■ハヌマーンを知ってこそ、マスクを投げ捨てる意味が理解できるのかな、と感じました
Contents
■オススメ度
復讐劇が好きな人(★★★)
素手の殴り合いアクションが好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.8.28(TOHOシネマズ二条)
■映画情報
原題:Monkey Man
情報:2024年、アメリカ&カナダ&シンガポール&インド、121分、R15+
ジャンル:復讐に駆られた男の顛末を描いたアクション映画
監督:デブ・パテル
脚本:デブ・パテル&ポール・アングナウェラ&ジョン・コリー
キャスト:
デブ・パテル/Dev Patel(キッド/Kid:モンキーマンとして殴られ屋をする復讐に駆られた青年、偽名はボビー)
(幼少期:ジャティン・マリク/Jatin Malik)
ピトバッシュ/Pitobash(アルフォンソ/Alphonso:キッドの復讐に巻き込まれるクイーニーの部下)
アシュウィニ・カルセカル/Ashwini Kalsekar(クイーニー・カプーラ/Queenie:クラブ「キングス」のマネージャー)
ソビタ・ドゥリバラ/Sobhita Dhulipala(シータ/Sita:「キングス」のホステス)
シカンダル・ケール/Sikandar Kher(ラナ・シン/Rana:腐敗した警察署長)
マカランド・デシュパンデ/Makrand Deshpande(ババ・シャクティ/Baba Shakti:ヤタナ市を拠点とする宗教家、導師)
Vijay Kumar(アディシュ・ジョシ/Adesh Joshi:主権党の党首)
Vipin Sharma(アルファ/Alpha:キッドを助ける寺院の守護者)
ザキール・フセイン/Zakir Hussain(タバラ奏者/Tabla Maestro:寺院にいる音楽家)
Pehan Abdul(ラクシュミ/Lakshmi:ヒジュラ)
Dayangku Zyana(プリヤ/Priya:ヒジュラ)
Reva Marchellin(ヤミー/Yummy:ヒジュラ)
Christopher Oba Warella(ヒジュラ)
Fahad Scale(ヒジュラ)
Pehan Meutuah Abdul(ヒジュラ)
Teddy Khhannayan(ヒジュラ)
Renren Subramany(ヒジュラ)
Adithi Kalkunte(ニーラ/Neela:キッドの母)
Jomon Thomas(ミルザ/Mirza:街の真の支配者、マフィア)
シャルト・コプリー/Sharlto Copley(タイガー/Tiger:「Tigher‘s Temple」のMC、地下格闘賭博の元締め)
Brahim Chab(キング・コブラ/King:Kobra=シャー・カーン/Sher Khan:キッドと戦うファイター)
Max Yanto(バルー/Bhalu:キッドと戦うファイター)
Harshit Mahawar(ラッキー/Lucky:キッドを助ける情報屋の少年)
Mathi Alagan(サンジェイ/Sanjay:銃のディーラー)
Suhaimi(シェール/Sheru:?)
Baby Tamba(Dimple:ホステス?)
Anwar Ansari(ラジュ・パンワラ/Raju Panwala:?)
Kalih Dewantoro(警官)
Alan Jiraiya(警官)
Ravi Patel(ラナの手下)
Abhiram Reddam(回想に登場する若い警官)
Joseph J.U. Taylor(ジェラルド/Gerrard:オーストラアリア人ビジネスマン、クラブの客)
Bharat Mandekar(「Mollywood」のプロデューサー、クラブの客)
Alex Joaquim Crasto(貴族の男、クラブの客)
Jino A. Samuel(ニシット/Nishit:クイーニーの部下)
Winai Wiangyangkung(ポン引き/Pimp)
Parvel Alam(「Kings Club」の警備員)
Anas Awad(クラブのウェイター)
Muhammad Junaid Haider(クラブのウェイター)
Ali Jarghon(クラブのウェイター)
Pappu Kaana(「Café D’Italia」のウェイター)
Ibrahim(ディーラー)
Mohanaapriya Sina Raja(ニュースレポーター)
Khana(ミルザの手下)
Dao Min Hang(タイのエスコート)
Ajit Bhat(操り人形師)
Lucky Bhat(操り人形師)
Abdul Rabbani(盲目の物乞い、人形売り)
Khanna(群衆)
■映画の舞台
インド:
ヤタム市(架空)
ロケ地:
インドネシア
バタム/Batam
https://maps.app.goo.gl/MNPmBtswvY1t6BFN8?g_st=ic
インド:
ムンバイ/Mumbai
https://maps.app.goo.gl/xCUBcBm9EqAh3LjE9?g_st=ic
■簡単なあらすじ
幼少期にあるトラウマを抱えた青年キッドは、インドの地下核闘技場にて、モンキーマンとして殴られ屋をしていた
彼には金を貯めて為すべき目的があり、協力者を介して、売春宿のオーナー・クイーニーの情報を得た
キッドは「財布を拾った」として彼女に接触し、そこで雇ってもらうことになった
クラブ「キングス」は表向きは社交クラブだが、スウィートでは「貴族」に向けた売春が行われていて、キッドの目的の男ラナはそこに入り浸っているという情報を得ていた
キッドはクイーニーが信頼を置いている部下アルフォンソに取り入り、そしてスウィートへの侵入に成功する
そして、ラナの暗殺も間近というところで、思わぬ失態をしてしまうのである
テーマ:復讐と感情
裏テーマ:差別の先にある慟哭
■ひとこと感想
猿のマスクを被ってボッコボコになっているぐらいしか知識を入れずに鑑賞
主演のデブ・パテルが監督も務めていて、『ジョン・ウィック』のスタッフなども参加していたようですね
映画は、過去の回想が入り混じるパターンで、主人公キッド(ほとんど偽名のボビーで登場)の目的が登場するのが遅すぎる感じになっていました
公式サイトなどでその目的が早々に明かされているのですが、映画本編を見ると、その目的すらもミステリー要素になっていましたね
この構成が良いのかは微妙で、本格的な復讐に至るまでに回想が入りまくるのでダレていたように思えました
アクションに関しては、冒頭の地下格闘技、三輪車のカーチェイス、ラストの怒涛の追い込みなどがあって堪能できますが、やはり物語の進行が遅すぎるように思います
この内容なら、村で起こったことは冒頭15分で完結、炎を見上げる少年キッドからの現代パートで十分な内容だったと思います
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画はいわゆる復讐劇で、どうやって掴んだかわからないけれど、宿敵ラナが入り浸っているクラブを突き止めるところから始まります
クラブのオーナー・クイーニーに取り入るところまではスムーズで、アルフォンソを取り込むところまではテンポが良かったように思います
その後、匂わせヒロインのシータが出てきて、クラブの背景を描くあたりからスローテンポになっていて、さらにキッドの回想(フラッシュバック)が徐々に増えていく感じになっていました
この段階で彼が何かを抱えていること、それが母親であることがわかりますが、宗教的な騒動の末に村を追われて騒動があったと分かるまでに時間がかかります
さらに、その騒動には宗教家と癒着している警察署長がいた、というミステリーっぽさもあって、さらにテンポが悪くなっていったように思います
これは、復讐劇なのにその目的をミステリーにしているから起きるのであって、ミステリーを主体にするなら、もっと緻密な犯人探しに時間を割いて、ラストの復讐はスパッと終わらせるパターンになると思います
復讐劇として描くのなら、序盤で何が起こったかを観客に提示し、いかにして相手が巨悪で最悪で、主人公の境遇が酷くなっているかを訴えることになります
映画では、それらの要素が不十分で、どのような展開で何を見せたかったのかがブレているように感じました
■復讐劇に必要な要素
本作は、幼少期に母親を亡くしたキッドが地下格闘技で金を貯め、復讐を企てるという作品になっていました
フラッシュバックによって、キッドの過去に何が起きたのかを紐解いていく流れになっていますが、全貌がわかるのは物語の後半に差し掛かった頃でした
なんとなく母親絡みだということは示唆されますが、その因果関係はなかなか分かりづらい展開になっていて、地元の宗教家シャクティと警察署長のラナがつるんでいて、何かを画策しようとしていることが仄めかされていました
結局のところ、村を聖地にするために追い出し、その抵抗をした者が殺されるという内容でしたが、この真相に辿り着くまでにかなりの時間を要します
このような復讐劇に限らず、主人公の物語の始まりの状態の描写はすごく重要で、何を持っていて、何を失っていたのかは早めに提示する必要があります
本作の場合だと、地下格闘技で覆面レスラーをしてお金を稼いでいますが、実は殴られ屋で「シナリオ通りに後半で負ける」という八百長を仕組んでいました
なので、不本意ながらも金銭に困っているということしかわからず、なぜお金が必要なのかという「欲求」というものがなかなか見えてきません
その中で、とりあえず「幼少期のトラウマが母関係」ということと、テレビのニュースで登場する宗教家の存在というものが背景で流れるだけでした
構成としては、冒頭で幼少期の惨劇を描き、母親が自分を助けている状況の悪夢を見て目覚めるという導入で、その悪夢には関係者の顔もしくは鍵となるアイテム(宗教の紋章、警察のバッジなど)が全員わかっているというものになります
そこから、母親を殺めた関係者が誰かを突き詰めるシークエンスがあり、地下格闘技に潜っているのは、復讐のための情報の取得、金銭の取得、スキルの習得というものを同時にしているという流れになります
映画では、この時点でラナが何者でどこにいるのかがわかっていて、そこに近づくためにウェイターとして働き、アルフォンソを利用する流れになっていました
このシークエンスでも、なぜラナが関係者だとわかったのかとか、どうやって居場所を突き止めたのかという過程が置き去りにされていたのは不思議でしたね
これがミステリー要素として残り続けていることになり、ラナとの遭遇は情報取得の一環なのか、すでに復讐が始まっているのか分かりづらいところがありました
復讐劇は、惨劇を先に見せて、その首謀者を先に提示する場合と、それすらもミステリーにする場合がありますが、キッドの惨劇は幼少期の頃なので、相手が誰なのかというところもミステリー要素になってしまうと思います
なので、キッドがラナを見つける瞬間が必要で、それは幼少期の記憶の中に「制服姿のラナとバッジのようなキーアイテムがある」というものになります
そこから辿っていって見つけることになるのですが、その正体が判明する件は「地下格闘技にガサ入れが入る」という分かりやすい接点を作った方が良かったと思います
負けた客の腹いせで警察に通報され、その場から逃げることになるとか、そこで捕まって拷問(取り調べを受ける)される中で、ラナの存在に気づく
相手はキッドの幼少期の記憶しかないのでこの男が自分に関わりがあるとは知りません
そうした経緯を経ることで、第一の目標というものが明確になっていきます
その後、プロモーターから情報を得ていくことでラナの居場所がわかり、それから接近するシークエンスへとつながります
その秘密の場所で、メディアで知る宗教家の存在が浮かび上がり、そこでも「宗教の印」などを見つけることで、キッドの記憶の中にある「謎の団体」というものが判明します
これによって、明確に復讐する相手が提示されることになるのですが、この流れを開始30分ぐらいまでに行うのがストーリーにのめり込みやすい流れを作ることになります
そこからは「失敗」「協力者の獲得」などを経て、敵のテリトリーに侵入し、復讐を果たす方向へ向かえばもっとわかりやすかったように思いました
■勝手にスクリプトドクター
本作は、終わってみればものすごく単純な話で、シャクティ率いる宗教団体が力を得るために聖地を欲しがり、政治の世界に影響力を持つために暗躍し、公権力と手を組んでいた、というものになっています
相手の目的がミステリーになっているのは問題なく、それが徐々に明るみになっていて、相手を倒すための理由づけが増えていくのは良いと思います
それでも、わかりやすい物語にするためには、情報提示は開始30分までという鉄則があるので、それに準じた物語の展開をする必要があります
起承転結で考えればわかりやすく、起は事件の発生、承は物語の方向性の明示、転は主人公の知り得ぬ情報の開示、結は解決という流れになります
プロローグは物語の種別を語ることになり、それは復讐劇であることがわかればOKだと思います
あとは起点の部分において、どこまでキッドの状況と背景を描くかというもので、この部分で必要なのは公権力の横暴と、宗教団体の暗躍になります
なので、ここで現時点での復讐相手の情報を提示し、キッドがその存在と通じる必要が出てきます
宗教家との関係は「成人してから故郷に帰る」というのでわかるし、公権力の横暴は「地下格闘技の摘発とその取り調べ方法」などで示せます
転じる場面では、この無関係に思えるものの接点をキッドが知るというもので、ウェイターとして接近しつつ、復讐の規模を探ることになります
安易に接近できると面白くはないので、手下などにマークされるというのもありだし、宗教団体に関してはクリーンなイメージが見えてきて、過去との関連が遠ざかってしまうという流れを汲むことになります
それでも、少しずつ近づいていくうちに全貌がわかり、明確な目標というものがはっきりします
そこからは怒涛の復讐劇で、溜まった鬱憤を晴らすかのように倒し(殺し)まくるという展開になります
協力者も集結し、同じ村の出身であるとか、現在進行形で不遇を受けている者などが参加することによって、鉄壁であるはずの壁が突破されるカタルシスを生み出します
映画のラストは、敵討を果たしたあとどうなったのかわからない感じになっていますが、果たして終わったというよりは、もっとハッピーエンドに近い流れの方が良かったと思います
最後にキッドが倒れて終わりでは共倒れにも思えるので、それではカタルシスは生まれません
協力者たちとの未来を提示し、故郷を取り戻すための第2章を明示させても良いと思うので、気を失いそうになる中で母を思い出し、そこにシータがやってきて彼を介抱するというものがわかりやすいでしょう
そして、二人は次なる旅のために関係を濃くする、というのがエモいストーリーだったんじゃないかな、と感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作のタイトルは『モンキーマン』なのですが、キッドは「ハマヌーン」のごとく戦っていたのだと思います
インド神話の猿の姿をした神様で、「勇気、力強さ、自制心」の象徴として崇められています
ヒンドゥー教としても、あらゆる宗派やカーストからも信仰を集めている貴重な存在とも言えます
映画の前半はモンキーマンとしてマスクを脱がないキッドですが、これは「自制している」という状態を表していたのだと思います
その後、最後の復讐においてマスクを脱ぎ去ることになるのですが、そこからは「神ではなく人が成敗する」という彼自身の内面が表現されるようになっていました
暗殺者として、最後まで姿を隠すとか、神様の名前を騙るということもなく、キッド自身の復讐を自身の名の下に行うという意味があったように思えました
映画は、わかりやすい復讐劇ですが、ハヌマーンの存在を知らないとちよっとポカーンとするかもしれません
それでも、自分の顔を見せて戦うというのは、公権力や宗教家に対するアンチテーゼにも思えます
権力の陰に隠れて好き放題する者、神様の言葉を借りて自身の欲望を叶えようとする者
これらが神の逆鱗にふれたようにも思いますが、結局のところ、人間界のいざこざに神様が手を貸すことはないのでしょう
そう言った意味合いも込めて、キッドは戦ったのではないか、と感じました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/101564/review/04188702/
公式HP: