■どこにでもあるペルリンプスが見えなくなったのはなぜだろうか?
Contents
■オススメ度
ブラジルのアニメに興味がある人(★★★)
寓話的な映画が好きな人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2023.12.14(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Perlimps
情報:2022年、ブラジル、80分、G
ジャンル:国を守るためにペルリンプスを探す2人のエージェントを描いた寓話的ファンタジー映画
監督&脚本:アレ・アブレウ
キャスト:
ロレンゾ・タランテーリ/Lorenzo Taratelli(クラエ:太陽の王国のエージェント)
ジウリア・ベニッチ/Giulia Benite(ブルーオ:月の王国のエージェント)
ステーニオ・ガルシア/Stênio Garcia(カマドドリのジョアン:2人の前に現れるペルリンプスを知る元巨人)
ニウ・マルコンジス/Bill Marcondes(クラエの父)
ホーザ・ホザー/Rosa Rosah(クラエの母)
■映画の舞台
ペルリンプスがあるとされる「魅惑の森」
■簡単なあらすじ
太陽の国のエージェント・クラエは、巨人から国を守るために「ペルリンプス」を探す旅に出ていた
「ペルリンプス」は魅惑の森のどこかにあるとされていて、クラエは報告用の記録を残しながら、森の奥深くへと足を運んでいく
そんな折、物陰に反応したクラエは、その場所に異国のエージェント・ブルーオがいることを探知した
ブルーオは敵対する月の王国のエージェントで、彼もまた、「ペルリンプス」を探しにきていた
クラエは一緒に探そうと打診するものの、ブルーオはその申し出を拒否し、それぞれは独自に調査を重ねていく
そして、クラエは「ペルリンプス」の場所を受信すると思われる小型の通信機を発見する
そこには太陽の国からの秘密事項が
送られていて、多くの言語に精通しているブルーオに内容を知られてしまうのである
テーマ:社会の縮図
裏テーマ:恒久の平和のために必要なもの
■ひとこと感想
まるで絵本のような展開で、完全に子供向けの語り口になっていましたね
フラッシュ効果がかなり多用されていて、眩しくて見づらい映画でありましたが、内容はそこまで特筆すべきものではありません
2人はペルリンプスを探していますが、それが何なのかは最後までわからない感じになっていましたね
カマトドリのジョアンは「元巨人」という設定で、これは「老人」という意味になります
これらを踏まえた上で見ると、「万里の壁」を作っているものの正体であるとか、ペルリンプスが何かということは感覚的にわかるような感じになっていましたね
いろんな解釈はできると思いますが、設定は現代社会の風刺になっているので、そこまで難しく考える必要なないのかなと思いました
それにしても眩しかったですね
点滅が激しくすぎて、最前列では凝視するのが厳しい場面もありました
これから鑑賞される人は、真ん中より後ろの方が良いと思いますよ
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は、配置されたキャラクターを現代社会の何に置き換えるかという感じになっていて、太陽と月、エージェント、巨人、ジョアンにはそれぞれにわかりやす意味が内包されていました
太陽と月は同時に存在する表裏一体のもので、これは現在の自分(子ども)というものを示しています
巨人は大人で、彼らも表裏一体の国を作りあげていて、太陽と月を分断する行動に出ています
老人にあたるジョアンは、それらの時代を終えた存在で、この精神世界にくると表裏一体である必要がないという感じになっていますね
プルリンプスはポルトガル語の「ピリランポス」をもじった造語で、「蛍」という意味があります
劇中でもホタルの目というものが登場し、それは真実を照らす光のようになっていましたね
■ペルリンプスとは何だったのか
映画の中でクラエとブルーオが探すペルリンプスですが、明確にこれだという描写はなく、概念的な感じになっています
ペルリンプスが集まっている場所に来ても、それが何なのかわからない感じになっていて、生命力とか、エナジーとか、ソウルとか、いろんな解釈ができそうに思えます
クラエはペルリンプスがあれば、「大波」から森を守れると考えていて、この「大波」とは父であるドラード大尉たちが行っていた「ダム事業」であることがわかります
科学的な建造物による自然災害というもので、それを止めるものとするならば、超自然の存在のようにも思えます
個人的な感想だと、科学に邁進する太陽の王国のマインドを変えるものという意味になると思うので、その観点だと「グルーオたちが大切にしているもの」という意味になると考えています
太陽の王国でおざなりになっている精神世界というものがあって、それは自然と調和する世界観でした
なので、科学の世界で生きてきたクラエがそう考えるというのは、幼心に感じる科学への盲信に対する違和感なのだと思います
実際に、精神世界が魅惑の森を救うかはわかりませんが、クラエが大人になって世界の中心になった頃に、そのマインドを忘れていないのであれば問題ないのかなと思ってしまいました
ペルリンプスは個で存在するものではなく、生物の本来の姿を形作るもので、自然エネルギー的なものであると考えられます
文明は自然的なものを壊して成長してきたものであり、ペルリンプスは人類との戦いに敗れ続けた存在でしょう
でも、クラエはペルリンプスが世界を救うものだと信じている
それは、どんなに壊されても再生する能力があるこの表れであり、大波に飲まれた後も生き続けるもののように感じられます
大波自体がペルリンプスでもあるので、森が沈んだとしても、形を変えて存在すると言えるのかもしれません
■寓話に込められたメッセージ
本作は、一見すると童話のような世界観で、登場するものが何かのメタファーで、物語も教義的な感じになっていました
ペルリンプスも生命エネルギーの概念のようなもので、クロエとブルーオの存在もどこか抽象的に思えます
太陽と月の王国は、それぞれが対極的な存在に位置し、相容れないものになっていました
科学と精神という、人間の中で同居しているものが分離されている世界で、それぞれの特性だけが強調されています
いわゆるディフォルメ化した概念がぶつかり合っていて、その中でどのような変化が生まれるかという感じになっています
同じ目的を有するまでは敵対的に対処するクラエですが、ブルーオも同じ状況なのに冷静に対処していました
これが精神性の違いなのかはわかりませんが、一歩先を行っていたのがブルーオだったと思います
その後、受信機を見つけた際にブルーオは暗号を解くのですが、それによってクラエは彼を一目置くことになります
科学を凌駕するのは、それを超える能力で、この順列というものが科学の方では重宝される概念であるように思えます
クラエがブルーオを認めてからは、彼の知る世界に興味を持ち、同じように瞑想したりするようになっていました
ブルーオの世界にはクラエの技術はありませんが、クラエの中にはブルーオの概念があります
なので、共通言語があるとしたらブルーオの世界の言葉だけなのですね
この分離が生まれたのも、クラエの世界の概念が世界を覆ったからであり、それは「大波」に代表されるように、物凄い勢いで侵食していく力のように思えます
クラエが「大波」を止めようと考えているのも、彼の中にあるブルーオの国の概念が残っているからで、彼との関わりの中でその存在が大きくなっていきます
そう言った意味において、クラエが森に来たのは、自分の中にある自分を探しに来たようにも思えますね
これを寓話と捉えるなら、普段はふれない世界において、自分自身を知るというもので、その誘いは内なる心によるものと考えることができるのではないでしょうか
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
本作は、ブラジルのアニメーション映画として、テーマの中に「アマゾン川の自然破壊」というものが念頭にあります
1940年代から始まったアマゾン開発計画は、「西への行進」と名付けられ、奥地へと探検隊を送ることになりました
その後、1960年代に入ってから、道路開発が頻繁に行われるようになり、ますます森林破壊が問題になってきます
さらに1990年になって、輸出用の大豆の大規模農業開発というものが行われていきます
これがアマゾンの森に不法伐採などを暗躍させるようになっていきました
アマゾン流域で失われたのは15%にも及び、それによる乾燥化が進んでいます
これによる砂漠化が進めば、想像以上に森林の消失というものが起きてくる懸念があります
また、奥地に人が入ることで、今回のコロナのような外来疾患の蔓延が起きて、部族ごと罹患し、医療が行き届かずに死亡ということも起きているとされています
映画には、このような「先住民」との関係性も内包されていて、ブルーオたちは虐げられる先住民と考えても良いと思います
映画のラストでは、壁の向こう側に住む貧相な部族が登場し、そこはブルーオがいました
壁の外と中とを繋いだものが何かわかりませんが、クラエはブルーオたちの声を聞き、そして、あの森に来たのだと考えられます
クラエの中で育っていた「今のままで良いのか」という疑念が、森でブルーオと出会うことで顕在化し、その理由を理解する
そうした中で、次世代として何をするのかというのが命題であるように思えました
映画はあまり説教っぽくはありませんが、色んなメッセージが込められていて、制作国における諸問題を念頭においておけば、違った見方ができるように思えました
■関連リンク
映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
公式HP:
https://child-film.com/perlimps/