■勝者によって書き記される、聖戦と呼ばれる行為とは何か
Contents
■オススメ度
母親の執念を堪能したい人(★★★)
メキシコの闇を感じたい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.1.20(アップリンク京都)
■映画情報
原題:La Civil(「市民」という意味)
情報:2021年、ベルギー&ルーマニア&メキシコ、135分、G
ジャンル:娘を誘拐された母親が形振り構わずに犯人を追っていくスリラー映画
監督&脚本:テオドラ・アナ・ミハイ
キャスト:
アルセリア・ラミレス/Arcelia Ramírez(シエロ:誘拐された娘を探す母、モデルはMiriam Rodoriguez)
アルバロ・ゲレロ/Álvaro Guerrero(グスタボ:シエロの別居中の夫)
デニッセ・アスピルクエタ/Denisse Azpilcueta(ラウラ:誘拐されるシエロの娘)
マヌエル・ビジェガス/Manuel Villegas(リサンドロ:ラウラの恋人)
エリヒオ・メレンデス/Eligio Meléndez(ドン・キケ:グスタボの友人、同業者)
エイドリア・バネサ・ブルシアガ/Adria Venesa Burciaga(ロシ:グスタボの愛人)
ジャン・ダニエル・ガルシア・トレヴィーノ/Juan Daniel García Treviño(プーマ:シエロに近づく謎の若者)
メルセデス・ヘルナンデス/Mercedes Hernández(プーマの母)
Yahir Alday(フェレチャ:プーマの友人)
Samantha Ortiz(レティ:プーマの妻)
アレッサンドラ・ゴーニ・ブチオ/Alessandra Goñi Bucio(イネス司令官、誘拐犯のリーダーと目される女)
Alicia Candelas(メチュ:イネスの連れの女)
ホルヘ・A・ヒメノス/Jorge A. Jimenez(ラマルケ中尉、シエロの捜索を手伝う軍人)
アジェレン・ムソ/Ayelén Muzo(ロブレス:ラマルケ中尉の部下)
Alonso Lopez Portillo(ペレス:墓場捜査を行う捜査官)
Monica del Carmen(エリダ:息子が行方不明になったままの雑貨店の店主)
Audrey Ibarra(オーレリア:向かいの住人)
Alicia Laguna(検視官)
Antonio Hernandez(グティエレス:DNA鑑定結果を告げる司法長官)
Claudia Goytia(アラセリ・ガルシア:臨床心理士)
■映画の舞台
メキシコ北部の田舎町
ロケ地:
メキシコ:
Durango/ドゥランゴ
https://maps.app.goo.gl/oCbWbibMRNNwKagH6?g_st=ic
■簡単なあらすじ
メキシコ北部で娘ラウラと暮らしているシエロは、夫グスタボとは別居中で、女手一つで娘を育ててきた
ある日、ラウラは恋人のリサンドロとデートに出かけたが、彼女の行方はわからなくなり、不審な若者が誘拐を仄めかせて近づいてきた
シエロはグスタボの元を訪ね、ラウラが誘拐したこと、身代金を要求されていることを告げる
半ば半信半疑のグスタボだったが、ありったけの金と犯人の指定する自身の車を持って指定の場所に出向いた
だが、金を渡すものの娘は帰らず、さらに追加で金を要求されてしまう
シエロは警察に相談するものの相手にされず、手掛かりを求めて街に繰り出した
そんな中、ある商店から手掛かりを得て、シエロは単独で犯人を追い始めるのである
テーマ:母の執念
裏テーマ:理不尽には暴力を
■ひとこと感想
ポスタービジュアルのオカンのドアップが怖くて、これはホラーなのかなと思っていましたが、実質ホラーのような感じになっていましたね
メキシコあるあるのような「誘拐ビジネスに巻き込まれた母」という構図で、警察は宛にならず、単独で動いていたら軍が協力してくれるという意外な展開を迎えます
シエロは軍の強引なやり方に引いてしまいますが、最後には渡された武器を持って犯人の一味を殴り倒したりしていきます
このシエロが狂気に身を委ねていく様を堪能する映画で、母親の狂気が「目には目を」を超えていく残虐性を孕んでいきました
映画のラストは物議を醸しそうな感じで、どう受け止めたら良いのか悩んでしまいますね
ネタバレするのもアレですが、いくら何でも放り投げすぎではないかと思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
メキシコの誘拐ビジネスに巻き込まれたかと思いきや、まさかの怨恨ラインで報復されたという流れになっていて、でもどこまでが本当かわからない感じになっていました
映画で描かれてきたことのどこまでが真実かわからず、犯人の自供が正しければ、娘は無関係のままということになります
ラストシーンでは、シエロの前に「何者か」が現れるのですが、それが誰かはわかりません
単純に考えればラウラなのでしょうが、となると「肋骨」は一体何だったのかという感じになりますね
他にも「やっぱり戻ってきた夫」「保釈されたリサンドロ」など、色んな可能性はあるのですが、現実的な路線だと、やはりラウラなのかなと思ってしまいます
映画では、娘を助けたい一心で鬼になる母を描いていて、軍隊の拷問に匹敵するような暴力に目覚めていく様子が描かれています
この行き過ぎた暴力というものがテーマであるならば、やはり戻ってきたのはラウラということになりますが、おそらくはあの動乱に紛れて何とか逃げ出した、という感じなのかもしれません
■メキシコの人質ビジネスについて
2006年12月に「麻薬戦争」が宣言されて以来、麻薬密輸組織間での抗争が激化し、抗争資金のための犯罪が増加しました
そこに至る経緯としては、ベトナム戦争にて、アメリカ軍の兵士の戦闘力を奪うために北ベトナム軍によってアヘンが流通されるようになりました
それを起点として、ヒッピーの流行によってアメリカ国内でも若者を中心にマリファナなどの麻薬が激増していきます
1970年のリチャード・ニクソン政権下において、特定の薬物の製造、輸入、所有、流通を禁止した「規制物質法」が制定され、1973年に麻薬取締局が誕生します
これによって、空輸が難しくなったために、地続きであるメキシコ経由が主流となってきます
この流れを受けて、1980年代後半に入ってから、コロンビアのカリ・カルテルやメデジン・カルテルがアメリカの協力によって弱体化し、メキシコの麻薬カルテルの勢力が強まることになりました
その後、政権との関わりを持ち始めた麻薬カルテルは、コロンビアで製造し、メキシコを経由してアメリカに供給するというルートを強固なものにしていきます
アメリカに流入したコカインの90%はこのルートとまで言われています
そして、2006年の12月、カルデロン政権にて、麻薬カルテルの掃討作戦が始まり、民間人を巻き込みながらも大量のカルテルメンバーを逮捕するに至ります(これが「麻薬戦争宣言」というもの)
2015年頃に一旦「終息宣言」というものが出ましたが、2016年頃から再び抗争は激化を辿ることになります
2012年の段階で、76780人が亡くなっていて、警官、兵士、民間人、子どもなどにも被害が及び、カルテル側は12456人死亡とされています
勾留されたカルテルのメンバーは12万を超えましたが、有罪判決が出たのはそのうちの8500人とされています
この麻薬戦争を受けて増加したのが「誘拐事件」で、公式パンフレットによれば、2015年で1311件で、2019年までは横ばいになっていました
2020年に入ってから減少が見られますが、それでも2021年には625件もの誘拐事件が発生しています
内容として、「短時間誘拐」と言われる「拉致してATMまで行って金を下ろさせる」というものから、「バーチャル誘拐」と言われる「実際の誘拐はしないが、信じ込ませる」というものまであります
また、「犯罪組織による強制リクルート」というものがあって、これは組織で働かせる人員の確保のために拉致するというものになります
この他には、「政治的拉致」というものがあって、これは選挙前などで候補者の立候補取り下げをさせるというような類になります
映画の場合は身代金目的ですが、映画内では「拉致監禁されたラウラの映像は一切ない」ので、バーチャル誘拐という可能性は否定できません
さすがにその可能性は低いのですが、ラストシーンで帰ってきた娘(おそらく)を見る母の表情からすると、あながち無いとは追えないのかなと思ってしまいますね
■ラストをどう解釈するか問題
映画を観終わった直後は「このラストは、どう考えても物議を醸すなあ」という感じで、見ようによっては「ぶつ切り」っぽくも映ります
