■既存のアイデアの組み合わせを映像で示し、ストーリーを紡ぐことができるのが、映画としての強みであると思う
Contents
■オススメ度
津軽の漆に興味のある人(★★★)
堀田真由さんが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.9.4(アップリンク京都)
■映画情報
情報:2023年、日本、118分、G
ジャンル:漆塗り職人の娘と父との関係を描いたお仕事系ヒューマンドラマ
監督:鶴岡慧子
脚本:鶴岡慧子&小嶋健作
原作:高森美由紀『ジャパン・ディグニティ(産業編集センター)』
キャスト:
堀田真由(青木美也子:津軽塗職人のお手伝い、スーパーの店員)
小林薫(青木清史郎:津軽塗職人、美也子の父)
坂東龍汰(青木ユウ:美也子の兄、美容師)
坂本長利(青木清治:美也子の祖父、介護施設入所中)
片岡礼子(多美子:数年前に出て行った美也子の母)
オダギリユタカ(多美子の夫)
宮田俊哉(鈴木尚人:花屋の青年)
酒向芳(竹村:旅館の経営者)
松金よね子(京都から来た旅館の客)
篠井英介(京都から来た旅館の客)
サワダハンナジョイ(旅館を訪れるオランダ人)
鈴木正幸(八百屋のおっちゃん)
ジョナゴールド(細井:介護福祉士)
王林(結婚式場のスタッフ)
木野花(吉田のばっちゃ:美也子の心の支え、隣人)
■映画の舞台
青森県:弘前市
ロケ地:
青森県:弘前市
旧三和小学校
https://maps.app.goo.gl/hUe6QEUYPMhjQow67?g_st=ic
石湯旅館(竹村旅館)
https://maps.app.goo.gl/zPWxDdSWZv6TYCad8?g_st=ic
旧弘前偕行社
https://maps.app.goo.gl/QQCAjmvvsmh8YotBA?g_st=ic
さとちょう(スーパー)
https://maps.app.goo.gl/DfUGxU9Xn38xZ5rGA?g_st=ic
あべフローリスト(花屋)
https://maps.app.goo.gl/RC48n3zzq1geJkrE8?g_st=ic
弘前市立観光館
https://maps.app.goo.gl/bSFapG41CBes5UFt6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
青森の弘前にてスーパーの店員をしている美也子は、父・清史郎の漆工房の手伝いもしていたが、肝心な作業は任されていなかった
兄・ユウは工房の跡を継がず、美容師として働き、実家にはたまに顔を出す程度だった
祖父・清治も漆塗職人だったが、怪我をきっかけに引退し、今では地元の介護施設に入所していた
ある日、結婚式場に納品に行った美也子は、そこで兼ねてから気になっていた花屋の青年・鈴木と出会う
簡単な挨拶を交わしただけで有頂天になった美也子は、日を変えて彼の店へと出かける
何気ない会話を交わしながら、一輪の花を買って帰った美也子だったが、そこにユウがやってくる
ユウは父と美也子に話したいことがあると言い、夕方に時間をとってくれ、と言う
そして、その時刻になると、ユウは鈴木を連れて来た
そこで美也子は、衝撃の事実を聞かされ、それによって清史郎も作業が手につかなくなってしまうのである
テーマ:伝統と心意気
裏テーマ:イノベーション
■ひとこと感想
漆塗職人のお仕事ムービーがベースになっていますが、静かなドラマと今風のネタがふんだんに盛り込まれていましたね
個人的には堀田真由さんを観に行ったのですが、彼女の表情の作り方が丁寧で、寝顔すら絵になると言うのは素晴らしかったと思います
映画は、津軽の漆塗職人家族を描いていて、伝統工芸の伝承の難しさと言うものがテーマになっています
親子代々で続いていたものをどうやって残すかという命題があって、そこに家父長制が残っている一家というものがありました
兄の告白は今風ではありますが、親の跡を継ぐことと幸福な人生を送ることのミスマッチと言うのは、どこの家庭にも起こり得る問題なのかなと思います
漆に関してそこまで詳しくなくても、丁寧に説明がなされ、旅館の京都人が観客目線を担うことになっていましたね
後半の劇的な動きは拙速ではありますが、今の時代だと何がバズるかわからないのですが、そのあたりをしっかりと重ねていけば、もっと良い作品になったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
ユウが親の跡を継がない理由は美容師として上を目指したいと言うこともありますが、それ以上に日本にはいられないと言う感覚が強調されていました
劇中でもパートナーシップ認定のニュースが流れていましたが、公然と宣誓しないといけない人間関係はすでにおかしなものだと思います
映画は、日本の未来を描いていて、漆塗ピアノも海外でバズると言う展開を迎えます
オランダ人がそのピアノを見て感銘を受けたと言うことなのですが、普通に日本国内でバズるでも良かったと思うのですね
わざわざ国際的にした理由は、ユウの渡英と同じ理由になっていて、そこまで日本国内に未来がないと感じているのかな、と思ってしまいます
