■行く先を知らなくても、戻ってくる意思は伝わったのだろうか?
Contents
■オススメ度
イラン映画に興味がある人(★★★)
ロードムービーが好きな人(★★★)
■公式予告編
https://youtu.be/Lvn5ATsyq3U?si=sxafqjmbGB4dxthR
鑑賞日:2023.8.29(京都シネマ)
■映画情報
原題:جاده خاکی(未塗装の)、英題:Hit the Road(さあ、出かけよう)
情報:2021年、イラン、93分、G
ジャンル:ある理由から故郷を離れる家族を描いた社会派ヒューマンドラマ
監督&脚本:パナー・パナヒ
キャスト:
ハッサン・マージュニ/Hassan Madjooni/حسن معجونی(ホスロー:骨折しているユーモアある父親)
パンテア・パナヒハ/Pantea Panahina/پانتهآ پناهیها(母親:歌謡曲が好きなムードメーカーの母親)
ヤラン・サルラク/Rayan Sarkak/رایان سرلک(弟:激しくて頑固なファリドの弟、6歳)
アミン・シミアル/Amin Simiar/امین سیمیار(ファリド:沈黙を保つ兄、20歳代)
バフラム・アーク/Bahram Ark/ بهرام ارک(サイクルアスリート)
Hamidullah Salimi/حمدالله سلیمی(?)
ShahinKazemnejad/شاهین کاظم نژاد(?)
Milad Touei/میلاد طلوعی(?)
Rasoul Samadi/رسول صمدی(?)
Davood Sharafaei/داوود شرفایی(?)
Nominal Cobra/کبری اسمی(?)
Shahrokh Elsami/شاهرخ اسلامی(?)
Cash Treaty/پیمان نقدی(?)
■映画の舞台
イラン:テヘラン
https://maps.app.goo.gl/jWPzgVNAsFsskUUZA?g_st=ic
イラン:ウルミア湖(オールミーイェ湖)
https://maps.app.goo.gl/nw2vrViZ39AcRsRz8?g_st=ic
Qandi/カンディ山脈
https://maps.app.goo.gl/kTiMp1TvV5jHPLY98?g_st=ic
ロケ地:
イラン各地
■簡単なあらすじ
テヘランを出て枯れた湖を走る一台の車には、ある事情で国境を目指す家族が乗っていた
父ホスローが足を怪我していて、代わりに妻や長男ファリドがハンドルを握っていた
ガラスに落書きをする次男は言うことを聞かず、こともあろうに油性マジックで絵を描いていた
酷暑の続くイランでは、ウルミア湖のかなりの部分が干上がっていて、家族は休憩を挟みながら目的地へと車を走らせていた
弟の関心事はテヘランにいる女の子のことで、彼女からの電話を待つためにパンツの中に携帯を隠していた
一行は、受け入れ先と綿密に連絡を取りながら車を進め、途中でロードバイクの集団に遭遇したりする
落車をしたアスリートを保護したりしながら旅を進めていたが、弟だけはどこに向かうのかを知らない
時には歌謡曲を合唱して陽気に振る舞うものの、その目的は笑顔の溢れるような事案ではなかったのである
テーマ:イランに潜む闇
裏テーマ:知らないけどわかること
■ひとこと感想
イランのロードムービーということで、弟役の自然な演技が話題になっていました
首都テヘランから国境に向かう旅路が描かれていて、静かなドキュメンタリーかと思えば、歌謡曲のカラオケ大会が始まったりする風変わりな作品になっています
目的は明確にはされず、その理由も「察してね」というレベルになっていて、このあたりは国際情勢も踏まえた上で「ギリギリの範囲」で描いていると言えます
想像すれば色々と理由づけはできますが、そんなことよりも「最後の家族旅行」をどう過ごすかにフォーカスしていました
キャストも名前があるのが父と長男だけで、これは意図的なものだと感じます
イランには、同じように様々な理由によって「最後の海外旅行」をする人が多いということなのかもしれません
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
どこまでがネタバレになるかどうかはわかりませんが、旅の目的が明確になる瞬間がそれに該当すると思うので、兄が国外脱出をするための旅だった、ということになると言えます
冒頭から家族の様子は変な感じになっていて、それが父親の怪我が原因に見えていきますが、実際にはそうではないことがわかります
そんな家族の中で、唯一旅の目的を知らない弟だけが自由に振る舞っていて、それが場を和ませているようでいて、悲しみを増幅させているようにも思えます
ロードムービーとは言え、あまり場面展開がないように見えてしまうのですが、この殺風景さというものも、目的を隠す役割を担っていますね
基本的には、彼らの表情から状況を汲み取る系の映画なので、意外なほどに集中力がいる感じになっています
歌謡曲を歌うシーンもたくさんありますが、心情が表現されているので、ある種のミュージカルチックな感じに思えてきました
■イランの情勢について
イラン・イスラム共和国は、公用語がペルシャ語のイスラム国家で、シーア派が多数を占めています
多数の民族で構成されていて、ペルシア人、アゼルバイジャン人、クルド人、マザンデラ人、ルール人が多数派になります
1925年6月に徴兵法が制定され、21歳以上の男性は2年間の兵役義務があり、1979年の革命後に女性の兵役は免除になっています
イラン政府は、シリア、レバノン、イラクと同盟関係にあり、軍事活動と軍事援助、財政援助を行なっています
推定では、シリア内で8万人以上の親アサド派シーア派戦闘員の支援をしていたとされています
また、国内に革命防衛隊を設置し、バスィージと呼ばれる民間のボランティア民兵部隊を組織していて、約9万人が常時動いていて、最大1100万人の男女がバスィージの会員として登録されています
イランの人権意識は低く、政権は非民主的で、女性に対する人権は「著しく不十分」とされています
子どもの人権も侵害されていて、世界一児童犯罪者が処刑されていると言われています
同性愛は違法で、最高で死刑になる場合もあります
インターネットの検閲も厳しく、政府と革命防衛隊はソーシャルメディアやその他のWebサイトの制限を課していて、Telegram、Twitter(現X)、YouTubeに含め、Signalもブロックされています
このようなSNSを利用した投稿に対して、恣意的な逮捕を行なっているという報道もあります
映画では、兄ファリドは20代という設定になっていて、いわゆる兵役に該当する年頃になります
彼がトルコと思われる方面に出国しようとしているのが、兵役逃れなのか、同性愛なのか、その他の処罰なのかは描かれていません
映画内で携帯電話を使用しない(父は使っていますが)ように制限しているのも、これらの検閲から逃れたり、位置情報を隠す意味合いがあると考えられています
■ロードムービーと歌の相関性
本作は、テヘランを出発してずいぶん経った頃、ちょうどウルミア湖に差し掛かったあたりから紡がれます
ウルミア湖はテヘランからずっと西に進んだ地域で、北はアゼルバイジャン、西はトルコ、南西にはイラクがあるあたりになります
ウルミア湖を過ぎて山に向かっていたことを考えると、トルコに向かったのかなと思いますが、実際にはどこに向かったかは明確ではありません
パンフレットによると、道中で使用された楽曲は4曲だそうです
詳しくはパンフレットを参照するか、楽曲名をググってみてください
以下、Youtubeで見つかった分を掲載しておきます
【Porsoon Porsoon】By Delkash
母親が車中で口パクで歌った曲
【Soghati】By Hayedeh
休憩所で流れてきた楽曲
【Deyor】By Shahram Shabpareh
長男と別れた時に流れる曲
【Shabzadeh】By Ebi
ラストで弟が歌う楽曲
ロードムービーにおける車中での楽しみは、会話、景色、音楽に集約されます
景色は一面砂漠なので飽きが来ますし、会話も家族なのでネタはあっさりと尽きてしまいます
特に、今回の旅は「言ってはいけないこと」というものがあったので、迂闊に話題を振れないという状況を生んでいました
そんな中で流れる音楽というのは、暗喩的な意味もあり、車内の雰囲気も変えるものだったと思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、言葉にしないけど雄弁という作品で、旅の目的も場所も語られず、キャラクターの固有名詞も父と兄しかなかったりします
でも、イランの中心部から逃げて、国境付近で密輸業者の世話になって、兄だけが脱出するということはわかります
この事実を知っているのが父と母だけで、弟はまた会えると考えています
イランの情勢が変わるか、弟も同じ場所に脱出するかで再会の可能性は出てきますが、現実を見据えると再会の可能性は低いでしょう
もし、兵役逃れが理由だとしたら、弟が徴兵の年齢になるのは14年後になり、その間に兄がどこへ行くかはわかりません
行方しれずの兄を探す旅ほど無謀なものはなく、兄が帰ってくる可能性も低いでしょう
国の情勢が変わるとしたら革命が起きたらだと思いますが、今のイランの政局を考えると絶望的であると思います
欧米諸国の何らかの陰謀でもなければ、中東に気を遣っている場合ではないのですね
映画の中で、兄がアスリートと話す場面では、キューブリックの『2001年宇宙の旅』が話題になっていました
この場面は、家族が他人と絡むシーンになっていて、自転車の転倒で真っ先に駆け付けたのは兄ですし、車内の会話でもまごついたような話しか出ていません
そんな中で『2001年の宇宙の旅』の話が出てきたのですが、これはアスリート役をしているのが映画監督のバフラム・アークだからだと思います
彼の作品の中で『Animal(2017年)』というものがあり、この作品は「国境を越えようとする男が羊を狩って、羊になりすまして越えようとする」という物語なのですね
この作品が起用の意図なのかはわかりませんが、新しい世界に向かう際にどうするか、という共通点があるように思えました
『2001年宇宙の旅』でも、主人公のボーマン船長(キア・デュリア)はスターチャイルドとなって地球に戻るというもので、いわゆる「人生のやり直し」というものが描かれていました
そう言った意味において、越境することが兄にとっての新しい人生となるのですが、それに対する心境を『2001年宇宙の旅』を暗喩として使っているのだと思います
この暗喩は、感覚的には「外の世界に行って生き直して、元の世界に戻ってなすべき事をする」という意味合いがあると思うのですね
なので、兄は外国に行くけれど、母国を変化させるために向かうのかなと思いました
彼が自分の事をボーマン船長に準えているかまではわかりませんが、どこかでおかしくなった人類(=イラン)というものを立て直したいという欲求があるのだと思います
本作は、監督がフィルムを通じて問題提起をしている作品で、個人的には上記のようなメッセージを受け取りました
これが正解かはわかりませんが、余白のある映画というのは色々と考えることができるので面白いですね
一般ウケはしないと思いますが、映画としての質は高い作品だったと感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://www.flag-pictures.co.jp/hittheroad-movie/