■暴力の歴史の中で、アプローチを変えても結果を伴う「IF」を描いていく
Contents
■オススメ度
切り絵風のアニメーションが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.8.2(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Le pharaon, le sauvage et la Princesse(ファラオ、野蛮人、そして王女)
情報:2022年、フランス&ベルギー、83分、G
ジャンル:3つの物語を通じて、古代を学ぶ少年たちを描いたアニメーション映画
監督&脚本:ミッシェル・オスロ
キャスト:
アイサ・マイガ/Aïssa Maïga(語り手、ツアーガイド)
【Pharaon!:ファラオ】
オスカル・ルサージュ/Oscar Lesage(タヌエカマニ:ナサルサと結婚したいクシュ王国の王子)
クレール・ドゥ・ラリュドゥカン/Claire de la Rüe du Can(ナサルサ:タヌエカマニの想い人、絶世の美女)
Annie Mercier(結婚に反対のナサルサの母)
ディディエ・サンドル/Didier Sandre Michel Elias(大司祭)
Patrick Rocca(将軍)
Michel Elias(アメン神)
Bruno Paviot(オシリス神)
Thissa d’Avila Bensalah(アイシス神)
Olivier Claverie(ヴィジエ神)
Isabelle Guiard(セクメト神)
【Le Beau Sauvage:美しき野生児】
オスカル・ルサージュ/Oscar Lesage(美しき野生児:親に見放された幼い王子)
Patrick Rocca(領主:王子の父)
ディディエ・サンドル/Didier Sandre Michel Elias(公爵/囚われ人)
セルジュ・バグダサリアン/Serge Bagdassarian(牢番)
セルジュ・バグダサリアン/Serge Bagdassarian(憲兵)
ディディエ・サンドル/Didier SandreMichel Elias(侍従)
Olivier Claverie(長官)
Bruno Paviot(死刑執行人)
Michel Elias(年老いた護衛)
Carl Malapa(若い衛兵)
Gaël Raës(子供)
Michel Elias(カノン)
Isabelle Guiard(コンパニオン)
Isabelle Guiard(依頼人)
Carl Malapa(鍵屋)
【La Prinsesse des rose et la Prince des beignets:薔薇の王女と揚げ菓子の王子】
オスカル・ルサージュ/Oscar Lesage(宮廷を追われる王子/揚げ菓子の王子)
クレール・ドゥ・ラリュドゥカン/Claire de la Rüe du Can(薔薇の王女)
Olivier Claverie(君主:王女の父)
セルジュ・バグダサリアン/Serge Bagdassarian(揚げ菓子を注文する大宰相)
セルジュ・バグダサリアン/Serge Bagdassarian(揚げ菓子店の店主)
Bruno Paviot(ドーナツの守護神)
Bruno Paviot(モロッコのシェフ)
Annie Mercier(侍女)
Thissa d’Avila Bensalah(侍女)
Thissa d’Avila Bensalah(客)
Olivier Claverie(通行人)
Michel Elias(通行人)
Michel Elias(キャラバンの男)
Isabelle Guiard(キャラバンの女)
Nicolas Planchais(レイダースのリーダー)
Christophe Rossignon(トルコの商人)
【吹き替え版】
道井悠(語り手)
八代目 市川新之助(美しき野生児の少年時代)
石井マーク(タヌエカマニ/美しき野生児/揚げ菓子の王子)
小見川千明(ナサルサ/バラの王女)
■映画の舞台
クシュ王国(古代エジプト)
オーベルニュ(中世フランス)
中世トルコ
■簡単なあらすじ
あるツアーにて、子どもたちに物語をねだられた語り手は、3つの物語を話すことになった
ひとつ目は、古代エジプトにあったクシュ王国の物語で、絶世の美女ナサルサと結婚したい王子タヌエカマニが、ファラオとなるためにエジプトを制覇する物語
ふたつ目は、中世のフランス・オーベルニュを舞台にした、囚人と少年の物語
みっつ目は、近世のトルコを舞台にした、揚げ菓子職人になった元王子と、その揚げ菓子を気に入った王女との逃避行を描いた物語
それぞれの物語が、色鮮やかな色彩、時には影絵などの効果的なアニメーションによって紡がれていく
テーマ:人を繋げるのは優しさ
裏テーマ:成し遂げるために差し出すもの
■ひとこと感想
時間が合わずに吹き替え版を鑑賞
それほど違和感なく見れましたが、3つの物語の主要キャストを同じ人が演じているので、声だけ聞いていたら、一つの物語に見えてしまいます
映像美が主体で、物語は童話のような感じになっていて、設定としては子どもたちの遺跡ツアー(修復中の何かを見学している)にて、ツアーガイドが語るという内容になっています
物語は、優しさが目的を達成するという感じになっていて、それぞれの物語で無闇な流血は起こりません
でも、ベースになった時代背景は、目的=暴力の世界なので、それをアップデートしている感覚がありますね
子どもたちに流血の歴史を聞かせることも重要ですが、このような寓話において、人を変えていけるのは人の心だと伝えることも大事なことなんだと思います
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
字幕版を予約したつもりが、スケジュールをよく観ていなかったために吹き替え版になっていました
あとでスケジュールを確認すると、時間によって字幕と吹替が分かれていましたが、スケジュール優先になので結果的に吹き替えしか観れなかったと思います(残念)
映画は、切り絵のような単色着色が動いていくような物語で、字幕のない吹き替え版はむしろ良かったかなと思いました
画面の隅まで美しいので、ぶっちゃけセリフがなくても、何が起こっているか分かります
むしろ、セリフなしで「会話を想像する」という見方もありかもしれません
物語は、子どもに読み聞かせる童話のような感じで、大人が見識を深めるようなメッセージはそれほど感じません
むしろ、構成としての「流血を描かない目的の達成」という歴史改変の方に目を向けた方が良いかもしれません
ツアーガイドはなぜこの物語を語るのか?
人間の歴史は流血の歴史ではありますが、人々のために動いて王になったり、罪を赦したりすることで同じようなことが起こる可能性というものを描いているように思えました
■それぞれの時代背景
【ファラオ!】
舞台は古代エジプトのクシュ王国(Kingdom of Kush)で、現在のエジプトの南スーダンのあたりにあった王国でした
西暦でいうと「紀元前2450年〜1450年くらい」になり、ナイル川流域に栄えていた「ヌビア(Nubia)=ナイル川流域の地域の名前」の古代王国になります
ヌビア地域は最初の文明の発祥地とされていて、貿易と産業などのいくつかの複雑な社会を生み出しています
その後、紀元前3世紀から紀元後3世紀の間に、ギリシア人とローマ人によって作られたエジプトに侵略され、併合されています
この頃にエジプトのピラミッドなどが建設され、王族の墓なども建てられています
【美しき野生児】
こちらは中世フランスのオーヴェルニュが舞台となっています
オーヴェルニュはフランスの中央部にある地域圏で、現在はローヌ=アルプ地域圏と統合し、「オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ圏」となっています
基本的に高地で山脈や休火山がある場所で、広大な牧草地帯がある場所になります
オーヴェルニュは紀元前53年頃にガリア族、ヴェラヴィ族、カドゥルチ族で形成されていましたが、周囲にあったケルと諸民族と同盟を結ぶことになりました
ローマ軍の侵攻に晒されましたが、5世紀頃にその時代に終わりを告げています
7世紀に入って、フランク族とアキターニ族によって、オーヴェルニュの支配権争いが勃発します
カロリング王朝によって政府されますが、10世紀頃には独立を果たすことになります
映画に登場するクレルモン・フェラン大聖堂(Clermont-Ferrand Cathedral)、ミュロル城(Château de Murol )、ヴァル城などは、これらの時代の後12〜13世紀後頃に建てられています
ちなみに、世界情勢としては、百年戦争(イギリスとフランスの戦争)の時代になりますが、この地域は宗教戦争に突入することになりました
改革派カルヴァン主義によるカトリックへの攻撃があり、修道院などは破壊されたとされています
【薔薇の王女と揚げ菓子の王子】
18世紀くらいのモロッコの王宮が舞台になっています
この時代のモロッコはアラウィー朝が支配していた時代で、1670年頃にムーラーイ・ラシードによってモロッコが統一されています
この王宮から追われることになった王子は、ブルガリア、アラビアを通じてトルコ(オスマン帝国)へと辿り着きます
揚げ菓子の王子が作ったのは「ロクマ(Lokma)」と呼ばれる揚げ菓子で、これはオスマン帝国の時代(14世紀から20世紀初頭の南東アジア、西アジア、北アフリカの大部分を支配した帝国)が発祥となっています
イースト生地にメイプルシロップを塗すというお菓子で、「裁判官の一口料理」として有名なお菓子になっています
映画では、このお菓子を揚げ菓子の王子が作ったということになっていました
■優しさを語る意味
「ファラオ!」では、王子がエジプトを制覇する際に、まずは住民のために助力をするという流れが描かれます
それによって人民の支持を得た王子はファラオになるのですが、現代だとありえない流れになっています
近い流れだとしたら、近隣住民のために尽くした金持ちが支持を得て、出馬して市長になるみたいな感覚ですが、この方法を取る人はいないと思います
「美しき野生児」では、王宮を追われて野生児になった少年が、かつて囚人だった公爵と再会するものの、父のことを許すという流れになっていました
いわゆる、内部告発をしてクビになってしまい、その企業を買収しようとする社長から「どうする?」と聞かれて許すような感覚ですね
恨みがあるとは思いますが、自分の選択に迷いの無い少年は、選択を間違えた人を責めないという構図になっています
「薔薇の王女と揚げ菓子の王子」では、店のバイトがいきなり新メニューを作ったけど許容し、それによって潤う店長みたいな構図になっています
その後、王女に会うことができた王子ですが、この際も自分の苦労は傍に置いて、王女のために奉仕するという流れを汲みます
菓子がおいしかったこともありますが、自分のために尽くしたことを考慮し、またそこで芽生えたものが起点となって、二人は逃避行の旅に出ることになりました
これらの人間関係の中にあるのは「他人に対する優しさ」であり、ある種の目的が潜んでいます
でも、目的が前面に出ていても、行動が評価されるのですね
行動こそがその人なりを表すという感じになっていますが、彼らが取った方策というのは「優しさ」がベースになっていました
ある意味、目的が同じでもアプローチの仕方によっては、誰もが笑顔になれる方法があるよ、と伝えているようにも思えます
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画は、映像美が秀逸で、細かな装飾、絵画のような構図などで彩られていました
動く絵本のようなテイストになっていて、どのシーンを切り取っても絵になる感じになっています
「ファラオ!」における衣装や装飾のディテールの細かさ、澄んだグラデーションの大空が印象的で、「美しき野生児」では一転して影絵のテイストに切り替わります
そして、ラストでは背景が地味で、衣装がカラフルという構図になっていて、人の動きというものが目立っているように思えました
映画の構成としては、語り手と呼ばれるツアーガイド(もしくはキューレター)のような人が観光客に物語を語るという流れになっていて、それは紙芝居を読み聞かせるという感じに見えてきます
それによって、比較的低年齢に向けた寓話のようになっています
映画を観ている側も、話を聞いている人たちが頭の中に描いている映像を観ている格好になっていて、わかりやすくて起承転結のある物語が心地よい感じになっていました
毒の多い物語が多い現代において、妬みや蔑みがほとんど無い世界が描かれていて、それが現代にも通じる教訓を含んでいます
暴力が全てだった世界線で非暴力を描くことは、「もしもの世界」であり、非現実であるようにも見えます
でも、非現実と思えるのは、思考の中でしか無いので、行動に落とし込んでいけば、同じような結果を得ることができるかもしれません
誰かの利益になることを進んで行うとか、見方を変えて過去の意味を変えるとか、想いをまっすぐにして周囲に波及させつつ、自分がいなくても動くシステムを作るなど、できそうなことばかりなのですね
そう言った意味において、現在のハードルすらも非現実の想像力で超えていけるのかもしれませんね
まずは、できそうなことからやってみましょうか
■関連リンク
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公式HP:
https://child-film.com/inishie/