■看過してしまった異変を上書きするために、イルの怒りは利用されてしまった
Contents
■オススメ度
おぞましい復讐劇を堪能したい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.5.23(アップリンク京都)
■映画情報
原題:크리스마스 캐럴(クリスマス・キャロル)、英題:Christmas Carol
情報:2022年、韓国、130分、PG12
ジャンル:双子の弟の復讐のために少年院に入った兄を描いたスリラー映画
監督・脚本:キム・ソンス
原作:チュ・ウィンギュ『크리스마스 캐럴(2016年)』
キャスト:
パク・ジニョン/박진영(チュ・イル:双子の弟を殺された兄)
パク・ジニョン/박진영(チュ・ウォル:イルの双子の弟、18歳、知的障害者)
ナ・ホスク/나호숙(イルとウォルの祖母)
キム・ヨンミン/김영민(チョ・スヌ:イルに肩入れする少年院のカウンセラー)
ホ・ドンウォン/허동원(ハン・ヒサン/狂犬:暴力的な少年院の教官)
ファン・インソン/황인성(コ・バンチョン:新しく入ってくるいわくつきのワル)
ソン・ゴニ/송건희(ムン・ジャフン:凶悪犯のリーダー)
ソ・ジンウォン/서진원(チェ・ヌリ:ジャフンの取り巻き)
キム・ジョンジン/김정진(ペク・ヨンジュン:イルを襲うジャフンの取り巻き)
キム・ドンフィ/김동휘(ソン・ファン:ウォルの唯一の親友、ジャフンにいじめられている受刑者)
キム・ビョング/김병구(チョ・デギュン:受刑者)
ユン・ジュノ/윤준호(キム・ボムギュ:受刑者)
ナム・ジウ/남지우(ジャフンの弁護士)
ユン・ユソン/윤유선(ジャフンの母)
パク・ドンイル/박동일(ウォル事件担当の刑事)
ソウン/서은(事件を隠蔽するソーシャルワーカー)
キム・インチョル/김인철(公団追い出しのリーダー)
ソン・ビョンウク/손병욱(公団解体のリーダー)
ジョンホ/종호(ヨンチョル:公団追い出し時の同僚?)
キム・ジミン/김지민(公団の住民の女性)
チョ・ソンハ/조성하(公団の住民の子供)
キム・ヘジョン/김혜정(公団の住民のおばあちゃん)
チョ・ユンサン/조윤상(矯正指導員)
ハ・フェジョン/하회정(矯正指導員)
チャン・ヒョンドン/장현동(チョ・スヌに声をかける刑務所の受刑者)
チョン・ヘギュン/정해균(チョ・スヌの弁護士)
■映画の舞台
韓国のどこか
アントン少年院(架空)
ロケ地:
韓国のどこか(不明)
■簡単なあらすじ
双子の弟ウォルの死体が貯水庫から見つかり、それは事故として処理されてしまった
兄イルは、弟を殺した犯人を見つけ出し、暴行事件を起こして、犯人のいる少年院へと入り込む
イルの執念に驚くジャフンだったが、少年院には彼を止めようとするカウンセラーのスヌや、暴力で受刑者を支配しようとするヒサンもいて、思うように動けなかった
ジャフンは取り巻きたちとつるみながら、ウォルの友人ファンをパシリに使っていて、ファンはイルに助けを求めようとしていた
ある日、スヌはイルを呼び出し、時間を指定してボイラー室に行かせる
そこでは奇妙な呻き声が聞こえてきて、しばらくするとタバコを手にしたファンが出てきた
ファンはそこで、ジャフンらの言いなりとなって、ある男の性的な慰みものになっていたのである
テーマ:聖なる復讐
裏テーマ:歌に込められたメッセージ
■ひとこと感想
弟の復讐のために少年院に入ったイルは、そこで真相へと辿り着くのですが、そのイかれた結末はなかなか後味の悪いものになっています
犯人探しをするというものではなく、どうしてウォルが死に至ったのかを知る物語でしたね
ウォルとイルを演じ分けたパク・ジニョンさんの演技が素晴らしく、同じ人物が演じているとはとても思えません
映画は「胸糞悪い展開」のオンパレードなので、はっきり言って気持ち悪い内容になっていましたね
復讐におけるイルの覚悟が多くの人に波及して、その連鎖の中である人物が覚醒するのですが、復讐を肯定するに至るまでの心理というものが細かく描かれていました
とは言え、終盤の種明かしは若干まどろっこしい感じになっていて、スピード感があんまりなかったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
弟の復讐に向かう先が少年院になっていて、そこでどのような真相が暴かれるのか?というミステリーで物語は動いていきます
匂わせ台詞が多いので、ボイラー室で起きたことで察することができれば、犯人の心理も浮かび上がってくると思います
ウォルが知的障害者で、それによって彼の言いたいことが伝わらないと言う設定になっていました
これは知的障害者だからと言うものではなく、兄弟の関係性がそうさせていたことがわかります
前半で登場する「狂犬」が大したことなく肩透かしで、後半のバンチョンの凄みもあまり伝わりませんでしたね
イルの狂気が突出していたので、同じようなスタイルだと霞んでしまいます
狂犬がもう一度登場する流れを期待していましたが、あのまま退場したのはもったいない感じがします
バンチョンが消えたことでフリーになったはずなので、そこでひと暴れするのかと思っていました
■もの言えぬ者への蹂躙
映画では、知的障害者のウォルに対しての暴力&性暴力や、少年院内での立場を利用してのファンへの性暴力などがあり、それに対する理不尽を描いていました
ウォルがうまく話せないために、イルに対して「自分が受けた暴力」をうまく話すことができず、なんとか伝えようと「クリスマス・キャロル」を引用していました
後半になって、自宅に「サンタが来ていたこと」がわかり、それがボランティアとして訪れていたスヌであることが判明します
スヌはウィルに対して、プレゼントと引き換えに性行為を強要していて、それが祖母に気づかれていたのかはわからない感じになっていました
少年院内の性暴力は立場を利用したパワハラが付随し、ファンは生き残るためにやっていたことがわかります
ファンの場合は「声を上げること」ができないわけではありませんが、少年院内のヒエラルキーの中で、我慢することで「別の苦痛から逃れている」とも言えますね
ケースは違いますが、望まぬ性行為をさせられている点は同じで、その歪んだ性癖の吐口になっていました
このような閉鎖空間と立場を利用した性暴力は後を立たず、もの言えぬ人への仕打ちはしばしば報道されています
聖職者、教師などの「絶対的な立場の差」を利用することも多いのですが、「相手が誰にも何も言えない」と言う状況を作り出している分、気分が悪くなってしまいます
対処の方法は「見て見ぬふり」を正すことだと思いますし、可視化されていないのであれば、できるだけオープンにする方法が望まれます
でも、オープンはプライバシーの開放に繋がってしまうので、被害者側への配慮が必要になります
性暴力で声を上げられない原因として、「プライバシーの開放」とその後の「セカンドレイプ」が挙げられ、世間の興味を引くことになることで、声を上げない方へと向かう場合が多いとされています
男女共同参画局の統計によれば、「女性の14人に1人は無理な性行為の経験がある」となっていて、「全く見知らぬ人というのは10%」とのこと
また、「女性の6割、男性の7割」は誰にも相談していないのですね
被害状況としては、女性の場合は「不意に&突然」というものが多く、男性の場合は「関係性から拒否できず」というものが多いとされています
映画では、性被害を受けるのがどちらも男性で、「関係性から拒否できず」に合致しているところがリアルでもあります
■伝わらなかった理由
ウォルの訴えはかなり早い段階から起こっていましたが、イルは「相手にするのが面倒だ」という理由で、真剣に聞くことはありませんでした
それはファンにもなじられ、「今さら兄貴づらするのか?」と言われてしまいます
ウォルとイルの関係性は物心ついた頃からあり、イルとしても「弟が知的障害であること」に何かしらの感情を持っていたことは間違いないと思います
家族は、知的障害者の有無に関わらず、他人との関わりの中において、「自分が望まない家族情報の露出」に嫌悪感を持っています
いわゆる「おかんが出てきたら恥ずかしい」みたいな感覚で、特に青春期には「よほど理想で尊敬できる場合(自慢できる場合)」を除いて、家族のことは隠したがるものであると思います
この青春期に起こる「恥」の概念が「自分の親しき人から家族を遠ざける」という行動に移り、そして「その行動を起こさせている相手に対して苛立ちを感じる」のですね
自分の心で起こっていることでも、それを誰かのせいにしたくなって、「自分が恥ずかしいのは対象者がしっかりしないからだ」というふうに置き換えていきます
これがどうして起こるかと言うと、青春期に「学力」と言う物差しで比較が始まるから、なのですね
この目に見えるものが評価の基準になってきた時、人は誰しものが「自分を優位に見せる武器」と言うものを探し始めます
武器の中で最もわかりやすいのが「家庭」で、貧富、母の年齢、父の職業、兄弟姉妹のヒエラルキーなどであると言えます
映画のイルの場合は「両親は不在なので貧富は最悪」で、母の年齢も父の職業も共通の話題に出せません
そうなると「兄弟姉妹」が槍玉に上がるのですが、知的障害者の弟を持っていると言うことが、イルの中で大きな枷になっているのですね
こればかりは、情操教育などでフォローしたり、世間の空気を変えるしかなく、誰にでも起こってしまうことだと言えるのではないでしょうか
イルは「ウォルのせいで」と言う枕詞を使うことで、自分の不遇を緩和しているのですが、それを本人に言うわけにはいかないので、あのような接し方になってしまいます
彼らの生活はあまり多くは語られませんが、「取り壊し公団の立ち退きの裏バイト」が生計を支えていましたね
ウォルもコンビニで働いていて、生活に余裕がない分、精神的な余裕も無くなっていました
兄弟間は仲が良くてベッタリの場合もあれば、イルとウォルのように距離の取り合いをする場合もあります
また、どちらもが距離を取ろうとして利害関係が一致していている場合もあります
「何かあれば喧嘩になるだけだ」と、自身の精神的安定を考えた距離感を探るのですが、イルとウォルの場合だと「イルは距離を取りたがり、ウィルは距離を詰めたがる」ので、いつまでも平行線になってしまいますね
元々「距離を取り合う間柄」で、「急な接近がある」とおかしく思うのですが、日常の延長線上のような距離感になっていて、かつウィルがうまく表現できないことが不幸を招く結果になっていました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作では、そんなことをしないと思われがちな人が犯人になっていて、そのネタバラシに対して、イルの理解が追いついていいない、と言う感じになっています
一応、クリスマスキャロルがヒントになって真相に追いつきますが、それは全てが終わった後になっていました
前半では、狂犬によって院内のヒエラルキーを描き、中盤にバンチョンを投入することで、ヒエラルキーの崩壊を描いていきます
これがテーマと連動していて、些細なことで「立場が変わること」を示唆していました
この「一見強固に見える脆い立場」と言うものはどこにでもあって、脆さを支えているのは偏見や思い込みであることがわかります
なので、この思い込みの強さがイルの理解を遅らせているのですが、同時に彼の思い込みの強さを利用し感化されたのがスヌと言う人物だったとも言えます
スヌとしては、相手の状況を気にしないまま「いつものこと」をしたのですが、この「いつものことに至る」と言う精神状態がかなりヤバいのですね
これはイルにも同じことが言えて、「同じように見える日常の変化」について敏感さと言うものが、本作のような悲劇を防ぐ手立てになっていると言えます
もし、ウォルの様子を変だと感じていたら違ったでしょうし、「イルとスヌの両方にあったはずの違和感」をどちらもがスルーした結果、最悪の結末に至っていると言えます
この最悪の結末に対して、どちらもが心の折り合いをつけていて、特にスヌは「やるべきことをした感」に酔いしれていると言えます
イルの怒りがジャフンたちに向かったことで、スヌなりの心の整理が始まり、そして「自分を肯定する存在としてのイルの登場」によって、スヌは「ある決意」を胸にします
それを純粋なウォルへの愛というのかはわかりませんが、彼自身の達観はそれを真実だと上書きしていきます
そう言った意味において、スヌと言うのは「自分の壊れた心をケアする方法」に長けていると言えるのかもしれません
気持ち悪い話ではありますし、イルとしても心の拠り所を失ったままになっているので、スッキリしない物語になっているように思えました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/387143/review/9daa0b03-4782-4308-bf26-837396299f1a/
公式HP:
https://seinarufukushusha.com/