■いろんな角度で解剖した末に「聞こえたもの」とは何だろうか?
Contents
■オススメ度
法廷劇が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.2.26(京都シネマ)
■映画情報
原題:Anatomie d’une chute(落下の解剖学)、英題:Anatomy of a Fall
情報:2023年、フランス、152分、G
ジャンル:夫殺しを疑われる女流作家の裁判を描いた法廷ミステリー
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ&アルチュール・アラリ
キャスト:
サンドラ・ヒューラー/Sandra Hüller(サンドラ・ボイター:夫の殺人容疑で起訴されるドイツ人作家)
スワン・アルロー/Swann Arlaud(ヴァンサン・レンジ:サンドラの弁護士)
ミロ・マシャド=グラネール/Milo Machado-Graner(ダニエル:事故で視力を失ったサンドラの息子、11歳)
サミュエル・タイス/Samuel Theis(サミュエル・マレスキー:転落死したとされるサンドラの夫)
ソフィ・フィリエール/Sophie Fillières(モニカ:ダニエルの代母)
Messi(スヌープ:ダニエルの愛犬)
アントワーヌ・レナルツ/Antoine Reinartz(法定顧問、検事)
ジェニー・ベス/Jehnny Beth(マージ・ベルジェ:ダニエルに付き添う司法監視人)
Saadia Bentaïeb(ヌール・ブダウド:サンドラにつく女性弁護士)
カミーユ・ラザフォード/Camille Rutherford(ゾーイ・ソリドール:事故の日にサンドラと会った学生)
Anne Rotger(裁判長)
Pierre-François Garel(ジャニアリー:判事)
Cécile Brunet-Ludet(ボレーヌ:判事)
Emmanuelle Jourdan(法定通訳者)
Julien Comte(殺人の可能性に言及する法医学者)
Savannah Rol(エレーヌ:サンドラの代理読み上げをする女性巡査)
Ilies Kadri(サミュエルの代理読み上げをする男性巡査)
Sacha Wolff(捜査部長)
Vincent Courcelle-Labrousse(検察官)
Antoine Buéno(バラール:腕の怪我について言及する専門家)
Anne-Lise Heimburger(ボガート:落下状況について言及する専門家)
Wajdi Mouawad(サイ・ジャマル:音声録音について言及する専門家)
Nesrine Slaoui(BFMのジャーナリスト、アーカイブ)
Kareen Guiock Thuram(TVの司会者)
Arthur Harari(TVの評論家)
Marie Brette(ジャーナリスト)
Christophe Devaux(ジャーナリスト)
Jefferson Desport(ジャーナリスト)
■映画の舞台
フランス:
人里離れた山荘
グリノーブル/Grenoble(裁判所)
ロケ地:
フランス:
レ・クルヴァス/Les Crevasses
https://maps.app.goo.gl/vy1e5o7Eqb9bzWPF8?g_st=ic
サント/Saintes
https://maps.app.goo.gl/eBFcakrEzJsrUuue6?g_st=ic
グリノーブル/Grenoble
https://maps.app.goo.gl/kgZuyGcHrTjzYZkf7?g_st=ic
■簡単なあらすじ
ドイツ人作家のサンドラは、フランス人の夫サミュエルと4歳の時に事故で盲目になった息子ダニエルともに、人里離れた山荘に住んでいた
夫の仕事の関係でそこに住み始めて数年が経ち、その日はサンドラの取材に学生のゾーイがそこを訪れていた
取材が始まって間もなく、天井部屋にいた夫が大音量で音楽をかけ始め、それによって取材はままならなくなってしまう
場所を変えるわけにもいかず、その日の取材は中止ということで、ゾーイは帰途につかざるを得なかった
その後、サンドラは寝室に向かい、ダニエルは愛犬スヌープとともに散歩に出かけた
だが、しばらくして帰宅したダニエルは、玄関先に父が倒れているのを発見する
大声で母を呼び、サンドラは慌てて救急を呼ぶものの、夫は帰らぬ人となってしまう
転落事故か自殺かわからないものの、検視官は「他殺の可能性を否定できない」と言う
さらに当日のダニエルの証言に曖昧な点も多く、サンドラが隠し事をしている様子が見えて、検察は起訴に踏み切った
サンドラの弁護には、旧友のヴァンサンが付き、司法省からの命令にて、ベルジェがダニエルの監視役として自宅に派遣されることになった
テーマ:落下が暴く夫婦関係
裏テーマ:落下が暴く司法構造
■ひとこと感想
カンヌで話題になった作品ですが、タイトルの意味深な感じに惹かれて鑑賞してまいりました
天井部屋から夫が落下して、その嫌疑が妻にかかると言うもので、落下に関する科学的な捜査の内幕を見せるのかなと思っていました
実際には、落下によって暴かれる多くのことがメインになっていて、わかりやすいのは「夫婦関係」だったと言えます
映画は、冒頭の取材の爆音から始まって、かなりストレスのかかる曲が選ばれていました
検察側も凶器となるものが発見されないことで、状況証拠とか、科学的な考察をもとに話を展開していきますが、結論ありきだと同じものを見ていても違うように見えると言う印象がありました
妻が犯人だと思うと言う観点で行われる捜査には恣意的なものがありますが、決定的なものが見つからない中での創作はなかなか無茶なように見えます
とは言え、妻側にも信頼を勝ち得ない状況を作っていると言う因果があり、それによって自分で自分の首を絞めているように見えなくもありません
裁判がどう転ぶかは最後まで読めませんが、最終尋問前夜の出来事がすべてを物語っているように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
提示されているもので推測するならば、「妻による殺人」「口論の末の転落(事故あるいは殺人)」「妻への当てつけ自殺」のいずれかの可能性が残っています
コナンくんがいないので、鋭い考察からの指摘はされませんが、一番有能だったのはダニエルということで間違いはありません
彼は見えていないのですが、耳も良く、鼻も効きますので、映画に登場していない状況というものを嗅ぎ取っているように思えます
落下によって炙り出されたのは家庭内の問題だけでなく、司法制度そのものの問題点でしたね
状況と証拠に基づく想像がまかり通る世界で、でも最後に陪審員の決め手となったのは、ダニエルが理解できる結末だったように思えます
今回の事件は凶器が出てこない時点で検察の負けのようなもので、サンドラの印象を悪くしたり、苛立たせて余計なことを言わせようという趣旨があったように思います
前日のケンカの録音でも、検察が描く音の正体と、サンドラが説明する音の正体は正反対なもので、これだけでは検察側が勝てるわけがありません
最終弁論が登場しない作品で、検察も弁護もどちらの言い分も必要ないものとして描かれていましたね
結審の様子も描かないところを見ると、裁判の決め手は「あの場所にいた誰もが理解できる結末」をダニエルが提示したから、に他ならないと言えるのでしょう
■落下があらわにした司法の構造
本作は、いわゆる法廷劇で、嫌疑がかかるのが「夫殺害を疑われる妻」と言うことになります
状況としては、取材に来た学生を帰した後、息子は散歩に出ていて、代母が不在の中、 3階にいたはずの夫が家の前で倒れていた、と言うものでした
当初は、「転落事故」「自殺」の線が有力でしたが、遺書の不在、捜査によるダニエルの供述の不安定さ、サンドラの行動に不可解な点があると言うことで、検察は起訴に踏み切っています
検察の言い分は「何らかの凶器で頭部を殴った後、 3階の窓から外に落とした」と言うもので、「凶器は不在」「落とした際に下にあった小屋の屋根に当たり、その小屋の側面に血痕があった」という「犯行を決定するものがない」と言う状況になっています
検察は状況証拠、供述の不透明さ、サンドラが隠していたことなどを念頭に「犯人と断定」した状態で、その証拠となるものを集めていきます
サンドラが浮気をしていたこと、サミュエルの録音からわかる夫婦間の溝などが取り沙汰され、最終的にサンドラが書いた小説の一節を引用するまでに至ります
これらは全て「陪審員にサンドラが犯人であると印象付ける」という意味合いがあり、多くの専門家に証言させ、ダニエルの供述の矛盾などを突いていくことになりました
とは言え、それらの状況などを踏まえても、犯行の自白なし、凶器なし、状況は憶測、極めて恣意的な証言の引用など、フラットに見ていれば「検察の負け戦」と言うのは明白でした
それでも、心象的にサンドラが犯人ではないかと思わされる場面が多くあり、これがフランスの司法におけるウィークポイントのように描かれています
ラストのダニエルの「理解」がなければ、サンドラは有罪になっている可能性が高く、推定無罪を覆すような状況になり得る可能性を示唆していました
ある事件に対して、その真実よりも「犯人と疑わしき人物がどのような印象を与えるか」と言うところがフォーカスされていて、これはサンドラの弁護士ヴァンサンがもっとも懸念していた状況ということになります
この人物の印象操作が起こるのは、サンドラが「犯人になりたくない」から隠していた情報があったからで、嘘ではなくても、都合の良い情報の隠匿というものは、バレた瞬間に印象が最悪になります
その部分を検察に突かれて、もしかしたらボロが出るんじゃないか?という期待を抱かせています
サンドラとサミュエルの夫婦生活における「サミュエル側の印象というものが録音で強調され、サンドラの隠匿によってそれが増幅している」という流れになっているのですが、これが真実を曇らせることにつながっています
そして、真実を追求する場所ではないという認知が強く、それが歪んだ司法の正体として描かれることになりました
■結局のところ真実は何?
映画では、わかりやすい真実というものは描かれず、観客に委ねられるという終わり方をしています
考えられる真実は、「夫婦の口論の末の殺人」「夫の過失による落下事故」「夫の突発的な自殺」ということになります
「殺人」に関しては、凶器は存在せず、 3階の部屋での口論が原因で、妻が夫を突き飛ばしたというものになります
この口論の起因となるのが大音量の音楽で、サンドラは耳栓をして執筆作業に入ったけど、学生を帰させたことを根に持っていて、取材(会話)を遮ったことに対して、時間が経過してから抗議したというものになります
学生との会話の際に抗議に行かなかったのは、それをやめさせたところで、学生との会話がぎこちなくなるだけだと感じたからでしょう
サンドラには不倫の過去があり、彼女がバイセクシャルであることはバレていますが、夫が家にいる状態でそれを行うことはありません
ですが、あの場でサンドラが会話をしようとしたのは、学生の属性と可能性を探ろうとしたからだと思います
サミュエルもサンドラのそのような手法を知っているので、それを阻害しようとした、ということになります
「過失による事故」に関しては、サンドラと学生の取材を阻止することに成功しても、サンドラが自分がいる場所でそれをしようとしたことに対する憤りを抱えたまま、という状況によって引き起こされます
彼が大音量でかけていたのが『P.I.M.P』のカバーバージョンで、オリジナルは50 Centの楽曲になります
ちなみに『P.I.M.P』とは「売春婦」「ポン引き」という意味の言葉になります
また、「金持ちや比較的社会的地位の高い人を揶揄する」という意味があり、これは夫婦間にある格差を仄めかしているように思えます
妻に対する劣等感を抱えていた夫が、飲酒やドラッグなどを使用してこの楽曲でハイになり、それによって窓の外に転落したというパターンになります
この転落の派生として「突発的な自殺」ということになり、この誘因となっているのが「夫婦間の格差」「ネタを奪われた」「不倫」「バイセクシャル」などの多くの理由となるものが存在します
「夫婦間の格差」は「小説家としてのポジション」で、経済的にも妻の収入に依存している状態も加味されます
「ネタを奪われた」は「プロット」を元に完成させられたことを根に持っているということになりますが、これはそのまま「小説家としての能力の有無」というところにつながっています
その書籍の「原案」に夫の名前がクレジットされれば満足だったのかはわかりませんが、「小説家として完成させるべき」というものを「草案のまま放置する」ということが、「小説家であるサンドラには我慢できなかった」という背景があるようにも思えます
「不倫」と「バイセクシャル」はほぼ同じ要因になっていて、「身体的な満足を与えられないという男性としての屈辱」に加えて、「妻を満足させるのが女性という屈辱」が加味されています
夫の性癖までは描かれませんが、支配的でいたいというものがあり、それが「全く敵わないという絶望感」がありました
客観的に見ると、「妻の収入に依存し、自分の執筆を理由に不便な場所に引っ越し、しかも妻の仕事を妨げるような行動をしている」ということになります
これらの要因に対してサンドラは寛容で、その寛容さ(対応能力)というものもサミュエルを絶望させていきます
サミュエルは「自分の時間がないことを妻のせいだ」と言いますが、サンドラは「書けない理由を私に押し付けないで」と言い返します
これが結構痛いところを突いていて、それは「あなたは無能で、役立たずだけど、声だけはでかい」みたいな感じに聞こえるのですね
それらの蓄積が「サミュエルの自己肯定感を完全に破壊」し、突発的な行動を呼び起こしたと考えられます
実際にどれが本当なのかはわかりません
でも、映画では「息子ダニエルの理解」によって、聴衆及び司法関係者が沈黙することになりました
これが「この事件をどう見るか」という主観の戦いに終止符を打つことになっています
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、最終的にダニエルの「理解」というものに誰もが沈黙するという流れになっていますが、彼は劇中で唯一「盲目」の存在でした
映画では、サンドラとサミュエルの隠し録音が流れますが、初めは再現VTRだったものが、途中から「音声のみ」となっています
再現はそのまま「視覚情報を有した延長線上の想像」であり、それをそのまま引きずることになります
でも、ダニエルだけは「最初から音だけで判断している」ことになるのですね
ダニエルはこの数年間の夫婦生活を全て「音で聞いていた」のですが、そこからある程度の想像をしてきたことになります
声のトーン、環境音、息遣いなどの様々な「音」を頼りにしていて、そこから紡がれた想像と、その後に起こる結果との結びつけというものを行ってきました
その中で、音に含まれた意味が後になってわかることも多く、それが最終証言の中身となっています
裁判によって「知らなかった両親の関係」を知ることになり、かつて起きたことの意味もわからなかったのですが、その知らなかったことの埋め合わせを少しずつしていくことになります
そして、証言前日にはスヌープに薬を飲ませて「あの時」を再現することになり、その検証がダニエルの確信的な理解というものを与えることになりました
でも、この理解が純粋なものとは言えず、母親の本当の部分を理解するに至ったのだと考えられます
母はダニエルが真実に辿り着いていると感じていて、それが空白の1日に繋がっていきます
ダニエルもその1日を利用して理解を深めるのですが、この1日の猶予というものは「世間的に母子の関係性をフラットに見せる」という効能がありました
それは、ダニエルの理解の純度の問題で、前日に母と過ごさなかったことで、あの言葉は「母親の影響を受けていない」ということを強調することになります
それによって、検察側は「母親が言わせている」とは言えなくなり、しかもダニエルの整然とした理解の披露によって、それは強固な結論へと結びついていくことになりました
ダニエルの最初の供述では「部屋の中か外か」という食い違いが描かれていて、あの時にダニエルが聞いたものは「前日の録音されていた夫婦喧嘩を家の中で聞いていた」というものだと思います
母親が前日の夫婦喧嘩を隠す以上、それをダニエルが暴露するわけにもいかず、当日に「外で普通に話していた」と供述するのですが、それが物理的に不可能であることが示されます
それによって「勘違いしていた」と訂正することになり、そして「録音」というものが提示されます
おそらくダニエルは「あの録音の元の会話」を家のどこかで聞いていて、それによって「母が隠している理由」というものに気づいているのですね
なので、最終的には「母を助ける」方向性を持って、「理解」を示すことになったのだと思います
それゆえに個人的には「取材を妨げられたサンドラが怒りを抱えてサミュエルのの元に行って、前日の喧嘩を再燃させ、それによって窓の外に突き飛ばして殺した」のかな、と感じました
あくまでも、個人的な解釈なので、それぞれが映画を観て(聴いて)判断するのが良いと思います
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/99295/review/03535417/
公式HP: