■加齢とともに魅力を帯びる人がいるかと思えば、抗いによって劣化を早めている人もいたりするよね
Contents
■オススメ度
世にも奇妙な系の話が好きな人(★★★)
肉体と精神の関係について考察したい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.9.6(MOVIX京都)
■映画情報
原題:Incroyable mais vrai(「信じられないけど本当」という意味)、英題:Incredible but True
情報:2022年、フランス、74分、G
ジャンル:通ると若返るという地下室の穴を巡る夫婦の諍いを描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:カンタン・デュピュー
キャスト:
アラン・ジャバ/Alain Chabat(アラン・デュヴァル:新居の下見に訪れる夫、マリーの夫、保険会社の社員)
レア・ドリュッケール/Léa Drucker(マリー・デュヴァル:アランの妻)
(19歳時:ロクサーヌ・アルナル/Roxane Arnal)
ブノワ・マジメル/Benoît Magimel(ジェラール:アランの友人、保険会社の社長)
アナイス・ドゥムースティエ/Anaïs Demoustier(ジャンヌ:ジェラールの恋人、下着屋の店長)
ステファン・ペゼラ/Stéphane Pézerat(フランク・シューズ:不動産仲介業者)
Grégoire Bonnet(アージェント:ジェラールを診察する医師)
Mustapha Abourachid(精神科医)
Hiro Uchiyama(日本人医師)
森本渚(手術のアシスタント)
Azuki Hagino(手術のアシスタント)
Marie-Christine Orry(ランバン夫人:近所に住む人)
Mikaël Halimi(ジェラールの会社のインターン、研修生)
Michel Hazanavicius(ファッション・フォトグラファー)
Antonia Buresi(射撃場の受付)
Lena Lapres(ミミ:スチュワーデス)
Vanessa Philippon(ジェラールの愛人)
■映画の舞台
フランスの郊外のどこか
ロケ地:
フランス:イル・ド・フランス
ラ・セル=サン=クルー
https://maps.app.goo.gl/MSHuJAMjt154CptY9?g_st=ic
■簡単なあらすじ
保険会社の営業担当のアランとその妻マリーは、ある邸宅の売り物件の下見に訪れていた
不動産仲介業者のフランクは「この家には秘密がある」と勿体ぶり、内観を進めていく
二人住まいには広めの邸宅で、しかも大きな地下室まであった
二人は「広すぎる」と購入に消極的だったが、フランクは「地下にある穴を通過するとすごいことが起こるんです」と二人の興味を煽った
その秘密は「穴を通過すると12時間進むが、3日間若返る」という胡散臭いものだった
結局物件を購入した二人だったが、アランは秘密をバカバカしいと相手にしなかった
だが、マリーは次第にその穴の秘密に惹かれてしまい、半信半疑のまま穴を通過することになったのである
テーマ:若さへの執着
裏テーマ:肉体と魂の関係性
■ひとこと感想
地下室の穴に入ったら「実質2.5日若返る(12時間進んで、3日若返る)」という眉唾ものにハマる妻を描いているのですが、その対比としてアランの上司ジェラールが「あるモノ」を装着するという展開が待っていました
予告編になかったのでネタバレ回避で「あるモノ」としておきましたが、これによって「男女の執着」というものがバランスよく描かれていたと思います
物件の購入に至ったのはマリーの興味で、試しに通ってみても変化を感じません
何度か繰り返していくうちに、なんとなく若返ったような気になって、でもアランは「変化なし」と相手にしませんでした
これによって火がついたマリーは、あの手この手で「穴の力」を検証し始めるのですが、それが「中身が腐ったままのりんご」となっていたのが面白かったですね
これが壮大な前フリになっていて、最終的なマリーの精神異常に繋がっていました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
女性は見た目、男性はイチモツというわかりやすい象徴の回復&保持を目指す二人を描いていて、その二人に挟まれるのがアランという人物でした
妻は胡散臭い穴に入り続けて不在がちになり、上司はイチモツのメンテで仕事を放り出して押し付けられます
そうした中でも精神的に正常でいられるアランは随分と大人なんだなと思わされます
物語は「男女の肉体的執着」を描いていて、予告編から感じるような「マリーの執着」だけを描いていませんでしたね
私は男性なのでジェラールの気持ちがわからないでもないのですが、結局のところ道具で女性を悦ばせているだけなので、大人のおもちゃを使っているのとの違いがわかりません
マリーがハマっているものは、言い換えれば胡散臭い美容液とかの類に見えますね
科学的に根拠があったとしても、その実感のためにかなりの年月を消費するわけで、それをアランが求めていないところに滑稽さを感じてしまいます
ぶっちゃけ、19歳の見た目で中身50歳前後な訳で、19歳のモデルが求められているフレッシュさを表現できるわけがないと言ってしまえばそれまでだったりしますね
浅はかな考えによって、失うものが大きいのですが、これはある意味において、「肉体と魂の関係性」を描いている哲学的な側面もあるのかなと思いました
■若さへの執着
予告編ではマリーの執着だけが強調されていましたが、本編ではジェラールの執着も描き、アランは二人に挟まれる格好になっていました
マリーは外見の衰えを嘆き、穴を通っては鏡で顔を見るという行動を続け、ジェラールは電子ペニスを誇らしげに語るという対比になっています
ある程度の年齢になると衰えるのは当然で、アランはそれを自然なものとして受け止めていますが、マリーとジェラールはそうはいきません
肉体の衰えに対する恐怖みたいなものがあって、それを訴求するかのように奇妙なモノに手を出していきます
この二人が特異かというとそうでもなくて、その根源は異性に対する承認欲求が根源となっています
マリーは試しに穴を通って見ても、自分でも変化を感じないし、アランはバカバカしく思っています
アランはマリーの行動や気持ちをバカにしているわけではなく、そんな眉唾な穴の効能に対して信じていないのですが、マリーはその穴への無関心さが、そのまま自分への無関心と結びつけていました
もし、アランが少しでもマリーの外見に興味を示していたら、このような結末になっていなかったかもしれません
同じようにジェラールは男性の象徴を誇示するかのように電子ペニスを移植します
彼と恋人の関係に於いて、ジャンヌはまだまだ好色的な側面を見せていて、ジェラールが不能の期間にアランを誘惑したりします
彼女の性的興奮に応えるかのように電子ペニスを装着することになるのですが、無敵の矛を手に入れてしまうと、色んな方面で試したくなるのも性かもしれません
もっとも、事故に依る不具合によって捨てられたジェラールが、再起後に手当たり次第突き進む様子が描かれていましたが、彼は女性を性的に満たすことでしか関係性を維持できないと考えていました
これらの根源的な欲求は、同じ価値観で連れ添っていくとあまり起きなくて、でもだからと言って相手に興味を示さなくても良いという意味ではありません
アランとマリーの年齢差はわかりませんが、マリーは50歳という設定なので、肉体的な衰えはかなり進行していきます
その進行というものを許容できれば問題ないのですが、その根底には「自分自身に身体的、表面的な魅力があったという自負」というのがマリーの中にあって、それが人生の中で活かせなかったという後悔がありました
それが若返って始める「モデル」なのですね
彼女は自分の美に対して自信を持ってきた人で、それが加齢に因る衰えと、配偶者の無関心によって、欲望が誇大化したと言えるのではないでしょうか
■肉体と精神の関係性
肉体と精神の関係性は諸説ありますが、個人的には「生命力」「生命エネルギー」そのものが精神や魂であると考えていて、それは加齢と共に成熟し、やがては活動を停止していくものであると思っています
人間の寿命は細胞分裂が終わりを見せ始めて、それによって各種器官が停止するというものですが、各種器官を動かしているのは生体エネルギーであると思います
その活動が終着していく先に寿命と追うものがあって、諸説ありますが、心臓の鼓動の回数が個体によって決まっているという説もあります
これらの考えは「激しい運動を伴う人生を送った人の方が寿命が短い傾向にあるから」みたいなところに原点があり、ある程度納得のいくものかもしれません
肉体と精神のバランスは絶妙なもので、そのバランスが崩れるとどちらにも不具合が生じます
肉体の欠損や劣化によって、精神的に不調を来たすということもあれば、精神的な問題によって身体機能が低下するということもあります
これらの健全性を求めるのが人間の性ですが、どちらかだけに特化すると一気にバランスが崩れてしまいます
成長(老化)とともに成熟(劣化)していくと思いますが、( )にあるように、成長と成熟と捉えるか、老化と劣化と捉えるかは人それぞれであると思います
この映画では「肉体」だけを若返られるという方法を取る男女が精神的におかしくなっていく様子を描いていて、自然体であるアランが傍観しているという内容になっています
アランは加齢に因る肉体的な変化を劣化とは捉えていなくて、それがソフトランディングしていくことを認識しています
彼の価値観からすればマリーやジェラールの行動は意味不明でしょうが、根源的な欲求の違いというものが最終的には大きな差異になっていることが読み取れます
これらの肉体と精神のバランスというものには試練があって、誰しもが「肉体の老化」というものを先に認識していきます
身体が思うように動かないとか、アンチエイジングに興味が出るなどがありますが、これを過去の自分との対比で感じるか、他人(特に同年齢)との比較で感じるかによって、その執着の質は変わってきます
二人とも「他者の反応」というものが起点になっていて、マリーはアランの性的無関心を誇大に捉えています
また、ジェラールはジャンヌの底知れぬ性的欲求に応えようと考えます
自分の過去と比較すると加齢は受け入れやすいですが、その感覚と他人の反応に乖離が起こるとき、そこに焦燥のようなものが生まれ、存在価値というものを揺るがしてしまいます
通常なら、そこで「加齢を否定せずに受け入れる」のですが、マリーはアランが受け入れているにも関わらず、自分自身の根源欲求との戦いに敗れて、行動を変えることになってしまいました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
「こんな穴があったら入って見たいですか?」という問いかけが本作にはあって、同時並行して「電子ペニスが欲しいですか?」という問いかけもなされています
男性と女性それぞれに考えさせるために二つの事例を出していて、女性は容姿の劣化に抗えるかという問題と、男性は機能不全を受け入れられるかというところに行き着いていきます
私個人はもうすぐ50歳になりますが、肉体的な衰えは40代に入ってから起きているので、かれこれもうすぐ10年は老化というものの進行に寄り添ってきたと言えます
男性的な立場からすれば、機能不全になって困るかどうかは「パートナーの質」に因るのかなと思っていて、幸い若くて性的に活発な相手がいないことからその問題に晒されずに済んでいると思っています
人間の美しさというものをどう捉えるかという問題はありますが、見た目にそれが反映されているのは事実で、かと言って「パーツの配置バランスがすべての美醜を決めるわけではない」というのは理解できるかと思います
内面の活力はそのまま心のかたちになっていて、活力を産むのは精神的な活動の質に因るところが大きいでしょう
なので、美しさというのは、本来精神的な影響を受けた生体エネルギーが作り出す雰囲気というものにあると思うので、それに対する感知能力というものが人間には備わっています
誰かを見て美しいと感じることに対して、恒常的だったり瞬間的だったりするのは、その人の持つ生体エネルギーのバランスなどが視えるからだと思います
そう言った観点からすれば、個人的には人の美醜を決めるものは「その時点の精神性」ということに他ならないのかなと思います
誰もが美しくありたいと思うのは当然のことで、それは異性を惹きつけるためという生物学的なものと、精神的な充足を考える人類特有の哲学的なものが潜んでいると言えます
個人的にはすべてのものに美が宿っていて、それをうまく表層に出せる人と敢えて出さない人がいるように思えます
基本的には、多くの人の承認欲求の中に表層的なものに対するこだわりというものがありますが、その内外のバランスがおかしくなると、壊れていくのは当然のことだと言えます
この崩壊が起こるのは、自分の容姿とそれを装飾するものとの関係性に一貫性がない場合が多くて、俗物的な言い方をすれば「偽ブランドで誇示する」みたいなことでしょう
正体がバレると受けるダメージが大きいようなことを、虚栄心に負けて行っているという人をよく見かけます
それで自分自身が充足しているなら問題ないでしょうが、結局は他人の評価というものを求めていくものなので、装飾に関して言えば、自分の生活レベルに合ったものを保有することが望ましいでしょう
装飾が馴染んでいるという状態は、その個体自体にも相応の輝きを内面から有しているという状態なので、もし装飾に意志があるとしたら、引き寄せ合うことでさらに輝きを見せるのかも知れません
かなり抽象的な書き方になっていますが、ぶっちゃけすぎると反感を喰らいそうに思うので、かなりオブラートに包んでおきました
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/383965/review/de3c65cf-edb4-4e4c-a576-6ed5dba9d495/
公式HP:
https://longride.jp/incredible-but-true/