■再生のために必要な「小休止」ならば、彼女が立ち上がる姿を見せて欲しかった
Contents
■オススメ度
映画の補修&編集に興味がある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.3.13(アップリンク京都9
■映画情報
原題:오마주(オマージュ)、英題:Hommage
情報:2021年、韓国、108分、G
ジャンル:先行き不透明な女性映画監督がフィルムの補修を任される様子を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:シン・スウォン
キャスト:
イ・ジョンウン/이정은(キム・ジワン:3本目がコケてあとがない映画監督)
クオン・ヘヒョ/권해효(サンウ:ジワンの夫)
タン・ジュンサン/탕준상(ボラム:ジワンの息子)
コ・ソヒ/고서희(セヨン:ジワンの友人、映画プロデューサー)
イ・ジュシル/이주실(イ・オッキ:フィルム編集者、ホン・ジェウォンの親友)
キム・ホジュン/김호정(ホン・ジェウォン/女判事の影:ジワンが復活させる映画『女判事』の監督、モデルはホン・ウノン/홍은원)
チョン・エファ/정애화(ミソン:ジェウォンの娘)
ユ・スンチョル/유순철(喫茶店「明洞茶房」のオーナー)
ドン・ヒョヒ/동효희(喫茶店のウェイトレス)
イ・サンヒ/이상희(古びた映画館の映写技師)
オ・ジェイ/오재이(ハン・ジュニョン:ジワンに『女判事』復刻を依頼する展示会の主催者)
キム・ヒョンテ/김현태(ヨンウ:『女判事』の吹き替えを担当する声優)
キム・ナムウ/김남우(水泳のインストラクター)
キム・ジョンナム/김정남(不動産屋)
シン・ドンリョク/신동력(ジワンの主治医)
ク・ジャウン/구자은(看護師)
イ・ダヨン/이다영(ジワンの隣の部屋の女)
ハン・テイル/한태일(劇中映画の出演俳優)
■映画の舞台
韓国:ソウル
乙支路洞
https://maps.app.goo.gl/p9P5eqe4AZywELeo6?g_st=ic
ロケ地:
韓国:江原道
原州市/ウォンジュ市
https://maps.app.goo.gl/35fuGdoBCdhzx6AfA?g_st=ic
■簡単なあらすじ
映画監督のジワンは、3本目の映画『幽霊人間』を公開したものの、客足は伸びずプロデューサーのセヨンと頭を抱えていた
資金も底をつき、次の映画を撮ることができなかったジワンは、主婦に戻るかの選択を迫られる
夫サンウの収入に頼り、息子ボラムも多感な時期を迎えていて、ジワンはやり場のない閉塞感を抱えていた
ある日、彼の友人からフィルムの復刻作業の話を聞く
乗り気ではなかったジワンだったが、そのフィルムは韓国初の女性監督ホン・ジェウォンの3作目にて最後の作品である『女判事』とわかり、その仕事を引き受けることにした
ジワンがフィルムを調べていると、いくつかのシーンが抜けていて、音声のないシーンもあった
声優もシーンの繋がりがおかしいと感じていて、そこでジワンは抜けたシーンを探すことになった
当時の韓国の映画文化を掘り下げるべく、わずかな情報をもとに、そのシーンが抜け落ちた意味を探しに行くのである
テーマ:映画人の悲哀
裏テーマ:女性の選択
■ひとこと感想
女性監督が古いフィルムを復刻するという情報だけを得て鑑賞
韓国のモノクロ時代の映画などは見たことがありませんが、映画の時代を描いていたというよりは、今もなお続く「女性の社会進出の難しさ」を描いているように思えます
抜けたシーンを探す旅の中で、かつての業界のことを知り、映画産業の裏側を見ていくことになるのですが、同時にジワンには女性特有の悩みが降りかかってきます
このあたりの強調があるために。映画懐古色が薄まっているのは残念に思います
映画は「フィルム復刻」を背景にした「女性の社会進出」を描いているのですが、女性の生きづらさが逆にノイズになっているように思えます
ジワンに迫る諸問題は「社会における問題」に集中させた方が良くて、中盤で登場する女性特有の疾病はなかった方が良かったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
失われたフィルムを探す旅に出るジワンですが、先々で聞かされるのは「あの時、女性は大変だった」という苦労話でした
かつて「紅一点」だったという業界の中で、映写室に入ると縁起が悪いと言われたり、散々な生活を送ってきて、それが蒸し返されていくことで、さらに閉塞感が増しで来ます
『女判事』は実在のフィルムで、検閲による欠損部分は見つかっていないと言われています
