■外国視点の放射能への観念は、国内のものとは少し違うという認識は必要かも
Contents
■オススメ度
キュリー夫人について知りたい人(★★★)
放射能の発見について知りたい人(★★★)
■公式予告編
鑑賞日:2022.10.18(アップリンク京都)
■映画情報
原題:Radioactive(放射能)
情報:2019年、イギリス、110分、G
ジャンル:ラジウムを発見した過程を描くキュリー夫妻の伝記映画
監督:マルジャン・サトラピ
脚本:ジャック・ソーン
原作:ローレン・レドニス/Lauren Redniss『Radioactive: Marie & Pierre Curie: A Tale of Love and Fallout(2010年)』
キャスト:
ロザムンド・パイクRosamund Pike(メアリー・スクウォドフスカ/マリ・キュリー/Marie Curie:ポーランド&フランスに帰化した物理学者)
(幼少期:Harriet Turnbull)
サム・ライリー/Sam Riley(ピエール・キュリー/Pierre Curie:キュリー夫人の夫、物理学者)
(幼少期:Arthur Bateman)
Sian Brooke(ブロニア・スクウォドフスカ/Bronia Sklodowska:マリの姉、医師)
Faye Bradbrook(ラナ:ブロニアのナニー)
Simon Russell Beale(ガブリエル・リップマン/Gabriel Lippmann:フランスの物理学者、マリのソルボンヌ時代の研究室の教授)
アニヤ・テイラー=ジョイ/Anya Taylor-Joy(イレーヌ・キュリー/Irene Curie:キュリー夫人の娘、長女)
(若年期:Ariella Glaser)
(6歳時:Indica Watson)
Edward Davis(フレデリック・ジュリオ=キュリー/Frédéric Joliot-Curie:イレーヌの夫、物理学者)
Cara Bossom(エーヴ・キュリー/Ève Curie:キュリー夫人の娘、次女、11歳時)
(4歳時:Isabella Miles)
Georgina Rich(マリの母)
Dóra Köves(ピエールの母)
アナイリン・バーナード/Aneurin Barnard(ポール・ランジュバン/Paul Langevin:キュリー夫人の同僚、不倫相手)
Katherine Parkinson(エマ・ジャンヌ・デスフォス/Emma Jeanne Desfosses:ポールの妻)
Tim Woodward(アレクサンドル・ミルラン/Alexandre Millerand:フランスの大統領)
Michael Gould(クラーク:フランスの科学大臣)
Mirjam Novak(フランソワーズ:老齢期のマリの看護師)
Demetri Goritsas(ジェンキンス医師:放射能を使った治療を行う医師)
Charles Tumbridge(ピーター:ジェンキンスの治療を受ける少年)
Drew Jacoby(ロイ・フラー/Loie Fuller:ダンサー、マリの親友)
Federica Fracassi(交霊会を行う霊媒師)
Paul Albertson(ポール・ティベッツ/Paul Tibbets:アメリカ空軍の准将、エノラ・ゲイにより原爆を投下したパイロット)
Péter Fancsikai(チェルノブイリで被曝する消防士)
Yasuhito Ishikawa(広島で犠牲になる男性)
■映画の舞台
1893年&1934年
フランス:パリ
ロケ地:
ハンガリー:ブダペスト
https://goo.gl/maps/QZxSETSQNiSYTGtUA
ハンガリー:エステルゴム
https://goo.gl/maps/jKgcd6DJeJhcDVoN8
■簡単なあらすじ
科学者としてソルボンヌ大学で学んでしたマリ(マリア)は、ある日リップマン教授から研究室を追われてしまう
行方あてのない彼女に手を差し伸べたのは、同じくアカデミーから支援を受けられないピエール・キュリーだった
ピエールはマリの研究に興味と理解を示し、共同開発を申し出る
そして、度重なる研究の末、二人はラジウムとポロニウムを発見することになる
だが、名誉と勲章はピエールにだけ注がれてしまう
ピエールは「夫婦で発見したこと」を強調し、ノーベル賞を夫婦で授与することになった
そんな二人は二児の娘に恵まれ、長女イレーネも研究者の道を歩み始めていく
だが、そんな矢先、徐々に体調を崩していたピエールが不慮の事故に遭って死んでしまう
孤独の中、何も手につかないマリだったが、二人の盟友ポールの助力により、再び研究への道を進むことになったのである
テーマ:発見の功罪
裏テーマ:女性の地位向上
■ひとこと感想
キュリー夫人と言えば誰もが名前を知るものの、実際に何をしてノーベル賞を2度獲ったのかはあまり知られていません
特に日本では、のちに原子爆弾につながることもあって、積極的に教えられた記憶はありませんでした
とは言うものの、偉人の中の偉人でもあり、その功績は毒にも薬にもなるものでした
映画では毒の部分も包み隠さずに描かれていて、日本人としてはショッキングな場面もあります
映画のタイトルは「放射能」と言う意味で、邦題がかなりの改変になっているのは配慮せざるを得ない感じでしょうか
でも、いつまでそういうことをオブラートに包み続けるのかと言うところはあります
そのまま『マリ・キュリー〜放射能の発見』とかでよかったように思いました
↓ここからネタバレ↓
ネタバレしたくない人は読むのをやめてね
■ネタバレ感想
映画は色恋沙汰と研究が半々の内容で、ガッツリと不倫問題にまで切り込んでいきます
でも駆け足すぎるのと、映画の流れでピエールが妻にぞっこんな感じに見えない(後でわかるパターン)のがコミカルになっていました
不倫問題は知っていたので、てっきりピエール存命中なのかと思っていました
発明に関しては、これは事前知識がないとついていけないレベルになっていて、葡萄の実で例えますが、ぶっちゃけその場にいたポール夫人(だったと思う)のような感じになってしまうような気がします
それでも、物理の難しい話が出て来る訳ではなく、一般的に「放射能のウィキページ欄が読めればOK」と言う感じになっています(理解できるとは言ってない)
映画の背景にはジェンダー問題がありますが、そりゃあ「女性初のノーベル賞受賞」なので、これまでにあった壁と言うのはとてつもなく大きいと言えます
また、彼女がポーランドからの移民と言うこともあって、発明の負の部分が強調される歴史になったのも運が悪かったように思えます
放射能に関しては、画期的な発明であり、正負の激しいものだったと言えます
人助けになる一方で、大量の人を殺してしまう危険なものでもあります
映画では時系列がかなり入り組んでいて、第一次と第二次が逆になっていたり、原爆投下があたかもキュリー夫人の罪(アメリカからすれば逆)に見えるところも誇張になっているかなと感じました
■マリ・キュリーのあれこれ
マリ・キュリー(マリ・サロメア・スクウォドフスカ=キュリー/Marie Salomea Sklodowska–Curie)は、1867年生まれで、放射能に関連する研究の先駆者でした
ポーランド生まれでフランスに帰化し、ノーベル賞の物理学賞と化学賞を受賞しています
夫はピエール・キュリーで、ノーベル賞物理学賞の共同受賞者でした
彼女は1906年にパリ大学の教授になりましたが、これは最初の女性教授だったと言われています
彼女は1934年の7月4日に亡くなっていて、死因は「再生不良性貧血」でしたが、彼女自身は放射能との関連を否定したまま亡くなっています
ロシア帝国のポーランド王国のワルシャワで生まれた彼女は、24歳の時に姉のブロニアの薦めでパリに留学することになりました
1895年にピエール・キュリーと結婚し、1903年にノーベル物理学賞を共同受賞し、彼女が信奉していたアンリ・ベクレルも同時に共同受賞に至っています
1906年にピエールはパリにて交通事故で死亡
1911年には放射性同位体の分離技術にてノーベル化学賞を受賞しています
1920年にマリはパリにキュリー研究所を設立、1932年にはワルシャワにもキュリー研究所を設立しています
映画の後半でも登場する「移動型のX線撮影装置」を開発し、前線の野戦病院に提供をしています
彼女はフランス市民でしたが、キュリーとスクウォドフスカの両方の性を有し、発見したポロニウムは母国のポーランドが由来となっています(こちらの元素がラジウムよりも先に発見されていました)
1934年にフランスのパッシーにあるサンセレモズ療養所にて亡くなりましたが、研究過程の放射線被曝が原因と考えられています
■キュリー夫妻の功績(映画内限定)
1895年にヴェルトヘルム・レントゲンがX線の存在を発見していますが、そのメカニズムはまだ謎のままでした
1896年、アンリ・べクトルはウラン塩からX線に似た光線の放出を発見します
この放出は外部エネルギーではなく、ウラン自体から自然発生していることを実証しました
これが映画の冒頭でマリがピエールに話していた内容でした
その後、ウラン線を調べるために、キュリーは夫とともに「エレクトロメーター」を使用して、ウラン線がサンプルの周囲の空気に伝導していることを発見します
これはウラン化合物の中の「ウランの量に依存する」という発見があり、「放射線は分子の相互作用の結果ではなく、原子自体から来ている」という仮説を立てます
これは「原子は分割できない」という仮説への反証となり、映画内では学会が騒然とする事態に発展していました
キュリー夫妻はピッチブレンドとトーバーナイトという鉱物を研究の対象としていて、ピッチブレンドにウラン自体の4倍もの活性を見出しています
ピッチブレンドとは、「ウランナイト」と呼ばれるもので、「二酸化ウラン」という酸化化合物のことです
トーバナイトは「リン酸ウラニル銅鉱物」で、花崗岩などに含まれている鉱物で、こちらはウラン自体の2倍の活性があったと言われています
この二つの鉱物に「ウランよりはるかに活性している別の物質がある」という結論づけることに至ります
この結論を実証するためにピッチブレンドを粉砕して抽出、そして1898年7月に「ポロニウム」を発見します
そして、同年12月26日に「ラジウム(光線という意味)」の発見に至り、この過程で「放射能(Radioactive)」という言葉を作り出すことになりました
この放射能は「不安定な原子核が放射線によってエネルギーを失うプロセス」で起こり、それを「放射性崩壊(Radioactive Decay)」と呼びます
この「不安定な原子核を含む物質」は「放射性がある」とされています
放射性の崩壊はアルファ崩壊、ベータ崩壊、ガンマ崩壊と呼ばれ、いずれもひとつまたは複数の粒子の放出を起こします
ベータ崩壊は弱い崩壊で、アルファ崩壊とガンマ崩壊は電磁気の力と核力によって支配されています
アルファ崩壊は「原子核がアルファ粒子(ヘリウム原子核)を放出するときに発生」します
ベータ崩壊は「中性子を陽子に変える過程で原子核が電子と反ニュートリノを放出するベータマイナス崩壊」と「陽電子放出と言われる陽子を中性子に変える過程で原子核が陽電子とニュートリノを放出するベータプラス崩壊」というものがあります
ガンマ崩壊では「放射性原子核が最初にアルファ粒子またはベータ粒子の放出によって崩壊する」現象で、ガンマ線光子を放出することによって低エネルギーで崩壊する可能性があるものです
この他の崩壊については割愛します
話を戻しますと、キュリー夫妻はポロニウムとラジウムを純粋な形で分離しようと考えていました
ピッチブレンドは複雑な鉱物でしたが、ポロニウム自体は容易だったと言われています(純粋なポロニウムは難易度高過ぎで無理だったとのこと)
ただし、ラジウムはかなり困難を極め、1トンのピッチブレンドから10分の1グラムの塩化ラジウムを入手するのに4年ほどかかったとされています
1910年にようやく純粋なラジウム金属の分離に成功していますが、半減期が138日しかないポロニウムの純粋な分離には成功しなかったようです
1898年から1902年の間にキュリー夫妻は32の科学論文を発表し、その中には「ラジウムにさらされると病気の腫瘍形成細胞が健康な細胞よりも早く破壊される」というものがあります
これが後の放射線治療への礎となっています
■120分で人生を少しだけ良くするヒント
映画ではノーベル賞受賞のシーンで原子爆弾が投下されたりと、まるでキュリー夫妻が原子爆弾を開発した、と誤認するようなイメージショットが挿入されていました
確かに彼らの発見がのちに原子爆弾の開発へと至るのですが、あまりにも暴力的な表現であると思います
マリが亡くなったのは1934年で、まだ核実験すら行われていません
第二次世界大戦が核開発を加速させましたが、開戦すらもマリの死後5年後だったりするのですね
なので、結びつきはないとは言いませんが、何も知らない人が見たらキュリー夫妻が核開発をおこなっていたみたいに見えてしまいます
映画の本懐はそこではなく、男女の不平等さというものが描かれていて、ノーベル化学賞受賞に際しても、ストックホルムの女性団体が支援するという文言がありました
登壇のスピーチでも、最初に立ち上がって拍手をしたのはその女性団体の人たちで、その後他の男性も立って拍手をするという流れになっています
映画の後半ではポールとの不倫関係でのバッシングなども描かれ、男性の敵であり女性の敵でもあるという状況になっていました
ポールの妻エマからの激しい攻撃をわざわざ挿入し、前半の「ラジウム講義の無教養さ」を描いていた表現と対になっている印象すらあります
映画のタイトルは「放射能(Radioactive)」なのですが、邦題は思いっきり日和って「キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱」というかけ離れているものになっていました
これ自体はさほど間違ってはいませんが、いまだに「放射能」という言葉すらまともに使えない世の中というのはどうかと思います
本作は2019年の作品で、公開までに3年を要しています
誰もが知るキュリー夫妻の物語の公開が遅れたのは、やはり「原爆投下のシーン」があるからなんだと思います
実際には映画的なイメージショットにはすぎないのですが、タイトルが「放射能」で、あのシーンがあると誤解を招くので適正な判断かもしれません
それでも、いつまで言論統制のようなことをやっているのかと思いますし、諸外国が作る作品(外国目線)ですら過敏になるのはどうかと思います
本作は問題もありますが、原子爆弾の描写があっても、「放射能の発見」という史実に目を背けることはできないでしょう
なので、物議を醸すことを前提で「キュリー夫人 放射能の発見」とはっきりと提示し、そして本作を観た多くの人が「キュリー夫人の発見が基礎だけど、彼女は原子爆弾を作るためにそれを発見したわけではない」という教養を持つことの方が大事ではないでしょうか
正しい知識を得るためのきっかけとして、本作のような作品があるわけで、この誤認を生む映画構成に対して、真っ当に批判することこそが求められるリテラシーではないかと考えています
■関連リンク
Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)
https://movies.yahoo.co.jp/movie/383898/review/fd6999dc-b64c-4cc2-9245-cf8448d2a9d0/
公式HP:
https://movie.kinocinema.jp/works/radioactive/
