■目の前にベンチがあったとして、あなたならどこに座りますか?
Contents
■オススメ度
オムニバス形式の会話劇に興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.12.30(アップリンク京都)
■映画情報
情報:2024年、日本、86分、G
ジャンル:ベンチ周辺で会話する人々を描いたオムニバス映画
監督:奥山由之
脚本:生方美久&蓮見翔&根本宗子&奥山由之
キャスト:
【第1編:残り者たち:Letfovers】
広瀬すず(リコ:将来に悩む保育士)
仲野太賀(ノリくん:残業だらけのリーマン、リコの幼馴染)
【第2編:まわらない:Sushi Dosen‘t Go Around】
岸井ゆきの(ナナ:彼氏に不満のある彼女)
岡山天音(カンタ:バイクファッションが好きなナナの同棲相手)
荒川良々(偶然ふたりの近くに来た地元民)
【第3編:守る役割:The Gurdian‘s Duty】
今田美桜(東京に男を追いかけてきた姉、ホームレス)
森七菜(姉を連れ戻しにきた妹)
【第4編:ラストシーン:THE FINAL SCENE】
草彅剛(ベンチを調べに来た職員役の俳優)
吉岡里帆(ベンチを調べに来た職員約の女優)
神木隆之介(映画監督)
【第5編:さびしいは続く:Missing For Good】
広瀬すず(リコ:将来に悩む保育士)
仲野太賀(ノリくん:残業だらけのリーマン、リコの幼馴染)
■映画の舞台
東京:河川敷のベンチ
ロケ地:
東京都:世田谷区
https://maps.app.goo.gl/7t5PxkNfqXgWPeab7?g_st=ic
■簡単なあらすじ
東京のとある河川敷には、公園の跡地としてひとつのベンチだけが取り残されていた
そこに偶然訪れたリコは、幼馴染のノリくんを思わず呼び出してしまう
ノリくんはそんな理由とは知らずにノコノコやってきて、残業アピールをしながら、絶妙なリコのアプローチをスルーしていた
また別の日、同棲中のカップルのカンタとナナがホームセンター帰りにその場所にたどり着いた
ナナはカンタのファッションに呆れていて、スーパーで買った寿司を起点として、これまでの不満を爆発させてしまう
通りがかりの地元のおっさんはついつい聞いてしまい、二人の喧嘩に巻き込まれてしまった
さらに別の日、雨が降った一帯には、ベンチで寝泊まりをしているホームレスの女がいた
その女の妹は姉を連れ戻すためにやってきたが、そこで姉妹喧嘩が勃発してしまう
訳のわからない事を喚く姉に痺れを切らした妹は、とりあえずわかったふりをして話を聞くことになった
またまた別の日、そのベンチは地球外から来たお父さんの成れの果てという設定での映画が撮影されていた
俳優と女優が調査員の格好でベンチを調べるものの、噛み合わない二人は口論となってしまう
そして、リコとノリくんが他愛のない話をしてから1ヶ月後、そこには以前と違う距離感を持った二人が訪れた
ノリくんにボディアタックをするリコは、そこに建つとされる保育園を心待ちにしていた
テーマ:言葉の端に潜む本音
裏テーマ:会話のきっかけ
■ひとこと感想
オムニバス形式の物語になっていて、いわゆるワンシチュエーションの体裁になっていたと思います
とある河川敷のベンチを舞台にした会話劇になっていて、「幼馴染の進展」「同性カップルの行く末」「姉妹の諍い」「映画とリアル」「幼馴染のその後」という構成になっています
映画の中で、同棲カップルのナナの会話で「友だちのリコ」というセリフがあり、ひょっとしたら幼馴染の片方のリコと同一人物なのかなと思わせたりします
関連性のない内容に思えますが、どのシチュエーションにも共通しているのは、「ポロッと出る本音を意図的にスルーしてマウントを取る」みたいなイメージでしょうか
聞いているんだけど、聞こえていないふりをして、わかっているけどわかっていないふりをする
ノリくんも自分もガツガツ行きたいところを押さえてリコに本音を言わせているし、カンタも変えたくないけど変わったふりをしたいというふうに見えてしまいます
それをわかった上で負けてあげている人がいて、結局のところは手のひらで泳がされているのかな、と感じました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
第4編だけが異質の物語になっていて、好き嫌いが分かれる作品になっていたように思います
とあるベンチの使い方が他とは違うのですが、それを想像力が豊かと取るか、同じ舞台で戦っていないと取るかは人それぞれのように思います
面白ければOKなら、好意的に受け入れられるのかも知れません
映画は、ベンチを何に捉えるかという視点の違いもあって、「残り者たち」では「会話のきっかけ」になっているし、「回らない」では「第三者を呼ぶツール」になっていました
「守る役割」では「本音の装飾」になっているし、「ラストシーン」では擬人化されたものになっていました
どのようなお題で脚本を作ることになったのかはわかりませんが、人物関係も全て違うものにしているのには意味があるのでしょう
幼馴染、カップル、姉妹となっていて、親子だけはいないように見えて実はベンチが父になっていたりします
ベンチが父を普通に親子の会話劇にすると限定されるのと、各話によってカメラワークに違いを持たせている事を考えれば、実験的に思える第4編ありきで映画が作られているのかな、と感じました
■ベンチは何のメタファーか
本作における「ベンチ」は、撤去される寸前であり、過去の記憶を有するものとして登場していました
そこに訪れる人たちにも連続の記憶があり、幼馴染、カップル、姉妹、仕事仲間(実は親子)という感じになっていました
その中で、幼馴染が「ベンチでの会話によって関係性が変化した」とも言え、ベンチそのものが過去の記憶だけではないことを示しています
過去をもつ人々が集うベンチは、いわば「人生の交差点」であり、「孤独と連帯の境界線」であり、「時間差を生じさせるもの」とも言えます
第2編のカップル編では、二人の前に謎のおっさんがやってくることでカップルの関係性が変化していました
第3編の姉妹編では、疎遠だった姉妹の復縁が描かれていて、それぞれの人生に関わっていく様子が描かれています
ベンチには「先に来る人」と「後から来る人」がいて、その場所で落ち合うことになるのですが、これも孤独の状態から連帯へと繋がっていく役割を担っています
ベンチ自体は変化をしませんが、ベンチ自体の意味合いが変わるというものもありました
ただの休憩場所が関係を動かす鍵となっていたり、ベンチそのものが固有の存在(父親)だったというものもあります
観客側が持っているベンチのイメージを変えていく意味合いがあり、それを仕掛けているのが本作であるように思えてきますね
■この設定で物語を考えてみる
映画では、人物関係として「幼馴染」「恋人」「姉妹」「家族」を描いているので、これ以外の人間関係を引用する必要があると思います
全くの他人というものも登場するので、映画の設定以外の人間関係を探すのも難しいように思います
ざっとしたところだと、「仕事仲間」「同性の友人」「上司と部下」などのような距離感のあるものとか、「二組の夫婦(実はダブル不倫状態)」とか、「不審者と警察官」という職業的な立場を持ってくるのもありだと思います
ベンチの撤去業者と阻止する人とかも面白くて、ベンチそのものをアートに変えようとする人とか、ひたすら変わり映えのない写真を撮りまくる謎の女とか、何度も何度も計測をする謎の男なんかも面白いと思います
第1編は「残り者たち」ということで相手のいない幼馴染が描かれますが、「残り者たち」というテーマで新たな人間関係を考えると、二組の夫婦がそこで偶然出会って、高校時代の話で盛り上がる夫と別の妻みたいな構図から、残された妻と別の夫をベースにしても良いと思います
そこで、この男女に何かが芽生えるでも良いですし、元々関係があったことが仄めかされるというものありでしょう
第2編は「まわらない」ということで、親密なはずの二人に部外者が絡むという状況で、会話が噛み合わないという面白さがありました
これに付随する関係だと、中学時代の友人同志が高校で再会するもガリ勉とヤンキーになっていて、そこに通りすがりの老人がやってくるとかでしょうか
その老人の正体が実は二人と関わりがあった人であることが最後にわかるというパターンでしょう
第3編は「守る役割」ということで、一人の暴走を止めるもう一人という構図なので、「やめようとしている社員と止める社員」「上司にブチ切れている社員と止めようとする社員」などの社会的な関係がわかりやすいですね
会話が盛り上がる中で、お約束として「熱量が逆転する」という流れになり、止めようとしていた方がヒートアップしてしまい、偶然そこにやってきた上司を殴ってしまう、みたいな展開になると思います
第4編は「ラストシーン」というお題で、ベンチそのものを別の何かに置き換えるというアイデアでした
調査員の実は父親だったというもので、擬人化というアイデアでは意味がないと思います
なので、ベンチには意思がないけれども「角の欠けているところを溺愛する女」とか、「納得いくまで何度も塗り直す塗装業者」みたいなものになると思います
どのパターンが面白く感じるかは人それぞれですが、意外と色んな設定を思いつけるものですね
皆さんもアイデアのトレーニングに考えてみてはいかがでしょうか?
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画のラストでは「さびしさは続く(Missing For Good)」という章で結ばれ、幼馴染の再会が描かれていました
この二人の進展があったかなかったかは何とも言えないのですが、タイトル的には「進展なし」のように思います
英題の意味は「もう二度と戻らない」という意味になりますが、実は「前の関係性には戻れない」という意味もあって、この二人が進展したとしてもこのタイトルをつけることができます
邦題の方は進展してしまうと意味が通じませんが、カップルになったとしても「さびしさが解消されるわけではない」という状況は生まれます
それは「さびしさを晴らすために寄り添うだけ」という精神性が起こすもので、二人の関係性が消極的ゆえに起こってしまうとも取れます
ベンチを介して動いていく人間関係も、時には根底にあるものの解消につながるものもあれば、傷を舐め合うだけの瞬間的なものになってしまう場合もあります
映画がどちらを意図しているかはわかりませんが、本当の意味で寂しさをなくすためには、この幼馴染が恋人になってもダメなように思います
でも、止まり木としての効果はあるので、無意味とは言えないのでしょう
問題は、本当のパートナーが現れた時に一方的に解消ができるかどうかだと思います
映画では、様々な人間関係が描かれていましたが、個人的には「まわらない」のおじさんがツボに入りましたね
そこにいるだけで面白いというのはすごいことで、日常でもたまにこんな人がいるなあと思い出してしまいます
彼に見えているものがカップルに見えていないし、なんでいるのかもわからないし、なんで絡んでくるのかもわかりません
初動を間違えたためにズルズルと引きずられているところもツボで、そう言った楽しみがあるのも、オムニバスならではの展開なのかな、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/102390/review/04608416/
公式HP:
https://spoon-inc.co.jp/at-the-bench/
