語学校の生徒)

Kamal(ルイーズ:日本語学校の生徒)

 


■映画の舞台

 

2020年、

日本:東京都心

 

ロケ地:

東京都:北区

居酒屋 鳥八

https://maps.app.goo.gl/KAmEwUhUB97PS3Ys7?g_st=ic

 

東京都:大田区

中華麺舗虎

https://maps.app.goo.gl/WgRtfPFPt8mEn5Hn6?g_st=ic

 

神奈川県:川崎市

喫茶まりも

https://maps.app.goo.gl/mXhA9NvfRZP1cZcz8?g_st=ic

 

埼玉県:川口市

川口シニアセンター

https://maps.app.goo.gl/BsE6rzFK5DKm3Rti9?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

都内に住む杏は、幼少期から母親にウリをさせられ、暴力ばかり振るわれていた

ある日、ウリの相手のシャブ中がぶっ倒れたことで逮捕された杏だったが、取り調べの担当刑事・多々羅は変わり者で、いきなりヨガを始めたりする

多々羅は杏に、彼が支援する「サルページ赤羽」という覚醒剤のセラピーへの参加を促し、顔を覗かせることになった

 

その後、就職先などを斡旋してもらった杏だったが、給料は母に奪われて、絶望を感じて、再びシャブに手を出してしまう

そこで多々羅は、友人のジャーナリスト・桐野のツテを頼り、新しい就職先とシェルターを用意してもらうことになった

杏は小学校をまともに行けてなかったために読み書きができなかったが、多々羅は日本語学校を紹介し、そこに通うことになった

 

そんなある日、同じシェルターに住む女からお金と金を押し付けられてしまった

杏は見よう見真似で子どもを育てることになり、それなりに充実した日々が訪れた矢先、懇意にしていた多々羅と連絡がつかなくなってしまう

さらにコロナ禍による雇い止め、日本語学校の休校などに晒される中で、杏は子ども以外の安らぎの場所を失ってしまうのである

 

テーマ:現実逃避を超える絶望

裏テーマ:孤立と孤独

 


■ひとこと感想

 

実際の事件を基にした作品で、ある新聞記事の女性の顛末がベースになっています

コロナ禍で自殺をした20代の女性の記事で、そこには彼女が少女時代から母親から売春を強要されていたなどの壮絶な過去が綴られていました

 

本作は、記事の女性であるハナをモチーフにして、どうして自殺の道を選ばざるを得なかったのかを描いていきます

さらに、彼女を担当し、実際に覚醒剤のセラピーを運営していた刑事が逮捕された事件も実話になっていて、そのあたりもきっちりと組み込んでいく流れになっています

 

物語としては、とにかく母親の行動が凄すぎて、自分の娘をママ呼ばわりするなど、どうしようもない人間として描かれていました

祖母は杏のことを気にかけていたようですが、元凶を作っている張本人でもあるので、複雑な感じになってしまいます

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画は、後半の「子どもを育てるパート」がフィクションとして付随していて、これは「立ち直れるきっかけ」を描きたかったからだとされています

杏に何があれば自殺をしなかったのか、という観点になっていて、それが「自分なしでは生きていけない存在との関わり」ということになっていました

 

物語は、この子ども(ハヤトくん)との別れが決定打となっているように描かれていますが、実際には「現実逃避すら考えられなくなったこと」が原因のように思えます

わざわざ多々羅のセリフで説明するのはどうかと思いますが、あれがないとわからない人がいるのも事実なのでしょう

 

映画は、コロナ禍を忘れないということで制作されている部分もあり、コロナ禍によって生活を断たれた多くの人が登場していました

杏以外にも学校に行けなくて困った人や、非正規雇用で切られた人もたくさんいたように思います

映画の中では「行政指導で人員削減」という名目になっていますが、実際には「介護施設などでコロナによる雇い止め」というのは微妙な感じで、経営悪化による人員削減の言い訳のように使っていたのかな、と思いました

 


元ネタについて

 

元ネタの事件は「朝日新聞 2020年6月1日」に掲載された記事に描かれています(有料記事、一部ウェブで閲覧可能 → URL:https://www.asahi.com/articles/ASN50741HN5JULFA00X.html

ハナ(仮名)と呼ばれる25歳の女性が2020年5月4日の未明に東京の繁華街の路上にて倒れているのが発見されました

記事によれば、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、11歳くらいで売春を強いられたとされています

その後、覚醒剤に手を出して逮捕され、取り調べをした元刑事(62歳男性)から誘われて、薬物経験者が家族らが集う語らいなどに参加していました

 

映画では、杏の存命中に多々羅が逮捕されていますが、実際には杏の死後に逮捕されていますね

刑事がセクハラをしていたのも事実ですが、彼女が被害に遭ったというのはなかったとされています

また、彼女が通っていた夜間学校がコロナで休校になったのも事実で、これらの詳細を知りたい人は、図書館に保管されている縮刷版「2019年9月23日と2020年の6月1日の朝日新聞の社会面」を参考にされると良いと思います

2019年の方では、『虐待、売春、覚醒剤…刑事が私を変えた、叱り、褒め、うそでも聞いてくれた』という記事がありますが、有料記事になっているようです(クリックするとなぜかお探しのページは存在しませんになってしまいますが)

2020年の方では、ハナ(仮名)という女性が亡くなった記事となっていて、『「コロナのせい」、途絶えた夢、虐待、売春、薬物…支えられ夜間中学へ』というタイトルになっています(こちらは有料記事へのリンクがあり、まだ存在しているようですね)

 

ちなみに、刑事の方の事件は「NPO法人ネクストゲート」の代表だった方で、2009年頃から「NO  DRUG(のちにNO  DRUGS 池袋と名称変更」という集会を始めたとされています

このあたりの詳細は以下のリンクを踏んでいただければ詳細が分かりますよ

FLYDAY  DIGITAL「母からの暴力・覚醒剤…コロナ禍に自死した25歳女性の壮絶人生」URL ↓

https://friday.kodansha.co.jp/article/120311?page=1

 


孤立していくことの怖さ

 

実際の事件でどのような経緯を辿って自死に至ったのかは、正直なところわからない部分があると思います

新聞記事などでも、彼女を調べて、周囲からヒアリングした結果から導かれているものでしょう

映画は、さらにそれらの記事にオリジナルの部分を加えているので、ストーリー上は明確に見える死の動機というものが描かれています

 

本作では、杏の死に関しては「突発的」に見せていますが、そこに至るまでの経緯はきちんと描かれていましたね

多々羅の助力によって更生の道を歩み、祖母の介護のために介護施設を選ぶなどの動機が明確になっていました

まともに修学していなかったので、日本語学校に通う中で、精神的にも前向きになったのですが、相談相手の多々羅は逮捕、記事を書いた桐野には恨み節、学校は休校で、介護施設は雇い止めのようになっていました

あの時期の非正規雇用の扱いの悪さは相当なものでしたが、政府から人員を削減しろという要請は少しばかり変なように思います

というのも、コロナに罹ると10日間出勤停止などの処置が取られ、物理的に人が減って現場が回らなくなるのですね

なので、飲食業界などでは説得力があるのですが、介護施設というのはちょっと無理があるように思えました

 

とは言え、このあたりは舞台装置の部分があって、杏は生きようとしていたけど、社会はそれを許さなかったという主張があり、それを強調させるための設定であったように思えます

これらの外的要因になって、彼女は完全なる孤立状態になるのですが、そこで隣人から子どもを託されるという状況になってしまいます

これによって、一時的に人と接する機会が生まれ、それが彼女の孤独を埋めることができたのですね

でも、それを壊したのは、母・春海の児相への通報ということになっています

 

このあたりもかなりツッコミどころがあるのですが、ひとまず置いておきます

母の通報によって、唯一の人と接する機会というものが奪われてしまったのですね

また、託されたのに果たせなかったという思いが生まれ、母親が戻って来たらどうしようかという考えも切り離せなくなってしまいます

人とのふれあいもなくなり、母親が存在する以上、杏には安堵が訪れない

でも、母親を殺すことができないのですね

それ故に、自分を抹消することで、全ての問題を終わらせるという方法を選ぶことになりました

 

人は人と一緒にいる時ほど孤独を感じ、それが精神を病ませる原因にもなります

そして、完全なる孤立というのは、人と一緒にいる時に感じる孤独とは別次元の孤独を生み出してしまうのだと言えます

孤独を感じている状態の先にあるものというのは、外界との絶縁状態に近く、また負の関係以外のものが生まれない状況であると言えます

あの状態の杏に接近してくる人がいるとすれば、全てを奪う母、その元凶を作った祖母、誘拐疑いで捜査する警察や児童相談所、そして子どもを受け取りに来た母親しかいないのですね

それぞれの人間関係は杏をさらに苦しめる結果になるので、そう言ったものからの逃避、のようにも見えなくはありません

でも、実際には家族との絶縁というものが主体で、それは現実逃避では何ともならない部分だった、ということになるのだと感じました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、ラストシーンにて、多々羅が意味深なセリフを残しました

それは、覚醒剤の常習者は自殺をしないというもので、それは「またしたくなるから」というものでした

覚醒剤は一時的な精神の逃避行を生み出すもので、その後の苦しみがあっても、もう一度トリップできれば忘れることができると考えているのですね

そして、その繰り返しの先に思考が消え、自死よりは廃人もしくは薬物中毒による突然死であるという現実を見てきたのかもしれません

 

でも、杏はその世界に戻れることを知っていても、そこに戻ろうとはしなかったということになります

それは、現実世界に避難場所があることを知って、薬物以上の快楽が存在することを確認できたからかもしれません

それらが全て剥がされても、もしかしたらと言う思いは捨てきれずにいられたはずで、実際に彼女は休校になろうが、雇い止めになろうが自殺をしようなどとは考えませんでした

 

それでも、子どもを預かり、その時間を共有することで「自分がいなければ何もできない存在」というものが生まれていきます

そこで芽生えた責任感というものが彼女を支えることになったのですが、それすらも母親に奪われてしまうのですね

大半の人が「母親を刺し殺すのでは?」と思い、「やってくれ!」と念じたと思うのですが、杏はそれをしませんでした

その理由は個人的な解釈にはなりますが、祖母がいたからなんだと思いました

 

祖母は自分を助けてくれた存在だったはずで、幼少期のその思い出が唯一の生きる糧だったのですね

介護の道に行こうとしたことも、日本語を学び直そうとしたことも、祖母あってのものだったと思います

祖母は自分がしっかりしなければ生きていけない存在で、それは預かった子どもと同じような意味合いを持っていたでしょう

でも、実際には「自分が守るべきもの」ではなく、「自分を傷つけてきたもの」だったことに気づいたのですね

 

杏が死に、母と二人だけになることで、祖母は連鎖的な責務を一人で負うことになります

いみじくも、母は杏のことを「ママ」と呼ぶように、自分の母を母だと認識していません

この異常な関係が残ることこそが、最大の復讐なのかな、と感じました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/100503/review/03926118/

 

公式HP:

https://annokoto.jp/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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