このフィルムの欠損を巡る物語で、フィルムを探すミステリーっぽさとか、「影」で登場するジェウォン監督などの演出は良かったと思います
問題は「女性問題」を過剰に入れている点で、特に健康面に関しては不要だったんじゃないかなと思いました
経済的かつ社会的に追い込まれていく中で、さらに健康面で問題が出るとなると予後は危険な匂いがするのですね
でも、あっさりと手術をして、フィルムの復刻も間に合っていたように描かれていたので、何のためにあのシーンがあったのかはわかりません
■『女判事/여판사(A Woman Judge)』あれこれ
『女判事』は1962年の韓国映画で、監督はホン・ウンウォン
主人公はジンスクという女性判事で、演じていたのはムン・ジョンスク(문정숙)でした
キム・スンホ(김승호)演じる夫のギュシクの母(ユ・ゲソン/유계선)にいじめられながらも、判事として活躍するという物語になっています
ちなみに映画では「韓国初」となっていましたが、どうやら2番目に監督になった方のようで、『女判事』は彼女のデビュー作となっています(韓国語ウィキによる)
映画の中の登場人物ジンスクは女性初の判事で、このモデルになったのが「1961年に謎の死を遂げた韓国初の女性判事ファン・ユンソク/황윤석」で、この内容は史実ベースではなく、インスピレーションを受けたとされています
ファン・ユンソクは1929年にソウルで生まれ、父の勧めで法律を勉強し、1952年にソウルの法科大学を卒業しました
1954年、ソウルの地方裁判所の判事として任命され、これが韓国初の女性判事の誕生でした
彼女は1960年にフィリピンで開かれた世界女性法律家会議に出席し、翌年女性問題研究会の実行委員に選出されました
しかし、1961年4月に自宅で死亡しているのが確認されています
夫は前日に風邪薬を飲んだと供述しているもの、義母との折り合いが悪いことは有名で「毒殺ではないか」という憶測が走りました
三度にわたる検死でも毒物の検出はされませんでしたが、同年12月に夫は「殺人の疑い」で拘束されています
夫は一審で懲役4年の有罪を受けたものの、二審にて無罪判決を勝ち取っています
その後、ユンソクの死を慎む意味もあり「ユンソク奨学会」という「司法告示準備生」たちのための女性団体が設立されています
■女性の不遇を物語に落とし込むコツ
映画では、主人公ジワンに数々の不遇が押し寄せていて、それらは「女性としての社会的地位」のみならず、健康問題、家庭内ヒエラルキーなど様々なものが凝縮されていました
諸問題が起こることは問題ないと思いますが、映画では「韓国初の女性監督の遺作」という位置付けのもと、その映画に込められたものを探る旅に出ています
当時の映画界における女性の不遇があって、その生き残りが編集者イ・オッキということになっていました
『女判事』には検閲によって足りない部分があり、これがのちに「女性がタバコを吸っているシーンだったから」と判明しますが、このシーンは「恋人との別れ」にあたる「波止場で黄昏ているシーン」になっていました
パンフレットの監督のインタビューによれば、実際の『女判事』には「30分ぐらいのシーンの紛失」があるようですが、現在もそれは発見されていないそうですね
当時のフィルムだと「ロール1巻分」の量に相当するとされていて、映画の中のシーンはシナリオと照らし合わせて見つかっていないシーンを監督が撮影したと語っています
なので、見つかってはいないけど、シナリオとしては「女性がタバコを吸っているシーン」があって、その欠損の理由が当時の状況から想像して、「女性がタバコを吸うことによる抵抗感」という形で描かれているのだと思われます
これらは「社会が女性に押し付けてきた良妻賢母のイメージ」の果てにある束縛で、家庭に落ち込められていた女性の生きづらさというものを表しています
そんな中で、女性として男性社会に入っていったのがムンソク(映画ではミンソク)だったので、ジワンとしては「男性社会で奮闘する女性ふたり」と対面していることになります
この2人の社会的な待遇は似ているところがあり、それが現代のジワンでもそこはかともなく続いている、というテーマがありました
でも、映画の後半では「ジワンの健康問題(子宮筋腫)」というものが唐突に入ってきて、それすらも「女性の生きづらさ」というふうにまとめられていました
このシーンがあるのは構わないと思うのですが、病気になったことでジワンがすべき仕事を「誰か」がして、それによって「復刻」が完成しているというふうに結ばれます
