■秘密にしなければならなかった「あのこと」は、この時代を動かすために、再び世の中に提示されることになったのだと思う


■オススメ度

 

女性の中絶のリアルを知りたい人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2022.12.12(アップリンク京都)


■映画情報

 

原題L’événement(事件)、英題:Happening

情報:2021年、フランス、100分、G

ジャンル:意図せぬ妊娠をした女子大生が違法とされる中絶に向かう様子を描いた自伝的ヒューマンドラマ

 

監督&脚本:オードレイ・ディヴァン

原作:アニー・エルノー/Annie Ernaux『L’événement/事件(2000年)』

 

キャスト:

アナマリア・ヴァルトロメイ/Anamaria Vartolomei(アンヌ・デュシエンヌ:意図せぬ妊娠をする女子大生)

ケイシー・モッテ・クラウン/Kacey Mottet Klein(ジャン:女友達が多いアンヌの友人)

Alice de Lencquesaing(レティシア:ジャンの友人、リヴィエール夫人の仲介者)

ルイーズ・オリー=ディケロ/Louise Orry-Diquero(ブリジット・ランソン:アンヌの親友)

ルアナ・バイラミ/Luàna Bajrami(ヘレーネ:アンヌの親友)

ルイーズ・シュビヨット/Louise Chevillotte(オリヴィア・デュボア:口うるさいアンヌの同級生)

 

サンドリーヌ・ボネール/Sandrine Bonnaire(ガブリエル・デュシエンヌ:アンヌの母、食堂経営)

Eric Verdin(ジャック・デュシェンヌ:アンヌの父)

 

ピオ・マルマイ/Pio Marmaï(ボルネック教授:アンヌに期待を寄せる文学部の教授)

 

アナ・ムグラリス/Anna Mouglalis(リヴィエール夫人:アンヌが頼る闇医者)

ファブリツィオ・ロンジョーネ/Fabrizio Rongione(ラヴィンスキー:アンヌが初めに診察を受ける産婦人科医)

François Loriquet(ギメ医師:エストラジオールを処方する医師)

 

レオノール・オベルソン/Leonor Oberson(クリア:アンヌと同じ寮に住む女子大生)

Madekeine Baudot(リサ:公衆電話をかける女子大生)

 

Julien Frison(マキシム:故郷に住むアンヌの彼氏)

Édouard Sulpice(パトリック:マキシムの友人)

Leïla Muse(セリーヌ:パトリックの彼女)

 

Cyril Metzger(ギャスパール:アンヌが成り行きで関係を持つ隣の消防署の署員)

 


■映画の舞台

 

1963年、フランス

アングレーム(大学寮のある場所0

https://maps.app.goo.gl/5E964qawhKGBeG1i6?g_st=ic

 

ボルドー(マキシムが住む街)

https://maps.app.goo.gl/GphpJDTicBrKiHh37?g_st=ic

 

ロケ地:

フランス:Charente

Saint-Amant-de-Boise/サン=タマン=ド=ボワックス

https://maps.app.goo.gl/fnvpnKWMQMVHut8R8?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

フランスのアングレームの大学に通うアンヌは、親友のブリジットとエレーヌを連れて寮を抜け出して夜遊びをしていた

女友達の多いジャンも交えて夜な夜な遊んでいたが、アンヌはヴォルニック教授が将来を嘱望するほどの才女で、将来を有望視されていた

 

ある夜、女子寮の隣にある消防署の若き消防士ギャスパールにアプトーチをかけられたアンヌは、そのまま成り行きで体の関係を持ってしまう

そして、体の変化は週を追うごとに顕著になり、産婦人科医ラヴィンスキー医師は「妊娠している」と診断した

 

1963年のフランスでは中絶は違法で、手を貸した者も処罰される時代だった

だが、妊娠をすれば大学に通うことは困難になり、良い就職先も見つからない

そこでアンヌは親友たちにも一切内緒のまま、どうしたら子どもを堕ろせるのかを調べていくことになったのである

 

テーマ:中絶と将来

裏テーマ:覚悟の受容

 


■ひとこと感想

 

邦題が意味深な感じになっていて、かつ中絶を取り扱っていることはわかりましたので、不穏なんだろうなあと思って鑑賞

予想以上に「痛い」映画で、女性の生きづらさというものがヒシヒシと伝わる内容になっていました

 

原作者の半自伝とのことで、中絶経験などはそのまんまなのかなと思います

一応はアンヌの中絶の6年後ぐらいに、ようやく中絶が違法ではなくなったという時代ですが、意図せぬ妊娠に選択肢がないというのはいろんな意味で恐ろしいことかもしれません

 

こういう物語だと、必ず「できる可能性があるのだから、それを避けたいならば男と関係を持たないことが前提」という意見で溢れます

それでも、作者は「自分の欲求に素直になること」を否定しませんし、それによって人生が決まるという法整備の方に問題があると考えていましたね

 

でも、中絶が軽く行われる世界というのもどうかと思いますので、欲望優先が必ずしも良いとは言えないのかなとも思ってしまいます

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

映画は「アンヌが妊娠して中絶を完了させるまでの十数週」を描いていて、まるでカウントダウンのように逼迫していくスリラーのような印象を持ちました

最後にアンヌが教授にいう「主婦になる病」という言葉も強烈で、一部の人たちが騒ぎ立てそうな案件でもありましたね

 

それでも、当時は産んで育てる以外に選択肢がなく、言うなれば「性欲を満たすことは諦めろ」という風潮に近いのでしょう

本作では、若い女性なら誰しも持っている性欲の解放を主軸に置きながら、万が一に望まない妊娠をしたときにどうするか、という問いかけがあり、またアンヌをその状況に追い込んでいる「体制」への問いかけが背景にあります

 

現在のフランスでは法整備も進んで選択肢がある状態ですが、男性優位社会の中で女性が堂々と権利を主張する難しさというものはまだ残っていると思うのですね

この映画は女性への讃歌であると同時に、妊娠が女性の人生にどのような影響を与えるのかについて、男性が知るべき内容だったようにも思いました

 


フランスにおける中絶の歴史

 

フランスで「中絶」が合法化されたのは、1975年に定められた「ヴァイユ法(人工妊娠中絶に関する1975年1月17日付法律第75-17、Loi du 17 janvier 1975 relative à l’interruption volontaire de grossesse)」によって定められています

ジスカール政権時代に厚生大臣だったシモーヌ・ヴェイユ(Simone Veil)が法案を起草しています

1974年の国民会議に提出され、3日間の激しい抵抗の末に可決に漕ぎ着けることができました

 

事の起こりは1810年頃からあった堕胎罪が基になっていて、キリスト教圏の教義もあって、非合法行為とされてきました

1967年12月19日の国民会議にて、経口避妊薬の使用の合法化であるヌーヴィルト法(Loi relative à la régulation des naissances et abrogeant les articles L. 648 et L. 649 du code de la santé publique)が」成立し、これはリュシュアン・ヌーヴィルト(Lucien Neuwirt)の名前から取られています

 

ちなみに「ヴァイユ法」では、「当人の自由な意思」「専門家が許可」「他に手段がない」と言う場合において人工妊娠中絶手術が認められています

他には「胎児に奇形が見られる場合」「母体の生命の危険がある場合」は、妊娠12週を過ぎても手術を受けることができます

 

1979年にこの「ヴァイユ法」が恒久に制定され、1982年のルーディ法にて「保険適用」になります

1990年に入ると、医療機関での薬剤による人工妊娠中絶が認可、1993年には「人工妊娠中絶を妨害することを罪とするネイエルツ法」が成立しています

映画内でも「エストラジオール」と言う「エストラゲンの分泌を促す薬剤」が使用され、それによって流産の可能性を下げる効果について言及されていました

 

その後、1999年に緊急避妊薬(モーニングアフターピル)が市販、2002年から未成年に無償で配布されるようになりました

現在では、未成年者を含むすべての女性に対して全額保険適用になっていて、15歳から18歳の女性は避妊薬を無償で入手できるようになりました

 


中絶はどう行うか

 

フランスにおける「中絶」は、「9週までが経口中絶薬」「16週までが真空吸引法」が行われています

日本の場合は大きく分けて2つの方法があります

この手術が受けられるのは「妊娠22週未満(21週6日)」で、妊娠初期(12週未満)とでは方法が異なります

妊娠初期では、子宮内容除去術として「掻爬法(内容を掻き出す方法)」か「吸引法(機械で吸い出す方法、こちらがフランスで行われている方法)」のいずれかになります

静脈麻酔下にて、子宮口を拡げた状態で行います

映画で登場していたのは「クスコ膣鏡」が登場していましたね

時間的には15分前後、痛みや出血などはほとんどなく、その日のうちに帰宅できるとのこと

費用的には「自由診療で12万円前後」が相場になっています

 

妊娠12週を越えてくると、あらかじめ子宮口を開く処置をした後に子宮収縮剤にて人工的に陣痛を起こし流産させる方法になります

入院措置が必要で、12週を越えた場合は「死産届」と言うものを役所に提出しなければなりません

その後、胎児の埋葬許可証を発行してもらうと言う流れになっています

費用に関しては、40万円から45万円前後が相場のようですね

 

胎児の埋葬に関しては、「墓地、埋葬に関する法律」の適用になるので、その手順は通常の埋葬と同じような方法になります

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は「男性優位社会」の中で、「妊娠によって選択肢がない時代」を描いています

犯罪になるので誰も関われず、闇医者に頼らざるを得ないのですが、学生で400フランを集めるのは至難の業のように描かれていましたね(本を手放すことに抵抗感があったように思えました)

当時のレートまでは調べられなかったのですが、本やアクセサリーを売って用意できた金額なので、そこまで厳しい金額ではなかったのだと思います

おそらくは、その後自己責任で行った中絶後の医療費の方が高かったように思えます

 

妊娠によって選択肢が消える世界なのですが、その世界に生きているのに行動が軽率である面は否めません

このあたりは「快楽としてのセックス」に対してどう考えているかと言うところがあって、個人的には「命を賭けてまで優先するもの」と「瞬間的な快楽」とのアンバランスさが気になってしまいます

それでも、普通にあるべき権利というものが抑圧されていて、その時代をどう変えていくかという信念は感じ取れました

 

映画は「中絶」がクローズアップされていますが、これらのことよりも「事件のタイミング」に意味があると思います

アンヌが命懸けの中絶を行った数年後に法律が制定されるように、映画では描かれていない当時のフランスの女性の人権運動というものは活発化していたのですね

なので、学のあるアンヌはそれらの動きのことも知っていて、うねりの中で自分自身の権利について考え始めていたのだと思います

 

アンヌはこれから社会に出る人物で、当初は教授に期待されて教員を目指していましたが、この事件を機に作家へとシフトしていきます

それは「移りゆく時代の中で前時代の知識を教えること」よりも、「今、自分が感じている世界との乖離を伝えること」に意味があると考えたのでしょう

彼女の体験は当時はマイノリティでも、多くの女性に希望を与えるものでもあると思います

これまでは「風習に倣って」諦めることを当たり前だと思っていた人も、もしかしたら選択肢があったのではないかと想起することができるのですね

そういった積み重なりというものが時代のうねりになって、それによって同調意識を生んでいきます

アンヌが行動に移せたのは、これまでの女性人権運動が学生にも浸透してきたことを意味していると言え、どのような活動もかたちになるまでに多くの人々の意識を変えていくものなのだな、と思い知らされます

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/384695/review/796269cd-214c-4478-883d-9781bda0a3bc/

 

公式HP:

https://gaga.ne.jp/anokoto/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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