■アリストテレスがもし鑑賞したら、なんて言葉を紡ぐのだろうか
Contents
■オススメ度
ファンタジックな物語が好きな人(★★★)
インナーマインドの世界に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.9.19(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
情報:2023年、日本、111分、G
ジャンル:街の中心的存在の工場の事故によって、異世界に封印された人々を描いたファンタジー映画
監督&脚本&原作:岡田磨里
キャスト:(声の出演)
榎木淳弥(菊入正宗:女っぽく見られることに抵抗のない高校生、絵が好き)
上田麗奈(佐上睦実:正宗を嫌う女子高生)
久野美咲(五実:睦実が匿っている謎の少女)
八代拓(笹倉大輔:ムードメイカー的な正宗の友人)
畠中祐(新田篤史:クールな正宗の友人)
小林大紀(仙波康成:夢を持つ正宗の友人)
齋藤彩夏(園部裕子:正宗に心を奪われるクラスメイト)
河瀬茉希(原陽菜:新田に想いを寄せるクラスメイト)
藤井ゆきよ(安見玲奈:陽菜の親友のクラスメイト)
佐藤せつじ(佐上衛:睦実の父、工場の責任者)
林遣都(菊入時宗:正宗の叔父、工場勤務者)
瀬戸康史(菊入昭宗:正宗の父、行方不明になった工場勤務者)
行成とあ(菊入美里:正宗の母)
多々野曜平(菊入宗司:正宗の祖父)
𠮷田尚紀(ラジオのパーソナリティー)
上田耀司(担任の先生)
尾花かんじ(市長)
■映画の舞台
巨大な工場がある新見伏市(架空)
■簡単なあらすじ
工場が中心となっている海沿いの街に住んでいる高校生の正宗は、クラスメイトたちと一緒に、少し危険な遊びに興じていた
父は工場で働き、母は専業主婦で、祖父と一緒に暮らしている正宗は、学校の自己確認票を空白で提出する問題児でもあった
ある日、彼らが部屋で勉強をしていると、突然大きな音が鳴り響いた
窓の外を眺めると、彼方にある工場が爆発を起こしていて、その雲は何かの生き物のように見え、空はひび割れたような亀裂が入っていた
雲は狼のようにも、龍のようにも見え、その亀裂に噛み付くように空を修復している
正宗たちは事態が飲み込めないまま日常を過ごしていたが、その世界は季節が消え、時間さえも動かない奇妙な世界であることに気づく
そんな折、正宗はクラスメイトの睦実に連れられて、工場の秘密を知ることになったのである
テーマ:エネルギーの共鳴波動
裏テーマ:世界を動かすものの正体
■ひとこと感想
とにかく異世界ファンタジーに美少女が出てくるヤツですよね、という感覚で衝動鑑賞いたしました
基本的にアニメはあまり観ない方ですが、単体の劇場版だけは観るようにしています
本作は、ある工場の事故によって、時間の止まった世界に取り残された町民たちを描いていて、そこにいる住人の心が痛むと、空に亀裂が入るという設定になっています
とは言え、世界観の説明はあってないようなもので、単純に深層心理が作り出している世界、みたいな感じになっていましたね
それが町民の間で共通認識になっているという感じに描かれています
映画は、映像美と美少女と少しのエロという感じになっていて、でも内容の説明がほとんどなく、タイトルの意味も劇中ではほぼ分かりません
それでも、それを匂わすような単語が唐突に登場しているので、哲学とかが好きな人には意味が通じる世界になっていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
普通に観ていると、「ああ、これは全員死んでる世界やな」ということはわかり、謎の少女・五実は「向こうの世界から来た迷い人」というのは察知できると思います
向こうから来た理由は一応は示されますが、存在価値を見失った少女が両親不和から逃げるように、爆発と同時に紛れ込んだという感じになっていました
映画は、哲学が基礎になっていますが、劇中での説明はほとんどありません
トンネルの意味とか、一人だけ成長する謎の少女などの設定説明すら省かれています
それでも、起こっていることから紐解けば、そこまで難しい内容にはなっていません
テーマとしては、止まった世界で生き続けても、やがて変化は訪れるということになると思います
劇中では思想による対立構造が生まれてきますが、対立になってしまう意味の方がわかりにくかったですね
現状維持を良しとする者、それではダメだと考える者がいて、そんな大人の争いの外側で、あるべきところに謎の少女を戻そうとする正宗たちが描かれていました
■アリストテレスのエネルゲイアについて
劇中で一瞬だけ登場する「エネルゲイア(Energeia=ἐνέργεια)」とは、哲学用語の一つで、アリストテレスが提唱した概念のひとつとして有名な言葉です
日本語では「能動態」などと訳されますが、アリストテレスの存在論による能動的原理のことで言語をそのまま訳すと「現実」という言葉に置き換えられます
アリストテレスは、現実を「エネルゲイア」と「エンテレケイア(entelecheia=ἐντελέχεια )」に言い換えています
エネルゲイアは、仕事を意味する「Ergon」に基づく単語で、人間の心と身体のエネルギーというふうにも解釈できます
エンテレケイアは「完全性」という意味合いになりますが、存在の始まりと終わりによって完成するもの、というふうにも置き換えられます
この二つの言葉が合わさって「現実」になるということなので、単純に考えれば「エネルギーによって始まりから終わりに移行して完成する状態」を現実であると捉えていることになると考えられます
エネルギーはそのまま生体的なエネルギー、すなわち生命力というものになると思うので、その放出によって現実に因果律ができている状態ということを考えると、自然の摂理の法則に則っている状態ということになります
これを人間に置き換えると、生体エネルギーの存在によって終わりに向かう=死ぬということになるのですね
なので、正宗たちが送り込まれた世界は「非現実」すなわち、終わりへと向かわずに変化しない世界ということになります
それをわかっている大人たちが「変わらぬこと」を選択し、何もかもをそのままの状態にしようと考えていました
そう考えると、あの世界は「工場の爆発によって死んだ人々が死の直前で止まっている世界」であると考えられるのではないでしょうか
■タイトルの意味
映画のタイトルは「アリストテレス」を分解したもの、もしくはモチーフとしての「アリス」と「テレス」という人物の関係性になると考えられます
アリストテレスの名前は「Ἀριστος=最高の」と「τελος=目的」という意味があります
この二つの言葉を分解したのだとすると、「最高」と「目的」というものが分割しているという意味になり、対義語的には「怠惰な不変」ということになるのかなと感じました
あくまで、映画のタイトルに使われているという意味で曲解していますが
これとは別の解釈だと、先ほどのエネルゲイアとエンテレケイアが分離している状態ということになるので、これも何となく合ってそうな感じがしますね
この二つの属性を結びつけることで、現実へと帰ることになるので、この二つの属性に当たるものは何かを考えることになります
イメージとしては、「アリス=睦実」「テレス=正宗」で、この2人が同じ方向を向くことで、現実が動き出すという解釈になると思います
そして、作品内の「最高の目的」が五実の存在であると考えるなら、2人が同じ目的を有して、同じ方向に向かうということになるのでしょう
アリストテレスが分裂していることによって生まれる世界というものが「まぼろし工場を核とした世界」になっているのですが、時間が動いた先にある未来には五実が存在しているので、悲観的に捉える必要はないのだと思います
睦実は五実が自分の子どもではないと考えているので、おそらくは「睦実は事故で死に、正宗は生きながらえた」ということになるのだと思います
そして、本当は一緒にいたかった正宗との時間を止めることになっていて、それが睦実が感じていた幸福なのかなと思います
自分の好きな人が未来で自分以外の女性と暮らして子どもを授かっている
この未来を受け入れたくなかったのが、睦実という人間だったと言えるのかもしれません
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、考察系のカテゴリーに入ると思いますが、もっと単純に観た方が良い作品だと思います
本作における単純性は、「乙女心」みたいな感じに集約されていて、睦実のツンデレ感というものをどう捉えるか、という感じになっています
五実の世話をさせたり、自分のペースに巻き込んでいるものの、自分以外の女子に関心を持つと「やっぱり、雄かよ」と言ってしまう痛さというものがありました
おそらく、正宗の好意を感じていて、それを利用していると思うのですが、自分の思い通りにならないと癇癪を起こしているように見えます
この世界が生まれたきっかけは工場爆発ですが、それぞれは「このままの世界で良い」と考えることになっていて、それで時間が止まっているように見えます
実際には、死の間際の走馬灯を繰り返しているようなもので、その世界から逸脱すると消えてしまうという感じになっていました
いずれは全ての人が消えてしまうのですが、それは全ての人が変化を望むと言うよりは、現実から飛び越えて五実がやってきたことが要因のように思えてきます
本作は、少々の哲学と少々の思い込みが溢れている作品で、作家性と言うものが全面に出ているような印象を受けます
自分の中にある完結性を表現しているのですが、それが効果的に伝わっている感じがしないのですね
でも、その少ない情報を元にあれこれ言うのが楽しい作品でもあると言えます
ターゲットに即している感じになっていますが、一般ウケは全くしない作品なので、口コミで広がるタイプではありません
アニメーション映画は大きく分けると2つに分けられるのですが、一つはかなり大衆向けに落とし込んだ作品で、大体はテレビシリーズの延長線上になります
もう一つは、かつてはOVAで展開されていたマニア向けの作品で、テレビの延長線上だとしても「深夜枠」のようなものになっています
コアを目指すか、大衆を目指すかは制作サイドの思惑になると思いますが、これまでのアニメーション映画の歴史を見ていると、完全な二極化の道を歩んでいて、稀に「マニア向けなのに大衆ウケする」と言う作品が生まれていきます
大衆ウケする要因の一つとして、一般層でも入り込みやすい題材が選ばれ、ファンタジー路線を行ったのがジブリで、ボーイミーツガールを行ったのが『エヴァ』シリーズや『君の名は』になるのかなと思います
考察系で盛り上がるのはニッチなので、一部の界隈では掘り下げが進みますが、それ以上には広がらないし、掘り下げまくった考察について来られる一般人はいないと言う印象があります
その掘り下げを語るための前提の知識というものが必要になっていて、その共通言語は過去の同等の作品が生み出してきたものだったりします
閉鎖空間で楽しむものが一般化すると寂しくなってしまうものではありますが、それは「自分だけが理解したと言う特別感」を持ってしまうからなのかなと思っています
作品を通して、自分の閉鎖空間と対話することになるのですが、それを語り合える空間というのは開かれていない方が良いのですね
そう言った意味においては、マーケティングには結びつかないような気がするのですが、実のところ、掘り下げの深い作品ほど、世界観を構築するためのグッズが売れてしまうのですね
本作も、そちらの方を掘っていく作品だと思うので、そう言った人向けとしては、このレビューは軽めなのかもしれません
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP: