■これ以上ない開放感を与える行為によって、彼自身の中に芽生えた優生思想は肥大化するのではないだろうか
Contents
■オススメ度
介護の苦悩を知っている人(★★★)
介護の未来を覗き見たい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.3.24(イオンシネマ京都桂川)
■映画情報
情報:2023年、日本、114分、G
ジャンル:介護士による「ロスト・ケア」の実態を描いた社会派ヒューマンドラマ
監督:前田哲
脚本:龍居由佳里&前田哲
原作:葉真中顕『ロスト・ケア(光文社)』
キャスト:(わかった分だけ)
松山ケンイチ(斯波宗典:殺人を疑われる介護士、老人ホーム「ケアセンター八賀」の職員)
(幼少期:奥田奏太)
長澤まさみ(大友秀美:斯波を疑う検事)
鈴鹿央士(椎名幸太:検察事務官、大友の部下)
岩谷健司(柊誠一郎:検察官僚、大友の上司)
峯村リエ(猪口真理子:ベテラン介護士)
加藤菜津(足立由紀:新人介護士)
井上肇(団元晴:色々と問題を抱える「ケアセンター八賀」のセンター長
坂井真紀(羽村洋子:認知症の母を持つシングルマザー)
池村碧彩(羽村百花:洋子の娘)
蓮池桂子(羽村静江:洋子の母?)
やす(春山登:洋子の勤め先の取引相手)
戸田菜穂(梅田美絵:被害者遺族)
小篠一也(梅田久治:美絵の父?)
竜のり子(三浦ヨネ:徘徊するおばあちゃん?)
綾戸智恵(川内タエ:万引き常習犯)
梶原善(沢登保志:刑事)
藤田弓子(大友加代:秀美の母、有料老人ホーム入所中)
柄本明(斯波正作:宗典の父)
■映画の舞台
日本のどこか(ロケ地は長野県:伊那市)
ロケ地:
長野県:伊那市
伊那市創造館
https://maps.app.goo.gl/zZSWFNR5sAyriafE8?g_st=ic
ニシザワショッパーズ NOW 双葉食彩館
https://maps.app.goo.gl/PjwXwia1yRskHTTC6?g_st=ic
長野県:諏訪市
立石公園
https://maps.app.goo.gl/HEvWqCzq4M2PdVht8?g_st=ic
■簡単なあらすじ
訪問介護に従事している斯波宗典は、利用者からの信頼も厚く、利用者家族に親身になって接する青年だった
ある日、利用者とセンター長が死体で発見される事件が勃発し、センター内でも動揺が見られた
警察によると、合鍵で侵入したセンター長と利用者との間でトラブルが起きたのではないかと言うものだった
だが、現場には「ニコチン液と注射セット」が残されていて、単純な物盗りではないことが判明する
事件は検事の大友のところに上がってきて、彼女は検察事務官の椎名とともに事件の分析を開始する
すると、このセンターの利用者の死亡が極端に多く、その曜日と時刻が集中していることに気づく
そして、被害者の自宅近辺の防犯カメラから、1人の容疑者が浮上する
それが、手厚い介護で信頼を得ている斯波だった
大友はデータ分析と状況から斯波を断罪するものの、彼は「42人を救った」と宣う
こうして、斯波の信念と犯行に至る過程が語られていくのであった
テーマ:家族と言う呪縛
裏テーマ:貧困が社会を壊していく
■ひとこと感想
重たい話だとわかっていたので、『シング・フォー・ミー、ライル』との連チャンはやめることにしました
それは正解で、どっちが先でも『シング』の内容は記憶のどこかにぶっ飛んでいたと思います
映画は、一応フィクションが原作になっていますが、実際に起こってもおかしくない事件だったと思います
ヤングケアラー問題、8050問題、老老介護問題などと、様々な言葉で問題が形骸化していますが、実際には個々のケースで沼の深さは違うのだと思います
物語は、犯行を止められた斯波が、ここぞとばかりに信念を暴露する流れになっていて、彼自身は最後まで悪いことをしたとは思っていません
彼が見逃された過去によって役割を得たとしたら、彼が捕まったことで別の役割を得たことになります
それが、日本国民に「先送りされる介護の現実」を知らしめることだとしたら、彼の逮捕によって、さらなる行動が生まれてしまうのではないかと感じました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
小説はミステリーのようで、意外な犯人みたいな流れだそうですが、映画だと「犯人が予告編でモロバレ」と言うところから始まっています
これは原作からの改変としては異例のもので、ミステリーをヒューマンドラマにジャンル替えしているのですね
でも、本作が訴えることに特化していると言えるので、この改変は問題ないと思います
大友が男性から女性に代わっているのも、ラストの告白がより際立つためにあったと思います
ここで男・大友と斯波の対峙があったとしても、論理的な2人では決着がつかないのですね
大友が女性になったことで、斯波の論理性と大友の感情論が交錯するかたちになっているので、この改変も良かったと思います
医療従事者目線で見ると色々とありますが、実際の介護病棟の現場を知っていると、自分ならこうなる前に死ぬだろうなと思います
人の迷惑になるとかではなく、人としての尊厳を保つ意味において、終末を選ぶ権利というものがどこかの時点で議論に上がってくるのではないでしょうか
■介護と殺人
Wikipediaに「介護殺人」という項目があるほどに、「介護と殺人」の関係性は色濃くなりつつあります
2006年から厚生労働省でも「介護している親族による、介護をめぐって発生した事件で、被介護者が65歳上、かつ虐待等により死亡に至った事例」というものを計数するようになりました
その報告によると、2006年から2015年の10年間で250人もの被介護者が死亡しています
同じように、警察庁も2007年から主たる被疑者の犯行動機として「介護・看病疲れ」を計数し始めていて、2015年までの9年間の殺人事件8058件中398件、自殺関与167件中16件、傷害致死966件中22件という数字が上がっています
2005年には、「高齢者の虐待の防止、高齢者の擁護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号、高齢者虐待防止法)」というものが制定されています
平成28年度の相談・通報件数は27940件もあり、10年前に比べて約1.3倍に増加、同年の被虐待高齢者総数は16770人となっています
この中には「身体的虐待(11383人)」「心理的虐待(6922人)」「介護等放棄(3281人)」「経済的虐待(3041人)で、被虐待高齢者のうち男性が22.7%で、女性が77.3%という数字があります
養介護施設従事者による高齢者虐待の報告では、相談件数は平成28年で452件、10年前の約10倍の数値になっています
被虐待高齢者総数は870人、「身体的虐待(570人)」「心理的虐待(239人)」「介護等放棄(235人)」という内訳があります
こちらも、男性29.4%に対して、女性は70.6%という数字になっています
これらの細かい数字を斯波が把握していたかは分かりませんが、彼の場合は「家族による被介護者への虐待の可能性」を探っていて、そこに至る前に自分の手を汚していたことになります
これが良いか悪いかを断罪する意味はなく、実際に「介護疲れ」などが飽和点に達した段階で、行動が起きている現実があります
これらの現実を関係省庁が把握していても、対策を講じていないために増加傾向にあるという認識は必要でしょう
■介護の未来
この映画を観てふと思ったことは、介護を含んだ諸問題の解決のためには「家庭と介護を完全分離する」しかないのでは、というものでした
現在は、要介護度によって入れる施設やケアの種類は変わりますが、施設に完全に預けられない限りは、家族が介護を負担する必要性が生じます
自らが率先して関わる人から、やむを得ずというものも含めて、高齢者社会の今は介護から逃れる術はありません
厚生労働省が把握している2020年度の養介護・要支援の認定総数は682万人います
65歳以上の人口比だと、5.4人に1人は認定を受けている計算になります
ちなみに、要介護者が利用できる施設はいくつかあり、「介護付き有料老人ホーム」「住居型有料老人ホーム」「健康型有料老人ホーム」などの「有料型」が一番多くあります
認知症の支援に関しては、「グループホーム」という施設があり、費用が安い公的施設である「特別養護老人ホーム」というものもあります
施設に入れる要介護度をざっくりと要介護3以上とすると、平成29年のデータだと総数633万人に対して要介護3以上は210万人ぐらいいる計算になります
2019年の時点での老人ホームの待機者数は29万人ほどとのことで、この待機29万人は家族が家で見ている、もしくは通所サービス、訪問介護を利用しているということになります
1施設に30人入れる老人ホームがあったとして、29万人を全員入れるには、単純に10000施設は必要になります
現在の有料老人ホームの正確な数字は分かりませんが、2018年で施設数14000、定員55万人の世界なので、いかに足りていないかというのがわかると思います
実際には医療が必要で「介護医療院」などに入っている高齢者もいるので一概には言えませんが、29万人の待機の影には29万世帯近くの家族がいるのですね
私が「家庭から切り離すべき」と考えているのは、労働力が無償の介護に費やされている現実があり、介護が理由でキャリアアップを断念する人、結婚を躊躇う人、そもそもそう言った出会いや関係維持に資金を使えない人がたくさんいるからですね
29万人の待機を解消するための財源をどうするか問題はありますが、一人当たりの所得425万円前後(名目GDP)が全損もしくは半損している人が最低29万人はいるということになります
これらの社会活動の制限がもたらす影響を計算できませんが、軽微なものではないでしょう
社会活動が止まると、消費の低迷、少子化の促進というものも付随しますので、分離させることで経済活動を優先させるという方策も考え得る候補になると思います
現在の介護費用の総額は10兆円を超えていますが、今の時点で社会活動を止めている人たちが、介護から離れた段階で被介護者になり、その世代を支える層というのはさらに希薄になっています
今でも、親の介護のために金を使って、自分たちの未来の介護費用に回せない人はたくさんいるわけで、そうなった時にその被介護者は公的サービスに頼るか、社会的に放置されてリスクになる可能性が高まります
そういった観点から、社会活動を優先させて少子化を緩和させ、また雇用を生み出すことで社会活動に戻れる人も増えます
悪い影響だけを考えたり、人道的な側面を強調しても、なるようにしかならないのが現実でしょう
なので、抜本的なものは何かと考えた時、被介護者と家族が敵対関係にならないこと、というのが最重要課題なのかなと感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作では、家族ができないことをしてあげたという風に斯波は曰います
一見、聞こえの良いもので、現実に即したように勘違いしがちの言葉だったりします
実際に追い詰められることで犯行に及ぶケースはあるとは思いますが、それが確実に起きると断罪して行為に及ぶ正当性はありません
映画でも、梅田親子はそうなると決め込んで斯波は手を下すのですが、娘は「人殺し!」と彼を断罪していました
この言葉には二つの意味があって、一つは「心を見透かされたことへの反発」で、もう一つは「舐められたことへの憤慨」であると思います
被会議者への虐待が多い世の中であったとしても、その一線を誰もが越えられるわけではなく、自分の心に折り合いをつけたり、他の家族の行動を制限することで対応しようとする人間もいます
暴力が一時的に起こったとしても、その暴力によって我に返るということもあり、人の心は露出しているものだけで判別できるほど浅くはありません
斯波が自らの父を殺めることができたのは、父の要望を直に聞き、自分との利害が一致したからです
なので、それ以外の殺人は、彼の思い込みによる行き過ぎた行為であり、彼の言う「救った」は、言い換えれば「あなたにはできないことを私はできますよ」という歪んだ優生思想のようにも思えてきます
被介護者の声を彼は聞いていません(少なくとも映画では描かれていない)
斯波は「救った」と思い込むことで行為を正当化し、それが迷える人々の共感を生むように語ります
また、彼が手厚い看護を行うことで、家族の中で介護のハードルが上がり、とても真似できないと思わせています
ハードルが上がることで起こることは、自分の至らなさを感じさせることにつながります
そう言った意味において、斯波の行動には、家族を追い込むと言う効果も付随しているように思え、これら一連の事件は「快楽殺人」の系譜のように思えます
斯波の状況は持たざる者の代表のように描かれていますし、現在の介護の現状を訴える意味では訴求効果は高いでしょう
でも、彼の言葉の訴求力が強ければ強いほど、彼の行動を正当化する下地というものが生まれてくるのですね
なので、ある意味において、斯波教が生まれたような感覚に近く、それを判別するためのリトマス試験紙のような作品であったように思えました
感化されて、模倣犯が生まれないことを切に願います
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/382141/review/962da452-3ed9-4033-a607-acfddec1360d/
公式HP: