■あなたにも人生を語れる街がありますか?
Contents
■オススメ度
現代のパリ巡りをしたい人(★★★)
女性の不遇の歴史を知りたい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.4.10(MOVIX京都)
■映画情報
原題:Une belle course(美しい街並み)、英題:Driving Madeleine(ドライブするマドレーヌ)
情報:2022年、フランス、91分、G
ジャンル:老人ホームに向かう老女とともに散策するタクシードライバーを描いたヒューマンドラマ
監督:クリスチャン・カリオン
脚本:シリル・ジェリー&クリスチャン・カリオン
キャスト:
リーヌ・ルノー/Line Renaud(マドレーヌ・ケレール/マドレーヌ・アグノー:老人ホームに向かう老女)
(若年期:アリス・イザーズ/Alice Isaaz)
ダニー・ブーン/Dany Boon(シャルル・ホフマン:マドレーヌを乗せるタクシードライバー)
ジェレミー・ラユルト/Jérémie Laheurte(レイモン・アグノー/レイ:マドレーヌの夫)
グウェンドリーヌ・アモン/Gwendoline Hamon(ドニーズ・ケレール:マドレーヌの母、演劇の衣装係)
Hadriel Roure(マチュー:シャルルとマットの息子)
(成人期:Thomas Alden)
Elie Kaempfen(マット:マドレーヌの恋人、アメリカ軍人、マチューの父)
ジュリー・デラルム/Julie Delarme(カリーヌ・ホフマン:シャルルの妻、看護師)
Léonie Carion(ベティ:シャルルの娘)
Jacques Courtès(ダニエルの声:シャルルの兄)
Christophe Rossignon(裁判所長)
Christian Carion(マドレーヌの公証人)
Philippe Beautier(信号無視で止める警官)
Meryl Mourey(マドレーヌの話を聞く婦警)
Nadir Legrand(乗客の銀行員)
Sylvie Audcoeur(レストランのオーナー)
Romy Milelli(レストランのウェイトレス)
Tom Hudson(老人ホームの介護士)
Juliette Steimer(老人ホームの受付の女性)
Christian Mupondo(老人ホームのケアマネージャー)
Alexandra Mercouroff(老人ホームの院長の声)
Carl Laforêt(路駐のシャルルに怒鳴るドライバー)
■映画の舞台
フランス:パリ
ブリ=シュル=マルヌ/Bry-Sur-Marne(マドレーヌの実家、スタート地点)
https://maps.app.goo.gl/p24Ej6e9HT5ehiwu7?g_st=ic
ヴァンセンヌ/Vincennes(マドレーヌの生家、父の墓標)
https://maps.app.goo.gl/HBAVQVqiCVYHBiJM9?g_st=ic
パルマンティエ通り/Ave Parmentier(スプレンドール劇場があった周辺)
https://maps.app.goo.gl/rAsGa3YDcg191FwLA?g_st=ic
パレ・ド・ジャスティス/Palais De Justice De Paris(裁判所)
https://maps.app.goo.gl/cJUVshNYueinvjFU8?g_st=ic
クルブヴォワ/Courbevoice(老人ホームのある場所)
https://maps.app.goo.gl/SHejoWtiTGHgS1T77?g_st=ic
ロケ地:
フランス:パリ
■簡単なあらすじ
失職の危機寸前のタクシードライバーのシャルルは、家計が落ち着かず、医者の兄・ダニエルに助けを求めようとしていた
ある日、そんな彼の元にブリ=シュル=マルヌ(パリの東南)からクルブヴォワ(パリの北西)に行く老女を連れて行く仕事が入る
少しでも稼ぎたいシャルルは仕事を快諾し、出発点へと向かった
そこにいたのは老人ホームに向かうマドレーヌという女性で、彼女は「寄り道をしてほしい」とシャルルにお願いする
生家や昔働いていた劇場跡などを見て回っていた2人だったが、赤信号無視をしてしまい、警察に止められてしまう
だが、マドレーヌの機転で難を逃れることができた
マドレーヌは「心臓に持病があって」と担当した婦警に陳情し、ある書類を見せていた
2人は車中で昔の恋バナをしながら、数奇で激動のマドレーヌの人生にふれていく
初恋と結婚、そして社会的制裁
時代の波に飲み込まれた彼女は、ある日を境に「有名人」になってしまうのであった
テーマ:最期のドライブ
裏テーマ:薄れゆく生きた証
■ひとこと感想
老女をホームに連れて行くという話で、どのような盛り上がりを見せるのかと思っていましたが、意外なほどに濃密なドライブになっていました
マドレーヌが何者なのかを追っていく流れで、初対面のシャルルに「そこまで話すのか〜」という感じで驚きました
おそらくは、こう言ったことを話せるのは「最期」だと感じていたのかもしれません
映画は「パリの5月革命」の激動の時代を生きた女性の半生を振り返るというもので、それを夫婦仲が愛で満ちているけど生活がままならないシャルルが聞くところに意味があります
冒頭で、兄に頼ろうとするシャルルは、マドレーヌの人生に感化されて、なんとか自分自身で越えていこうと考えます
この想いを妻にも感じて欲しかったのでしょう
映画は、終着点の見える旅で、回想録の中でしかサプライズは起こりません
でも、このような時代を生きた人の、生の声を聞くことはとても大切です
生きるという理不尽の嵐の中で、過去を話せるようになるまでに、どれだけの葛藤があったのかは計り知れません
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は、パリの端から端まで旅する物語で、いろんなパリの名所を走っていきます
印象的だったのは「炎上後のノートルダム大聖堂」ですね
このシーンだけで、本作が2020年以降に作られたことがわかります
物語は「こんな人生だったの」と淡々と話すマドレーヌを描き、初めは「面倒だな」と思っていたシャルルも、「事件」のシークエンスで顔色を変えます
このシーンはさすがに強烈で、後ろに乗ってた老女が実は犯罪者だったという驚きと、その壮絶な復讐の至る理由がわかるところが切ないですね
また、シャルルは人生の伴侶とずっと過ごしてきて、愛する娘もいます
マドレーヌには愛すべき人が全員この世にいないし、もしかしたら彼女を恨んでいる人だけが生きているかもしれないのですね
それを思うと、最期のドライブでシャルルと会えたことは幸運だったと言えるのかもしれません
■マドレーヌの生きた時代
マドレーヌは2020年の段階で92歳、若年期にあたる20歳代は1945年前後となります
この時点でマットと出会っていて、その後、マチューが10歳くらいの時にレイと結婚していることになります
大体の感覚だと1960年頃で、いわゆるパリの5月革命前夜に当たります
パリの5月革命は1968年に起こったゼネストを主体とした労働者と大衆の一斉蜂起のことで、「Mai 68」と呼ばれています
レイは工場勤務の溶接工で、そのストライキに参加せざるを得ない環境にありますね
彼自身が不安定なので、その当時に連れ子がいることがストレスになるのは普通のことのように思えます
学生が主導のストライキだったので、レイの年齢からすれば、下の世代が社会の情勢と不安定にさせているようにも思えます
アメリカでフェミニズム運動が盛んになったのが1970年頃で、ちょうど5月革命の時期に重なってきます
この時に同時多発的に「女性解放運動(MLF)」が起こり、「第二波フェミニズム」へと繋がっていきます
アメリカのリブ運動(Women‘s Liberation Movment、1970年〜)と連動する形で始まっています
MLFの要求は家父長制の命令によって押し付けられた価値観を拒否すると言うもので、保育園の設立、パートナーの家事への参加などを求め、レイプ、近親相姦、性的暴行や妊娠中絶のために戦っています
ラストあたりで、シャルルの妻がマドレーヌの写真を見て「有名人よ」と言いますが、このMLFの流れに合流し、アイコン的な存在として彼女の半生と言えるのでしょう
25年の刑期を終えて出てきたのが1970年前後なので、その段階で成熟した活動に組み込まれることになったでしょうし、裁判の段階でも活動は起こっていたので、結審がMLFの行動を過激化させた一因は無きにしも非ずと言う印象を持ちます
■ロードムービーの面白さ
本作は、パリを縦断する(正確には南東から北西)だけの物語なのですが、その道中は「景色が目まぐるしく変わる」ロードムービーの様相を呈しています
出発地点はパリ南東の外れブリ=シュル=マルヌで、パリから14キロほど離れた場所になります
その次に訪れたのが生家のあるヴァンセンヌで、こちらかパリの東隣にある街になります
ここでは、父ルシアンの墓標の代わりになる「ナチス統治時代の名残」と言うものがありました
その後、パリ市内に入った2人は、パルマンティエ通りにあるスプレマンドール劇場を訪れます
ここは母と一緒に衣装係として働いていた場所で、パリ11区として、小劇場が集まっている場所でした
当時のマドレーヌが住んでいたのは、劇場から南に位置する地域で、2人はサンドウィッチを食べながらサン=マルタン運河を眺めていました
ここに流れているのが有名なセーヌ川となります
この後、シャルルは妻と電話で話すシーンがあり、妻との馴れ初めをマドレーヌに話すことになりました
夫婦の出会いはオペラ・ガルニエで、その後2人はアルコル橋で一緒にタバコを蒸していますね
その後、エトワール凱旋門、パレ・ド・ジャスティス、ノートルダム大聖堂、エッフェル塔などを巡っていきます
2人の目的地はパリの北西のはずれにあるクルブヴォワの施設で、こちらはパリを抜けてから8キロほど進んだところにありました
映画は、パリのほぼど真ん中を走り、各名所に立ち寄っていきます
土地勘のある人なら、車窓から眺める景色を見ながら、「あ、ここ行ったことある!」と楽しめる内容になっています
ロードムービーの面白さは、現地に一緒にいるような感覚になれるところと、旅を進める度に同行する人々の親密度が上がっていくところでしょう
初めは「めんどくさい」と思っていたシャルルが、マドレーヌの人生を場所と共に旅することで、よりリアルに生きた時間というものを感じることができます
シャルル夫妻と対極にいるのがマドレーヌで、それゆえに「時代の恩恵」と「運命の人と一緒にいられる奇跡」というものを実感できる旅となっていました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、戦後に出会ったアメリカ兵を忘れられないマドレーヌが描かれ、2人の子どもであるマチューとの大切な時間が奪われた悲劇を描いていきます
マチューもベトナム戦争に従軍し、戦場カメラマンとして活躍するのですが、おそらく母マドレーヌや祖母ドニーズから「本当の父親のこと」について聞かされて興味を持ったのだと思います
まったくクローズアップされませんが、自分の本当の父親が外国人であること、軍人であることの影響は大きく、レイが彼に当たるのは「アメリカに助けられた」という状況が強くプライドを傷つけることになったからだと思われます
レイの仕事は溶接工で、いわゆるブルカラーの出身、パリの5月革命の影響もあり、低賃金で喘いでいた層になります
金もなければ、妻との時間も取れないし、息子はプライドを逆撫でするアメリカ人との子どもで、彼のストレスはマックスだったと思います
それでも、そこから暴力に行かない人もいるわけで、レイは当時の家父長制的な慣習で育ったゆえに、好き放題できるのは家庭の中だけという状況がありました
マドレーヌ自身は家父長制の世界で生きてきましたが、父は他界し、母と2人で過ごしてきたので、家父長制における男性の優位性に晒されまくってきたわけではありません
マットとの関係はワンナイトラブに近い印象があり、若い頃の理想的な恋愛だったと思います
それが思い出となり、その時間がとても多幸感に包まれてしまうのは、その後の生活によって「レイが上書きできなかったから」だと言えます
レイとしては、当時の慣習の中で普通に生きてきただけで、その暮らしに疑問は持っていません
周囲もレイの行動を当然だと考えていた時代の話なので、夫の局部を不能にさせた妻というのはバッシングの対象だったでしょう
でも、MLFの動きもあり、当時のニュースを騒がせたことによって、彼女を支持する層も生まれてきます
そんな時代の中で、家父長制の名残で決まった刑によって服役しているマドレーヌは、格好のアイコンになり得ました
彼女が模範囚のようにおとなしくしていたこと、MLFの動きの活性化などを経て、マドレーヌは刑期よりも早く出ることができます
シャルルが妻をマドレーヌに会わせようとした理由はわかりませんが、彼自身が変わろうとしていて、その原動力となった女性と会ってほしいという単純なものだったと思います
でも、それは叶うことがなく、妻も娘もシャルルをここまで突き動かした理由というものを理解することはできません
もし、それが叶うとしたら、シャルルが生き方を変えて、今ある幸せの享受のために、妻と娘を愛することでしょう
彼にはそれができると思うので、いつか彼が感じた感動というものが伝われば良いなと思いました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386865/review/47f51426-1eb8-4c2f-bb4e-6c17fa778819/
公式HP:
https://movies.shochiku.co.jp/paristaxi/