■アクシデントに意味を持たせるのは、再生を果たした努力が実った時だけにしよう
Contents
■オススメ度
フィギュアスケートが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.2.20(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
原題:Лёд(「ICE」という意味)、英題:Ice
情報:2018年、ロシア、113分、G
ジャンル:怪我で挫折するトップフィギュアスケーターの苦悩を描いたラブロマンス&スポーツ映画
監督:オレグ・トロフィム
脚本:オレグ・マロヴィチュコ
キャスト:
アグラヤ・タラソーヴァ/Aglaya Tarasova(ナージャ・アレサンドロヴナ・ラプシナ:大怪我で選手生命に危機が迫るプロフィギュアスケーター)
(幼少期:Diana Enakaeva)
アレクサンドル・ペトロフ/Alexander Petrov(サーシャ/アレクサンダー・アルカディエヴィチ・ゴーリン:ラフプレイが原因でチームから干されるプロホッケープレイヤー、ナージャのリハビリを担当する)
Andrey Balyakin(アンドレー:ホッケーチームのコーチ)
マリヤ・アロノーヴァ/Mariya Aronova(イリーナ・セルゲイエヴナ:ナージャのコーチ、口癖は「神よ、私に忍耐力を」)
クセニア・ラパポルト/Kseniya Rappoport(ナージャの母)
ミロシュ・ビコヴィッチ/Miloš Biković(ウラジミール・レオーノフ:ロシアのトップフィギュアスケーター)
Yan Tsapnik(フセヴォロド・イゴレヴィッチ:レオーノフのコーチ)
Kseniya Lavrova-Glinka(マーゴシャ:ナージャの叔母)
Pavel Maykov(ジェナ:マーゴシャの夫、会場で歌い出す人)
Irina Starshenbaum(ジジョノワ:オーディション会場のライバルスケーター)
Maksim Belborodov(ミティア:レオーノフのアイスダンスのペアスケーター)
Andrey Zolotarev(五輪会場のレポーター)
Vilen Babichev(ソチ五輪のセキュリティガード)
■映画の舞台
2003年
ロシア:イルクーツク/Irkutsk
https://maps.app.goo.gl/DT9rzVK2nKYKff5D9?g_st=ic
ロシア:モスクア&ソチ
ロケ地:
Lake Baikal/バイカル湖
https://maps.app.goo.gl/epqULksWQPaBCVcZ7?g_st=ic
■簡単なあらすじ
2014年、ソチ五輪のアイスダンスにて、ナージャとレオーノフのペアは競技中に大きな失敗をしてしまう
その失敗によって脊髄損傷の大怪我を負ったナージャはトップスケーターから転落し、レオーノフとのプライベートの関係も終わってしまった
そんな彼女は幼少期から母と一緒にスケートをしていて、母はジュニアスケーターを育成しているイリーナにコーチをお願いする
だが、イリーナはナージャには才能がないと言って拒絶し、その後母は病死してしまった
叔母に預けられることになったナージャは個人レッスンに励み、再びイリーナの門を叩く
そして、彼女は寄宿学校に入って、イリーナのコーチングを受けることになったのである
ナージャはみるみる成長し、そしてイリーナの元を離れてトップフィギュアスケーターの地位を駆け上がる
彼女のアイスダンスのペアはロシアのトップスケーターのレオーノフで、ソチ五輪での金メダルは確実なものと思われていた
テーマ:再生に必要なフォース
裏テーマ:信頼が紡ぐ再生
■ひとこと感想
アイスダンスを題材にした作品で、少し古めのロシア映画でした
そんなことは全く知らず、ポスタービジュアルはスポ根というよりはラブロマンスのイメージが強かったですね
冒頭で事故が起き、そこからナージャの過去を振り返る構成になっていて、中盤になってようやくサーシャが登場しました
破天荒でラフなプレイヤーで「イカれ男」なのですが、ナージャに遠慮がない分、関係がフラットのまま進んでいきます
映画のメインはナージャが怪我から復帰できるかというもので、レオーノフとの距離感が絶妙な感じに仕上がっていました
映画もアングルが個性的で、氷を削る音がとてもリアル
アイスダンスのシーンもボディダブルだと思いますが、ものすごく美しいシーンが多かったですね
『ICE2』というのがあるようなので、ぜひ日本でも公開してほしいと思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
物語のメインはサーシャが登場してからで、最悪の出会いから徐々に絆を深めていく様子が描かれていきます
サーシャはスターウォーズの大ファンで、フォースがあれば何でもできると思っているところがかわいいですね
彼に進められて映画を観るナージャが「ダースベーダーの正体がわかるシーン(音声だけだけど見た人ならわかる感じ)」に見入っていたシーンは思わず笑みがこぼれます
サーシャの設定が「スケートはできるけどフィギュアは無理」というところが絶妙で、フィギュアの大会ではコメディアンに徹するしかありません
そんな彼がレオーノフを焚き付けるしかない憤りがあって、彼が会場にいくことは容易に想像できます
映画はここでちょっとビターな展開になりながらも、アイスダンスとは何かということを突きつけていくのですね
ラストシークエンスのアイスダンスのシーンは必見で、モブに思えた意外なキャラが立ち上がるシーンには心が震えました
■脊髄損傷はどのくらいヤバいのか
外的な要因で脊髄の骨や靱帯などに損傷を生じる怪我のことを「脊椎損傷」と言い、骨の脱臼や内部へのダメージなどが深刻な状態になると、「脊髄損傷」と言います
脊髄損傷まで状態が悪化すると、手足の麻痺、感覚障害、排尿排便障害、呼吸障害、血圧調整障害などが生じます
これらに付随して、様々な合併症を引き起こし、呼吸器合併症、循環器合併症、消化器合併症、泌尿器合併症、褥瘡などが起こる可能性があります
これらはどれも命の危機につながるもので、頚椎付近の脊髄損傷だと人工呼吸器が必要になる場合もあります
脳や脊髄などの中枢神経系が損傷を受けると、基本的には自己再生することはなく、いったん麻痺になった機能が自然に回復することはないとされています
損傷した脊髄を再建することはできませんが、ナージャの場合はそこまで深刻なものではなかったのでしょう
創作の世界では、脊髄損傷からの奇跡のカムバックが多く描かれますが、現実で起こるとかなり確率は低いですね
救急搬送の際でも、余計な衝撃を与えないように「頸椎カラー&バックボード」でしっかり固定されて搬入されることが多いですね
ちなみに、神経の再建などはできませんが、リハビリによって元通りの生活に戻れる人もいます
確率的には8%程度とのことですが、これは日常生活レベルの話なので、トップフィギュアスケーターにカムバックはハードルが高いかもしれません
でも、清水潤さんというプロスケートボーダーの方が、2012年に競技中に頸椎脊髄損傷で下半身付随の危機に陥ったというニュースがありました
絶望的に思われていたものの、受傷6ヶ月後に手足の痺れが和らいだことに気づき、病院を再受診されたそうです
そして、度重なるリハビリの末、発症から1年半後に競技人生を再始動するところまで回復しました
詳しい経緯は、下記のリンクを踏んでみてくださいまし
↓FINE PLAY『「あきらめない」下半身不随の危機から復活したプロスケートボーダー 清水潤 不屈のストーリー』URL
https://fineplay.me/skate/65623/
■原点回帰の中で気づく愛の正体
本作は、前後半の二幕構成になっていて、前半は「ナージャが頂点に立つまで」になっていて、後半は「絶望から甦る」というわかりやすいものになります
怪我をするまでが長い印象で、いつになったらサーシャ出てくるんだろうというほど、前半はしっかりと描かれていきます
母がナージャのどこに才能を見出したのかはわかりませんが、母としてしてあげられる唯一のことだったのかもしれません
露店で野菜を売る生活で、スケート教室の授業料を払えるのかは何とも言えないでしょう
日本だと年間600万くらいかかるそうで、裕福な家庭でも結構厳しい印象があります
ナージャも当初は大変だったと思いますが、ロシアは国策として資金を投入しているので、才能があればその恩恵を受けることができるとされています
ナージャのスケートの原点がどこかまではわかりませんが、母の肯定、環境などが挙げられるでしょう
湖には天然の氷が張ってあって、そこでの練習は自由ですし、スケート靴を購入さえすれば、あとは費やす時間との兼ね合いでしょう
彼女は「努力の人だから認められた」のであって、そこにかける執念は相当なものがありました
これらの努力がナージャの原点であり、母との思い出が彼女の癒しになっていました
サーシャはリハビリにおいて「これまで同じことをする」と言います
同じだけの熱量を持って、同じだけの時間を費やすことで、それが当然だった過去を体に思い出させます
体が追いついてくれば、あとは心の問題で、映画のように「考えないで動く」というアクシデントが必要となります
このアクシデントを人工的に起こすことは可能ですが、それはやらない方が良いでしょう
体の準備が整った段階で、必要な時にアクシデントは起こると考える方が精神的には良いと考えます
怪我をすることに意味を求めるのと同じように、回復のタイミングは神のみぞ知ると言えます
それらの準備が整ったとき、機会というものは勝手に訪れます
訪れるまでは「まだだよ」と言われていると考えるのが自然で、そこでペースを崩さずに継続していくことが重要なのですね
タイミングは自分の心体だけではなく、外部の環境などにも左右されます
そうした先にある機会というものは「熟成」を好むので、それらが飽和した時に自然と扉は開くものだと考えておいた方が気が楽になると思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画でも、機会に対するタイミングを見誤っているシーンが多くあって、顕著だったのは「レオーノフとの再タッグ」だったと思います
一度解消された関係は、「勝つ」という目的だけで再結成されますが、同じように「勝つ」と考えていた前回とは意味が違っています
1回目の「勝つためのペア」は、「揺るぎない王者と組む」というもので、2回目の「勝つためのペア」は「消去法的な選択」になっていると言えます
レオーノフが新しいパートナーと勝てないのは、彼自身が衰える方向に向かっていることもありますが、ナージャと比較すると「覚悟」というものに温度差があります
同じくらいの熱量で「勝ちを意識する」というレベルまで持っていけることができれば問題はないでしょう
でも、彼らのタイミングは最悪に近く、熱量の差は驚く以上に広がっています
レオーノフの熱量が低いのは、もう一度転倒したら立てなくなるという予測を確信に変えてしまっているからでしょう
それゆえに、演技も全力を出せず、メンタルも自信家だったとは思えないほどに弱っていました
一方のナージャは、サーシャとの関係性を捨ててまで臨むもので、勝つ以外にサーシャとの時間を肯定できるものがありません
この悲壮感というものが前面に出ていて、それを覆い隠すために無表情に近い姿に生まれ変わります
レオーノフと再タッグを組むという発表会見の場において、その顔つきには優しさのカケラもありません
そして、この余裕のなさは憤りに代わり、思った以上に動けないことを悟ります
これが、冒頭のシーンに使われる、ナージャがリンクで転倒するシーンなのですね
このシーンでは、ペアに信頼関係がないこと、ナージャの演技に余裕がないことが浮き彫りになっていました
その後、映画はサーシャの登場によって、会場がまったく違う空気に支配されます
サーシャの乱入によって、ペアは失格、不法侵入の罪の問われるのですが、サーシャはこれを「機会」だと捉えているのですね
会場が一体となったこの瞬間は、二人のために用意されたステージで、それは「勝つ」という目標から逸脱した先にある「心が望んでいたもの」であることは言うまでもありません
「機会」を運ぶのは、自分以外の人間であり、その人を陰ながら見ていた人々の想いだとも言えます
これまでに一切関わって来ないように描かれていたナージャの叔父が始める音楽は、アイスダンスの枠組を超えてきます
外の世界にいる人にしかわからないもの
これが彼らの運命に組み込まれることは、誰しもが「必然」であったと思うし、これまでの過去が全て、この時のためにあった、とも感じ取れる瞬間だったと言えるのではないでしょうか
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/381548/review/cd3d6c82-7803-45f4-8f09-43976a4a657f/
公式HP:
https://ice-movie.jp/