物語としても、両親が美也子の可能性を見ていないと言う設定がありました
でも、母親を理解のない女性として切り捨てるのではなく、美也子が塗ったピアノだと知らずに市民会館などで見て、自分の知らなかった世界に気づくと言うものでも良かったでしょう
物語として、親子の確執と言うところが強調されていたので、美也子のマインドの変化が「新時代への予感」だったのか、「父親への反旗」だったのかも明確にした方が良かったように思えました
■伝統工芸について
本作は、伝統工芸のひとつである「漆塗」と言うものを扱っています
伝統工芸は現在1192品目あるとされていて、主なものは織物、染色品をはじめとした布もの、陶磁器、漆器などの器もの、木工品、竹工品などの自然由来の材料の加工品、仏壇、仏具、文具などを含む道具類、和紙、扇子、和傘などの紙類を組み合わせた加工品などがあります
経済産業省の指定している「伝統的工芸品」としては、
1、主として日常生活の用に供されるものであること
2、その製造過程の主要部分が手工業的であること
3、伝統的な技術又は技法により製造されるものであること
4、伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること
5、一定の地域において、少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること
と言うものがあります
その内容が変わった時は、指定の変更を行うことができますが、事情が認められないとダメとなっています
これらは、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」と言うもので定められているもので、振興事業に対する実施要領なども公開されています
伝統的工芸品産業の補助に関しては、「伝統的工芸品産業支援補助金」と言うものが公募されていて、「振興計画に基づく事業」「共同振興計画に基づく事業」「活性化計画に基づく事業」「連携活性化計画に基づく事業」「支援計画に基づく事業」と言う規定があり、これらは伝産法の項目に書かれています
交付額に関しては、補助率などの細かな計算がありますが、原則50万円とされています(年間)
この他にも様々な補助金や支援制度があるので、いろんなものに申請をすることで、少しでも未来に繋がるのではないでしょうか
■勝手にスクリプトドクター
映画は、お仕事系の側面が強く、付随するヒューマンドラマとして美也子の恋愛と親子関係というものがありました
お仕事紹介パートはとても緻密で良かったと思いますが、ヒューマンドラマの方が少し弱い印象があります
ヒューマンドラマは「変化」を描くもので、主人公が映画の時間を通してどう変化したのかを描くことになります
その変化のためにある「人間関係」の中に「恋愛(異性)」「家族」「環境」というものが付随します
物語が始まる時の美也子の状況は「父の手伝いをしている」「家計のためにパートをしている」という二つのことをしていて、一言で言うと「何をすべきかわからず、事柄に集中していない」と言うものがあります
この「散漫」を「集中」に変える転機が「1stプロットポイント」と言う第一の転換点(=異世界への入り口)と言うものに当たります
映画では、パートの仕事の失敗(=不向き)で、漆も中途半端(=不認可)と言う状況になります
この状態から「異世界」的な状況になるのは、どちらからも距離を置くと言うことになります
スーパーからも離れ、漆からも離れることになりますが、その時にメンター的な存在が登場します
映画では、兄もしくは鈴木がその役割に該当し、その起点となるわかりやすいエピソードは「兄もしくは鈴木の仕事を見る」と言うことになります
兄ならば兄の店に行って髪を切ってもらうことになり、鈴木ならば彼の店に行って仕事の哲学を学ぶことになります
映画では、どちらも描かれますが、美也子が漆からは離れていないので不十分なのですね
最終的に集中に至るためには「対象への渇望」と言うものが必要になり、彼女が「漆をやりたい」と強く思う必要があります
なんのために漆をやりたいのか、と言う原点に向き合うことになるのですが、映画のテイストだと「父への尊敬」になるでしょう
漆から離れた美也子が、父の仕事を第三者的に誉められているのを聞くとか、貶されているのを聞くと言う感じになるのですが、効果的なのは「兄が漆を否定し、鈴木が肯定する」と言う流れになると思います
ここで、兄が漆を継がない理由が判明し、それは未来がないからなのか、父が嫌いなのかがはっきりするのですね
この理由に対して美也子は憤り、父への尊敬を再確認し、反骨心を見せることになります
その後、心を入れ替えた美也子は漆の修行を始めますが、最大の難関(ミドルポイント)というものが訪れます
それが彼女の「物語の始まりの原因」でもある母との再会に当たります
母との再会にて、頭ごなしに母に否定された過去を思い出し、同時にそれを否定する父を思い出すことになります
これが父への尊敬の要因のひとつになっていて、この絆を強固にしたいと考えるきっかけになります
二人三脚で漆に向き合い、順調に見えるのですが、この先に「美也子だからこそできること」というものが生まれる必要があります
