■ワンダフル・ワールドではなく、ストレンジ・ワールドである理由とは何だろうか


■オススメ度

 

とりあえずディズニー作品ならOKの人(★★★)

 


■公式予告編

https://youtu.be/K0rwOWGo3qs

鑑賞日:2022.11.29(TOHOシネマズ二条)


■映画情報

 

原題:Strange World

情報:2022年、アメリカ、102分、G

ジャンル:異変が起きた原因を探るために、未知の世界を探検する家族を描いたファンタジー映画

 

監督:ドン・ホール

脚本:クイ・グエン

 

キャスト:

ジェイク・ギレンホール/Jake Gyllenhaal/原田泰造( サーチャー・クレード:クレード農園の主人、特別な植物パンドを発見し、普及させた人物)

デニス・クエイド/Dennis Quaid/大塚明夫(イェーガー・クレイド:冒険が全てのサーチャーの父、イーサンの祖父)

ジャブキー・ヤング=ホワイト/Jaboukie Young-White/鈴木福(イーサン・クレイド:サーチャーの息子、16 歳の同性愛者)

ガブリエル・ユニオン/Gabrielle Union/松岡依都美(メリディアン・クレード:パイロット&リーダー、イーサンの母親、サーチャーの妻)

 

ルーシー・リュー/Lucy Liu/沢海陽子(カリスト・マル:アヴァロニア国の大統領、ストレンジ・ワールドへの探検隊のリーダー)

カラン・ソーニー/Karan Soni/落合福嗣(カスピアン:探検隊員、オタクのメンバー)

アラン・デュディック/Alan Tudyk/本多新也(ダッフル:探検隊員、パイロット)

アデリナ・アンソニー/Adelina Anthony/鹿野真央(パルク船長:探検隊の副司令官)

アブラハム・ベンルービ/Abraham Benrubi/樋山雄作(ロニー・レッドシャツ:探検隊員)

 

アラン・デュディック/Alan Tudyk/茶風林(冒頭のナレーション/ラジオアナウンサー)

 

ジョナサン・メロ/Jonathan Melo/田中光(ディアゾ:イーサンの想い人)

ニック・ドダニ/Nik Dodani/森永友基(カーデス:イーサンの友人)

フランチェスカ・レアーレ/Francesca Reale/近藤玲奈(アジマス:イーサンの友人)

 


■映画の舞台

 

アヴァロニア国&ストレンジワールド

 


■簡単なあらすじ

 

アヴァロニア国の探検家であるイェーガーとその息子サーチャーは、国を取り囲む難攻不落の絶壁を越える夢を見ていた

ある探検のとき、サーチャーは奥深いところで光り輝く植物を見つけた

だが、イェーガーは壁の向こうを目指すと言って単独行動に走り、行方をくらましてしまう

 

それから25年後、サーチャーは探検隊のメリディアンと結婚し、イーサンという息子を授かる

イーサンは年頃の青年で、同性のディアゾに恋をしていた

 

そんな折、機械の不具合を発見したメリディアンたちは、パルドによるエネルギー供給が不安定であることを突き止める

そして、パルドの根元で何が起こっているかの調査に入ることになった

 

冒険王イェーガーの息子サーチャーは気乗りしないものの連行され、イーサンは隠れて船に乗ってしまう

そして、イーサンを追いかけてきたメリディアンも探検隊に加わることになった

一行は未知なる世界を目指して、冒険の旅に出るものの、その先にあったのは奇妙なストレンジ・ワールドだったのである

 

テーマ:人生の目的

裏テーマ:代替エネルギー問題

 


■ひとこと感想

 

ディズニーの新作ということで、本当は字幕版を観たかったのですが、近場では吹き替え版しかやっていなくて、やむなく特攻

奇妙なビジュアルの冒険譚ということは知っていましたが、なんともはや「退屈」という文字が脳裏を掠りまくります

 

吹き替えの声優陣は違和感なく、テーマ性も今どきっぽさがあるのですが、いかんせん物語が「面白くない」のですね

人物描写も浅く、仲違いしたと思えば次のシーンでは関係が修復されたりと、物語を進めるためだけに衝突があって、また無駄に脱線するシーンが多くありました

 

テーマ性は重めで、地球にとっての人間の存在というところにふれていきますが、それほど真新しいものではありません

今更、地球にとって人類の存在は悪!みたいなノリを真顔でやられても困ってしまいますね

 

ビジュアルや世界観を楽しめた人勝ちみたいなところがありますが、正直言ってほとんどノレるシーンがありませんでした

 


↓ここからネタバレ↓

ネタバレしたくない人は読むのをやめてね


ネタバレ感想

 

「山があるから登るんや」という祖父イェーガーと、現実的なサーチャーの親子が冒頭で離れ離れになってしまい、それから25年後のある事件をきっかけとして再会を果たします

サーチャーが発見して応用したパルドはいわゆる電気ということになっていて、生活様式を一変させていました

 

その電気の正体が地球にとってはウイルスのような悪さをするもので、それを対峙するために働いていた免疫機能によって、サーチャーたちの生活が脅かされていたという流れになっています

 

劇中で登場するスプラットと呼ばれる生命体のモチーフは免疫細胞のようで、ビジュアル的にもなんとなく読み取れてしまいますね

特徴的な色使いは好みが分かれると思いますが、個人的にはアリかなあと思いました

 

テーマは一般的で、そこにクレイド一家の衝突と和解が描かれるのですが、そのスパンが頻発で軽めという難点があります

それぞれのキャラがこだわっているものも説得力がなく、キャラ自身の思い込みの強さだけになっていました

 


世界のエネルギー問題について

 

映画の中では「パルド」と呼ばれる「植物由来のエネルギーの源泉」があって、それを活用することで「電力」を得ていたという設定になっています

これはそのまま「化石燃料を燃やして電力を作り出す」ように見えますが、燃やした後に出る排出物が地球(亀のような生物)を痛めているということではありません

なので、イメージとしては「原子力発電とその廃棄物」の方が近いのかなと思います

 

現実世界のエレルギーの構成割合は、「石油=34%、天然ガス=24%、石炭=27%、原子力4%、水力=7%、再生可能エネルギー=4%」となっています(関西電力ホームページ内、「原子力・エネルギー図画集2019」参照のグラフ」より引用)

日本の場合は、「石油=40%、天然ガス=22%、石炭26%、原子力=2%、水力=4%、再生可能エネルギー=6%」という構成になっていますね

日本は先進国の中で2番目に石油依存度が高い国で、天然ガスはぶっちぎりのトップとなっています

また、問題視されがちな原子力への依存度はそれほど高くありません

 

石油、天然ガス、石炭はいわゆる「火力発電」なので、日本は火力発電が88%ということになり、石油などの化石燃料の高騰がそのまま電気代に跳ね返って来ます

日本のエネルギー自給率はわずか11.8%で、主要国一人あたりの電気使用量は世界第四位となっています

この数字だけ見ると、他国に依存しまくっているのに、電気使いまくり、みたいに見えますが、実は国別の電気消費量の割合としては4%しかありません

中国=28%、アメリカ=17%、インド=5%という構成になっていて、世界のエネルギー問題をどうにかしようと考えるなら、中国とアメリカの主要エネルギーの転換を図るしかありません

中国の化石燃料依存度は86%、アメリカは84%なので、化石燃料の依存度を減らしつつ、再生可能エネルギーへの転換を図るより他ないと言えます

 

ちなみに再生可能エネルギーとは、「利用する速度以上の速度で自然界によって補充されるエネルギー」のことを言います

現時点では、「太陽光、風力、波力、潮力、流水、潮汐、地熱、バイオマス」などが利用可能な再生可能エネルギーということになります

化石燃料などは「枯渇性エネルギー」とされていて、いつかなくなる(あるいは採算が合わなくなる)可能性があるエネルギーで、その埋蔵量は採取技術の発展とともに移り変わっていきます

 

再生可能エネルギーへの転換が起こることで、石油産出国などの減収が起き、採集制限をかけなければ需要と供給のバランスがおかしくなってしまいます

このバランス問題でなかなか先には進まないのですが、再生可能エネルギーが安価になってきたり、蓄電技術が発達してくると、流れというのは一気に傾きます

現在ではパワーゲームの真っ最中ですが、再生可能エネルギーへの転換よりも先に「蓄電技術の向上」「省エネ製品の開発」などの方が先に訪れると思います

 


勝手にスクリプトドクター

 

映画のレビューの多くは「ポリコレ要素が邪魔」というもので、現在のディズニーのポリコレへの配慮というものが行き過ぎて不自然になっていると言えます

クレイド一家の人種構成、アヴァロニア国の人員構成、動物の四肢欠損など、すべてをマイノリティで固めようとしていました

それぞれの要素は多様性を認めるという上で必要だとしても、なんでもかんでも多様性に舵を切ってしまう意味はありません

ここまでマイノリティだけで構成されると、共感力というものに多少の影響力は出てきます

 

この映画では、それらの要素が普通にあるものとして、誰もがマイノリティに反応しないのですが、そもそも登場するのが一家+数人の国代表だったりします

なので、ある多様性の伴った家族とその友人たちという世界になっているので、映画の世界が多様性に対してどのような見方をしているのかはわからなくなっています

これが本作の狙いになっているような気がして、社会の中にある多様性というよりは、多様性を許容している小さなコミュニティを描いているというふうに見えてしまうのですね

この描き方に問題はないのですが、扱っているテーマが普遍的なエネルギー問題なので、「あの世界のあの人たちの価値観による選択」という一歩引いたような感覚になってしまいます

 

映画がテーマと設定のどちらを重要視したのか、という問題において、本作は「テーマよりも設定を重視している」と見られてしまっているのですね

なので、ポリコレ要素の方が強くて、それがノイズになってしまい、テーマの重要性というものが希薄に感じられてしまっていると感じました

本作が「多様性容認の物語」ならば問題ないのですが、「多様性は前提」という状態になっていて、その中で「逼迫したエネルギー問題に関しては一方的な意見を無理やり通す」という流れになっています

いわゆる、多様性よりも重視されるのが、世界のエネルギー問題になっていて、わざわざ比較されるように「ポリコレ要素を全面に出す」ということをしてしまうのが「悪影響になっている」のだと思います

 

多様性というのは、それぞれの意見や価値観を尊重することなのですが、ことエネルギー問題ではある意見が優先されて声を上げることができない

もし、本作で「多様性とエネルギー問題の指針」を同時に描くのならば、パルドから再生可能エネルギーに移行する段階で、さまざまな意見を求めていくことが必要となります

この世界では「ある家族の決定」がそのまま全国民に波及しているので、言うなれば「エネルギーの奴隷には発言権がない」というところに繋がっていきます

「エネルギーを牛耳っている家族」と「国の方針を決める統治者」が手を組んで、あたかもその決定が絶対であるかのように決定され、周知されていく様子は、ある意味独裁的だなあと感じました

 

なので、この映画を俯瞰してみると、「ある思想の集団と国の統治者が決めた価値観は絶対」という構図とそっくりなのですね

考えを押し付けられる側が反発するのは必至なのですが、この世界の住民は「一族の奴隷」でもあるので、それに対する抵抗などもなく、「やって見ればできるものだ」と自己肯定して映画が終わってしまいます

根底にこの種の思想が見え隠れしているので、それをポリコレ要素で装飾して目立たせて、本当のところを隠して思想誘導をしているようにも見えます

そして、それに気づいた人は「気持ち悪い世界」という違和感を覚えるのかなと感じました

 


120分で人生を少しだけ良くするヒント

 

この世界には多種多様な価値観があり、それらの干渉によって衝突が生まれてしまいます

これらはある種の防衛本能に近くて、自分と違う価値観を認めづらい原因にもなっています

それでも、衝突が起こるのは生存に対して余裕がある状態なので、自分自身の生命が脅かされる状況になると、価値観というものはあっさりと反故にされてしまうものだったりします

 

本作でも、エネルギーと利便性を生み出した家族の方針転換に世界は巻き込まれていて、そこに住む人たちに「世界の危機的状況が伝わったのか」は疑問であると思います

パルドが地球を侵食していたウイルスのようなものだという定義付けはありますが、これはサーチャーの考えに過ぎず、それが正しいのかは立証しようがありません

あくまでも、ストレンジワールドで起こったことを元にした「推測」の域を出ないとも言えます

 

というのも、パルドが悪さをしているとしても、世界にとっては必要悪である場合もあって、パルド自体がなくなることは、生態系の変化を生み出します

地球の環境問題なども同じで、地球にとっての良いことというのは=人間の存続にとって良いと思われる推測の域を出ないのですね

なので、「地球にとっての最善は人類の滅亡ですよ問題」は常に浮上して来ます

生態系は自然環境への適応力が低いものから淘汰され、パルドが猛威を振るっているのは、パルドよりも生命力の高い生命体がいなくなっているから、とも言えます(あるいは人類が利用することによってバランスを崩すほどに成長させた)

 

これを先ほどの「地球にとっての最善は人類の滅亡問題」と関連させると、パルド=人類という構図になったりもするのですね

姿形は彼らが人類に見えますが、パルドが例えば妖精のような姿をしていて、彼らが獰猛なドワーフのようなビジュアルだったら、この映画の見方は随分と違うものになると思います

また、映画は見方を変えれば、「ある異世界に起きた出来事を、異世界に迷い込んだ人物が解決する」という異世界転生の派生でだったりもします

 

映画のタイトルは「Strange World」なのですが、その意味は「奇妙な世界」「未知の世界」「未熟な世界」と訳せます

その世界が本当に人類にとって憧憬を生む世界ならば、「Wonderful World」というタイトルになるのでしょうが、そうではないところに何らかの意図があるのかなと思いました

ちなみに映画で描かれる「アヴァロニア」という国は「イギリスの伝説の島=アヴァロン/Avalon」に「nia(国や地方を表す接尾語)」がくっついたものかなと思います

アヴァロン島は、アーサー王の伝説に登場する島で、「戦で致命傷を負ったアーサー王が癒しを求めて最後に訪れた島」でした

また、アヴァロンの語源である「ケルト語のAbalはリンゴという意味で、恵みの島という意味がある」のですね

これらを踏まえて映画を観ると、そのメッセージ性はやはり、大地の恵みに対して、「それを享受している存在は畏怖と尊敬、感謝の念を持ってお借りする」というニュアンスになるので、やはり「ポリコレ要素」というものはノイズになりやすいのかなと思いました

 


■関連リンク

Yahoo!映画レビューリンク(投稿したレビュー:ネタバレあり)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/383793/review/a2068477-2f33-4ba6-94e2-b13686a47ade/

 

公式HP:

https://www.disney.co.jp/movie/strange-world.html

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投稿者 Hiroshi_Takata

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