■あの世に持っていくものがあるとして、それを故人が望んでいるのかはわからないものですよね
Contents
■オススメ度
墓泥棒の映画に興味のある人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.7.25(アップリンク京都)
■映画情報
原題:La chimera(実現不可能な夢)
情報:2023年、イタリア&フランス&スイス、131分、G
ジャンル:墓泥棒の一味が古代の遺跡を発見する様子を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本:アリーチェ・ロケバケル
キャスト:
ジョシュ・オコナー/Josh O’Connor(アーサー:考古学愛好家の青年、イギリス人の墓泥棒)
イザベラ・ロッセリーニ/Isabella Rossellini(フローラ:アーサーの恋人・ベニアミーナの母)
Yile Yara Vianello(ベニアニーナ:アーサーの行方不明の恋人、フローラの娘)
Elisabetta Perotto(ヴェッラ:フローラの娘)
Chiara Pazzaglia(ローサ:フローラの娘)
Francesca Carrain(シスタ:フローラの娘)
カロル・ドゥアルテ/Carol Duarte(イタリア:フローラの弟子、メイド)
Julia Vella(コロンビーナ:イタリアの娘)
演者不明(チリッロ:イタリアの息子)
ビンチェンツォ・ネモラート/Vincenzo Nemolato(ピッロ:アーサーの泥棒仲間)
Giuliano Mantovani(ジェリー:アーサーの泥棒仲間)
Pancrazio Capretto(ジェリーの叔父)
Gian Piero Capretto(マリオ:アーサーの泥棒仲間)
Ramona Fiorini(ファビアーナ:アーサーの泥棒仲間)
Melchiorre Pala(メルヒオーレ:アーサーの泥棒仲間)
Luca Gargiullo(湾岸労働者、アーサーの仲間)
アルバ・ロルバケル/Alba Rohrwacher(スパルタコ:アーサーから古美術を購入する美術商)
Lou Roy-Lecollinet(メロディー:スパルタコの姪)
Milutin Dapcevic(スパレッタ:スパルタコの助手、競売手伝い)
Maria Pia Clementi(スパルタコの助手、病院の受付)
Barbara Chiesa(ネッラ:列車の乗客)
Elisabetta Anella(ネッラの長女)
Maddalena Baiocco(ネッラの末娘)
Alessandro Genovesi(車掌)
Cristiano Piazzati(靴下売りの行商人)
Valentino Santagati(路上のパフォーマー、ギター&ボーカル)
Piero Crucitti(路上のパフォーマー、トライアングル)
Luciano Vergaro(カティア:発掘の依頼人)
Carlo Tarmati(カラビニエール:?)
Sofia Stangherlin(ソフィア:駅の住人)
Marianna Pantani(エトルリア人のプロフィールを持つ少女、駅の住人)
Maria Alexandra Lungu(アレクサンドラ:駅の住人)
Agnese Graziani(アグネス:駅の住人?)
Sofija Zobina(ソフィヤ:駅の住人?)
Silvia Lucarini(シルヴィア:駅の住人?)
Leila Nuniz(レイラ:駅の住人?)
Luca Chikovani(シコ:ジャンキー)
Paolo Bizzarri(ロスポ:マフィアの一味?)
Claudio Fabbri(ガット:マフィアの一味?)
Monaldo Gazzella(ヴォルペ:マフィアの一味?)
Giulia Caccavello(女性獣医)
Franco Barzi(羊飼い)
Fabrizio Pierini(兵舎の警察官)
Andrea Pettirossi(兵舎の警察官)
Anna DeLuca(ホステス)
■映画の舞台
1980年代、
イタリア:トスカーナ
ロケ地:
イラリア:ラッツオ
タルクイーニヤ/Tarquinia
https://maps.app.goo.gl/dnc8UmZsk2bDt7KN7?g_st=ic
ブレーラ/Blera
https://maps.app.goo.gl/ytMgNfvgKvvNd4kZ7?g_st=ic
チビタベッキア/Civitavecchia
https://maps.app.goo.gl/YUnuygwX5Z89G6Jb6?g_st=ic
スイス:
ルチェルン/Lucerne
https://maps.app.goo.gl/47MmtDNJgCH1Wpfk9?g_st=ic
チューリッヒ/Zurich
https://maps.app.goo.gl/ZwMeEYZ3F4dZHL6KA?g_st=ic
■簡単なあらすじ
1980年代、イタリアのトスカーナ地方では、墓荒らしの罪で服役していたアーサーが釈放された
アーサーは古美術商のスパルタコに美術品を売るのを生業としていて、彼にはダウジングと直感によって、エルトリア時代の副葬品を見つける特技があった
アーサーには行方不明になっている恋人・ベニアニーナがいて、彼はその母親のフローラ夫人のもとを訪ねた
そこでは、フローラの弟子のイタリアが住み込みで家事手伝いをしていて、彼女は内緒で自分の子どもを屋敷に隠して育てていた
ある日、地元民から依頼されたアーサーは、かつての仲間と共に墓荒らしの仕事を再開する
警察に目をつけられていたアーサーたちだったが、その目を掻い潜って幾つかの副葬品を手に入れることに成功した
この頃からアーサーはイタリアに心を奪われ始めていたが、彼女の子どもたちの存在がフローラの娘たちにバレてしまうのである
テーマ:副葬品を添える意味
裏テーマ:不法占拠とその功罪
■ひとこと感想
あまり情報を入れずに、墓泥棒が暗躍する映画とだけ知って鑑賞
それ以上でもそれ以下でもないのですが、やたら登場人物が多くて困惑してしまいました
物語の骨子はアーサーとイタリアの恋愛になっていますが、テーマ性としては埋葬品とは何かを問うているような感じになっていました
死者の魂と共にあるべきものというのは当たり前の概念だと思いますが、そう言った感度が低いからこそ、墓泥棒などをしてしまうのでしょう
映画は、かなり変わった演出が多く、路上で語り手がいきなり歌を歌い出したり、画面のサイズが変わったりと、溶け込むのに苦労する映画でしたね
後半では、海辺からあるものが出土するのですが、一味がなんの躊躇もなく壊したところに戦慄を覚えてしまいました
そのままの方が絶対に高く売れるのに、後でくっつけるってなんやねんと思ってしまいました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
本作は予告編でほぼネタバレしてしまっている感じで、タイトルも「女神」が入っているために、いつ「女神」に遭遇するんだろうと思っていました
この女神はどうやらダブルミーニングのような感じで、イタリアのことも指すのかなと思いました
墓泥棒を優先したために愛を失うという結末になっていましたね
テーマとしては、副葬品は何のためにあるのか、という直球のようなものがありましたが、それ以上に気になったのは「不法占拠」の方でした
初めはフローラ夫人の家に内緒で住まわせているとか、アーサーの家も不法占拠で取り壊されてしまいます
さらに、イタリアは廃駅を家に変えてしまい、そこに多くの人が集うようになっていました
墓泥棒も不法占拠であり、それを売って稼ごうというのは倫理もあったものではありません
でも、その意味を知ったことで、アーサーの思考が変わってしまいましたね
ラストは自分がベニアニーナの副葬品のようなものになっていて、意思ある埋葬の意味を感じ取れるようになっていたと思いました
■エルトリアについて
本作では、主人公たちがエルトリア時代の遺品を発掘している様子が描かれていました
エルトリア(Etrusci)とは、古代イタリアの文明の一つで、エルトリア人によって形成されたものでした
紀元前900年〜紀元前27年頃に栄えた文明で、現在のトスカーナ州、ウンブリア州あたりのを中心とし、現在のイタリアの北西部一帯まで広がっていた文明でした
エルトリア人は先住民という認識になっていて、最古の証拠は紀元前900年頃の鉄器であるとされています
この鉄器が文明の初期であると推定され、この文明は青銅器時代後期のプロト・ヴィッラノヴァ文化から発展したものでした
その後、紀元前4世紀後半にローマ・エルトリア戦争に突入し、そこで陥落したために文明的には終わりを告げています
エルトリア人自体は、その後ローマの市民権を付与され、新しい建国ののちにローマ帝国に組み込まれることになりました
エルトリアの宗教は内在的な多神教で、目に見えるすべての現象は神の力によるものだという考えを持っていました
神の力は絶えず人の世に影響を及ぼしていて、神々は細分化されていたとされています
神々の意志を伝達する存在がいて、予知能力を授かった子どものような人物(タゲス)、女性(ヴェゴイア)によって、エルトリア人に啓示されてきました
教えは聖典に収められていて、土着の性質を持つ神、太陽を司どるカタとウシル、月を司どるティヴル、民事の神セルヴァンス、愛の女神トゥラン、戦争の神ララン、死の女神レイントとマリスなどがいました
ちなみに、映画の中で発見されるアルトゥーム(Artume)像は「エルトリアの女神(狩猟の神)」で、そのルーツはギリシャ神話のアルテミスだと言われています
■オルフェウスとエウリュディケについて
本作は、行方不明になった恋人ベニアニーナを探すアーサーが主人公で、この物語がクラウディオ・モンテヴェルティ(Claudio Monteverudei)の「オルフェオ(L’Orfeo)」に由来するとされています
このオペラは、ギリシャ神話のオルフェウスの悲劇がベースになっていて、死んだ花嫁のエウリュディケーを生き返らせようとして無駄に終わる話とされています
1607年に行われた宮廷公演のために書かれたオペラで、現在でも定期的に上演されている作品となっています
物語の舞台はトラキアの野原と冥界であり、5幕構成になっています
音楽の精霊「ラ・ムジカ」が登場し、観客たちに物語を語り始めます
第1幕では、田園風景が広がり、オルフェオとエウリディーチェが登場します
羊飼いが「この2人の結婚式です」と告げると、合唱団が荘厳な祈りを捧げ、喜びの踊りが披露されます
第2幕では、オルフェオが悲しみに暮れ、その理由がエウリディーチェが毒蛇に噛まれたことだったことがわかります
その後、オルフェオが冥界に降りていき、その支配者に恋人を生き返らせるように懇願します
第3幕では、冥界の門に辿り着くオルフェオが描かれます
門には「ここに入る者はすべての希望を捨てよ」と書かれていて、オルフェオは渡守のカロンテと対峙することになります
カロンテはなかなか川を渡ってくれず、そこでオルフェオは竪琴を弾いて彼を眠りにつかせ、船を奪って冥界へと向かっていきます
精霊たちはオルフェオに警告を告げますが、彼はそれを無視して冥界へと向かっていきます
第4幕では、オルフェオの歌に心を動かされた冥界の女王プロセルピナが、夫のプルトーネ王にエウリディーチェの解放を嘆願することになります
オルフェオは「振り返らない」という条件を受け入れることになります
エウリディーチェは彼の後をついていくことになったのですが、ふとオルフェオは疑念を持ってしまいます
そして、オルフェオが振り返ると、瞬く間にエウリディーチェは消え始めてしまいます
彼女は絶望し、オルフェオに歌を歌って消えてしまいます
第5幕では、トラキアの野原にオルフェオが戻り、恋人に思いを馳せていきます
そこにアポロが天から降りてきて、彼を叱責することになります
アポロはオルフェオに「この世を去ったエウリディーチェを星の中に見つけよ」と言います
その後オルフェオは、このような賢明な教えに従わないのは不名誉だとして、エウリディーチェとともに昇天することになりました
映画では、亡き恋人を行方不明だと思い込んでいるアーサーが描かれ、彼女に通じるものは何かを手繰っていきます
そんな中でアルトゥームの像に出会い、この像は金持ちを喜ばせるものではないとして海に投げ入れました
ラストでは、彼女の赤い糸を追って地下洞窟に入り、そこで心中するかのような結びになっていたのが印象的だったと思います
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、墓荒らしをして副葬品を盗み、それを古美術商に売りつけるアーサーたちを描いていきます
刑務所から出られたのも、古美術商のスパルタコが金を出したからで、彼女には頭が上がらないという関係になっていました
アーサーは生計を立てるためにそれを繰り返し、街の人の依頼などを受けて、地元の仲間たちとその稼業に精を出していきました
そんな折、恋人の母であるフローラのところに行き、彼はフローラの弟子であるイタリアと出会うことになります
イタリアはフローラに内緒で子どもを育てていて、それがフローラの娘たちに見つかって屋敷を追われることになりました
その後、彼女は廃駅に居を構え、同じような境遇の人々がそこに集まるようになっていました
そこで生き直すという選択肢もありましたが、アーサーは何も言わずに姿を消し、そして、ギャングたちと結託して遺跡の発掘に向かいます
アーサーはずっとベニアニーナの幻影に囚われていて、現実では起こり得ないものをずっと見続けてきました
彼は恋人を復活させるために冥界に行くことはありませんが、現世に留まることを拒み、結果として恋人の跡を追うことになります
現実世界の温もりや愛情などよりも、精神世界の安らぎが彼を支配していて、その後悔というものが最後まで付きまとうことになりました
あの遺跡にベニアニーナの何かがあるわけではないのですが、イメージとしては恋人の副葬品として、そこに葬られたがっているのかなと感じました
彼らが強奪してきたものというものがあって、それをイタリアが嗜めるのですが、その時の言葉が彼の人生を変えてしまっています
イタリアは副葬品は「死者があの世に持っていくもの」だと言い、それを掘り起こすことで死者があの世に持っていけるものが無くなると考えていました
アーサーはその考えに心を動かし、そしてアルトゥームの頭を海に投げ捨てることになりました
それらの行動を踏まえて、アーサーは「もしベニアニーナがあの世に持っていけるものがあるとしたら?」という仮説に思いを巡らせます
それが自身が副葬品になるというもので、それがオルフェオの最期とリンクしているようにも思えます
あの世に行く恋人が寂しくないように、という意味があるのだと思いますが、その考えはとても苦しくて切ないものだと感じました
あの世とこの世の連続性を信じればこそだとは思いますが、実際にはそのようなものは死んでみないとわからないので、あえてその場所に向かう必要はないのかな、と思いました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/99299/review/04071610/
公式HP:
https://www.bitters.co.jp/hakadorobou/