主犯とされるプーマは容疑を否認したままだし、「神の裁きが降るのはお前のほうだ」とまで言われてしまいます
そして、問題のラストは「娘は帰ってこない」し、「夫とは完全に別離」という状況で、家の前で休んでいると「誰かが帰ってくる」という感じになっていました
この「誰か」というものがノーヒントになっていて、シエロの表情で察してねという感じになっていました
ぶっちゃけ、ヒントらしきものがほとんどないので、誰とでも解釈できます
でも、あの時の表情を思い返すと、「無感情」に近い印象を受けるのですね
例えば、夫が「やっぱり復縁したい」と言って戻ってきたら「嫌悪感」に満ちたものになるでしょうし、「夫の愛人(主犯っぽい)ロシ」だと「問い詰めたくなる怒り」になると思います
近しい人でシエロを訪ねる可能性があるのはこれくらいで、あとは警察とか、軍隊とか、途中でどこかに左遷された中尉などの可能性はあります
このあたりの人が「一人で来る」ということは基本的にないでしょう
記憶が正しければ、「足音は一人」で「車が近づく音はなかった」と思います
個人的には、「誘拐に巻き込まれて瀕死のラウラ」だったのかなと思います
ラウラの死を決定づけるものは「肋骨から採取されたDNA」だけなのですね
肋骨がどのようにして抜かれたかは分かりませんが、肋骨を抜いたら死ぬというわけではありません(場合によっては死にますが)
今では「美容外科」などで、「肋骨を除去して体幹を細くする」なんてことができたりする時代だったりします
ちなみに、誘拐犯が犠牲者を始末するときは、土葬ではなく火葬した上で骨を粉々に砕くのだそうです
これ以外に考えられるのは、「実は誘拐されていなかったパターン」で、相当無理があるのですが、可能性はゼロではないと思います
所謂「バーチャル誘拐」の類で、プーマとロシが主導して、狂言誘拐をするというパターンでしょう
ロシはラウラを嫌っていたという発言はありましたが、ラウラがロシを嫌っていたかはわからないのですね
なので、この二人がどこかに雲隠れしたように見せかけて、プーマがイネスらを率いて誘拐犯を演じたということになります
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
解釈の分かれるラストなのですが、考えれば考えるほどにラウラ以外にはないと思ってしまいます
問題は、どのような状態で戻ったのかということで、母の表情から察するならば、「自分の行為というものが愚かだった」と感じているような帰り方なのかもしれません
シエロの愚かな行為とは、娘を助け出すために暴力を辞さなかったということでしょう
中尉から渡された武器で犯人らしきものをぶちのめし、プーマを罵倒します
これらの行為は「ラウラの誘拐によって正当化される」というもので、それを覆すのがラストシーンの意味であるように思えます
シエロのあの表情からは「娘が無事に帰ってきてよかった」という安堵でもなく、「ボロボロになった娘を見て涙する」という悲壮でもないのですね
それを考えると、「何してたんだ、お前」的な感じなのかなとも思ってしまいます
映画のタイトルは「市民」ということで、普通に暮らしている人がメキシコの闇に巻き込まれる様子を描いていきます
娘を想う母がメキシコの闇に感化されたのようにも思えますが、そうでもしないとこの世界では生きていけないということなんだと思います
邦題が「聖戦」となっているのは、娘を探す母の戦いは聖なるものという意味になるのだと思いますが、「聖戦」と呼ばれたものが本当の意味で「聖戦だったこと」があるのかは微妙でしょう
歴史は「勝者が書き記していく記録」のようなもので、それが事実だったのかはわかりません
そういった歴史を踏まえると、シエラの行動は「娘の生還で正当化される」と言えるもので、それを「聖戦」と呼ぶのは皮肉が効き過ぎているとも言えます
個人的な感覚だと、「聖戦」とつけた人のラストの解釈は、「実は誘拐とは無縁だった」という考えなのかもしれませんね
理不尽に対して暴力を肯定する映画ではありますが、それが一般人レベルまで迫っているというのが、メキシコの現状というところが恐ろしくもありますね
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/385125/review/4e4eb74f-8070-42f5-9100-50ba7625199c/
公式HP: