■どこかに消えたのか、奥深くて見えないのか、その違いを見極める必要があるのかも知れません


■オススメ度

 

親子の断絶と回復の物語に興味のある人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.7.16(アップリンク京都)


■映画情報

 

英題:Great Absence(大いなる不在)

情報:2024年、日本、133分、G

ジャンル:認知症の父と再会を果たす疎遠の息子を描いたヒューマンドラマ

 

監督:近浦啓

脚本:近浦啓&熊野柱太

 

キャスト:

森山未來(遠山卓:逮捕された父を引き取る疎遠の息子、舞台俳優)

 

藤竜也(遠山陽二:卓の父、認知症、元大学教授)

原日出子(遠山直美:陽二の再婚相手)

 

神野美鈴(緒方朋子:直美の妹)

田島薫子(高崎キヨ:教室の生徒)

前田和(陶芸家)

 

真木よう子(遠山夕希:卓の妻)

笠原裕衣子(夕希の部下)

 

三浦誠己(塩塚正彦:直美の息子)

奥野楓(正彦の妻、写真)

古賀仁翔(正彦の息子、写真)

 

利重剛(鈴本靖史:陽二の教え子)

 

市原佐都子(本人役:劇団の演出家)

塚原大助(坂口公介:劇団の主宰)

二宮絵梨香(ワークショップのスタッフ)

井上乃ノ楓(ワークショップのスタッフ)

石井将(ワークショップのスタッフ)

中井喜恵(ワークショップのスタッフ)

 

林真之介(河村大輝:区役所の福祉担当職員)

伊藤美沙(区役所の職員)

後藤あかり(区役所の職員)

五島真木子(区役所の職員)

 

天野幹太(料理店の店主)

木晶舞名子(CA)

佐久間晃子(CA)

吉原直樹(宅食サービスの配達員)

鴻明(アマチュア無線店店主)

深井七海(レストランの店員)

安永崇(レストランの店員)

 

鶴田純(警察車両の運転手)

今井智久(機動隊の隊員)

森村憲人(機動隊の隊員)

松岡大樹(機動隊の隊員)

松園裕樹(機動隊の隊員)

山下心(機動隊の隊員)

高倉遼太郎(機動隊の隊員)

 


■映画の舞台

 

日本:福岡県

北九州市

 

ロケ地:

日本:福岡県

北九州市

北九州芸術劇場

https://maps.app.goo.gl/ZTEzCxszLEsqBh9e6?g_st=ic

 

波夢人

https://maps.app.goo.gl/VNMDQLRRJQegrBc16?g_st=ic

 

酒肆あま乃

https://maps.app.goo.gl/ZZEpaeoEt2j7bnta7?g_st=ic

 

THE STEEL HOUSE

https://maps.app.goo.gl/csqSb37qp9aehLYf9?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

新しい舞台のワークショップに集中していた舞台俳優の卓は、ある日、父が警察に逮捕されたという報告を受けた

妻・夕希と一緒に急いで警察署に行くと、父は認知症の進行が激しく、施設の入らざるを得ない状況だった

 

父は、再婚相手の直美と過ごしていたはずだったが、家に彼女の姿はなく、電話をかけてみると、携帯は部屋に置き去りにされていたままだった

施設に入った父は、そこをどこかの国の監獄か何かだと思い込んでいて、一向に話は前に進まない

 

なんとか直美の居場所を聞こうとするものの、彼女は自殺をしたと言い出す

だが、そのような事実はなく、直美の息子・正彦も行き先を濁すだけだった

 

卓は父との日々を思い返しながら、全く別人のようになった父と相対し、このようになった経緯を紐解くことになったのである

 

テーマ:父が見てきたもの

裏テーマ:存在の証明

 


■ひとこと感想

 

予告編だけの情報で鑑賞

父の同居人が自殺をしたということと、どうやら認知症になって変わってしまった父と相対する息子ということだけがわかっていました

 

予告編はやや見せすぎの感はあり、ミスリードも多いのですが、親子の微妙な関係についてはうまく伏せていたと思います

特徴的だったのは、卓が父に対してずっと敬語だったことで、これは父親を他人と見てきたのか、教育がそうだったのかな何とも言えない部分がありました

 

劇中ではイヨネスコの「瀕死の王」とい舞台を練習しているのですが、この内容がガッツリと絡んでいる内容に思えました

映画からは全てがわからなかったのですが、パンフレットには関連なども解説されていたので、気になる方は購入しても良いかと思います

珍しく、キャストが役付きで全部載っているので、気になるキャストもすぐ探せて良いと思います

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画は、疎遠の父と再会したら、全くの別人のようになっていた、という感じですが、息子のことがわからないというところまでは進行していないように思えました

卓の妻のこともわかっているけど、肝心の直美のことは全く話そうとしません

 

直美の息子は入院していたと言い、その治療費のことを言い出しますが、現在は入院しておらず、妹のところにいたことがわかります

このあたりの関係性も何とも微妙な感じですが、時系列シャッフル系の映画なので、直美がどこかに行ったあたりの流れがよく掴めない感じになっていました

 

直美が病気になって、代わりに妹が世話をしていたけど手に負えないという感じになっていて、それが決め手となって、距離を置くということになっているようでした

不在によってわかることもありますが、それ以上に「瀕死の王」というのがキーワードのように思います

ある程度説明はされていますが、ぱっと見でわかるのは、その物語を知っている人だけなんじゃないかな、と思いました

 


ウジェーヌ・イヨネスコ『瀕死の王』について

 

映画内で卓のワークショップで取り上げられているのはウジューヌ・イヨネスコEugène Ionesco)の『瀕死の王(Le roi se meurt)』という舞台劇でした

『瀕死の王』はウジェーヌ・イヨネスコの戯曲で、1962年に初演された不条理劇でした

本作は、イヨネスコの「ベレンジャー・サイクル(Berenger Cycle)」の第3作目で、『The Killer(1958年)』『Rhinocéros(1959年)』の次で、最後は『A Stroll in the Air(1963年)』となっています

 

内容は、死が近づきつつあるベレンジャー1世が主人公で、彼が死に向かうまでを描いています

周囲を制御する力を失い、身体能力も衰えてきているのですね

それでも彼は自分の死を否定し、権力に固執し続けます

妻のマルグリットは、医師と共に「死の現実に向き合うように」ベレンジャーを説得するのですが、2番目の妻のマリーは「死の苦しみから遠ざけよう」と考えています

それでも、やがて死を受け入れるようになり、登場人物は1人ずつ消えていき、最後には言葉を失った王と、王に死を覚悟させるマルグリットだけが残ります

そして、2人は闇の中に消えていく、という内容になっています

 

映画でこの作品が引用されている理由は何とも言えない部分がありますが、個人的には王は父であり、マルグリットは直美なのかなと感じました

そして、父=卓であり、彼の死というのは物理的なものではなく、精神的なもののように思います

王が死を受け入れていく過程と、父親の忘却を受け入れていく過程というものがリンクしているように思えるのですが、劇に対してあまり詳しくはないのと、劇中で引用されていた部分がどのあたりなのかはさすがに覚えきれませんでした

なので、この劇に詳しい人がいれば、もっと物語の深みに到達できるのかも知れません

 


不在の正体

 

本作のタイトルは『大いなる不在』ということで、この不在というのは父のことを指していると思います

でも、父はこの世からいなくなったわけではなく、卓の知る父はいなくなった、という意味合いになると言えます

厳しくて実直だった父はもう居ないということで、その空白を埋めるための旅が始まったようにも思えます

 

「大いなる」と付いているように、父の喪失というものは卓にとって影響が強いもののように思います

まるで、アイデンティティの多くの部分を担っているように思え、それを埋めるために父の人生を辿っているようにも思えました

彼自身がずっと敬語を話しているのは少し不思議な感じがしましたが、おそらくは在りし日の父との距離感が「敬語」という壁を作っていたように思います

普通、父と話すときに敬語になることはないと思うのですが、それぐらい遠い距離だったのか、父が強要したのかはわからない部分があります

 

おそらくは、自分のことを覚えていない父に対して距離感を感じていて、それが咄嗟に出たのかなと感じました

それは再会の初動の感情で、それは「他人である」という認識がそうさせたようにも思います

相手が自分を覚えていないのに、馴れ馴れしい言葉を使うのも変な話なので、それを瞬時に感じてしまったのでしょう

この敬語使いという距離感は、現在の父との距離感になっていて、それが最後まで埋まることがなかったというのは悲しいことのように思います

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、認知症によって別人になってしまった父との再会を描いていて、それは父の治療をするというよりは、卓自身がそれを受け入れるための準備をしているように思えました

これから先、父との距離が埋まることはなく、それでも法的に結ばれた関係として、父の死に向き合うことになると思います

これまでの思い出を整理しながら、知らない父の軌跡を辿ることになりますが、随分と遠くに行ってしまったように思えました

 

妻・直美との間に何があったのかとか、直美の妹の朋子が2人の生活に介入せざるを得ない理由などは、なかなかハードルの高いものなのだと思います

父の認知症の進行を間近で見てきた直美は、おそらくは一番傷ついてきた人なのでしょう

それが朋子の行動に至るのですが、それも長くは続かないものになってしまいました

ここまで認知症が進んでしまうと、家族や親族であるほどに心や体が疲弊してしまいますので、距離を置いた方が良いと言えるのではないでしょうか

 

日本の高齢化はどんどん進み、認知症の患者も増え続けています

アルツハイマーの新薬の2つ目がようやく承認されたというニュースを耳にしましたが、進行を遅らせるのが関の山で、完治には程遠いものだと思います

2025年には65歳以上の認知症患者数は675万人程度になると言われ、5.4人に1人が認知症になるという予測があります

自分の両親や自分自身も他人事ではなく、今では認知症にならずに死ねるかどうかの確率の方が低くなってしまうのでしょう

 

認知症は加齢によるものだと思われがちですが、実際には脳の障害が起こっている病気なので、認知症に対して正しい知識を持つ必要もあります

加齢による物忘れは「一部を忘れる」「物忘れの自覚がある」「探し物を自分で探そうとする」「日常生活への支障はない」「極めて徐々にしか進行しない」とされています(政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本(令和5年8月6日))

認知症は「脳の機能が持続的に低下し、日常生活哉社会生活に支障をきたしている状態」のことを言い、「アルツハイマー型(脳内でアミロイドβが蓄積し、神経細胞が破壊されて、脳の萎縮が起こる)」「血管性(脳出血などの脳の血流障害が起こり、脳の一部が壊死する)」「レビー小体型(特殊なタンパク質がレビー小体という神経細胞に蓄積して破壊する)」「前頭側頭型(脳の前頭葉や側頭葉が萎縮する)」という分類があります

これらの障害が脳のどの部分で起こるかによって、症状の出方が違うので、一概に認知症だから同じようなことが起こると決めつけない方が良いと思います

 

日本ではアルツハイマー型認知症が67%程度で多く、脳血管性型が20%ほどを占めています

病気のことを事前に知ることで、自分自身で対処できる部分もあると思うので、まだまだ先のことだと思わずに、知識として身につけて置いた方が良いのではないでしょうか

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/99967/review/04044784/

 

公式HP:

https://gaga.ne.jp/greatabsence/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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