■時代を遺すことの意味を考えれば、その志は時代劇だけに留まるものではないと思います


■オススメ度

 

インディーズ映画のバズる瞬間を捉えたい人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2024.9.14(MOVIX京都)


■映画情報

 

情報:2023年、日本、131分、G

ジャンル:幕末の侍が時代劇撮影所にタイムスリップしてしまう様子を描いたコメディ映画

 

監督&脚本:安田淳一

 

キャスト:

山口馬木也(高坂新左衛門:時代劇に紛れ込む武士、会津藩士)

 

冨家ノリマサ(風見恭一郎:時代劇の元トップ俳優)

 

沙倉ゆうの(山本優子:時代劇制作の助監督)

福田善晴(西経寺住職:高坂を助ける住職)

紅萬子(節子:住職の妻)

 

庄野﨑謙(山形彦九郎:高坂と村田が狙っていた武士)

高寺裕司(村田左之助:高坂の盟友、会津藩士)

 

峰蘭太郎(関本:殺陣指導、「剣心会の代表」)

安藤彰則(安藤:体調不良起こす斬られ役)

きらく尚賢(斬られ役)

ムラサトシ(斬られ役)

神原弘之(斬られ役)

 

井上肇(井上:撮影所の所長)

 

田村ツトム(錦京太郎/心配無用の介:時代劇「心配無用の介」の主役俳優)

Rene(梅:「心配無用の介」の演者、狙われる町娘)

 

多賀勝一(「心配無用の介」の監督)

佐渡山順久(「心配無用の介」の監督)

五馬さとし(「心配無用の介」のカメラマン)

泉原豊(「心配無用の介」の照明係)

岸原柊(「心配無用の介」のスタッフ)

谷垣宏尚(「心配無用の介」のプロデューサー)

水瀬望(「心配無用の介」のスタッフ)

 

徳丸新作(「ゾンビ四谷怪談」のゾンビ役)

宮崎恵美子(「ゾンビ四谷怪談」のゾンビ役)

岩澤俊治(「ゾンビ四谷怪談」のゾンビ役)

 

谷口恭平(「実録龍馬伝」の龍馬役)

戸田都康(「実録龍馬伝」の監督)

吉永真也(「実録龍馬伝」の助監督)

楠瀬アキ(「実録龍馬伝」のメイク係)

佐波太郎(「実録龍馬伝」の特攻マン)

 

吹上タツヒロ(武者小路:「最後の武士」の映画監督)

江村修平(「最後の武士」の若侍役)

山本拓平(「最後の武士」のカメラマン)

西村裕慶(「最後の武士」のスタッフ)

篠崎雅美(「最後の武士」のスタッフ)

夏守陽平(「最後の武士」のアクション監督)

山内良(「最後の武士」のスタッフ)

 

柴田善行(妄想に登場する将軍)

田井克幸(妄想に登場する家老)

 

橋本裕也(記者)

大野洋史(バーテンダー)

雨音テン(リポーター)

鈴木ただし(法要する家の主)

吉村栄義(理容師)

石川典佳(司会者)

結月舞(看護師)

鼓美佳(公園の主婦)

 


■映画の舞台

 

日本:京都

 

ロケ地:

京都市:右京区

東映株式会社京都撮影所

https://maps.app.goo.gl/W4s14manbS34W4dE8?g_st=ic

 

東映太秦映画村

https://maps.app.goo.gl/39zHNUqzT4EHwpMEA?g_st=ic

 

滋賀県:甲賀市

油日神社

https://maps.app.goo.gl/613vgkX8ojdxSHBu7?g_st=ic

 

大阪府:守口市

イオンシネマ大日

https://maps.app.goo.gl/46GuFZRLPRVuCfjLA?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

幕末の京都、会津藩士の高坂新左衛門は村田左之助とともに、長州藩の山形彦九郎を討つために、ある寺院の前に忍んでいた

そこに姿を現した山形は、高坂との一騎討ちの勝負に持ち込み、大雨の中、相対することになった

だが、渾身の一撃とともに雷鳴が轟き、二人の勝負は露と消えてしまった

 

その後高坂は、長屋の路地にて目を覚まし、いつの間にか場所が江戸に移っていることに驚きを見せる

そこでは、時代劇の撮影が行われていて、高坂はエキストラと間違えられて芝居に加わることになってしまう

段取りなど知る由もなく、助監督の優子に追い出されてしまったが、機材に頭をぶつけて意識を失ってしまう

 

次に目覚めたのは病院と呼ばれる白いベッドの上で、窓の外を見た高坂は仰天し、その場所を離れてしまう

そして、あてもなく彷徨っていると、街角に貼られていたポスターから、今自分がいる場所は140年後の世界であることを理解する

高坂は失意の中、街を彷徨い、そして決闘の寺院の前へとやってくる

心底疲れた彼は寺院の前で力尽き、翌朝、住職に起こされることになった

住職は役者さんだと思い、助監督の優子に連絡を入れた

 

そこから高坂は、寺院の手伝いをしながら、優子の作品の斬られ役として、参加することになったのである

 

テーマ:時代劇を作る意味

裏テーマ:積年の恨みと訪れた未来

 


■ひとこと感想

 

バズっていると言う情報はチラチラと聞いていて、東京2館からの拡大ともあって、関西圏は縁がないんだろうなあと思っていました

ところが、GAGAが配給に入って大博打を打つことになり、いきなり全国での拡大上映が決まってしまいます

自主制作映画と言うことで、どんな感じなんだろうと思っていましたが、音響以外は普通の時代劇とさほど変わらないクオリティがありました

 

物語は、時代劇の撮影現場にタイムスリップした、と言う内容で、現実の受け入れにどれだけ時間を要するのかと思っていましたが、パニックになって本物の刀を振り回すとかなくて良かったですね

見つかれば銃刀法違反で捕まってしまうやんとハラハラしてしまいました

場所が京都でもあり、腰に刀の侍を見ても「俳優さんなんやなあ」と思われると言うのはすごいメタ構造で平和だなあと思ってしまいます

 

映画は、音響のバランスがちょっと悪く、いきなり轟音になったりと不安定な部分がありましたね

それ以外は何の問題もなく、物語性もあって引き込まれるし、時代劇を取り扱っている意味や気概というものも感じました

なんとなく、時代劇の見方が変わるスイッチを入れてもらったように思えました

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

本作は、どちらかといえばネタバレなしで観た方が良い作品で、演者の役名でネタバレになってしまう部分もあります

今のところ、公式が発行するパンフレットなどは無いようで、この全国展開で制作されたら良いのになあと思ってしまいます

SNSを中心にバズっていて、制作サイドも積極的に発信しているので、たくさんの演者さんの情報があって助かりました

 

地元で撮影されたとあって、大学時代に通っていた場所などが登場して懐かしくなってしまいました

それにしてもアイデアが面白いですね

侍を見つけて職質しない警官とか登場させて欲しかったですが、さすがに真似する人が出てきたら困るので無理だと思います

 

個人的には優子役の沙倉ゆうのさんがツボで、本当に助監督をしていたのは笑ってしまいました

その他にも自主制作映画ならではの、監督、編集などいろんなところに同じ名前が連呼されまくりなのが面白いですね

小道具のところにも沙倉ゆうのさんの名前があったようにも思いました

 

これから一大ムーブメントになっていきそうですが、どこまで伸びるかは未知数ですね

今は、SNS中心に若者の間でバズっているけど、この情報がお茶の間を刺激して、高齢者がこぞって来場すると、ロングランを狙えるかもしれません

 


インディーズ映画の宣伝の仕方

 

本作は、インディーズ映画として東京の数館で公開されたものが、口コミを通じて全国展開されることになりました

比較されがちなのが『カメラを止めるな!』ですが、本作は少しばかり展開の仕方が商業的に偏っているように思えてしまいます

それは『カメラを止めるな!』ブームを知っている人ならわかる感じで、公開劇場の増え方がSNSなどの口コミよりも速いからなのですね

『カメラを止めるな!』も数館からの拡大でしたが、その動きはじわじわと広がりを見せていく感じになっていて、「ウチの地域でもやってくれないかな」という期待感を持つ時間というものが生まれていました

 

映画をほぼ毎日見ている人だとわかると思いますが(あんまりいないかな?)、公開中の映画の予告編が流れるというのは「結構稀なこと」なのですね

公開初週に「絶賛公開中」が流れることはありますが、本作のように「拡大上映」を予告編に混ぜるというのは異例のように思います

映画館に来た人に向けて「今度、こんな映画をやります」というのが予告編の役割なのですが、本作の場合は「今、公開中で話題の作品なので観ませんか?」というテイストなので、これが鑑賞に繋がるのかは何とも言えない部分があります

 

インディーズ映画の面白みというのは、知る人ぞ知るというところから始まって、いわゆる情報強者と呼ばれる人のマウントがSNSに火をつけることに繋がります

その手法は多岐に渡りますが、ひとつやり方を失敗すれば嫌悪感を生むステルスマーケティングに捉えられてしまいます

口コミの速度と広がり方を予測できる人はいませんが、体感としてバズっているという感覚は、どのようなメディアを通じて波及されているかというのが重要なんだと思います

この映画を知ってほしい、観てほしいという伝播から渇望に至るというプロセスが必要で、現在のSNSで少しだけ公開からの楽曲リリースなどでも、成功と失敗が手法によって明確に分かれているように思えます

 

インディーズ映画の宣伝はSNSから始まりますが、それをどのようにコントロールするかというのは、広がり方を冷静に観ていくことで掴めてくるでしょう

最初は個人の感想が増えて、それに反応する人がいるけれど、そのブームに乗れる人(鑑賞地域にいる人といない人)とそうでない人との間に格差というものが生まれます

爆発は「格差負けしている側の渇望から鑑賞に至った段階で起こる」での、それをうまくコントロールする必要があるのですね

今回の場合は、渇望を起こさないという方法で一気に広げようとしているのですが、これでは情報の広がり方が「集中から派生」から「点在化」に変わってしまっています

それゆえに思った以上に効果が薄くなっているように思えました

 


時代の礎を描く意味

 

本作がバズりかけている要因の一つとして、「時代劇愛」というものがあるからだと思います

時代劇の在り方を真剣に考えているキャラがいて、ある種のメタ構造のようなものが出来上がりつつあります

そんな中、今の観客が求めている時代劇とは何か?というテーマに切り込んでいて、その答えのひとつとして、「真剣を使う緊張感」というものを打ち出すことになりました

とは言え、真剣があれば即緊張感の演出に繋がるわけでは無く、撮りたい殺陣を撮れなくなる危険性も生じてきます

 

本作では、時代劇を憂う俳優がカムバックする流れになっていて、それを思い起こさせたのが、自分と同じ時代からタイムスリップしてきた高坂の存在となっていました

風見も同じように時代劇の一端を担う中でトップ俳優に上り詰めましたが、時代がそれを必要としていないと感じて転身を行っています

それによって成功はしているものの、どこかで侍魂のようなものが燻ってしまった

そのモヤモヤが高坂の出現によって再燃化することになり、より本物が撮れるのではないかと考えたのだと思います

 

時代劇は、その時代に真剣に生きた人を想起させるためにあり、それは現代社会が失いつつあるものを復活させる意味合いがあります

勧善懲悪としての悪を裁く正義が必要なのは、現代社会で悪人を裁く人間がいないからであり、その現実を斬るために虚構が生まれて、ガス抜きになっているとも言えます

また、武士道に見られるような人間関係の濃密さというものが失われつつある今では、誰かのために生きるとか、自分の信念に殉ずるという考えが失われているからだと思います

 

映画における虚構は、こう言った社会情勢を如実に捉えていて、本作でもそう言ったテーマを内包している部分があります

そして、それに対する方策として、「本物の武士同士が真剣を使って斬り合う」というシーンを作ることで、本物を世の中に見せることで目を覚ませるのではないか、と考えたのだと思います

いかにして「本物に見せるか」というのは虚構の命題ではありますが、俳優の演技と編集、演出ではできない溝を埋めるにはどうすれば良いのか

それに対する答えとして、「現場の人間全員が緊張感を持つための土台を作る」というところに行き着いているのは、ある意味において原始的なものなのかもしれません

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

本作は、時代劇の斬られ役を本物の武士がやったら、という内容になっていて、後半では「時代劇が作られる意味」に言及していました

実際にその時代を生きた人がどのような価値観で生きて、今の世の中の礎になったのかを残すという意味合いが強くあると思います

歴史の授業では教えてもらえないようなこともたくさんあって、そこに虚構が混じったとしても、現代社会に生きる私たちが「こんな時代があったかもしれない」と思えれば、それはそれで正解なのかもしれません

 

歴史の転換期とか、その事件が起こった理由などは調べると色々と出てきますが、実際にどうだったのかはわからない部分があります

歴史とは、勝者が書き残した捏造である、とも言え、それは近代社会の成り立ちと私たちが教えられてきた歴史教育の過程を知っていると何となくわかるものだと思います

その時に何が起こったのかはわからなくても、そのターニングポイントによって人の心はどう動いたのかは想像できるものでしょう

そして、起こった出来事の結果を知ることで、それが現代にどう繋がっているのかを読み解くヒントになっていくと思います

 

映画では、未来に来てしまった高坂が自分の藩がどうなったのかを知ることになり心を痛めるシーンがありました

あの夜の戦いで山形をちゃんと仕留められていたらどうなったのかとか、それでも何も変わらなかったのか、などは考えても無意味のように思えますが、その葛藤を避けては通れないでしょう

それでも、自分たちの歴史が今の世の中を作っていて、しかも自分の時代の話を後世に残そうと考えている人たちがいるというのは価値観のパラダイムシフトだったと思います

彼が生きた時代にも「過去を伝えるもの」はあったと思いますが、それらの持つ意味というものも「作る側になって」初めて理解できたのかもしれません

 

映画は、宣伝で失敗している部分は多いとは思いますが、純粋に面白い映画なので、迷っているなら鑑賞一択でしょう

本作のような映画がバズることは、現代に生きる映画人の発憤と反省にも繋がるので良いことだと思います

インディーズ映画とは、商業映画のしがらみの外側にあるとも言えるので、ある意味、商業映画の失敗の理由が見え隠れしてしまう部分もあります

それは映画人としての憧憬にも繋がっている部分があるので、純粋な意味で拡がりを続けていってくれれば、映画業界の血脈となるのではないかと思いました

 


■関連リンク

映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://eiga.com/movie/100886/review/04247362/

 

公式HP:

https://www.samutai.net/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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