これが「2ndプロットポイント」と呼ばれるもので、父の庇護からの脱却へと向かうのですね
本作だと、未来がないと思われている漆の可能性を探るということで、それがピアノを漆で塗るというアイデアへと向かいます
これまでの父には思いつかなかった対象物と、漆の技術を使った新しい模様などのアイデアが盛り込まれ、それが従来の漆の概念を想起させることに繋がります
でも、その新しいものに対して反発するのが父の役割で、漆の技術をそんなことに使うなと、いうような流れになるのですね
これを戒めるのが第2のメンターとなる祖父の存在になります
ここで、父の幼少期の物語が登場し、たとえば積み木の色付けに漆を使ったというような奇抜なことをしていたことが判明します
父は伝統工芸の職人と生きるうちに、伝統言うものに凝り固まり、それが家族関係にも影響を及ぼしていたことを悟るのですね
そして、美也子のピアノの完成によって、童心(=原点)に立ち返ることになります
物語の結びは「美也子の変化と成長を誰が認めるのか」と言うところに行き着きます
ここまで書くと答えは一つしかなく、それは「母親」であると言えます
母が展覧会などで美也子のピアノをみて、そして父の漆塗の積み木のエピソードを思い起こすことになる
そうして、親子の和解が起こり、それがムーブメントになっていくことに繋がります
エピローグとして、そのピアノを海外から見た兄と鈴木が絶賛し、それが海外で拡散されて話題になる、と言うものでも良いでしょう
これらの流れによって、美也子の変化というものが生まれ、同時に戦う場所も変わっていきます
そうした先に未来を感じられるようになれば良かったのではないかと感じました
以上、原作のことを完全に無視した「さいつよシナリオ」でした
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、劇中で登場する漆のように、丁寧に塗り重ねられた作品でした
あまりにも丁寧なので、テンポはスローに感じるのですが、それはそれで良いと思います
淡々とした作業を取り扱うので、それに準じた流れになると思うのですが、緩急に関しては少なめのように思えます
個人的に「おお!」と感じたトリガーは「結婚式の様子を眺める鈴木の表情」と、それに付随する「結婚式ができない悲哀」の流れでしたね
漆関連はじっと見入る感じになっていて、その道具はそのように使うのかと感心する部分もあり、説明を外部に委託する構成になっているのは良かったですね
漆に関して清次郎がくどくど語るとさらにテンポが悪くなるし、聞く相手(美也子)はすでに知っていることなので、知らない人への説明になり得ません
観客の理解度、知名度は制作段階ではわからず、ある程度想定するとは思いますが、低すぎても高すぎても訴求効果が落ちてしまいます
キャッチコピーの世界などでも、誰もが知っている言葉をどう組み合わせるかということと、言葉のもつイメージを裏切りながら、既存の組み合わせとは違うものを生み出していきます
基本を伝え、通常の漆の概念を超えたものは何か?
それがうまく伝わると、本作の意義は高まると言えます
本作における「漆の新しい概念」は、リノベーションということで、既存のものに新しい施しをして価値を生み出すことになります
使われなくなったピアノを漆で塗ることで、楽器としての役割と、本来軽視されがちだったピアノ自体の造形に対する価値を取り戻すことに成功しています
ピアノも漆も元々あったものであり、新しいものを生み出したわけではありません
でも、この組み合わせの妙が、まるで新しい価値観を生み出したように思えてくるのが不思議なところだと感じました
ピアノに漆を塗るということは、ギターなどの楽器全般に適用することが可能となります
また、ビジュアルを考えるなら、例えばミケランジェロなどの石像のようなものを木彫りで再現し、それを漆でペインティングすることもできるでしょう
実用的なことを置いておけば、オブジェクトとして「クラシックカーを木製を再現し漆塗りをすることも可能」になります
この漆塗カーの存在は、漆を金属の上に塗ることが可能なのかという挑戦を生み出すことになりますし、元々撥水性を持っているものなので、コンセプトカーを生み出すことにも繋がります
このような可能性を映し出すことで、伝統工芸の未来を提示することもできるし、従来型の食器などへの塗装に興味が湧かなかた人も、他のものを塗るという技術の習得のために学ぶということも起きてきます
映画は、既存の価値を移すのと同時に、新しいアイデアを具現化できる力を持っています
誰もが「なんとなく頭の中に描いていそうなもの」というものを映像として提示できる力があり、本作では「漆塗のピアノ」というもので訴求することができていると感じました
その先の広がりに関しては蛇足になるかもしれないのですが、エンドロールなどで「こんなものに漆を塗ってみた」みたいなコンセプトで、いろんな作品(現在の挑戦も含めて)を展示していけば、さらに深みを増したのではないでしょうか
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/