おそらくは、見つかったフィルムを繋げて、それに声を入れて終わりだったということで、ジュニョンに指示を出して完成させたのだと思います
でも、この映画のテーマ性を考えるなら、ジワンの手によって完成し、そのフィルムを会場で観る意味はとても大きかったと思います
なので、この一連の不遇の中において、病気になったというシーンが不要に思えるのですね
実際には健康的に無理をしている可能性はありますが、ジワンを退場させるためにそのシナリオを採択しているのなら本末転倒なのかなと思いました
もし、病気のシーンを入れるとすれば、中盤もしくは前半に入れた方が良くて、それでも復刻を完成させたがるジワンの狂気というものを描いた方が良かったと思います
家族が心配する中で、それでも復刻を考える理由とは何か
これを息子の目線で見せ、彼が復刻の作業に関わるというのがしっくり来る流れになると思います
せっかく、わがままながらも着眼点の鋭い息子が登場しているので、単に駄々をこねて終わるよりは、「子どもの目線で働いている母」を見せて、それに感化されて「母の仕事を肯定する」という流れにした方が、理想論を語る上でも良かったのではないかと感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、壁にぶち当たった女性映画監督を描いていますが、ジワンが次作を作れないのは、監督としての力量であるように思えます
賞は獲ったけど、それ以降鳴かず飛ばずという感じて、ボラムから「母さんの映画はつまらない」と言われてしまいます
実際に彼女の映画がつまらないのかは観ていないので何とも言えませんが、観客の入りや息子の言葉を見る限り、口コミで良さが広がるほどのクオリティはないように思えます
そんな彼女が「韓国初の女性監督の作品の復刻」を依頼されるのですが、この設定で「オマージュ」というタイトルならば、期待される内容は、「復刻を通じて映画監督として再起を果たす」というものでしょう
でも、実際には復刻途上で倒れてしまい、その後監督として復帰できたのかは微妙な感じになっています
「オマージュ」というのは「過去作にリスペクトをして自分の作品内に引用する」という意味になるので、本来ならば「ジワンの次回作に『女判事』のテイスト」が引用されることになります
『女判事』が成しえなかったことは、「タブーとされた女性の所作」であり、それをスクリーンに蘇らせただけでは不十分だと言えます
映画の復刻で終わらせるなら、タイトルは別のものにした方が良いと思いますし、そのフィルムを観た人々が「その復刻シーンをどのように捉えるか」という反応を見せていく必要があります
一番わかりやすいエンディングは、家族と一緒に復刻映画を観て、そこで夫が「どのシーンを復刻したかわからない」と言い、ボラムが「タバコ、かっこええ」と茶化すことでしょう
夫のその発言は「時代の変化(=女性がタバコを吸うことへの抵抗感の欠如、健康被害は除きます)」を端的に表した言葉になりますし、ボラムの発言は「女性像の変化」を表すことになります
このセリフを受けたジワンが「ボラムに対して、タバコはダメよ」と言い、その理由を「健康」にするのも良いでしょう
また、夫の発言として、「かつてジワンがタバコを吸っていたことを暴露する」というのもアリだと思います
そこで、ボラムが「次回作は母さんの思うカッコいい女性を主人公にしてよ」と締めるのがしっくり来る内容かなと思います
個人的には『オマージュ』』というタイトルがあるので、このベタなドラマよりは、次回作に取り掛かるジワンを描き、そこにセヨンが寄り添って「4作目に向かう希望」を描くことでしょう
あの時代に成し得なかった理由は「社会」だけではなく、能力(時代に削がれた削除シーンを巡る闘争)にも繋がっていくので、女性2人が立ち上がるというのが変化を描くことにつながります
コミカルなオチにするなら、脚本を書いているジワンがタバコを蒸していて、それを見たボラムが「自分だけ」みたいなことをいうという感じになります
そして、振り向いたジワンを逆光で捉えて、ミンスク(女判事)の影がダブるというイメージショットで結んだら「カッコよかった」かなと思いました
あくまでも個人的な趣味の話ですが、最後にアガる展開が欲しかったので、題材が良いだけに勿体無いと感じました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/386303/review/b2a00423-236f-4be4-937c-1d942243d481/
公式HP:
https://hommage-movie.com/