■エゴイストの中に潜む、愛と恐怖の正体とは
Contents
■オススメ度
エゴについて考えたい人(★★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.2.16(アップリンク京都)
■映画情報
情報:2023年、日本、120分、R15+
ジャンル:パーソナルトレーナーと恋仲になった男の「愛」について描いたヒューマンドラマ
監督:松永大司
脚本:松永大司&狗飼恭子
原作:高山真『エゴイスト(2010年、小学館)』
キャスト:
鈴木亮平(斉藤浩輔:14歳で母を亡くした青年、ファッション誌の編集者)
(中学時代:和田蓮)
宮沢氷魚(中村龍太:浩輔を担当するパーソナルトレーナー)
柄本明(斉藤義夫:浩輔の父)
中村優子(斉藤しず子:浩輔が14歳の時に他界した母)
阿川佐和子(中村妙子:龍太の母、体の悪いシングルマザー)
ドリアン・ロロブリジーダ(龍太を紹介する浩輔の友人)
森田望智(雑誌のモデル)
呉城久美(飲食店の店員?)
阿部百合子(妙子の入院先の同室患者)
河野達郎(龍太の相手?)
高野春樹(龍太の相手?)
山村崇子(妙子の隣人?)
楓(雑誌のモデル?)
■映画の舞台
都内某所
ロケ地:
東京都:世田谷区
鮨なが井(持ち帰り鮨)
https://maps.app.goo.gl/CBA5pjJXmokFGWJk7?g_st=ic
八百信(フルーツ購入)
https://maps.app.goo.gl/CTXbWUkdQ5FNeMdE7?g_st=ic
東京都:中央区
イデミ スギノ
https://maps.app.goo.gl/VheQVF2U13MiF5JU7?g_st=ic
千葉県:富津市
カフェえどもんず Cafe Edomons
https://maps.app.goo.gl/nX3pj9qe6p3fVdGd9?g_st=ic
■簡単なあらすじ
都内でファッション誌の編集者をしている斉藤浩輔は、ハイブランドで身を包むことにこだわりを見せ、それを「鎧」と称していた
14歳の時に母を亡くして以降、父と一緒に暮らしていたが、今では単身で東京の高級マンションに住んでいた
ある日、友人からパーソナルトレーナーを紹介された浩輔は、龍太という若者に出会う
独学で学んだトレーニングをこなしながら、日々距離を縮めていく二人
そして、その関係は大人の関係へと発展していく
龍太には病気がちの母がいて、彼は高校を中退して働きながら家庭を支えていた
ゆくゆくはパーソナルトレーナーとして生きていきたいと思っていたが、その道はまだ遥に遠かった
そんなある日、龍太は浩輔に突然の別れを告げる
その理由は、生きていくために売りをしていて、浩輔との関係が苦しくなったからだという
呆然とする浩輔はある決意を胸に、客として龍太と再開することになったのである
テーマ:エゴとは何か
裏テーマ:利己と利他の間にあるもの
■ひとこと感想
性的指向を取り扱った作品はかなり増えましたが、これまでよりもより特別感のない作風になっていたように思えました
というのも、二人が惹かれあっていく様子を見ていると、そこに性的指向が顔を覗かせているようには思えないのですね
本当に、好きになった相手も自分もそれを受け入れることができるという関係性だったと思います
映画は過激な描写が多く、絡みのシーンも思って以上に長かったですね
絵的な美しさがあって、壁に飾られた絵画とか、音楽に乗って踊るシーンなど、随所に細やかな演出がされていたと思います
テーマはLGBTQ+では無く、「エゴ」とは何かというものを扱っていて、自分の母を重ねたり、自分が気づかなかったことで後悔の念を深めたりしていく中で、自分にできることは何かを考えた末に行動だと思います
そこには無慈悲にも思えるお金の問題があって、愛がよくわからない浩輔は、そうすることでしか役に立てないと思い込んでいましたね
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
ブランドファッションを「鎧」と表する浩輔ですが、それは「お金」が切り拓いてきた過去があって、見窄らしいと思っていたものを払拭できたからでしょう
自分を包むもので変えられる未来というのは確かにあって、浩輔が申し出る援助ができるのも、お金があるからだったりします
浩輔がどうしてここまで彼らに接するのかは幼少期の体験があるからですが、父親にはそういったことをしないのは、男同士の暗黙の了解のようなものがあるように思えました
浩輔からみた龍太はどちらかといえば「ウケ」の方だったのかもしれませんが、本質的には浩輔の方がウケでいたいタイプだったように思います
映画はガッツリとゲイ映画なのですが、本質的には「自分の後悔を擬似的に諌める」という感じになっていて、自分の母を妙子に投影したり、彼らの境遇が自分のせいだと思い込んだりしていました
