■憎き家族の仇と思い込めばこそ、その反動が出るものなのだろうか?
Contents
■オススメ度
チェス映画が好きな人(★★★)
ヒトラー系の映画なら何でも観る人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2024.7.27(MOVIX京都)
■映画情報
原題:My Neighbor Adolf(私の隣人はアドルフ)
情報:2022年、イスラエル&ポーランド、96分、G
ジャンル:ヒトラーそっくりの隣人の正体を暴こうとするホロコーストの生き残り老人を描いたスリラー映画
監督:レオン・プルドフスキー
脚本:レオン・プルドフスキー&ドミトリー・マリンスキー
キャスト:
デビッド・ヘイマン/David Hayman(マレク・ポルスキー/Mr. Polsky:南米に移り住んだユダヤ人)
(若年期:Jan Szugajew)
ウド・キア/Udo Kier(ヘルマン・ヘルツォーク/Mr. Herzog:マレクの家の隣に越してくる謎の老人)
オリビア・シルハビ/Olivia Silhavy(カンテンブルナー夫人/Frau Kaltenbrunner:ヘルツォークを支える弁護士)
Lukas Herbert Blei(ドイツの補佐官)
Daniel Andreas Schmutte(ドイツの補佐官)
David Mejia(ドイツの補佐官)
Rafael Gallo(ドイツの補佐官)
キネレト・ペレド/Kineret Peled(イスラエル大使館の諜報員)
Tomasz Sobczak(アート専門家、精神科医)
Yaron Becker(フレメ:マレクの父親)
Dorota Liliental(マレクの母親)
Radoslaw Chabowski(マレクの弟)
Paulina Dulla Latos(マレクの弟の妻)
Michelle Grunwald(マレクの弟の娘)
Igor Solecki(スタッツェ:マレクの弟の息子)
Maria Juzwin(リリー:マレクの妻)
Maria Gregosiewicz(サラ:マレクの娘)
Szymon Wisniewski(モイシェ:マレクの息子)
Olivia Steafnow(レイチェル:マレクの姉妹?)
Jaime Correa(評議会長)
Beatriz Ramirez(議会の秘書)
Abel Alzate(議会職員)
Danharry Colorado(郵便配達員)
Eyvar Fardi(モサドの工作員)
Dorian Alexis Zuluaga Seguro(裁判所の警備員)
Juan Carlos Ruiz(書店員)
■映画の舞台
1936年:東欧
1960年:南米
ロケ地:
コロンビア:
メデジン/Medellin
https://maps.app.goo.gl/JG3M6kYqJRfeph1W6?g_st=ic
ブラジル:
■簡単なあらすじ
第二次世界大戦前、ポーランド系のポリスキー一家は、東欧で幸せに過ごしていたが、ヒトラーの蛮行によって家族は離散し、マレクだけが生き残ってしまう
何とか南米の地にたどり着いたマレクは、他人と関わる生活を避け、一人で郊外の古い家に住んでいた
1960年のある日、彼の元にある女性が訪れ、隣の地主は誰かと聞きにきた
マレクは関わりを避け、「知らん」と追い返すものの、女は役所に出向き、その土地が空き家であることと、マレクの家との境界線がおかしいと言い出す
マレクは地元の評議会に呼ばれ、法律に従うように命じられる
その境界線には亡き妻が好きだった黒バラが植えてあって、それを隣人に奪われてしまった
隣には長いヒゲの老人が引っ越してきたが、いつもサングラスをしていて、大型犬を飼っていた
ある日、隣人と話す機会があり、彼の目を見たマレクは驚愕の過去を思い返す
それは、憎きドイツの総統ヒトラーの目とそっくりで、彼は地元のイスラエル大使館へと足を運ぶことになった
だが、諜報部員はヒトラーはすでに自殺していると言い耳を貸さない
そこでマレクは男を監視し、ヒトラーであるという証拠を掴もうと接近するのである
テーマ:愛憎の境界
裏テーマ:過去との決別
■ひとこと感想
隣に引っ越してきたのが、自殺したはずのヒトラーのそっくりさんという出オチネタでしたが、最後までじっくりと鑑賞できる内容になっていました
いわゆるスリラーのような感じになっていて、隣人の家に忍び込んだり、少しずつ証拠のようなものが見えてきたりします
ヒトラーのことを調べ上げて、その特徴と合致していないかを観察していくのですが、なかなか決定的なものが見つからないジレンマがありました
そんな中、まさかの展開を迎えるのですが、このネタバレはない方が良いでしょう
とは言え、それでもマレクの溜飲が下がることもないと思うので、何とも言えない空気感になって終わったように思えました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
隣人はヒトラーではなく、いわゆる影武者をさせられていた男ということで、マレクは影武者と会ったことを覚えていた、という流れになっていました
そこまで全く動かなかった諜報部がいきなり動き出すのはシナリオ上の都合のようなもので、隣人を疑ったことで心が痛むマレクが描かれていきます
とは言え、それでもホロコーストに加担した側で、名乗り出ることもなく逃亡しているので、ユダヤ人として許せるのかは何とも言えません
過去に囚われずに前向きに生きようとしても、ホロコーストに関しては、特別な感情が宿っても仕方がないように思います
ホロコーストに対抗するには生き残って子孫を繁栄させることだとは言うものの、それをできる人がどれだけいるのかは分かりません
とにかく逃げて、たどり着いた先でも恐怖は消えないと思うので、天涯孤独を強いることになっていると言う側面も否めないのかな、と感じました
■ヒトラーの○○について
ブログの目次に出るので「○○」としていますが、いわゆる影武者について簡単に調べたいと思います
ヒトラーに限らず、要人には影武者というものがいて、それは秘密裏に扱われているので情報が出ることはほとんどありません
でも、ヒトラークラスになってくると、影武者とされる人物リストというものがあって、表面化したものと言うのは多数あります
とは言え、どこまで本当かは分からず、本作のように実は南米に生き延びていたと言う説はあったりします
ウィキペディアには「Alleged doubles of Adolf Hitler」というページがあり、「アドルフ・ヒトラーの影武者をされる人物」について書かれています
1939に発行された『The Strange Death of Adolf Hitler」と言う本では、ヒトラーは1938年に死んでいて、その後はそっくりさんによるなりすましだった、みたいな主張があったりします
この本では、ヒトラーの影武者は少なくとも4人はいた、とされています
もっとも、この書籍の評価は散々なもので、信憑性を示す直接的な証拠はないとまで言われています
1945年5月9日、ベルリンが陥落してから1週間後、ソ連はヒトラーの遺体を見つけたと主張します
でも、この遺体はヒトラーに似ていたために殺された料理人で、ヒトラーは死を偽装して逃げたと言われているのですね
また、ヒトラーに似た遺体が総統地下壕で4体発見されていて、火炎放射器で焼かれていたという報告もあります
その4体のうちの1体がヒトラー本人である可能性が高いのですが、数日後、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンは「ヒトラーと思われる遺体は発見していない」と言う公式見解を発表するに至っています
また、1947年に発行された著書『Who Killed Hitler?』の中では、親衛隊のハインリヒ・ヒムラーによって、クーデター未遂の暗殺だったと書かれていたりします
ヒムラーは政治的な囮として、ヒトラーの影武者を数人雇っていて、総統地下壕に1人いることを知っていました
この影武者は54歳くらいで、遠くから見れば大衆を騙せるほどだったと言われています
彼は厨房から出られず、シェフの助手として働かされていて、親衛隊の護衛以外には見られなかったと言われています
彼の死体は1945年5月8日に発見され、縦断で穴だらけになっていて、運転手や数名のスタッフによってヒトラーだと特定されたとされています
でも、運転手の1人は、それが逃亡を助けるために殺された別人であると述べていて、この証言などから、ヒトラーが生きて逃亡していると言う説が色濃く残る結果となっています
それでも、アインザッツグッペルマン裁判では、ヒトラーに替え玉がいたと示す証拠が微塵にもないとされ、ヒトラーの側近数十人もいなかったと明言しています
実際にどうだったのかはほぼ闇の中という感じで、これまでに何度も「いた」「いない」論争が展開する状況になっていて、それは今も変わらないとされています
■猜疑心と後悔
本作では、隣人がヒトラーではないかと疑うマレクが、イスラエル大使館に駆け込んで、そこで諜報係に訴えるという流れになっていました
そこでは、ヒトラーはすでに死んでいると考えられていて、マレクの話を一笑にに伏すことになります
でも、その後、ヒトラーもしくは影武者の存在に信憑性を感じた諜報部が動くことになるのですが、この時点でマレクはヘルツォークとの友人関係を築いていました
当初は、ヒトラーである証拠を掴むために近づいていたのですが、そうではなく「影武者」として、追われる身となったことを危惧し、彼の予後を心配するようになっていました
この一連の流れにて、ヒトラーの影武者だった男に感情移入するホロコースト被害者というものはおかしくも思いますが、これは自分の思い込みが覆ったことと、自分の行動で意図しない方向でヘルツォークの未来が危ういことを感じたからだと推測できます
彼がヒトラー本人であれば、マレクは何も感じなかったでしょうし、影武者であることに能動的であれば状況も変わったかもしれません
でも、同じような被害者意識を持ったために、マレクは心変わりをすることになりました
第三者視点で観ると、本人であろうと影武者であろうと、戦争犯罪に加担したことは変わらないと思います
ヘルツォークが能動的だったのか強制的だったのかは分からないし、その本意というものも読めないでしょう
でも、マレク自身はそう言った視点ではなく、彼は巻き込まれた人間であり、実際にホロコーストの指揮を執った人間でないことを理解しています
また、自身の行動が相手の未来を変えるということが、本質的にはヒトラーと同じだと感じたのだと思います
おそらくは、自分の思い込み(思想)によって、他人の人生を踏み躙ることに抵抗を感じたのでしょう
それは、ヘルツォークと過ごした日々によって、彼の言葉を信じる側に立てたからだと感じました
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、ある強烈な過去を想起するマレクを描いていて、彼が南米に逃げ延びた後も、影武者と同じように人との関わりを絶って生活をしてきたことがわかります
冒頭の家族の団欒から突然の悲劇が襲い、彼以外の家族は皆殺しになっていました
そうして、戦後祖国に戻ることもなく僻地で暮らしているのは、人がいかにして残忍であることを知ってしまい、命令によっては何でもしてしまう弱さを理解したからのように思えます
そんな彼の元に、別の意味で他人と関わることを禁じられた男が引っ越してきました
弁護士が同伴で、彼の生活を整える人がいたり、最終的には「ハイル、ヒトラー!」と敬礼してまで去ると言う男たちがいました
部下のような人々が彼を逃げ延びたヒトラーだと思っているのか、影武者として接しているのか、あるいは実はネオナチの思想集団で、影武者をシンボルと捉えているのかはわかりません
このあたりの背景が描かれないのですが、それによってはいまだにユダヤ人の敵であると言うふうにも思えます
この映画を観ている人は、ある程度の世界情勢のことも知っていて、新たにネオナチなどの起こした事件なども知っていると思います
実際にドイツ国内であの時の気運が生まれつつあるのかはわかりませんが、国が戦争に向かう時と言うのは、ある独裁者の独断専行でないことはわかっているのですね
その首謀者を下支えしてしまう環境などがあり、それはその国以外には見えていないものだったりします
なので、何かしら事が起こった時、見えている部分だけで過去を準えて想像を膨らませることになりますが、それは自衛手段として当然なことのように思えます
そう言った垣根を超えて、マレクはヘルツォークを信頼することになっていて、これはもう奇跡的なことのように思えてしまいます
実際に同じような境遇の誰もが同じことをするのかはわかりませんが、彼自身の感性と判断、行動は特異なもののように思えても不思議ではないのかもしれません
映画はフィクションの世界で、もしもの世界を描いているのですが、この内容の映画をイスラエルとポーランドの合作で作っていることの不思議さがありましたね
それがどのような思考とプロセスで成り立ったのかは分からないのですが、被害者側からこのような内容のヒトラー映画が生まれたことに、時代は変わりつつあるのかな、と感じてしまいました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://eiga.com/movie/94367/review/04076790/
公式HP: