■今後のアイドル映画を考える上で、ひとつの転換点になるかもしれません


■オススメ度

 

久保史緒里さんのファンの人(★★★)

萩原利久さんのファンの人(★★★)

 


■公式予告編

鑑賞日:2022.11.16(TOHOシネマズ二条)


■映画情報

 

情報:2022年、日本、98分、G

ジャンル:彼女に振られたサラリーマンの部屋に突如現れた女幽霊との共同生活を描いたラブコメ

 

監督:高橋名月

脚本:高橋名月&穐山茉由

原作:山本中学『左様なら今晩は(2019年、少年画報社)』

 

キャスト:

久保史緒里(愛助:陽介の部屋に現れる女幽霊)

萩原利久(半澤陽平:同棲中の恋人にフラれるサラリーマン)

 

小野莉奈(須田果南:陽平に気がある同僚)

中島ひろ子(須田みさき:果南の叔母、スナックのママ、霊媒師)

宇野祥平(奥田:陽介にアパートを紹介する不動産屋)

 

長瀬莉子(玲奈:陽平の元カノ)

月山翔雲(野島:果南の同僚)

 


■映画の舞台

 

広島県:尾道市

 

ロケ地:

広島県:尾道市

シネマ尾道

https://maps.app.goo.gl/SytArt2grh6UQ3dk6?g_st=ic

 

お好み焼き 手毬

https://maps.app.goo.gl/WwLw38r4tPUdD11c8?g_st=ic

 

スナック 瑠璃(スナックみさき)

https://maps.app.goo.gl/pZiuEb9sQa1KjkHT8?g_st=ic

 

大衆酒処 米徳

https://maps.app.goo.gl/YDmcsx8zvwXadYGBA?g_st=ic

 

広島県:福山市

福山商工会議所

https://maps.app.goo.gl/ppTxRoYoAVeaHTu2A?g_st=ic

 


■簡単なあらすじ

 

しがないサラリーマンの陽介は、ある日・恋人の玲奈から一方的に別れを告げられてしまう

玲奈が去ったその夜、陽介の部屋では奇妙な物音がして、冷蔵庫が勝手に開いたり、電気が消えたりと怪奇的な現象が起こってしまう

 

怖くなった陽介の前に現れたのは、白い服を着た女の子の幽霊で、なぜか備後弁を話し、会話もすることができたのである

 

翌日、陽介が出社すると、同僚の果南から「何かありましたか?」と訊かれて困惑する

果南は陽介の写真を撮り始め、「私の叔母、スナックのママをやっているんだけど、霊媒師なんですよ」と言い始める

そして、陽介の写真を見せて、「何か写っている」と言い始めるのである

 

怖くなった陽介は、アパートを紹介してくれた不動産屋に行くものの、「実害がないですね」とあっさりと追い返されてしまう

夢かと思っても、やはり幽霊はそこにいて、玲奈が霊感が強かったので出てこれなかったと言い、これまでずっとこの部屋にいたと言い始めるのであった

 

テーマ:ふれあい

裏テーマ:後悔と残留思念

 


■ひとこと感想

 

アイドルが主演ということで、パンフとか既にないのかなあと思っていましたが、公開4日目ではまだあったのでセーフ

でも、エンドロール一覧とかがなくて、ロケ地もうろ覚えで、サブキャストははっきり言って調べようがありませんでした

 

基本的には陽介と愛助のおしゃべり&デートがメインで、脇キャラもあっさりとした入退場を繰り返していましたね

元カノも冒頭しか出ないし、気があるそぶりの果南もあっさりと違う男に走っていたのは笑ってしまいます

 

映画は残留思念と地縛というところではありますが、主演を眺める以外にはあまり価値のない時間を過ごすことになるのかなあと思ってしまいました

原作とは経路が違うので、全くの別物という感じでトライした方が良いのではないでしょうか

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

かなり使い古されたネタで、今更どんな新しいことが起こるのかなと思っていましたが、除霊ではなく説得というところぐらいしか変わったことは起きなかったですね

オール尾道ロケということですが、めぼしい聖地巡礼になりそうなのがお好み焼き屋ぐらいしかないのはどうなのかなと思いました

 

パンフレットも中身はスカスカで1000円越えと、ファンの足元をきっちりと見ている運営の商売根性に感服いたします

せめて、「エンドロール全部のせ」くらいはして欲しかったですね

あとは、ロケ地マップとかもないようなので、地方ロケの意味がほとんどなかったように思えました

 

物語は語るに及ばずと言ったところで、何も解決していないようで、強引な幕引きがあるという感じでしょうか

転生したのか、実は死んでなかったのか、それとも全部が夢だったのかわからない結末になっています

 

でも、最後に愛助が部屋を出ていく時に陽介はソファで寝ていたので、翌朝ベットから目覚めたのを考えると、全部夢だった系で良いのかなと思います

 


除霊ではなく説得

 

映画の後半で霊媒師が登場し、そこで視えない愛助に対して語りかけるシーンがありました

この手の作品だと、霊媒師ではなく除霊師が登場し、愛助を天国か地獄に導くのですが、霊媒師が登場して「説得する」というのは新鮮に映ります

自発的に行動を促し、それによって愛助は消えてしまうのですが、映画のラストシーンにて「映画館で再会する」というシークエンスが描かれていました

このシーンが時系列的にどれくらい後のことかよくわからなかったですね

 

愛助はOL設定だったので、登場した女子高生が彼女の学生時代のものとも読み取れますし、転生したとも読み取れるし、OL設定は嘘だったということもあり得ます

なにぶん、愛助の記憶は曖昧で「制服を着ていた」ぐらいで、社会人をしていたという感覚はあったようです

なので、おそらくはOLであったことが嘘というのは考えにくいのかなと思います

 

となると、愛助と出会ったという一連のシーンは「すべて陽平の夢だった」という仮説も成り立ってくるのですね

陽介マインドだと、愛助は除霊すべき対象ではありません

なので、愛助自身に行動を促そうということは消去法的に起こるのかなととも考えられます

でも、後半では愛助を失うことを悲しみ、幽霊のままでもいいから一緒にいたいと考えていました

 

これらの関係性と帰結から考えると、「OLだった愛助はそこで自殺をして地縛霊になった」は本当で、「恋人を失った陽平を見て、愛助が夢を見させた」ということもあるのかなと思いました

もし、この一連の出来事が「愛助が見せた夢」だとすると、彼女の死因は男女関係で、それによって「理想的な彼氏」としての陽平の登場によって、「自分を肯定してくれる男性との生活を妄想した」ということになります

そして、その作り上げた世界からの脱出は「除霊」ではなく、「転生」ということになる

そうなると、妄想内で登場するのが除霊師ではなく霊媒師であるというのは理解できなくもありません

 

霊媒師を使って、愛助をどうするかという方向性を示すのですが、それは愛助目線で陽平に伝えたいことがあったと想像できます

陽平は愛助がいた時間のことを正確には覚えておらず、目撃者もいないので日常に戻っていきますが、断片的な記憶が残っていて、それが映画館に向かうという行動につながっていました

 

愛助が見せた夢というふうに考えられるのは、愛助が去る前はソファで寝ていた陽平が、次に起きた時はベッドで眠っていたから、なのですね

そこで目覚めた陽平は愛助の不在に狼狽えるので、翌日の朝であることは間違いないと思います

映画内の陽平はほとんどのシーンでソファで眠っていたように記憶しています

なので、ラストでベッドで寝ていたというのは、途中で目覚めてベッドに行ったとも考えられるのですが、そうした陽平の行動があまり描かれていなかったので、意図的なものがあるのかなと考えてしまいました

実際にどうなのかはもう一回観たらわかるのかもしれませんが、感覚的にはこの方面なのかなと考えています

 


勝手にスクリプトドクター

 

映画はある程度まとまっているのですが、よくわからない描写が多いことも事実です

物語の核は「フラれた陽平の元に愛助が来る」というもので、「愛助との生活を気に入った陽平の元を愛助が自発的に去る」という帰結へと向かいます

物語の主人公は陽平なのですが、物語の構造上で「陽平に欠落しているもの」は「自分自身の特性に気づいていない」という自己認識の甘さであると言えます

恋人が別れ際に「そういうところがムカつく」と言って出て行きましたが、それに対する回収(認知)というものがなされていません

 

愛助と果南はそういう陽平の性格を抜きにして好きなのか、その性格が好きなのかがわからず、モーションをかける果南も「気になっているし、ベッドまで行ってもOK」だけど、彼のどこが好きなのかというところまで踏み込みません

その後の同僚への変心などを考えると、単に「都合の良い男が好き」なだけか、「性欲モンスター」なのか線引きが難しいところでしょう

物語の機能としては、「愛助の嫉妬心」を引き起こすことと、「陽平に現実の恋愛の良さ」を思い出させるという効果しかありません

シーンは「愛助の嫉妬」でポルターガイストが起こり、それによって果南との関係はあっさりと破綻に向かっていました

 

果南との未遂によって、現実の恋愛の良さ(セックスができる)に結びついていけば、その後「愛助が陽平を満たせない時間」というものを描くことになります

それらの未遂もほとんどなく、なぜかさわれる設定になってきて、実体化してきたことから「ひょっとしたらセックスまでいけるのでは?」という雰囲気になって行きます

ここまで来れば、セックスに向かう中で「実はさわれるのは一部分だけ」みたいな展開になって、やはり今の愛助では無理だという流れになるのが一般的でしょう

でも、映画はその辺りの際どさをカットしたまま、愛助が突然予告もなく退場するので、あやふやさというものが残ったままになっています

 

実体化した幽霊との恋愛でセックスまでいけるなら、その次に生じる問題は「子どもを作れない」ということと、「陽平だけが歳を取る」という問題でしょう

映画はそこまでの時間軸は描かないので、少々描写不足なのかなと感じました

ラストシーンの女子高生が愛助であることは明白(名前が「荒井愛」ということまでわかる)なので、彼女が好意的な視線を陽平に向ける理由は描くべきだったと思います

転生したとしても、女子高生に憑依する訳ではないので、18年後ぐらいになりますが、陽平は18年後には見えません

 

映画として、劇的な物語を用意するのなら、「愛助は女子高生の時に自殺を図ったが死ねずに昏睡状態になっている」という前提で、「今は治療を含めて病院にいて、意識だけが部屋にある」というものでしょう

そうなるとあの家で女子高生が一人で住んでいるということになりますが、そこはシングルマザーで困窮設定にして、自殺騒動があったので別の場所に引っ越したという流れはありだと思います

そうして、残った愛助の意識が陽平と出会い、それによって疑似的な恋愛関係を結びます

愛助は現実世界に戻ることを渇望し、そこで霊媒師という存在を見立てて、自助努力によって意識を覚醒させます

そして、回復した愛助が現実世界で陽平に会いにいくという物語になるというのがひとつのアイデアなのかなと思いました

原作未読なので、読めばもっと深い世界がわかるのかなと思いますが、映画から受けた印象で改変を加えるなら、このようなシナリオになるのかなと思いました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

映画は幽霊が実体化していくという流れでエロティックさが生まれて行きます

主演が清純を売りにしているアイドルなので際どいシーンはなく、「キスシーンあったらファンやめる」という人々が日銭を投じて支えている世界なのでそれも仕方ありません

アイドルを主演にすると、妬みと憧憬の両方の感情が生まれますが、それをどう活かすかというのが本作の命題だったように思いました

 

もっとも誰もが傷つかないのは「疑似恋愛」をさせるというもので、ファン層=陽平という図式に近づけることでしょう

でも、ゴリゴリのアイドルおたくにすると一般層が受け付けないので、隠れオタクぐらいの設定になると平和かなと思っていました

なので、陽平がフラれた理由が「隠れだったことが彼女にバレた」という世界線で、それによって「ざまあ」という感情を想起させながら、同時に「俺たちもやばいよ」に向かっていくと面白いかもしれません

 

そうした中で、「隠れ」を知らない同僚がモーションをかけてきて、今度は「幽霊がいるから無理」になって行きます

また、陽平は愛助が可愛い(=隠れの対象に似ている設定)によって舞い上がり、怖さよりも同居できる喜びに邁進して行きます

ファン心理としても、幽霊でもいいから同居したいという願望が少なからずある(個人的な勝手な思い込みです、すいません)と思うので、それによって「まるでポスターから出てきたような幽霊」というのは面白いのかなと思ってしまいました

でも、幽霊である悲しい出来事があって、それがファンの胸を刺すという社会風刺があっても良いのかもしれません

 

この二人を一緒にしたいと思わせると同時に引き裂きたいという感情を誘発させると、その後の劇的な展開が活きてくると思います

幽霊は実体化を望み、臨死から復活して陽平の元に向かいます

そこで「陽平が彼女を見て驚く→陽平を見て満面の笑顔をする愛助」で映画を終わらせたら、多分「大量の悶絶死」を生んだんじゃないかなと考えていました

映画のラストショットは観客の心に残りますので、そこで主演の魅力を存分に焼き付けることで多幸感というものが残ります

 

アイドル映画の原則はファンの人にさらなる理想を見せることだと思いますし、その理想のための障壁(いわゆる嫉妬、対抗心)を劇中で描く必要があります

それと同時に共感性というものが必要となってきて、これが相手役のキャラ設定に繋がっていくと言えます

この辺りの配慮を考えると、原作の映画化というものはかなりの改変をしないと難しいのですね

なので、アイドルに主演をさせる前提で漫画を作り、そこからメディア展開を考えたマーケティングというものが必要になるのだと思います

 

私個人もアイドル映画は大好きで、旬のアイドルの美しさをスクリーンに残すことは意義のあることだと思います

なので、今後は「原作ファンの怒りを買わない」というリスクヘッジを考えた上で、原作から「このアイドルの主演のために作る」という文化を作ることもありだと考えます

アイドルがデビューするまでに時間がかかりますが、トップになると思わせる存在は研修生時代、ひいては面接時点でわかると思うので、その先見の明をも含めて作品を作っていくというのは悪くないのではないでしょうか

そして、その作品の監督に新鋭の才能を起用して、一緒に作り上げていくことで、既存のアイドル映画とは一線を画す文化が醸成されるのではないかと思います

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/383825/review/c31bf0b3-cad1-4a82-8b66-97676d7dc7d7/

 

公式HP:

https://sayokon-movie.com/

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投稿者 Hiroshi_Takata

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