そんな中で、自分にできることが「お金でしかない」と思っているところに浩輔の弱さがあって、それを分かりながら最後は息子として接する妙子の優しさというものが大きすぎて涙が止まりません
■エゴイストとは何か
「エゴイスト(Egoist)」とは、「エゴイズム(=利他主義、Egoism)のある人のことで、「自己の利益を優先し、他人の善行、利益を無視する考え方」をもつ人という意味になります
英語の「ego-ism」は「己−主義」という分解ができますので、日本語における「利己主義」よりは広義な意味を持ちます
由来はラテン語経由のフランス語で、「ラテン語の一人称であるegoとフランス語の「isme」が組み合わさったものになっています
自分自身の利益を優先する傾向のある人を「デフォルト・エゴイズム(default egoism)」と言い、「心理的エゴイズム(Phychological egoism)」はすべての動機が最終的に利己的な精神に根ざしているという立場を取ります
これは「利他的に見える行動も実はそのように見せかけているだけ」ということであり、利他的な行動の源泉が利己的な精神に基づくことを指します
人のための行動に見えるものが、実は違っていたということは良く見かけますし、この映画の浩輔もこの心理的エゴイズムで動いています
さらに、龍太の行動はさほど色濃くはありませんが、妙子が浩輔を受けて入れてゆく過程の中に、この心理的エゴイズムというものがありました
フリードリヒ・ニーチェは「エゴイズムを高貴な魂の本質に属している(I submit that egoism belongs to the essence of a noble soul)」と言い、「私たちの存在にとって、他の存在は自然に服従し、自分自身を犠牲にしなければならないという不変の信念を意味する。高貴な魂は、自分のエゴイズムの事実を疑うことなく、そこにある厳しさ、制約、恣意的な意識をすることなく、むしろ物事の主要な法則に基づいている可能性がある(I mean the unalterable belief that to a being such as “we,” other beings must naturally be in subjection, and have to sacrifice themselves. The noble soul accepts the fact of his egoism without question, and also without consciousness of harshness, constraint, or arbitrariness therein, but rather as something that may have its basis in the primary law of things)」と続けます
そして、それは「正義そのもの(If he sought a designation for it he would say: “It is justice itself.”)」と規定していました
(※Wikipediaより引用、訳はブログ主による意訳です)
エゴイズムの全てをこの章で語ることはできませんが、エゴイズムとは結局のところ「存在であり、行為である」とされていて、この映画でも随所に「行為」というものが描かれてきました
浩輔が龍太を専属にするのも、妙子に優しくするのも、全ては浩輔自身の何かを治めるためのもので、彼はそれを嫌悪的には思っていません
また、龍太や妙子は、彼の行為を受け入れることで浩輔自身を癒していると考える一方で、自分たちのエゴイズムというものを肯定していきます
浩輔はどちらかというと自己犠牲を伴うことで自分を満たす存在で、それは他人の利益を優先しているように見えて、とても利己的な考え方でした
後半に妙子は「髪を染めてくれる?」と浩輔に言い、このシーンは妙子が「浩輔に何かをさせる最初のステップだった」ように思います
おそらく、この時には妙子が「浩輔のエゴイズム」に気づいていて、そして、自分の中にあるエゴイズムというものを理解し始めた瞬間だったように感じました
■愛は与えるものか受け取るものか
利他的に見える利己主義の行為には愛が付随しているように思います
それが自分への愛か、相手への愛なのかの配分はありますが、どちらかに極端に振れているということもないでしょう
それらの行動は精神の作用のようなもので、その危うさの均衡をもたらすために、精神は行動を選びます
数ある行動の中で、自分の心の充足に近づく行為を精神は選出し、それが表面化していくとも言えます
「愛が何なのかわからない」と浩輔は言葉にし、妙子は「愛は受けた側が感じ取るものだ(正確に覚えてなくてニュアンスで申し訳ない)」と答えます
これは、相手の行為に愛があろうとなかろうと、それを愛だと規定するのは受けて側であるという意味になります
なので、妙子は浩輔の利己的な行動や精神の全てを「愛」であると捉えているのですね
でも、これは彼女の優しさであり、彼女の利己的な部分でもありました
浩輔は自分の行動の源泉を言語化できないタイプで、行為は全て感覚に委ねられています
自分の心に従っているとも言えますが、そのロジックを理解してはいないように見えます
実際には言語化せずとも精神的に理解していて、高いレベルのところで本能がそれを規定しているとも言えます
これらの内面の言語化というのは難しくて、でも他人から見るとそれは透過されたもののようにはっきりとわかります
この現象がなぜ起きるかと言うと、個人的な解釈になると思いますが、心が理解されることを恐れているから、と言えるではないでしょうか
心が数学のように理解できないのは、それを完遂すると死んでしまうからでしょう
なので、抽象的な概念でオブラートに包み、それを言語化した気にさせることで、深淵に辿り着かないように誘導しています
まれに、その領域に到達しそうな人がいても、それは狂った世界に足を踏み入れているように他者には見えてしまうのですね
自分を理解することが難しいのは、そういったカラクリがあって、でも他人がそれを理解しているように思えるのは、自分の中にあるものが「目の前の人を見て客観視できるから」であると思います
他人は自分の鏡であり、自分は他人の鏡である
人は人と関わることで自己の理解に近づきますが、自分の深淵を覗いても、それは叶わないのではないでしょうか
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
浩輔と龍太はいわゆるゲイなのですが、映画はゲイの苦悩を描くとか、理解を深めると言う方向には向いていないように思いました
パンフレットでは「LGBTQ+」に対する表現について色々書かれていましたが、そもそもが「LGBTQ+」を含めたすべての人類の構成要素は単なる特性の一部でしかありません
本作では「14歳の時に母を亡くした息子」と「母を支えながら生きている息子」を描いていて、母と息子の間には「LGBTQ+」の概念はありません
浩輔が龍太を専属にする過程でも、性的指向よりも利己主義が優先されていて、それゆえに本作は人の本質に迫っていると言えます
性的指向を取り扱った映画を多く見てきましたが、その多くは「偏見」「いじめ」「対人関係」などに重きを置き、マイノリティとしての苦悩になりがちです
実際にそのような苦悩があって、それを訴える意味はありますが、すべての映画がそうである必要はないと思います
本作は、そのような系譜の中に組み込まれる恐れのある作品ですが、そこにカテゴライズさせることで本質を見誤るように思いました
登場人物には多くの性的指向の人物が登場しますが、それ以外の人物も含めて「すべての人のエゴイズム」を描いていると感じます
浩輔の父・義夫のエゴイズムは「浩輔に過剰に干渉しない」と言うものだし、妙子に至っては「浩輔や龍太のエゴを受け入れているように見せかけて」自分のエゴを通していたりします
この二人の大人は、「相手がこうして欲しいと思っていること」を受け止める経験値があり、衝突を生まない絶妙なバランス感覚で、それぞれの息子の利己的な欲求を支えていました
その一歩引いた精神性が成熟ということになりますが、それに到達するまでにはかなりの時間を要します
義夫と浩輔の関係は浩輔の年輪と同じでも、浩輔と妙子の関係はそうではありません
なので、最初は龍太の大切な人という枠組みの中で関わりを薄めようとしますが、龍太亡き後の干渉に違和感を持ちながらも時間を重ねることになりました
頑なに拒否できたとは思うものの、あれ以上の押し問答は却って妙子にとって危険だったのですね
なので、「そのうち終わるだろう」という考えで浩輔に付き合うことになりました
生活の質を考えると、妙子があのお金を全部使ってはいないことがわかりますし、おそらくは預かっているという感覚に近いかもしれません
いつかは返すものだけど、行為に収まりをつけるために、あえて拒絶はしない
浩輔は利己的な思考の末に後悔を課し、それは妙子にも伝わっていると思います
そうしたものの解放はいずれ訪れるのですが、それが「私の息子です」という優しい嘘につながっていきました
妙子は浩輔にできる唯一のことは、浩輔のエゴに付き合ってあげることだったのでしょう
でも、「息子だ」と言われることは、浩輔を傷つける方向に向かうのですね
感動的なシーンではありますが、ここに妙子のエゴイズムが現れていて、それはとても残酷なシーンのように思えました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/383674/review/8058c77c-1f02-437d-8498-6292e915f740/
公式HP: