■崖の上から世界を見ると、その危うさに気づけるのかもしれません
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■オススメ度
中国映画に興味のある人(★★★)
地味系のスパイ映画が好きな人(★★★)
■公式予告編
https://youtu.be/TwVyzsDeers
鑑賞日:2023.2.16(アップリンク京都)
■映画情報
原題:悬崖之上(崖の上)、英題:Cliff Walker(崖を歩く人)
情報:2021年、中国、120分、PG12
ジャンル:満州にて日本軍の施設から逃げ出した同胞を救う使命を受けた特殊工作員を描いたスリラー映画
監督:チャン・イーモウ
脚本:チュアン・ヨンシェン&チャン・イーモウ
キャスト:
【中国共産党スパイ落下傘チーム】
チャン・イー/张译(チャン・シエンチェン/张宪臣:ワン・ユーの夫、シャオランのペア、チームのリーダー的存在)
チン・ハイルー/秦海璐(ワン・ユー/王瑜:チャン・シャンチェンの妻、チュー・リャンのペア)
チュー・ヤーウェン/刘浩存(チュー・リャン/楚良:シャオランの恋人、ワン・ユーのペア)
リウ・ハオツン/朱亚文(シャオラン/小蘭:チュー・リャンの恋人、チャン・シエンチェンのペア)
【特務警察】
ユー・ホーウェイ/于和伟(ジョウ・イー/周乙:特務課長)
ニ・ダホン/倪大红(ガウ科長/高科長:特務警察のジョウ・イーたちの上司)
ユ・アイレイ/余皑磊(ジン・ジーダー/金志德:車をパクられる特務警察、ジョウ・イーの親友)
リ・ナイウェン/李乃文 (ル・ミン/鲁明:特務警察の軍曹)
チュウ・シャオハン/周晓凡(シャオモン/小孟:メイドに扮する特務警察)
レイ・ジャーイン/雷佳音(シャオ・ズーロン/谢子荣:特務警察を裏切る男)
【その他】
シャ・イー/沙溢(ラオ・フェン/老冯:チャンたちを助ける諜報員)
ヨンシェン・チェン/陈永胜(ワン・シヨン/王子阳:諜報員)
ワン・ナイシュン/王乃训(チャオ・チェン/小郑:諜報員)
ジ・ファンボ/纪焕博 (諜報員)
マ・ルイハン/马睿瀚(諜報員)
チョウ・イー/赵毅(ラオ・ハン/老韩:薬局のオーナー、ジョウ・イーの連絡係)
アン・ドン/安冬(女性軍人)
ハン・ハオリン/韩昊霖 (チャン・シエンチェンとワン・ユーの息子)
チェン・ユトン/陈语桐(チャン・シエンチェンとワン・ユーの娘)
ダニー・ルイ/芮丹尼(ルーマニア大使館のウェイター)
フェン・リー/冯粒(ハメられて捕まる男性旅行客)
チャオ・ルイ/曹瑞(駅の改札係)
ルー・チャンゲン/逯长恩(古靴の修理屋)
チャンシュウ・ソン/松天硕(タクシーの運転手)
ヌー・シャオニー/牛晓宁(本屋の司書)
ディン・ジデ/丁子迪(銃殺される女囚人)
ヤン・レイ/燕磊(銃殺される囚人)
ユアン・ホンヤン/袁红阳(銃殺される囚人)
バイ・エン/白恩(列車にいるスパイ)
チンシャン・フォン/封新天(監獄の医師)
ユジア・チー/齐羽嘉(手術室の軍医)
■映画の舞台
1934年
満州:ハルビン
ロケ地:
中国:黑龙江省牡丹江市海林市
雪郷国家森林公園
https://maps.app.goo.gl/E2g6T1DTrRRhLAyp8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
1934年、満洲国ハルビン近郊に、4つの落下傘が舞い降りた
彼らの任務は「ウートラ作戦」と呼ばれる秘密裏の作戦で、ひと組の夫婦とひと組のカップルが相手を違える形でペアを組まされていた
チームの中心になるのはチャン・シエンチェンで、妻ワン・ユーは若年のチュー・リャンと組んでいる
彼はチュー・リャンの恋人シャオランと組まされていて、それが組織の命令だった
彼らは中国共産党と繋がっている部隊で、その動きを恐れているのが特務警察だった
特務は中国共産党内部にもスパイを張り巡らせ、彼らは行く先々でシンパと敵とを見分ける必要があった
彼らは一冊の教書を暗号にしていたが、中共内でも裏切り者がいて、それすらも筒抜けになってしまう
そして、ハルビンに侵入することに成功するものの、シャオランはチームから外れ、チャンも敵に拿捕されてしまうのであった
テーマ:約束と裏切り
裏テーマ:国に尽くしながら、個を生きる方法
■ひとこと感想
満州事変の頃に起きた事実をベースにしていると思いますが、ことのほかファンタジックに思えてしまいます
その理由の一つとして、夫婦と恋人同士を混ぜ込んだことと、どう見てもエージェントに見えない無垢な少女の配役と言うところでしょうか
映画内のキャラはかなり多くて、敵味方がわからないのはまだしも、今どこにいるのかを把握するのも難しいですね
ハルビン行きの列車がマークされたことで途中下車し、そこから一本後の列車に乗ったようですが、その後の味方との合流であるとか、そこからの裏切りの連鎖など、彼ら以上に観ている側が混乱する流れになっていました
最低限、公式HPの中共スパイ4人と特務5人の顔だけは判別できるように予習しておいた方が良いと思います
また、その他のどっちかわからない連中もたくさんいますが、どっちであるかを認識する必要はあまりないでしょう
特務のシャオモンの顔がわかれば、最後の邸宅で何が起きたかぐらいは理解できるのではないでしょうか
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
キャスト情報欄を作るときに地獄を見るアジア映画なのですが、本作はまだ公式HPがまともだったので、簡体字をどうやって入力するかに苦慮ぐらいで済みました
一部、ハルビンに入ってからの敵味方が不明瞭ですが、そこまで重要でもありません
映画は、ウートラ作戦の本当の目的がサプライズになっていて、それを知らされぬまま命を落とすことになった悲哀が描かれています
そんな中、特務にいながら中共のスパイとして暗躍していたジョウ・イーが、生き残ったワン・ユーに人道的な配慮を示し、シャオランも無事にハルビンを離れることができるようになっていました
ラストはガオ科長が決定的な証拠を入手できずにジョウ・イーを取り押されることができなかったのですが、彼が怪しいとは睨んでいるようですね
映画はこの作戦の前後で何が起こっていたかを知ることで、より一層楽しめる内容になっていると思います
■作戦前後の時代背景
映画の舞台である満洲は、1932年から1945年に中国に存在した日本の実効支配による傀儡国家のことを言います
1912年に「清王朝」が滅亡し、中華民国(北京政府)」が清領土の継承を主張します
その後、袁世凱臨時大統領と中国国民党の孫文との間で対立が起こり、中華民国は分裂し、内戦状態に陥ります
当時の満洲には張作霖がいて、彼は日本の後押しもあって台頭し、奉天軍閥を形成して実行支配に踏み込みます
その後、張作霖が日本軍によって殺され、息子の張学良は1928年に奉天軍閥を国民政府(南京政府)に帰順(易幟=降伏事件)されました
実務的な部分は奉天軍閥による支配がありましたが、満州には「青天白満地紅旗」が揚げられるようになります
「青天白満地紅旗」は赤をベースにして、左上に青で塗られた部分があり、その真ん中に白い太陽が輝いています
1929年、日本は南京国民政府を中華民国の代表として正式に承認し、1931年9月18日に「満州事変」が勃発します
これにより、関東軍が満州に進軍し、全土の占領が行われました
関東軍主導のもと、満州は中華民国から独立を宣言し、1932年に満州国が建国され、その元首として、愛新覚羅溥儀が就くことになりました
映画の舞台は満州国建国直後の1932年の冬で、1921年に創設された中国共産党は1930年に武装蜂起をして、1931年に江西省にて「中華ソビエト共和国臨時政府」を樹立します
主席は毛沢東で、1934年(映画内の2年後)に中華ソビエト共和国臨時政府は日本に対して宣戦布告を行います
その後、臨時政府は中国国民党の攻勢によって政府機能は事実上停止します
1935年には中華ソビエト共和国西北連邦と称し、1936年の長征終了まで、各地で実効支配を続けてきました
映画は、日本軍の収容施設(実験施設)から逃げ出したワン・ズーヤンを助ける名目でハルビンを訪れますが、満州国の特務警察がその動きを察知して止めようと考えます
その特務警察の中にいる中国共産党のスパイがジョウ・イーであり、ガオ科長は彼をスパイではないかと疑っていました
ガオ科長の命を受けたジン・ジーダーとジョン・ウーは、組織内にいる「ネズミ」を炙り出そうとします
でも、証拠が出て来ずに、ジョウ・イーを捕まえることはできなかったというのが淡々と描かれているという構図になっていると思います
■ウートラ作戦の真の目的
本作で描かれるのは、中国共産党のスパイが日本軍の捕虜施設から逃げ出したワン・ズーヤンを確保するミッションで、それを「ウートラ作戦」と呼んでいました
この作戦の真の目的は「中国共産党内と特務警察内のスパイの洗い出し」になっていて、落下傘部隊を暗躍させることで「敵味方を区別しよう」という意図がありました
なんとかワン・ズーヤンを確保することに成功はしますが、それは当初の思惑とはまったく違ったものになっています
当初の予定では、ハルビン内にある中国共産党のアジトに出向き、そこで機会を伺ったのちに合流する予定でした
でも、そのアジトの中に特務警察のシャオモン(メイドの人)がいて、それが筒抜けになっていて、アジトに特務警察が乱入するという事態に発展します
でも、特務警察内にもジョウ・イーという中国共産党のスパイが紛れていて、特務警察は思ったような成果を挙げられません
そこでガオ科長は特務内に裏切り者がいると疑い、その目をジョウ・イーに向けます
でも、ジョウ・イーには証拠もなく、中国共産党のチャン・シエンチェンがジン・リーダーの車を使って逃げたことから、ジン・リーダーを捕まえて真相究明をしようと考えていました
ジン・リーダーには身に覚えのないことで、無論情報が引き出せるはずもありません
この誘導はジョウ・イーの主導によって行われていて、わざとジンの車を逃走車両に使わせていました
また、「ウートラ作戦」のメンバー構成を見ていると、「うまくいきそうにない人選」であることがわかります
夫婦と恋人の2ペアを用意し、それを入れ替えるのですが、ソ連で訓練をしたという割にはメンタル面が弱かったですね
銃火器の扱いも不慣れに見え、国家転覆まで視野に入るような作戦としてはお粗末な布陣になっていました
時代は溥儀の傀儡政権時なので、そこで「日本軍の蛮行(いわゆる731部隊)」を暴露することができましたが、目的は「日本の傀儡政権打倒ではなかった」のですね
それよりも、先の未来を見据えた次のステップへの布石をこの時点で張っていたのかなと思わされます
太平洋戦争自体は1941年に始まっていますが、その中国国内の影響は「満州事変〜日中戦争」に由来します
満州国の成立は世界で非難の的になっていて、華北分離工作に対する反発は強いものがありました
この映画の時代の5年後に日中戦争が勃発しますが、映画の時期はその準備段階に入っていると言えます
そこで、次代を考えるにあたって、中国共産党は政局を操作し、政権運営に関わる舵を切ろうとしていました
当時の中華民国の軍事委員会の委員長は蒋介石で、彼は中国共産党と対抗する中国国民党にルーツを持ちます
蒋介石VS日本軍の構図になり、そこで満州国の裏側で行われていた日本軍の非人道的な行為の暴露は大きな意味を持っていたと考えられます
その後、盧溝橋事件から日中戦争に向かう中で、中華民国と中国共産党は共闘関係に入り、戦後に毛沢東の台頭によって、蒋介石を台湾に追放し、中華人民共和国の建国へと向かうことになりました
このあたりは映画とは深く関わりがないので、簡単な流れに留めておきます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は暗躍するスパイを描きながら、当時の中国国内のパワーバランスの妙を描いていました
作戦の本質を知らないスパイたちが捨てられ、せめてもの救いとばかりにワン・ユーの元に子どもたちを返すことになりました
ワン・ユーたちが子どもと離れることになった理由までははっきりとはわかりませんでしたが、経済状況とか所属政党の思惑などがあったのかなと推測できます
彼らはミッションに参加することで親子の再会を果たすのですが、作戦の失敗によって、死が別つという状況に追い込まれます
そんな彼らに手を差し伸べたのが中国共産党ということで、このあたりの流れにプロパガンダが見え隠れしているように思えます
とは言うものの、主人公は中共落下傘部隊と特務警察内の中共のスパイなので、その目線で活躍を描くなら、こうなるのは必然なのかなと思いました
映画はとても地味なテイストで描かれ、緊張感のある心理戦が繰り広げられていきます
時代背景を知っていないと特務が何者かわからないでしょうし、そもそも満州国の設立経緯とか、その時の政権を担ったのはどこの政党なのかぐらいの予備知識はあった方が良いと思います
私も映画を見る前はそこまではっきりと勉強して臨んだわけでもなかったので、特務と中共が対立している構図を雰囲気で察していましたね
しかも映画の中ではっきりと「中国共産党」と出てくるのが、ジョウ・イーがチュー・リャンたちに危険を知らせるシーンだったので、意外なサプライズを感じていました
事後にわからなかったところを補完するというのも勉学のひとつですし、この映画が今公開される意味などを含めても、知っておいて損はないと思います
本作は映画内でほとんど説明してくれないパターンではありますが、中国では誰もが知る歴史の1ページだと思います
そう言った意味において、日本人の祖先があの時何をしていて、それをどう思われていたかを知ることにも意味があるのだと感じました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/385798/review/12ba5c1c-8c04-4210-b0d4-b2cd5d2852bd/
公式HP:
https://cliffwalkers-movie.com/